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嵐は過ぎて

今日は短めです。

 ヘイデンの家は、中流家庭の家が立ち並ぶ街区の一角にある。大邸宅はないが、こぢんまりとした庭付きの家が並ぶ区画で、治安も悪くない。


 公爵邸がある一等地の外れから、主に通いの使用人が利用する辻馬車が出ているので、コートニーは休みの日に何度か遊びに来たことがある。

 とはいえ、コートニーが遊びに来るような時間は日も高く、夕方には心配性のヘイデン夫妻に辻馬車に押し込められるように追い返されるので、暗くなってから訪れるのは初めてだった。

 大雨の中でも玄関の灯りは消えずに灯っており、住む人の温かさを感じさせた。


 ヘイデンは、玄関の軒先にコートニーを立たせると、御者に用件を告げに行き、小走りで戻って来た。

 物音を聞きつけたのだろう。ヘイデンが戻ってくるのとほぼ同時に、玄関のドアが開いた。


「ベルダ! 起きていたのか。でも助かった」


 ヘイデンの妻のベルダだった。ベルダは、夫の帰りを出迎えたつもりが、思わぬ来客に目を丸くしたが、コートニーの顔を見て、何かを察したようだった。


「まあ。コートニー。ずぶ濡れじゃない。体を拭かないと。お湯も用意するわね」

「……ベルダさん」


 ベルダの顔を見て、コートニーの顔が歪む。それに気づかず、すぐに身を翻そうとした妻をヘイデンが止める。

 

「湯の用意は俺がやる。着替えを用意してくれないか」


 振り返ったベルダはコートニーの顔を見て頷いた。

 

「わかったわ。あなたも着替えて。――お屋敷には?」

「御者に言伝を頼んだ。この雨だ。お咎めはないだろう」

 

「ふふ」


 思わずと言ったふうに笑ったコートニーにヘイデンが眉を上げた。

 

「なんだ、コートニー」

「ヘイデンの過保護っぷりも相変わらずなんだなと思って。二人が一緒のところ久しぶりに見られて嬉しい」


 ヘイデンは大袈裟に呆れた顔をした。


「バカ言ってないで、早く拭け。俺は向こうで湯をつくってくるから」


 どうやら笑い声と共に溢れた涙は見ないふりをしてくれるようだった。それも含めてベルダに任せることにしたのだろう。

 ベルダは何も聞かずに、奥の部屋にコートニーを促すと、着替えと乾いた布を持って来てくれた。


 コートニーは差し出された布を受け取る。


「温まる前に一回着替えて。ここでは足湯くらいしかすぐにはできないから」


 コートニーは体を拭いて用意された服に着替えた。ベルダの香りがした。その間に、寒い季節でもないのに、暖炉に小さく火をつけてくれたベルダは、ゆったりとした服を着てはいたが、お腹が目立ってはいなかった。


「……ベルダさん。ご懐妊おめでとうございます」


 ベルダは、コートニーが知っているとは思わなかったようで目を丸くした。


「ヘイデンに聞いたの? まだ誰にも言っていないと思っていたのに」


 そして、ありがとうと微笑んでコートニーの髪をそっと拭いてくれた。いつのまにかコートニーの服は暖炉の前に広げられていた。


 コンコンとドアがたたかれて、お湯を持ったヘイデンが現れた。お湯を沸かしている間に着替えたようだ。普段は見ない部屋着を着て、肩から布をかけていた。短髪なので、髪の毛はすでに乾いているようだった。


「これでいいか?」

「ええ。ありがとう。お茶を淹れるからあなたも飲んで」

「じゃあ熱い湯も持ってこよう」


 ヘイデンが足元に置いた湯にコートニーはそっと足を入れた。足先がじんわりと温まると、体の強張りも少しずつ抜けていく。自分でも意識しにうちに随分と力が入っていたようだ。

 ヘイデンが再び持ってきた湯で、ベルダがお茶を入れてくれた。

 ベルダが入れてくれたお茶だからか、何か心が落ち着く作用のあるお茶なのか、慣れないことばかりだった一日に疲れ果てたコートニーは、いつの間にかソファでうとうとしてしまった。

 足がそっと拭かれるのがわかったが、どうしても目が開かなかった。

 ベルダとヘイデンが低く話す声がする。

  

 ――すまないな。体調は大丈夫か。

 ――あら、コートニーのことだもの。連れてきてくれてありがとう。客間のベッドに運んでくれる?


 ゆらゆらゆらゆら。外は嵐のはずなのに、何故か静かな夜だった。

 二人の暖かさとこの家の心地よさに、半分眠ったままのコートニーの目から涙が溢れた。


 そっとベッドに下ろされる気配と、そっと涙を拭いて布団をかけられる気配がする。

 二人の足音が遠ざかるのを聞きながら、コートニーは意識を手放した。






 嵐の去った次の日は、よく晴れた穏やかな天気だった。夏も終わり秋に差し掛かろうとする今の季節は、晴れた日の昼間はまだ暑いくらいだ。


 ヘイデンは、夜会の護衛明けなので、遅い朝食をとって昼からの出勤だった。夜会に出るからと翌日は休みにされていたコートニーは、ベルダと共にヘイデンを見送った。


 ベルダの体調を気遣っていろいろと手伝おうかと思ったが、日中は通いの家政婦がいて、食事の支度や洗濯掃除を請け負ってくれるそうで、結局、お茶を淹れるくらいしか手伝えることがなかった。


「ありがとう」


 昨夜は気付かなかったが、やはりベルダは普段よりは体調が悪そうで、これなら飲めると言った茶葉でコートニーがお茶を入れるのを、静かに見ていた。


「コートニー、所作が綺麗になったわね」


 ゆったりとソファに腰掛けて、ベルダが言った。


「そうですか? 最近お城について上がることになって、そちらの侍女様の所作なども見ているからかもしれません」

「ーーヘイデンの話だと、お嬢様と殿下も随分打ち解けられたみたいで良かったわ」


 ベルダはしみじみと言った。おそらくベルダは二人が小さい頃、まだ仲の良かったエレオノーラとランベルトの様子を知っている。

 今の二人は、少しでもその頃に近づいただろうか。


 そうだと嬉しいのだけれど。


 でも、あの人はもうそれを一緒に喜んではくれないのではないだろうか。


 黙り込んでしまったコートニーをベルダは自分の横に呼んだ。


「ねえ、コートニー。何があったか聞いてもいい?」


 コートニーは、これまでのことをベルダに話した。

 エレオノーラについて王城に上がるようになったこと、殿下についた侍従にいろいろと助言をもらったこと、一緒にバラ園を下見したこと、夜会にエスコートしてもらったこと、そしてーー。


「私、ひどいことを言いました。傷ついた顔をしていました。でも、ああ言うしかなかったんです」


「でも、後悔してる。本当は言いたくなかったのよね」

「……はい」


 そうだ。言いたくなかった。あんなことは。

 でも、ほかにどんな言いようがあった?


 俯いてしまったコートニーを見て、ベルダは困ったように笑った。


「コートニーは思い込みが激しいものね。本当に自分が思っていることだけが全てなのか、実際には違う見方もできるのか、ゆっくり考えてみたらいいわ」


 思い込み? 

 そうだろうか。


「それから、自分の気持ちもね」


 私の、気持ちーー。


 ベルダの言葉は、コートニーの心に波紋を作った。

 

 考えてこむコートニーを見ながら、ベルダはゆっくりお茶を飲んだ。

 少し冷めているけれど、今のベルダには一番美味しいお茶だ。つわりがひどくて寝込みがちなベルダを案じた夫が、町で見つけてきてくれた。


 ベルダにとって気の置けない男友達のような関係だった夫とは、今は共に暮らし子を成そうとしている。

 一人でいじけて、勝手に拗ねていた自分が素直になるきっかけをくれたのはコートニーだとも言える。


 だからーー。


 コートニーにも、そんなことが起きたらいいと思う。


 いつもはうるさいくらい元気な後輩のいつになく静かな物思いの様子を見ながら、ベルダはそっと願った。


 

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