最悪の初対面
(選択を間違えた……)
そう悟ったアリステラの目の前には、明らかに機嫌の悪い夫シルべアンの姿。
「絶対に離婚はしない」
じっとアリステラを見つめたシルべアンの赤い瞳には確固とした意思が見られる。
「でも大人になったら離婚するって約束━━」
「証拠は?」
言葉を遮られたこの刹那、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「へっ……?」
部屋中にアリステラの間抜けな声が広がる。
(何を言ってるのよ、コイツは? そう約束したでしょ……!)
『分かったわ、契約結婚ってことね。大人になったら離婚してあげる!』
そう言って幼い頃のアリステラはシルべアンと結婚したのだ。
期限付きの『契約結婚』それが2人の共通認識だと思っていた。
「そもそもこれは『契約結婚』だったでしょ!!」
最早やけくそになったアリステラはぐわっと叫ぶ。
「そうだったか? 俺は契約書を作った覚えも、サインをした覚えもないけどな」
勝ち誇ったかのように笑って見せたシルべアン。
諦めろと言わんばかりにアリステラの肩に手を置いた。
「━━詐欺よ……」
小さく呟いたアリステラはわなわなと震えている。
「これは立派な契約詐欺よ〜〜〜〜!!」
少し涙ぐみながら、屋敷中に広がるくらいの大声で不満を露わにしたアリステラ。
シルべアンはそんな彼女を愛おしそうに見つめていた。
♢♢♢
時は遡り、アリステラが7歳になったばかりの頃。
━━バシッバシッ……━━
そんな音と共に少女は我を取り戻した。
「えっ……?」
思わず声が漏れてしまったが、周りにそんなことを気にかける人はいない。
(どこなのここ……?━━何をしているの、この人たちは!?)
目の前の光景に思わず顔をしかめてしまう。
薄暗い部屋、その中央では気味の悪い笑顔をした男が7歳ぐらいの少年を鞭で打っている。
少年はギロリと男を睨みつけているものの、抵抗こそしない。
いや、できないのだろう。
手錠に足枷、動きが完全に封じられてしまっているのだから。
そして、少年が痛みに悶える様子を数人の子供がニタニタと笑いながら眺めていた。
(何よこの趣味の悪い夢は……まさか私の隠れた趣味とか!?━━いや、そんなわけないじゃない)
少女は、ギロリと鞭を持っている男を睨みつけた。
すると今まで少年をいじめることに夢中だった男がくるりと振り返ってこちらを向いた。
「お前もやってみるか? アリステラ」
(アリステラ? もしかして私に言ってるの? やるわけないじゃない)
「丁重に、お断りさせていただきます」
冷ややかな笑みのアリステラに驚いたのか、男の目が少しだけ見開かれた。
「ほぅ?」
顎をいじっている男をよそ目に、アリステラは倒れ込んでいる少年に目をむける。
(こんな小さな子供になんて事するのよ……)
ぎゅっと拳を握りしめたアリステラ。
「大体、大の大人がこんな子供に暴力を振るうなんてみっともないですよ。警察でも呼んで━━ッ!」
(えっ……!?)
━━ボコッ……━━
次の刹那、少女は壁に打ちつけられていた。
(━━ッ痛……!!)
起きあがろうとするものの、背中に感じるヒリヒリとした痛みで動く事ができない。
ただ、それよりも目立つのは頬の痛み。
ようやく少女は目の前の男に殴られたのだと理解した。
(殴られた……? めっちゃ痛いんだけど……━━痛い? 何で…夢じゃないの……?)
「嘘でしょ……」
思わず呟いたアリステラの整った顔はすっかり青ざめ、動揺を隠せない様子。
「今日はここでコイツと反省するんだな」
頭上から降ってきた声に顔を上げた瞬間、男に首根っこを掴まれ体が宙に浮く。
「へ……?」
それも束の間、ブンっと体が投げ出された少女。
「うわっ!!」
アリステラはギロリと男を睨むが、何もできない。
そんな少女を見て、嘲笑した男は周りにいた子供たちを連れて部屋を後にした。
子供達は、終始ニタニタと父親に似た気味の悪い笑顔を浮かべていた。
♢♢♢
(いたたたた……何よあのクソ野郎……)
起きあがろうとアリステラが地面に手をついたらフニっという感触。
(━━ん?)
下を見やると傷だらけの少年、幼い頃のシルべアンが鋭い瞳でこちらを睨みつけている。
(いやいや、私のせいじゃないでしょ!?)
慌てて降りたものの、少年は相変わらずこちらを睨んでいた。
(正直今はこの子に構ってる暇はないわ……どうして私が『アリステラ』としてこんなところにいるかよ……)
前世の自分の最後の記憶は、こちらに向かってくる大きなトラック&居眠りしている運転手。
そして今、別人として生きている。
そこから導き出せる事実はただ一つだ。
「いや、別に異世界転生は求めてなかったんだけど……」
頭を抱える少女。
段々と、今までのアリステラの人生を思い出してきた。
アリステラ・セニーゼ、伯爵家の末娘であり、2人の兄と1人の姉がいた。
そんな少女の人生を振り返ると……。
(いや、ほぼ床しか映ってないんだけど)
気弱すぎた為、常に俯いてきたアリステラ。
家族には馬鹿にされ、弱すぎるからと後継者争いからも外されていたらしい。
「はぁ、これからどうしよう?」
これからあの悪魔みたいな伯爵家でやっていけるだろうか?
(いや、絶対無理でしょ……)
お先真っ暗、前途多難な人生だ。
(あんなサイコな奴が親だなんて……━━うっ、私よりこの子の方が可哀想だわ)
チラリと少年を見やると背中には、今日できた傷はおろか、たくさんの古傷がついていた。
(虐待は日常的ってことね……確かこの子はセニーゼ家の子供じゃないでしょ)
この少年は『悪魔の巣窟』と言われているブラックウェル公爵家の一人息子、シルべアン・ブラックウェルだ。
(公爵家よりうちの方がよっぽど悪魔だわ)
はぁっと気だるげにため息をついたアリステラは、シルべアンに近づいた。
「ねぇ、大丈夫?」
声をかけた次の瞬間、アリステラはシルべアンに床に押し倒されていた。
そして、シルべアンの手が少女の首に触れる。
(え? は? ちょ、殺す気じゃないよね……)




