でくのボウの逆襲 ~スライムしか呼べない召喚士、スライムを大量に召喚する~
「グライデン、コツコツやっていけば、いつかは成功するよ」
これは僕の父さんの言葉だ。
懐かしい。ずいぶん前に言われたのに、今でも鮮明に覚えてる。
コツコツやればうまくいく。
僕もそう思ってる。
でも、結果が出るのはまだ先みたいだ。
「ほりゃ、グライよ。やってみなさい」
これはおじいちゃんに教わって、初めてモンスターを召喚したときだ。
僕のことをグライって呼ぶ人は多い。
グライデンって名前、ちょっと長いんだよね。
「こ、こうかな?」
「そうじゃ、そのまま魔力をこめてみなさい」
「うん!」
かざした両手の間に光が生じる。
しばらくして、ポンッという音とともに、その光から何かが出現した。
「おお! さすがは我が孫。良い筋をしておる」
「こ、これは?」
足元で青い塊がうごめく。
「それはスライムというモンスターじゃ。初歩の初歩じゃが、初めてにしては上出来じゃ」
「スライムかー。よろしくね!」
「おいてめえ、急に呼び出して何のつもりだ? ぶっ殺すぞ」
「……」
「まあ、モンスターにもいろんな性格があるからの」
口の悪いスライムは、しばらく経つと消えていった。
「この調子でいろんなモンスターを召喚するんじゃ。そして、最強の召喚士となって、国王に仕えるんじゃぞ」
「最強の召喚士?」
「そうじゃ。お前ならできる!」
「うん! コツコツ頑張るよ!!」
あの日から10年間、毎日鍛錬を続けてきた。
でもまだ僕は、スライムしか召喚できていないんだ。
「おい、でくのボウ。召喚してみろよ」
こいつはジータ。同じ召喚士学校の生徒だ。
ジータはすごく優秀なんだけど、僕のことをバカにしてくるんだ。
ちなみに、『でくのボウ』っていうのは、僕の名字の『ボウ』から派生したあだ名で、役立たずって意味らしい……。
「み、見てなよ」
両手をかざし、魔力をこめる。
光が生じ、召喚されたのは……やはりスライムだった。
「ぎゃははは! こいつまだスライムしか召喚出来ないの」
ジータが周りの生徒と一緒に笑い転げる。
「体はでかいくせに、使えないやつだよな」
何も言い返せない。まさに、でくのぼうだ。
ちなみに、いつも出てくるスライムは、スラまるっていう名前だ。
この10年間、毎日何回も召喚し続けてきた。
最初の1年はこんな感じだった。
「おい、またかよ!! こっちにも生活があるんだよ!!」
「ご、ごめんなさい!!」
2年目はこんな感じ。
「……なあ、そろそろスライムは卒業してくれよ」
「はい、頑張ります!」
初めの1年で、怒りを通り越して、あきれられちゃったみたい。
でも、一緒にいる時間が長いから、いろいろ話を聞くこともできた。
スラまるは大家族で、親戚もたくさんいるらしい。
しつこく召喚されて怒っていたけど、スライムがそんなに召喚されることはないらしくて、周りからは英雄扱いされてるみたい。
戦闘は一回もしてないんだけどね。
3年目以降は、スラまるの部屋も用意してあげて、快適に過ごせるよう整えてあげたんだ。
「なあグライデン。たぶん俺、人生で召喚されてる時間の方が長くなったわ」
「そ、そうなんだ」
「……ま、その調子で頑張れよ」
「う、うん。良かったら、部屋でジュースでも飲んでて」
「ああ、またな」
「ま、またね……」
そして今日、召喚士学校を卒業することになった。
実技は最低点だったけど、筆記試験と、基礎魔力の試験で頑張った分、何とかなったみたい。
ちなみに、スライムしか召喚できずに卒業したのは、僕が初めてみたい。
そりゃそうだよね。
「町の教会に、伝説の召喚士が立ち寄ってるらしいぞ」
これまでのことを振り返っていたら、おじいちゃんが声をかけてくる。
「伝説の召喚士?」
「スカイとかいったかの」
「えっ!? あのスカイが来てるの!?」
「何かアドバイスでも聞けるかもしれんぞ」
「そうだね! 行ってきます!!」
スカイという人物は、誰もが知る伝説の召喚士だ。
どこの国にも属さず、数名の仲間と一緒に世界を飛び回っている。
でも、そんなすごい人が、どうしてこの町に?
「おい、でくのボウ」
ジータだった。
声のした方を振り向く。
「や、やあ」
「お前、卒業できたらしいな」
「うん。なんとか……」
「ふんっ、お前なんかがな」
ジータは杖を取り出し、魔力を込めた。
空中に光の輪が出現し、その中からモンスターが飛び立つ。
「見ろ! これが俺のワイバーンだ」
「す、すごいなぁ」
「お前がスライムばっか呼んでる間に、俺はここまで鍛練してきたんだ。同じ卒業生だと思われたくないな」
「……僕だって、鍛練してきたさ」
「だったら見せて見ろよ! その成果を」
「……」
努力の量だったら、誰にも負けない自信があった。
だけど、僕はジータのように上達できなかった。
「ほら! 早く! やってみろよ!!」
「み、見てなよ」
両手を前にかざす。
目を閉じて、今までにないくらい、意識を集中させる。
お願い!!
「ぎゃはははは!」
ジータの笑い声が響く。
目を開くと、そこにはスラまるがいた。
「こいつ、なんで笑ってやがる?」
「なんでもないよ。気にしないで」
「戻れワイバーン」
ジータが召喚したモンスターを帰還させる。
「俺はドラゴンだろうがトロールだろうがすぐに呼べるようになるぜ。お前は一生スライムと遊んでろ」
そう言ってジータは去って行った。
「なんだあいつ。ムカつくな。やるか?」
「やめなよ。ジータは、僕と違って優秀なんだし」
そう。僕みたいな出来損ないとは違うんだ。
「悔しくないのか?」
背後から聞いたことのない声がする。
「え?」
「誰だ?」
スラまると同時に振り返る。
そこには、伝説の召喚士スカイが立っていた。
銀髪で、背が高く、スラリとした体型。
そして、整った顔立ちに鋭い目。間違いない。
「スカイさん!」
「誰だ? それ」
「質問に答えろ。悔しくないのか?」
ジータとのやり取りのことだろう。
「……はい。だって、事実だし」
本当は悔しかった。
見返してやりたかった。
だけど、努力だけじゃどうにもならなかった。
「僕、スライムしか呼べないんです。召喚士としての才能がないんです」
「だからどうした?」
「え?」
「俺だったら、スライムでも、さっきの小僧に勝てるな」
「そ、そうかもしれないですけど」
「お前に足りないのは才能じゃない」
「じゃあ、何が足りないんですか?」
「それは自分で見つけろ」
足りないのは、才能じゃない?
「スカイ、いつまで話してるのよ」
スカイの仲間の女性が声をかける。
「悪いなラミア。もう行くよ」
そう言って、スカイは右手を天に掲げる。
すると、空から光が差し込み、ドラゴンが現れた。
す、すごい……。
ドラゴンは、スカイとラミアを乗せて飛び立った。
「あいつ偉そうだな。襲撃するか?」
スラまるが、とんでもないことを言う。
「絶対にやめて」
無意識に、スラまるの頭をわしづかみにしていた。
「グライくんじゃない?」
声をかけてきたのは、幼なじみのセナだった。
僕のことを名前(一部省略だけど)で呼んでくれる数少ない友達だ。
「セナちゃん、こんにちは」
「さっきうちの教会に、スカイさんが来てたんだけど、会えたかな?」
彼女の父親は、この町の教会で神父をしている。
「うん、やっぱりすごかった」
「おい、さっきのヤツの何がすごいんだ?」
「あら、スラまる君。こんにちは」
セナちゃんも、スラまるとは何度も会っていて、よくおしゃべりしてる。
「スカイさんは、1人でも国王軍に勝てるそうよ」
「そんなにすごいモンスターを呼べるのか?」
「すごいモンスターを、同時に何匹も召喚できるんだ」
スカイさんのすごさを、スラまるに説明する。
「へー、それってすごいことなのか?」
「もちろんだよ。普通は3匹くらいが限界なんだ」
スカイさんの召喚能力はすごい。
でも、さっき言っていた通り、もしスライムしか召喚できなくても、めちゃくちゃ強いんだろうなと思う。
だから、僕も少しだけ、強くなれるかもって希望が持てる。
「そういえば、スカイさんは教会に何をしに来たの?」
セナちゃんに質問する。
「なんか、お父さんとちょっと揉めてたみたいなの」
「揉めてた?」
「うちの教会にある召喚石が、誰かに狙われてるとか」
「セナちゃんとこの教会に、召喚石があるの?」
「そうみたい。それを守ってくれるって言うんだけど、お父さんは預けるわけにはいかないって断っちゃって……」
確かに、召喚石を使えば強力なモンスターを呼び寄せて、いろんなことができる。
悪いヤツの手に渡ったら、悪用されるかもしれない。
「召喚石を利用した事件が増えてるらしいから、気をつけないとね」
「うん」
「スカイのやつめ。召喚石を守るつもりだろうが、それはお前のいる所に召喚石があるって教えているわけだ」
背後からいきなり声がした。
振り向くと、黒い服に身を包んだ、見るからに怪しい男が立っていた。
「君がセナちゃんだね。君のお父さんと話がしたいんだ。紹介してもらえるかい?」
男がセナに近付く。
「い、いやです……」
「そんなこと言わずに、さっさと呼べよ」
男が、早速本性を現した。
「嫌がってますよ。やめてください」
勇気を振り絞って、男に話しかけた。
「なんだお前」
男がこちらを睨んでくる。
怖くて声が出なかった。
「こいつは召喚士のグライデンだ。そして俺はスラまる」
スラまるが僕の代わりに声をあげる。
「消えろ」
男は、杖をスラまるに叩きつける。
ダメージを受けたスラまるが消えてしまう。
「スラまるくんっ!」
「大丈夫だよ、セナちゃん。帰還しただけだから、また呼び出せる」
召喚モンスターは、召喚士の魔力を原動力として動く。
体力が尽きても、召喚士のMPが減るだけで、モンスターは無傷で帰還する。
「お前みたいなクソガキ、相手するつもりはねぇよ」
「じゃあ、俺ならどうだ?」
ジータの声だった。
「スカイがいるって聞いて戻ったら、怪しいおっさんしかいねえじゃん」
「ジータ君、気をつけて! こいつヤバそうだよ」
「でくのボウは黙ってな。こんなヤツ、俺が瞬殺してやるよ」
「いいねー。生意気なクソガキをボコすのが、俺の趣味なんだ」
「こいつを見てもそんなことが言えるのか?」
ジータが杖をかざす。
空中に光の輪が生じ、ワイバーンが召喚された。
「すごい」
セナがつぶやく。
ワイバーンは、大きな両翼を羽ばたかせ、上空から男を見下ろしていた。
翼から生じる風が、こちらに吹き付ける。
「見ろよおっさん、クソガキにやられるってのはどんな気分だ?」
さすがは性格の悪いジータ。
煽りの才能もレベルが高い。
「クソガキにしてはやるじゃねえか。なら、こいつを使ってやろう」
男がポケットから何かを取り出す。
それは、召喚石だった。
「ほらよ、出てこい!」
男が召喚石をかかげる。
すると、地面に大きな黒い影が生じる。
その影の中から、大きな手が這い出て来た。
現れたのは、巨大なトロールだった。
緑色をした一つ目の巨人は、右手に巨大な棍棒を持っていた。
「な、なかなかデカいじゃねーか……」
男が召喚したトロールは、ワイバーンの数倍デカかった。
「だがな、そんなとろいやつの攻撃、ワイバーンには当たらねえぞ」
ワイバーンが空中を飛び回る。
「ふっ……」
男は不適な笑みを見せる。
「やれ! ワイバーン!」
ワイバーンがトロールに向かって火の玉を吐く。
火の玉が直撃するが、トロールは微動だにしなかった。
「おいお前、なんかしたか?」
男が挑発する。
「お前、ムカつくヤツだな! ワイバーン!」
ワイバーンが男に向かって火の玉を放つ。
「よく分かってるな。召喚士を狙うのが定石だ」
トロールが男の前に立つ。
飛んでくる火の玉を、トロールが受け切った。
「だがそれは、お互い様だ」
トロールが、ジータに向かって突進する。
「ジータ君! 危ないわ!!」
セナちゃんが叫ぶ。
「ちっ、ワイバーン!」
ワイバーンがジータの元へと飛んでいく。
トロールが棍棒を振り下ろす。
その一撃は、ワイバーンに直撃した。
「ワイバーン!!」
ワイバーンは、消滅した。
「おいクソガキ。誰を瞬殺するって?」
「……やるじゃねーか。楽しかったぜ」
そう言ってジータは走り去って行った。
「……行っちゃった」
セナちゃんは唖然とした様子だった。
「仕方ないよ。多分もう召喚する魔力が残っていないんだ」
男がこちらに近づいて来る。
「く、来るな!」
「うるせーな。お前に用はないんだよ」
男の背後から、トロールも近づいて来る。
どうしよう? スライムじゃ勝てない……。
「そこまでだ!」
誰かの声が響きわたる。
「お父さん!」
声の主は、セナの父シルヴァだった。
「お前の狙いはこの召喚石だろ? 子供たちには手を出すんじゃない」
シルヴァの手には、召喚石が握られていた。
「潔いじゃねぇか。助かるぜ」
男が、シルヴァに近づいて行く。
「ダメよ、お父さん。それは命より大事なものって言ってたじゃない」
「そうだ。命より大事なものだ。だから、持って行くなら私を殺してからにしろ!」
シルヴァが杖を掲げる。
「良い覚悟だな。約束通り子供には手を出さないでやる。そしてお前を殺す」
「そう簡単にはやらせんよ」
シルヴァが魔法を放つ。
杖の先から火炎弾が放たれ、男へと飛んでいく。
「無駄だ」
トロールが男の前に立ち、火炎弾を受け止める。
「やれ!」
トロールがシルヴァに向かって行く。
「逃げて! お父さん」
「悪いな、セナ。逃げるわけにはいかんのだよ」
トロールの棍棒が、シルヴァの頭上に振り下ろされる。
「お父さんっ!!」
セナちゃんの悲痛な声が響く。
「スラまる」
とっさにスラまるを、シルヴァの近くに召喚した。
「どけっ」
「ぐあっ」
スラまるはシルヴァに体当たりをして、体を弾き飛ばした。
トロールの一撃は、スラまるに直撃し、スラまるは消滅した。
「シルヴァさん! 大丈夫ですか?」
「私は大丈夫だ。君は逃げなさい!」
シルヴァが叫ぶ。
気づけば、彼が握りしめていた召喚石が足元に転がっていた。
召喚石を拾い上げる。
「これは……」
「おいクソガキ、そいつを俺によこせ!」
「そういえば、君も召喚士だったね。もしかしたら、その召喚石を使うことができるかもしれない」
「無理だよ。僕なんかに」
「グライ君、お願い、やってみて」
背後からセナちゃんが言う。
多分無理だ。
無理だけど……やるしかない!
正面からトロールが迫って来る。
両手を召喚石にかざし、深呼吸をする。
全ての神経を集中させ、魔力を込めた。
「お願い! 出て来て!!」
かざした両手の間から、光が生じる。
そして、その光の中からモンスターが現れる。
召喚されたのは、スラまるだった。
「ぎゃはははは!! そりゃこんなクソガキに召喚石が使えるわけねーよな」
男が笑い転げる。
まるでジータにバカにされた時みたいだった。
「……やっぱり、僕には無理か」
「おい、俺のこと呼び出しておいて、何ガッカリしてんだ」
「ご、ごめん。僕がわるいんだ」
「そんなことより、さすがの俺でも、あのデカいのは倒せないぜ」
トロールがゆっくりと近づいて来ていた。
「でも、何とかしなきゃいけないんだ」
「じゃあ、もっとやってみろよ」
「え?」
「まだ召喚できるだろ。やれるだけやってみろよ!」
手元の召喚石に目を向ける。
そうだ、一回でできるわけないんだ。
だったら、できるまでやってみれば良い。
「やってみる」
召喚石に手をかざし、魔力を込める。
光が生じ、モンスターが現れる。
それは、やはりスライムだった。
「ぎゃはははは!」
男の笑い声が響く。
だけどもう、そんなの気にならなかった。
「お、スラよしじゃねえか」
「スラまるさん? 僕も召喚されたってこと?」
「そうみたいだな」
気を取り直して召喚する。
やはり、またスライムが現れる。
「よう、スラみ」
「あら、スラまるちゃん」
「まだまだ」
召喚する。
またもやスライムが現れる。
「今度はスラやすか」
「おう、久しぶりだな」
「流石にもう飽きたぜ。ここで終わりだ」
「おい、あのデカぶつは俺たちで引きつける。お前は召喚に集中しろ」
「わかった。任せたよ」
スライムたちがトロールの方に向かっていく。
「そんなやつら蹴散らしてやれ!」
トロールが棍棒を振り下ろす。
しかし、体の小さなスライムたちは、その攻撃をひらりと交わしていく。
僕が、僕が頑張らなきゃ。
今度こそ!!
魔力を込めてモンスターを召喚する。
しかし、現れたのはまたしてもスライムだった。
「僕はスラじろう、よろしくね!」
「う、うん。よろしく……」
「あれ? もしかして、グライデンさん?」
「そうだよ」
「うわー! 伝説の召喚士じゃん!!」
スラじろうは飛び跳ねて喜びを表現していた。
「違うよ。誰かと勘違いしてるんじゃないかな?」
「ううん。間違いないよ。スラまる兄さんから聞いた通りだ」
「スラまるから?」
「スラまる兄さんは、いつも伝説の召喚士グライデンに呼び出されてるんだって」
「それは、スラまるが大げさに言ってるだけだよ」
「伝説の召喚士グライデンは、毎日毎日修行を積んでいて、成長し続けてるんだって」
「まあ、それはそうだけど」
「それに、時には勝てない相手と戦っても、絶対に諦めない人間なんだって」
「それは……まだこれからの話だよ」
「兄さんは、そんな召喚士に呼んでもらえることを誇りに思ってるんだ」
スラまるの方を見る。
彼は、トロールの攻撃をひたすらに避け続けていた。
「僕は、そんなんじゃないよ」
「え?」
「才能もないし。スライムしか召喚できないし。召喚石も使えないし……でも」
「でも?」
……でも、全然ダメだけど、期待には応えたい。
だから、絶対に、最後まで諦めない!
「あっ、スラまる兄さん!」
スラじろうが叫ぶ。
スラまるに視線を向けた。
「デカぶつが、調子に乗りやがって!」
スラまるはトロールに向かって突進していた。
体当たりが、トロールに命中する。
「そんなカスみたいな攻撃、無意味だぜ」
男がにやけながら言う。
次の瞬間、トロールの拳がスラまるに叩きつけられる。
そしてスラまるは消滅した。
「スラまる兄さん!」
「大丈夫。帰還しただけだから」
すぐにスラまるを召喚する。
「あのデカぶつ、やっぱり硬いな」
「スラまる兄さん」
「お、スラじろうじゃねぇか」
「スラまる、ごめん、召喚石は使えそうにないや」
「グライデン、俺に考えがある。あと何匹召喚できる?」
「どうだろう? わかんないや」
「まあいい、やれるだけやってみてくれ」
「わかった。やってみる」
今まで、何匹もスライムを召喚したことなんてなかった。
一体、どれだけ呼び出せるかわからない。
でも、とにかく今はできることをやるしかない。
「出て来て!」
両手を前にかざし、魔力を込める。
了解の間に光が生じ、スライムが現れる。
「お、スラゆき」
間髪入れずに次のモンスターを召喚する。
またしてもスライムが現れる。
スラまるは、呼び出されたスライムに声をかけていく。
「スラぼうじゃん」
「スラすら!」
「スラばんぬ」
「えっとー、誰だ?」
スラまるでさえも知らないスライムが呼び出される。
気づけば、召喚したスライムの数は100匹に到達していた。
「……グライ君、すごい」
父シルヴァのそばで戦いを見守っていたセナが声をもらす。
「彼には、こんな才能があったのか」
シルヴァも自分の目を疑う。
これだけのモンスターを呼び出せる召喚士など、見たことがなかった。
「おいおい、こんなに要らないぜ」
スラまるも、スライムの多さに引いてしまう。
「え、嘘? どうしよう?」
「召喚した本人が戸惑ってるんじゃねえ!」
「ご、ごめんよ」
「おい、お前ら! あのデカぶつをぶっ倒すぞ!!」
スラまるがスライムたちの指揮を執る。
「は? なんだお前? 偉そうだな」
スラまるのことを知らないスライムが、文句を言い出す。
「おいグライデン、みんなを従わせろ」
「できるかな?」
「できる! 当たり前だろ」
「うん」
スラまるに背中を押され、スライムたちの前に立つ。
「みんな! とりあえずスラまるの指示に従って!」
精一杯声を張り上げる。
大量のスライムからの視線が怖くて、つい目を閉じてしまっていた。
「……」
恐る恐る、目を開けて見る。
「おう!!!」
スライムたちが一斉に返事をした。
「相変わらず人任せだな。だけど、それで充分だ」
そう言ってスラまるが前に出る。
気づけば、トロールが棍棒を振り上げて、こちらに突撃していた。
「お前ら! 全員で壁を作るぞ!」
スラまるの指示に従い、大量のスライムが積み重なっていく。
あっという間に、目の前にスライムの壁が完成した。
「おいグライデン、俺が何を考えてるか、わかってるな?」
「もちろん。僕のことは気にしないで」
「ああ、そのつもりだ」
すでにトロールは目の前まで迫っていた。
「行け! スライムごとぶち壊してやれ!!」
男の指示を受け、トロールがスライムの壁を目掛けて、渾身の一撃を振るう。
「今だ! 逃げろ!」
スラまるの声と同時に、スライム達が逃げ去る。
スライムの壁は一瞬で無くなり、グライデンが無防備になる。
「はっはっはっ! 召喚したスライムにまで見放されるとはな。トロール、そいつをぶち殺せ!」
トロールの棍棒が振り下ろされる。
両腕をクロスさせ、その一撃を受け止めた。
しかし、その威力によって、体が吹き飛ばされる。
「ぐわっ!!」
どこまでも地面を転がっていく。
体のいたる所が擦り切れ、血が流れる。
何メートルも転がった所で、ようやく勢いが収まった。
「グライ君!」
「だい、じょうぶ……」
何とかその場で立ち上がった。
「は!? 嘘だろ? 何で生きてるんだ?」
男が驚きの声をあげる。
「僕は、生まれつき、体が丈夫なんだ!」
「は? 何だよそりゃ。だったらもう一発だ。行けトロール!」
「やらせねえよ」
スラまるがトロールに飛びかかる。
他のスライム達も、一斉に飛びかかる。
「そんな雑魚どもの攻撃なんて、効くわけねぇだろ」
「戦ったことあんのかよ?」
スラまるが男に向かって言う。
「は?」
「お前、100匹のスライムと、戦ったことあんのかよ!?」
スライムたちがトロールに突撃していく。
「これは、いけるぞ」
シルヴァがつぶやく。
「え? お父さん、どういうこと?」
「1匹の攻撃は1ダメージしか入らないかもしれない。だが、100匹でやれば100ダメージだ」
「100ダメージ……」
「さすがのトロールも、耐えきれんだろうな」
スライムたちの攻撃が、積み重なっていく。
「おい、トロール! 何やってんだ!? おい!!」
シルヴァの言葉通り、トロールは消滅した。
「う、嘘だろ?」
男が手にしていた召喚石が、崩れ落ちる。
「お前、覚悟しろよ!」
スラまるが男に詰め寄っていく。
「く、くそ! トロールを倒したくらいでイキがるなよ」
男が杖をかざす。
「スラまる! 気をつけて!」
そう指示を出した時には、敵のモンスターが召喚されていた。
それは、大きな鳥のモンスター、ゴーバードだった。
「熟練の召喚士はな、ちゃんと逃げるだけの魔力は残しておくもんだ」
男はゴーバードの背に乗り、飛び去って行った。
「逃げるんじゃねえ!」
スラまるが叫ぶが、すぐにゴーバードの姿は見えなくなった。
「グライデン君、助かったよ」
シルヴァが立ち上がって言う。
「スライムたちのおかげですよ。みんなありがとう!」
100匹のスライムたちは、嬉しそうに帰還していった。
「いや、これだけのモンスターを召喚した君のおかげさ」
「うん。すごかったよ! グライ君」
「そ、そうかな?」
こんなに褒められることなんて無かったから、なんだか歯がゆい感じがする。
「私の考えが甘かった。またあんな奴らが来たら追い返せない。これは君に預かってもらおう」
シルヴァが召喚石を差し出してくる。
「でもそれ、命より大切なものなんじゃないですか?」
「そうだ。だから信頼できる、君に託したいんだ」
「そうよ。グライ君、受け取って」
「でも、僕じゃ使いこなせない……」
「いいから、早く受け取りなさい!」
セナが圧をかける。
「は、はい」
シルヴァから召喚石を受け取った。
「今は使えなくても、君なら使えるようになるさ」
「はい、頑張ります」
さっき試したときは、何の反応もなかったけど、僕に使えるようになるのかな?
でも、とにかく頑張るしかないか。
「おじさん、ありがとう!」
「うん、頼んだよ」
こうして、波乱の幕開けから、召喚士としての冒険が始まった。