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思わぬ来客

お待たせしました。

 夜会の日、突然外泊をしたコートニーを侍女長は咎めなかった。


 変わらず、エレオノーラ付きの侍女として仕事をしていたが、しばらくの間、お茶会への付き添いは別の侍女がすることになった。

 いつもなら、エレオノーラと過ごす時間が減って落ち込むところだが、今回ばかりはありがたいとまで思ってしまった。

 侍女長は、なんとなく事情を察しているようだった。


 しばらくすると、またお城に上がる時には付き添うかと言われたがコートニーにはまだその勇気がなかった。

 まだ、会う勇気がなかった。


 めげないところが自分の良いところでもあり悪いところでもあるのは、自覚していた。そんなコートニーがこんなにいつまでも落ち込んでいるのは、これまでにないことで、周りにも気を遣われていることはわかっていたが、どうしても気持ちが切り替わらなかった。


 エレオノーラも、何か言いたそうな顔でコートニーを見ていることがあった。エレオノーラは、事情までは知らないだろうが、夜会で同じ場所にいたのだ。何となく、あの日何かがあったことは察しているのだと思う。年下で主人であるエレオノーラにまで気を遣わせていて、コートニーは余計に落ち込んだ。


 そうこうしていると、今度は侍女長が、今後について、実家である子爵家と話をしてはどうかと持ち掛けてきた。表向きは、十八歳になったからというものだったが、自身の子爵家でも立場と今後を確認してきた方が良いということのようだった。しかしこれも、コートニーは、子爵家を実家とはどうしても思えなかったので、あいまいに断ったままになっていた。


 あの日以来、何度も思い出す。

 コンラッドの傷ついた顔。

 ベルダには、思い込みを捨てて、ゆっくり考えるように言われたが、何を考えればいいのかわからなかった。


 ただただ、コンラッドのことばかり思い出していた。

 夏はとうに終わり、庭の木はその葉を色づかせてきていた。

 コートニーは、仕事の合間にぼんやりとその様子を眺めて過ごした。 








 秋もすっかり深まった頃、侍女長に公爵家の使用人棟の客間に呼び出されたコートニーは、そこにいた人物を見て目を疑った。


 そこには侍女長の他に、コートニーあての客人がいた。


「久しぶりだね。コートニー」


 そう言って笑うのは、コートニーの異母兄である子爵家の長男だ。そして、その横にはーー。


「子爵夫人」


 その母である子爵夫人がいた。コートニーに公爵家に奉公に行くよう告げたのは、何を隠そうコートニーの父子爵の正妻であるこの夫人だ。


 父は、引き取られたコートニーに関心を持てないようで、たいして話した記憶もない。夫人にも別に優しくはされなかったが、教師をつけて貴族教育は受けさせてくれた。

 その夫人がわざわざコートニーに会いにきた。コートニーの背中に嫌な汗が流れた。


「ご無沙汰しております。子爵夫人」

「ええ。久しぶりね」


 子爵夫人はコートニーの挨拶に鷹揚に頷いた。


「コートニー。公爵家に仕え初めて三年以上が立ち、あなたも十八歳を迎えました。未婚の女性を預かる身として、今後のことについてご実家を話し合いなさいと以前から言っていましたね」


 侍女長の言葉に、コートニーは身をすくめて「はい」と小さな声で言った。

 まさか、こちらから行かないからと言って、あちらを呼ぶとは。


「いや。そんな堅苦しくならなくていいよ。たまたま王都に出てくる用もあったし。君のことについても、ついでにこの機会に確認しておこうと思っただけだよ」


 異母兄が、にこやかに言った。異母兄は、そう言えば、いつもこんな感じの人だった気がする。母が違うコートニーにも特にきつく当たったりすることもないし、かといって必要以上にかまってくることもない。

 子爵夫人も息子の言葉に頷いた。


「そうね。その前に一つ訂正しておくわ。私、今は、前・子爵夫人なの」

「え?」

「父は引退させたんだ」


 異母兄の思わぬ発言に、驚きすぎたコートニーは返事もできなかった。異母兄はまだ二十代半ばで、父もまだ引退するような歳ではなかったはずだ。


「父は引退させた。――まあ、母がね」


 返事をしないコートニーに聞こえていないと思ったのか、異母兄がもう一度、今度は少しゆっくりと言った。

 それを受けて、前子爵夫人が扇で顔を隠してうなずいた。


「ええ。半年前にまたあなたに妹が産まれたの。そろそろ、終わりにしていただかないと私も面倒が見切れないから、山奥の屋敷に引退させて、通いの男性の使用人だけに世話をさせているわ」


 ん?

 また?

 きょとんとしたコートニーを見て、異母兄が笑った。


「あはは。君は、知らないと思うけれど、父には母親の違う娘が君のほかにあと4人いる。一番小さい子がこの間生まれた子だよ」

「そうね。あの人は作るだけ作って産まれたって知らんぷりなのだから、皆、私が世話をしているのよ」


 あなたの勤め先を世話したのだって、私だったでしょう。だから今回も私が来たのよと語る夫人に、コートニーは言葉がなかった。


「父は、見た目はいいし、口が上手いからね。あちこちで女性を引っ掛けてきては、すぐ飽きちゃうんだよね」


 困ったよねえという異母兄はあまり困ったようには見えないが、見せないだけで、それは困っただろうということはコートニーにも想像できた。


「まあ、あなたは、シエラの娘ですからね。私だって少しは気にかけていますよ」

「え?」


 思いもかけない名前が夫人から出た。


「あはは。母上は素直じゃないなあ。今日だって、母上が気にしているから来たって言うのに」


 異母兄の笑い声もコートニーには聞こえていなかった。

 シエラは、コートニーの母の名前だ。何故、夫人が母のことをそのように呼ぶのだろう。


「母のことを、ご存じなのですか?」

「……あなた。……母親が誰に仕えていたか、知らないの?」


 怪訝そうに聞く前子爵夫人に、コートニーはうなずいた。


「え? ええ。いつもお嬢様としか言っていなかたったので」


 それを聞いた子爵夫人は頭痛がしたように頭に手を添えた。


「あの子はそそっかしかったから。――だけど、……そう。あの子らしいと言えばそうね」

「ええっと」


 コートニーは、戸惑った。夫人のいう「あの子」とは。もしかして、母が仕えていたのは。


「じゃあ、母が言っていたお嬢様って」

「ええ。私のことよ。あの子は私の結婚前から私に仕えていて、子爵家に嫁入りする時についてきたの。ーーそそっかしいから、私の話をあの人としているうちに乳母になれるとかなんとか言われたらしくて、ころっと騙されてあなたができたのよね」


 初耳だった。子爵の子を産んでおいて乳母の何もないというのは、コートニーでもわかったけれど、世間知らずのメイドなら騙されるかもしれない。


「だから呆れはしたけれど、別にあの子のこともあなたのことも恨んだりはしてないわよ。私も妹のように思っていたあの子の娘だから少しでも良いところにと思って奉公に出したけれど、何とか務まっているようで良かったわ」


 夫人は扇を広げて、優雅に仰いだ。

 態度はともかく、コートニーを案じてくれているのは本当のようだ。


 夫人はコートニーの頭の先からつま先までを眺めて言った。


「それにしても、まさか侯爵家の人間を捕まえるなんてねえ」


 ーー今度は何の話だろうか。


「まあ、母上。侯爵家と言っても嫡男ではないですし、彼女も庶子であることを考慮して、釣り合うように男爵位を継ぐ予定のようですし」

「あら、そうなの?」


 子爵夫人にスッと近づいた侍女長が口を開いた。


「この子の教育係であった者も男爵家の出身ですので、その辺りも含めて考慮されたようですわ」

「まあ、さすが。そつがないわ」


 侍女長の説明に、満足げに扇で半分顔を隠し、子爵夫人は頷いた。

 どうやら、侍女長も事情を知っているようだ。しかし、コートニーには訳がわからない。


「では、持参金もあの人の小遣いで賄えそうね」

「あはは。また小遣いを減らすのですか」


 父上をあまりいじめると王都に戻ってきちゃいますよと笑う息子に夫人は心底嫌そうな顔をした。


「あ、あの。持参金って」

「あなた。子爵家の名前を名乗っておいて、まさか手ぶらで嫁に行こうと思っているの?」

「……嫁?」

「ええ。あなたのことは、子爵家に引き取ったのだから、きちんと持参金くらいは出してよ」

「持参金……」


 要領を得ないコートニーに、子爵夫人の眉間の皺が深くなる。


「あなた、さっきから話が通じないけれど、何を言っているの?」


 いや、それはこちらのセリフだ。


「まさか。私が、あなたが庶子だからと言って、持参金も持たせないような狭量な人間だと思っているのではないでしょうね」


 夫人は鋭く、コートニーをにらんだ。

 これはまさかーー。


「え? 私、どこかに嫁がされるのですか?」


 コートニーは焦った。子爵家にお世話になった以上、子爵家の意向に沿わないといけないのはわかっている。だから、コンラッドの申し出にあんなことを言ってしまった。

 でも、まだ、私、本当はーー。


「え、私、あの……、どなたに、嫁ぐことに?」

「ちょっと、話が通ってるのではなかったの?」


 動揺するコートニーを見て、前子爵夫人が息子を睨みつけた。


「え?いやあ僕もそのつもりで。あれ? 本人も知っているような口ぶりだったんだけどな……」

「ちょっと、あなた! 本当に何も聞いてないの?」


 はっきりしない息子から、コートニーに向き直った夫人は、コートニーを扇でビシッと指した。


「え? な、何をですか?」


 なんだか、話がおかしい。

 ぽかんとするコートニーに青筋を立てた子爵夫人が再び口を開こうとしたその時。


 ばん!と大きな音がして、扉が開かれた。

 いつも読んでいただいてありがとうございます。

 なんとか書き上げて、明日で完結です。

 あと少しお付き合いください。

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