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デートの下見

「――なるほど。殿下の侍従と。コンラッド・セラーズ様。侯爵家の四男でいらっしゃるわね」


 いくらコートニーでも無断で殿下とお嬢様のデートの下見に行ったりはしない。上司である侍女長に報告すると、コートニーが思ってもいないところで侍女長が考え込んだ。ーー侯爵家。でも四男ーーとぶつぶつ呟いている。

 不思議に思いながらも、黙って姿勢良く待っていると、やがて侍女長は顔を上げた。


「わかりました。――子爵家の令嬢として相応しい振る舞いをするように」


 何故か公爵家の侍女としてではなく、子爵家の者としての振る舞いを求めた侍女長にコートニーは首を傾げたが、何はともかく許可は出た。


「ありがとうございます!」


 元気よく礼を言うコートニーに不安げな顔をした侍女長のお小言が始まらないうちに、コートニーは持ち場に戻ったのだった。




 その日は、よく晴れたお出かけ日和だった。

 当日もその予定だからと、公爵家にコンラッドが迎えにきてくれた。


 もちろん、正面玄関を利用するわけにはいかないし、コンラッドも王家のお忍び馬車を使うわけにもいかない。

 セラーズ侯爵家の名前で借りたという紋章のない馬車を、使用人宿舎近くの東門につけた。


 お忍びとは言っても、王孫殿下と公爵令嬢をあまりおかしなところに連れて行くわけにもいかない。結局、下位の貴族や裕福な平民に人気の王都のバラ園と少しカジュアルに若い貴族が楽しめるカフェに行くことになった。

 コートニーの装いも、少し気取ったところに遊びに行く際のワンピースでちょうど良かったので助かった。本日のお出かけにちょうど良いと侍女長のお墨付きた。お嬢様はここまでカジュアルなワンピースはお持ちでないので、本番までに用意しなくてはねとまで侍女仲間と話していた。


「お綺麗です」


 と褒めてくれたコンラッドは、いつものカチッとした装いではなく、少しカジュアルなジャケット姿だ。こちらも王孫殿下の装いを考慮したのだろう。カジュアルではあるが、上質な生地だった。


「セラーズ様も素敵です」


 褒めてもらったので、お返しににっこり笑ってそう言うコートニーに、何故か「うっ」と一瞬詰まったコンラッドだったが、すぐにいつもの表情に戻って、馬車にエスコートしてくれた。


 

 バラ園は、敷地が広く閑散としているわけではないが、ほかの観覧者との距離は十分にある。今日は、最低限の護衛しかつけていないが、本番はもっと護衛の数が増える予定なので、あまり混み合っておらず、コートニーは安心した。これなら護衛と距離をとっても危険はなさそうだ。


 ランベルト殿下がなるべく二人で歩きたいとのご希望だとのことで、コンラッドとコートニーも護衛とは距離を取ってもらっている。


 コンラッドは今回の下見のためにさらに下調べをしてくれたようで、広大なバラ園の中でもエレオノーラが好みそうな一角に真っ先に連れて行ってくれた。


 

「まあ。これもエレオノーラ様が好きそう。――これをエレオノーラ様が殿下に送らせていただいたらどうかしら。逆にこれを殿下から賜ったら大層お慶びになりそうだわ」


 コートニーは、初めてくるバラ園にはしゃぎっぱなしだった。

 特に何をいうこともなくエスコートしてくれていたコンラッドだったが、ランベルト殿下の生誕祝いにと植えられたという「プリンス・ランベルト」という薔薇を見て、声にならない悲鳴をあげたコートニーに耐えきれなくなったように吹き出した。


 しまった。はしゃぎすぎだった。

 コートニーは、いつの間にかかがみ込むような姿勢になっていたのに気づいて、慌てて体を起こす。

 その間もくすくすと笑っていたコンラッドが、しみじみと言った。

 

「あなたは、本当にシューレンベルグ公爵令嬢が大好きなんだな」


 穏やかな目で見つめられて、コートニーはなんだかお腹がむずむずした。

 

「ええ.誰よりも幸せになっていただきたいと思っています」


 コートニーは、「プリンス・ランベルト」の横に咲くバラに目を移した。王子をイメージした大輪のバラの横にあるその花は、小さく揺れていた。


「ーーお嬢様は私に居場所を作ってくだいましたから」


 いつものコートニーらしくない静かな口調に、コンラッドも静かに返した。


「――カートランド嬢は、カートランド子爵の御息女とか」


 そう言われて、驚いた顔で振り向いてしまったコートニーだったが、すぐにそれはそうかと思い直した。お仕えする王孫殿下の婚約者に付き従っている侍女の素性など調べないわけがない。

 でも――。


「そのようですね。私、庶子なので子爵家で暮らしたことはほとんどないのです」


 コンラッドは黙って聞いている。もちろんそのあたりも調べてあるのだろう。


「ご存知だとは思いますけれど、私は母が亡くなるまで王都で平民として暮らしていたんです。父親が貴族なことは知っていましたし、今思うと家と最低限の生活費は子爵家からもらっていたんだと思います。でも父親が訪ねてくる事もなかったし、母も普通に街で働いていましたし、私もこのまま平民として暮らして行くんだろうなと思っていました」

「そうか。なぜ公爵家に?」

 

「十五になる年に、母が亡くなったんです。流行病であっという間でした。そうしたら、子爵家からお迎えが来て、それで初めて父と子爵夫人にお会いしたんです」


 コートニーは、しゃがみ込んでバラにそっと触れた。


「父の子爵は、私のこと本当に覚えているのかなって感じで、私も全く貴族の生活に馴染めなかったんです。そうしたら、子爵夫人が、あなた一人で町に置いておくわけにもいかないし、子爵家に住むのも気づまりだろうから、働くのが嫌じゃなかったら、メイドからやってみたらと言って公爵家の仕事を探してくださったんです」

「カートランド子爵家は夫人が興した事業がいくつか成功しているな。賢明な方なのだろう」


 そうなのか。コートニーは、子爵夫人を思い出す。確かに、子爵家に引き取られた時は、酷い扱いを受けることを覚悟していたけれど、そんなことはなかった。家族の愛情は受けなかったけれど、別にいじめられたりもしなかった。まあ有体にいえば行儀見習いだった。子爵夫人は、今思うとまるで新人教育のようにコートニーに礼儀作法を覚えさせ、奉公先を見つけてきてくれた。夫が勝手に外に作った子なんて、なんの義理もないだろうに、生活できるようにしてくれたのだ。確かに賢明と言えるだろう。


「はい。私も子爵家に行く時には、意地悪されても仕方ないなと思って行ったんですけど、そういう事もなかったです。父親はやっぱりなって感じでしたけど、でも母も昔、メイドや侍女をやっていて、その時の話を聞いていたので、私もやってみたかったので嬉しかったです」

「そうか。たくましいな」


 スカートを叩いて立ち上がって、コートニーは背筋を伸ばした。


「母は、お仕えしていた家のお嬢様が大好きだったらしいのですけど、もうお会いできないのを残念がっていました」

「ほう。誰に仕えていたのか聞いているのか」


 コンラッドの問いにコートニーは首を横に振った。


「いいえ。聞いておけば良かったなと思ったのですが。お嬢様について歩いていたらお会いできる機会もあったかもしれないのに。そこはちょっと後悔しています」


 ふむと顎に手を当てて考え込んでしまったコンラッドを見て、慌てて両手を顔の前で振った。

 

「やだ! 愚痴っぽくなっちゃいましたね。でも私、周りの方に恵まれていると思うんです。それもこれもお嬢様がご自分付きにしてくださったおかげです。ですから、お嬢様には誰よりも幸せになっていただきたいのです!そのためには何でもやります!」


「そうか」


 コンラッドが柔らかく笑った。急にバラの香りが強くなった気がして、コートニーは息を飲んだ。何だか息が詰まりそうだ。

 同情されたかどうか心配なのかもしれない。

 普段、他人に自分の身の上を話すことなんてない。どうして話してしまったのか、コートニーは不思議だった。


 なんだか気恥ずかしくなって、その後は少し大人しくバラ園を巡った。巡った先にも美しいバラがたくさん咲いていた。最初に行った区画の方がエレオノーラは好みそうだが、今歩いている区画は、それよりも小ぶりなバラが咲いていた。コートニーが好むバラだった。


 その後のカフェでも当日の席の場所などをお店の人と打ち合わせした後は、普通に食事を楽しんだ。コンラッドは饒舌な方ではないが、全く話さないというわけでもなく、最近のエレオノーラの話をコートニーがしたり、ランベルト殿下の様子をコンラッドがしたりと楽しく過ごせた。


 帰りも、馬車で東門まで送ってくれた。


 コンラッドのエスコートで馬車を降りたコートニーは、コンラッドと向かい合う。


「ありがとうございます。セラーズ様。とても有意義でしたし、楽しかったです」

「――コンラッドと」

「え?」

「コンラッドで良い」


 コートニーは目を丸くした。

 なんと名前で呼ぶように言っている。なぜだろう。胸がざわざわとする。

 きっと今日の下見を通じて、この真面目な男はコートニーを仲間と思ってくれたのだ。そう思うと胸のざわつきは消えて、コートニーは、にっこりと笑った。


「わかりました。コンラッド様。では私のこともコートニーと」

「ああ。コートニー。今日は楽しかった」


 そう言って微笑んだコンラッドは、借上馬車に乗って帰って行った。

 そろそろ、あたりは薄暗くなろうかという時間だった。

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