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王城のお茶会

またまた久々の投稿になってしまいました。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

 その部屋には、独特の緊張感が満ちていた。


 コトリ、と侍女がティーポットを置く音が響く。


 あんなに完璧な所作なのに、こんなに音が響くなんて。


 コートニーは、お茶を淹れている侍女に同情した。ベテランと言っても失礼ではない年齢で、おそらく王子殿下を幼い頃から支えている方だろう。

 公爵家にお招きしていたら、この役目は自分だったかもしれない。お嬢様が招かれる側でよかった。

 お嬢様の後ろに控えながら、そんな勝手なことを考えてしまう。


 コートニーが仕えるシューレンブルグ公爵家の令嬢エレオノーラは、時の王太子殿下の第一子であるランベルト殿下の婚約者だ。

 王家からの強い要望で結ばれた婚約だが、それ以前にランベルトの父である現在の王太子と、エレオノーラの父である次期公爵が騎士学校時代の学友ということもあり、生まれたときから交流があった。

 幼い頃は仲が良かったという話だが、あいにくエレオノーラより三つ年上のコートニーが十五歳でお仕えした時には、既にこの状態だった。


「――息災か」


 殿下の問いかけに、エレオノーラの肩が分かりやすくはねた。


「……はい」


 ああ、お嬢様。そんなに低い声で。

 コートニーは知っている。エレオノーラは、実はランベルトのことが幼い頃から大好きで、こうしたお茶会も「殿下にお会いできる機会」としてとても楽しみにしていることを。

 けれど、本人を前にするとうまく振る舞えないと悩んでいることも。


「そうか」


 そう言って、ランベルトがティーカップを口に運ぶ。さすが帝王学を学んでいるだけあり、その表情からは何も読み取れない。エレオノーラも婚約者に倣い、ティーカップを上げた。


 カタリ、カタリ――。


 二人が静かにカップを置く音まで響く。

 自分の呼吸の音まで部屋に響いている気がして、コートニーはつい目線が下がっていることに気づいた。


 いけない。

 そう思って目線を上げると、コートニーと対になるようにランベルトの後ろに控えている男性と目が合った。御年十五歳を迎えるランベルト殿下よりは、いくつか年上のその男性は、礼服姿ながら帯剣しており、側近として護衛を兼ねて側に仕えているようだった。髪の色も目の色も明るい殿下とは対照的に、黒い髪に黒い瞳。体格が良く落ち着いた雰囲気の人だった。

 コートニーが王宮での茶会に付き添うのは今回で二回目だが、そう言えば、前回もこの男性が殿下の後ろに控えていた気がする。


 護衛と言っても、ドアの前には騎士服姿の本職の護衛が控えており、この部屋の中で何かが起きない限り、――そして、その可能性は限りなく低いけれど――、剣の出番はなさそうだった。


 コートニー目が合ったその男性は、困ったように眉を下げてコートニーに向かって微笑んだ。厳つい印象が思いのほか柔らかくなる。

 コートニーも同じような表情を返す。お互い思っていることは同じなようだ。


 ふと、その男性が一歩ランベルト殿下に近づいた。


「殿下、先日ご用意されたもの、お渡しにならなくてよろしいのですか」


 初めて聞くその声は、張り詰めた沈黙が続く部屋のなかに、穏やかに、でもしっかりと響いた。


「あ、ああ。……そうだな」


 珍しく躊躇うように返事をしたランベルト殿下が片手を軽く上げると、先ほどのベテラン侍女が小さな小箱を盆に乗せて持って来た。

 心なしかほっとした顔をしているので、今日はこの箱を渡すことがあらかじめ決まっていたようだ。いつその話が出るのかヤキモキしていたのかもしれない。そう思うと、完璧なベテラン侍女にも親近感が湧いた。


 ランベルトは箱を受け取ると、そっとテーブルに置いた。声をかけた男性が首を伸ばして箱の行方を見守り、テーブルに置いた王子の手が元の位置に戻るのを見て、すうっと元の体勢に戻る。その表情からすると、本当はエレオノーラに手渡しして欲しかったのかもしれない。しかしコートニーが思うに、それだとエレオノーラの心臓がおかしなことになってしまう可能性があるので、これが正解だと思う。

 

「な、なんですの?」


 ああ、お嬢様。またそんな言い方をして。コートニーはハラハラして胸の前で手を握るが、立っているのがエレオノーラの真後ろなので、気付かれない。


「開けてみろ」


 ランベルトの返事もその声に釣られてかそっけない。


 コートニーには、そっと箱を持ち上げたエレオノーラの手がかすかに震えているのが見えた。殿下は気づかれているだろうか。

 箱を開けると、エレオノーラは「まあ……」と呟いた。

 箱の中身を見て、ランベルトを見て、――そして王孫殿下の御前であるにも関わらず、くるっと振り向いてなんとコートニーを見上げた。


 そっと箱を持ち上げて、コートニーに箱の中身を見せてくれる。

 それは、小ぶりなペンダントだった。ペンダントトップにはランベルトの瞳と同じ透き通る青い石が埋め込まれている。周りの装飾もチェーンも金なので、ランベルトの髪色を表しているのかもしれない。

 

 ――これはすごい。


 これまで、ランベルトからエレオノーラへのプレゼントといえば、本だのペンだのオペラグラスだの、確かにエレオノーラの趣味は読書と詩作と観劇で、そしてそれぞれのプレゼントは最高級のものだったけれど、婚約者からのプレゼントにはあともう一押し! というものばかりだった。

 このペンダントは、正真正銘、婚約者っぽいプレゼントだ。しかも殿下の色だし。

 コートニーは心の中で快哉を叫んだ。


 エレオノーラにももちろん意味は通じたようだ。コートニーにはエレオノーラの喜びが手に取るようにわかった。

 ――しかし。


 エレオノーラがコートニーの方を向いたまま、ふるふると震え始めた。

 感激のあまり、目に涙が浮かんで、泣くのを堪えて眉間に皺を寄せて鼻を膨らませて、ちょっと人様には見せられない顔になっている。


「エレオノーラ?」


 あまりに後ろを向き続けるものだから、ついにランベルトに呼ばれてしまった。

 そうですよね。殿下も反応気になりますよね。

 でも、お嬢様は今殿下の方を振り返ることのできる顔じゃないんです!


 コートニーは、慌てた。ええい、不敬かもしれないけれど、致し方ない。

 

「ま、まあ、お嬢様。良かったですわね。お嬢様のお好きなデザインではないですか。殿下ありがとうございます」


 突然声を出し、しかも直言でお礼を伝えたコートニーにランベルトは驚いたように目を向けた。向かいの男性も心なしかギョッとした顔でコートニーを見ている。それはそうだ。こんなところで、大きな声を出す侍女なんていない。ましてや、王孫殿下に直接声をかけるなんて。ああ。公爵家の侍女長様がここにいなくて良かった。いたら大目玉だったに違いない。

 叱責も覚悟のコートニーだったが、しかし、エレオノーラをフォローしようとして声を出したことに、ランベルトは気付いたようだ。


「そ、そうか」


 少し戸惑ったような声音だったが、特に咎める事もなく、コートニーに返事をすると、エレオノーラに目を戻した。


「……エレオノーラ?」


  コートニーの突然の発言に驚いて、皆の目がランベルトに向いた隙に、エレオノーラは素早く顔を正面に戻し、そして涙ぐんでいるところを見られないように深く俯いていた。

 下を向いて顔を上げないエレオノーラにランベルトがこちらも戸惑ったように声をかける。


 一難去ってまた一難。コートニーは胸の前で手を握りしめた。

 ああ、殿下。少々お待ちください。お嬢様は今感動に打ち震えているのです。


「あ、ありがとうございます」

「お嬢様はとても喜んでいらっしゃいます!」


 泣くのを堪えるあまり、あまりに低く暗い声でお礼を言ったお嬢様に被せるように、コートニーは半ば叫んでいた。


「そ、そうか。……ならよかった」


 ランベルトは、エレオノーラの様子と本来、裏方に徹するべき連れの侍女が何度も大きな声を出す様子に驚いているようだが、後ろの男性と相手方の侍女は、エレオノーラの様子に気づいたようで、最初に驚いた顔をした以外は特に表情を変えず様子を見守っている。

 戸惑いがちのランベルト殿下に、側近の男性が近づいてきた。


「――殿下、そろそろ」

「ああ、もうそんな時間か。では、エレオノーラまた次回」


 黒髪の側近兼護衛の声掛けに、ランベルトは懐中時計を確認されながら立ち上がる。


 ――助かった。

 思わずコートニーは息をついた。

 

 立ち上がるランベルトの姿に涙も引っ込めて見惚れていたエレオノーラだが、さすが行儀作法は完璧なだけあって、すっと立ち上がって挨拶をする。


「ごきげんよう。殿下」


 お嬢様ったら。今日は楽しかったですわとか、次回を楽しみにしていますわとか、次は観劇がしたいですわとか、殿下愛していますわとか何かおっしゃればいいのに。


 コートニーが心の中でエレオノーラを密かに焚き付けている間に、ラインベルトは退室してしまう。

 

 二人も、ランベルトの退室を待って辞し、部屋の外に控えていた公爵家の護衛と共に帰途についた。

 

 ああ。今日も、殿下とお嬢様の会話は盛り上がらなかったわ。でも、今日はプレゼントをいただいた。しかも、殿下のお色で。これは一歩前進ではないかしら。

 コートニーは、本日のお茶会の脳内反省会をしながら、王宮の廊下をエレオノーラに続いて歩く。

 人気のないあたりに辿り着いたところで、エレオノーラが立ち止まった。

 

「……コートニー、私。今日もちゃんとできなかった。もう、殿下に愛想を尽かされたらどうしよう」

「まあ、お嬢様。そんなわけありませんわ。殿下は心のこもった贈り物をくださったではないですか」

「私、ちゃんとお礼も言えなかったし、お返しのプレゼントも用意していなかったわ」

「そんな。本日贈り物をいただけると事前に知らされていなかったのですから当然です。次回に今度はお嬢様からご用意されれば良いのですよ」

「次回。……そんなのがあるのかしら」

「ありますとも。殿下もまた次回とおっしゃっていらしたではないですか」

「そんなの社交辞令よ」


 そうなのだ。エレオノーラは、婚約者であるランベルトのことが大好きなのに当の本人を目の間にすると全く素直になれない。本人がそのことを一番気にしていて、お茶会の後は激しく落ち込んでしまう。それをコートニーが慰めるまでがいつものパターンだ。


「失礼致します」


 そんな会話をしていたら、人気のない廊下の片隅で突然声をかけられて、コートニーは飛び上がった。護衛も思わずエレオノーラ様とコートニーを背に庇った。


「あの、驚かせて申し訳ない」

「――まあ、殿下の側近の」


 そこに立っていたのは、先ほど殿下の後ろに控えていた黒髪の男性だった。何気なく声をかけたら、思いの外警戒されて気まずそうにしている。胸に手を当てて軽く頭を下げられた。

 

「セラーズ。コンラッド・セラーズと申します。殿下のお側で補佐と護衛を務めさせていただいております」

「私は、コートニー・カートランドです。エレオノーラ様の侍女をしております」

 

 正式に挨拶をされて、護衛がかばうエレオノーラ様より前に出て、コートニーは名乗った。

 セラーズといえば、セラーズ侯爵家に何人か息子がいたはずだ。長男ではないことはわかるけれど、その弟の誰かだろう。歳が近いのは、次男だったか、三男だったか。もしかすると四男かもしれない。

 コートニーがそんなことを考えていると、目の前にすっとハンカチが差し出された。


「エレオノーラ様がお忘れになっておられました。次回でもと思いましたが、殿下が、エレオノーラ様が大事にしているものなので、お返ししてくるようにと」


 確かにそのハンカチは、エレオノーラのいちばんのお気に入りだ。ランベルトとのお茶会の際には、お気に入りを揃えているので、そのハンカチを持参することも多い。

 でも、それを殿下が知ってくださっているなんて。


「まあ、ありがとうございます」


 コートニーは、喜びのあまりハンカチごとコンラッド・セラーズと名乗る男性の手を握った。なぜかコンラッドが腕を強く引いたので、前のめりになってしまう。

 しかし、エレオノーラのためにここは引くわけにはいかない。コートニーは、コンラッドが下がった分前に出た。


「お嬢様は殿下にお会いするのを毎回楽しみにしていらして、このハンカチも殿下にお会いするときにお使いになるお気に入りなのです」

「そ、そうですか」


 コンラッドが若干引いているような気がしたけれど、今はアピールすべき時だ。


「本日のプレゼントも本当に喜んでいらっしゃいました。次回も……、次回も本当にお会いするのを楽しみにしていらっしゃいます! どうか、どうか殿下にそうお伝えくださいね」


 コートニーは縋るようにコンラッドの手を握ってそう訴える。


「ちょ、ちょっと、コートニー」


 後ろからエレオノーラの慌てたような声が聞こえるが、やはり言わないと伝わらないこともある。


「あ、ああ。……確かに承った」


 若干、目が泳いでいる気がするが、コンラッドがそう頷いたので、コートニーは満足してハンカチを受け取る。

 そして、すっと淑女の挨拶をとった。


「お忙しいのにご足労ありがとうございます。では、失礼致します」

「――お気をつけて」


 コンラッドも表情を戻して儀礼的な礼を返す。

 コートニーは、大満足でエレオノーラのところに戻った。


「お嬢様、ハンカチをお忘れだったそうです」

「コートニーったら」


 差し出されたハンカチを受け取りながら、エレオノーラが若干赤い顔でつぶやく。

 お嬢様ったら、そんなに照れなくても良いのに。


「はあ。……ヘイデンからも何か言ってちょうだい」


 エレオノーラが呆れ顔で護衛のヘイデンにいう。


「積極的だな。コートニー」

「何が?」


 ヘイデンに何を言われているのかわからないコートニーにエレオノーラとヘイデンは顔を見合わせてため息をついた。


「……帰るわよ」

「は」

「ちょっと、何が? ヘイデン」

「答えなくていいわ」

「は」


 コートニーは、何を聞いても答えてくれないエレオノーラとヘイデンと共に、公爵邸に戻ったのだった。

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