王城でのお茶会再び
エレオノーラは、コートニーからの情報に従って、ランベルト殿下への贈り物を選んだ。どうせなら、エレオノーラの栗色の髪にヘーゼルの瞳の色を前面に押し出したものにしたらどうかと、これはコートニーだけでなく、侍女長も薦めたけれど、エレオノーラは、
「そんなに押し付けたらご迷惑じゃないかしら」
と、遠慮した。
結局、渋い色の木軸に薄い栗色で装飾が施された万年筆になった。エレオノーラはこの装飾さえ遠慮して、装飾は殿下の髪の色である金の方が良いと伝えたのだが、栗色の方がこの木軸にはなじみも良いですと商人にも言われてしまったのだ。さすが出入りの商会。良い仕事だわ。コートニーは心の中で拍手喝采を送った。
そして、プレセントを選んだちょうど翌日に、示し合わせたようにランベルト殿下から次のお茶会のお誘いが届けられた。
お誘いの書状と共に、王子付き侍女より事前に打ち合わせがしたいとの書面も届けられた。前回も次回も付き添いだからと指名を受け、コートニーは一人で王城に出向いた。
王城に一人で上がるのなんて初めてのことだ。入り口までは護衛付きの公爵家の持つ馬車で送ってもらったが、城内は王城側の護衛に案内してもらうことになった。ごく内輪にとの王子側の意向でコートニーだけが登城したが、なんだかエレオノーラや護衛のヘイデンと一緒の時とは王城の表情が違う。こんなに広くて、足音がコツコツと響き渡る廊下だったかしら。それは、まるで緊張しているコートニーの心をそのまま映しているかのようだった。
いつもの賑やかさも鳴りを顰めてしずしずと歩いていると、廊下の先に見知った顔を見つけた。
コートニーはついてくれている護衛に断って近づいた。
「セラーズ様。この間はありがとうございました」
コンラッドだった。この回廊でコンラッドに出会えたことで、コートニーは思いの外ほっとしている自分に気づいた。思った以上に肩に力が入っていたようだ。
「――カートランド嬢」
コンラッドはコートニーを見ると、なんと微笑んで会釈した。これまではかしこまった顔か戸惑った顔ばかりだったのに。先日、町で会ったりしたから少し心を開いてくれたのかもしれない。
コートニーはなんだか嬉しくなって、歩み寄った。
コンラッドも足を止めてコートニーと向き合ってくれる。
「今日はお茶会の打ち合わせですか」
「はい」
「そうですか。あいにく私は、別件があって参加できないのです」
残念です。と言って眉を下げて笑うコンラッドを見ていたら、コートニーもなんだか残念な気持ちになる。
「そうなのですね。先日いただいた助言のおかげでお嬢様も無事、贈り物を選ばれました。それで、あの……」
「……なんでしょう」
口籠るコートニーにコンラッドが身を屈める。図々しいかもしれないがコートニーは思い切って口を開いた。
「次回のお茶会の際にできれば、殿下にそれとなくお伝えいただけるとありがたいのですが」
思い切ってコートニーがそう言うとコンラッドは一瞬虚をつかれたような顔をした。
「――なるほど。承った」
「ありがとうございます!」
ほっとしたコートニーは思わず、いつもの調子で飛びかからんばかりにお礼を言った。しかし、今回は、コンラッドは逃げなかった。逃げなかったので、本当に飛び込んできたコートニーの肩を抱き留める形になった。
「も、申し訳ありません」
コートニーは思わぬ事態に慌てて謝った。慌て過ぎてうまく元に戻れないコートニーをコンラッドがそっと起こしてくれた。飛び込んだのは自分なのに、何故かコンラッドの方が落ち着いている。
「いいえ。お役に立てたのなら何よりです」
では――と言って去っていくコンラッドの後ろ姿をコートニーは、案内の護衛に声をかけられるまで、たた黙って見つめていた。
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その日のお茶会も、静かだった。
でも、今日はエレオノーラからの贈り物がある。
コートニーはそっとエレオノーラの様子を伺った。
本当はお嬢様から直接、ランベルト殿下に贈り物があることをお伝えできればいいのだけれど。
コートニーはそう思ったが、かちこちに緊張している様子のエレオノーラを見るにあまり期待はできない。
コートニーは、エレオノーラから視線をはずし、今度は、ちらちらとコンラッドに視線を送った。コンラッドは、いつ殿下に合図してくれるのだろうか。
コートニーと目があったコンラッドは、心得たとばかりに一つ頷き、殿下に近づき、耳打ちした。
殿下は数回目を瞬いたあと、表情を引き締めると一つ咳払いをした。
「エレオノーラ。何か言いたいことはあるか」
「え? い、言いたいことでございますか?」
「ああ」
ああ、殿下。エレオノーラ様に伝わっておりません。
コートニーがハラハラして思わず胸の前で手を握りしめていると、ふとコンラッドがコートニーの方を見て微笑んだような気がした。
コンラッドはエレオノーラに柔らかく伝える。
「殿下はいつもこちらの用事をお話しするのみですので、本日はシューレンブルグ公爵令嬢からのご用事はないでしょうかとおっしゃっています」
コンラッドの助け舟にエレオノーラが表情を和らげた。
「え、ええ、実は、先日のお返しを……」
「そうか!」
ランベルトが食い気味に身を乗り出した。しかしすぐ表情を取り繕い、静かに座り直す。
まあ!
コートニーは、その様子にはしゃがないようゆっくりと深呼吸する。流石にここで飛び上がるわけにはいかないからだ。
真面目な表情を取り繕って、そっと用意してあった台座に乗せた箱をエレオノーラにに見せる。
小さな声でありがとうと言うエレオノーラと目を合わせてから、そっとその台座を王子の横に立っているコンラッドに渡した。
受け取ったコンラッドが、それをランベルト殿下の前に差し出すとランベルトは壊れ物に触れるように、エレオノーラからの贈り物である木軸のペンを受け取った。
「ありがとう。……エレオノーラの色だな」
装飾を見たランベルトの声は呟きに近いものだったが、エレオノーラにもコートニーにもきちんと届いた。
「はい。あの、金の方が良いのではと思ったのですが、この基軸にはこの色の方が合うと……その……商人に――」
「大切に使おう」
思いの外きっぱりと言い切ったランベルトに俯くように話していたエレオノーラは顔をぱっとあげた。コートニーの胸が暖かくなって思わず声が出てしまう。
「喜んで頂けて良かったですわね。お嬢様。殿下がどのようなものを好まれるのかたくさん考えましたものね」
「ちょ、ちょっとコートニー」
エレオノーラは慌てているが、殿下にはこのくらいアピールした方がいいのだ。
「殿下、殿下を想って選んでいただいた品で喜ばしく感じられているのではないですか」
コンラッドも助け舟を出してくれる。
「ああ。たまにはこうやって贈り物をしあうのも良いな。また機を見てこちらからも送ろう」
「そんな……! そんなご迷惑は」
「婚約者に贈り物を送るのが迷惑なわけないだろう。エレオノーラも負担のない範囲で良いからな」
「……はい」
エレオノーラは、いつものように愛想なく小さな声で答えたが、その顔が真っ赤だったことに満足したようにランベルトは笑った。
「そうだ。いつも王宮でばかり会っているから今度はどこかへ出かけよう」
「え?」
驚いて言葉も出ない様子のエレオノーラだったが、ランベルトには、後ろのコートニーが思わず小さく「やったわ」と呟いたのが聞こえたようだ。
「コンラッド、用意できるか?」
エレオノーラの返事を待たずにコンラッドを呼んだ。
名を呼ばれたコンラッドは、少し考えてから、何故かコートニーを見た。
「検討いたしましょう」
それにランベルトが満足げに頷いたのが合図だったようで、本日のお茶会はお開きとなった。
「カートランド嬢」
馬車へ帰る廊下で声をかけられる。
ヘイデンが横目でチラリと確認したが、声の主がコンラッドとわかるともう警戒はしなかった。
「少しカートランド嬢をお借りしてもよろしいでしょうか」
コンラッドがそう言うと、エレオノーラは頷いた。
「先に行きましょう、ヘイデン。帰りは送っていただけます?」
「はい。責任を持って」
エレオノーラはにこりと笑うとヘイデンと共に去っていった。
「セラーズ様、先ほどはありがとうございました」
「いえ。私は特に何も。殿下が非常にお喜びでしたとシューレンブルグ公爵令嬢にお伝えください」
そこでコンラッドは言葉を切った。何か話があるのではなかったのだろうか。
「どうされましたか?」
「……ああ。先ほどの殿下のお話ですが」
「ええ」
「殿下たちが行くのにバラ園はどうかと思いまして」
「まあ! とても素敵だと思います! お嬢様はお花がお好きで、邸の庭でもバラを育ててますわ。きっと喜ばれます!」
王都のバラ園は栽培が難しいと言われている品種も含めて、国内随一のバラの栽培を誇る。花が好きなエレオノーラならきっと喜ぶだろう。
「ありがとうございます。セラーズ様!」
「いえ。……それで、事前に下見をした方がいいと思いまして」
「ええ」
それは当然だ。エレオノーラが外出する際にも必ず下見をした上で、当日も先発隊が危険がないかを確認する。王族が出かけるのだ。さらに慎重な用意がいるだろう。
「通常の下見は、護衛と共に回りますが、一度二人でお回りになるのはどのような感じかを掴んだ方が良いと思いまして――」
「? ええ」
「もちろん護衛もつけますが、カートランド嬢にお付き合いいただけないかと」
「まあ……。もちろん! お嬢様と殿下のことをセラーズ様がこんなに考えていてくださるなんて嬉しいです! 上司に相談せねばなりませんが、おそらく反対はされないと思います」
「……そうですね。――では日程などはこちらからご連絡いたします」
「ええ! よろしくお願いします」
コンラッドはほっとしたように微笑んで会釈をして戻っていった。
それを見届けてコートニーも馬車に戻る。
馬車に戻って来たコートニーを見てもエレオノーラはなにも聞かなかった。