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【完結済】堕ちた神父と血の接吻 ― Die Geschichte des Vampirs ―  作者: 譚月遊生季
第二章 苦闘の冬

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第7話 Menschliche Liebe

 ヴィル達の背中を見送ったものの、懸念は拭えなかった。


 起き上がり、扉の近くへと向かう。大人しくしろと言われてはいたが、身体の痛みはもうほとんどない。

 聴覚を研ぎ澄ませ、聞こえてくる微かな声をどうにか拾った。


「まあ、綺麗な人」

御伽噺(おとぎばなし)に出てきそうね」


 そんな噂話に紛れて、男の声が聞こえる。


「僕はね、かつて愛というものがちっとも理解できなかった。ついでに言えば、肉欲もね」


 華やかなテノールボイスが、つらつらと言葉を紡いでいく。


「けれど、偶然悪魔祓い(エクソシズム)の現場を見て……僕は、自らの愛欲の正体とその素晴らしさを知ったんだ」


 ……何を言っているのかよく分からないが、何らかのきっかけで悪魔祓い(エクソシスト)を志すことになった……と、解釈するべきか?


「そう……僕は世界中の美しき異形……主に女性を愛するために生まれてきたんだと!!!」


 いや、やはりよく分からない。


「さて、件の吸血鬼(ヴァンピーロ)くんはどこかな? 大丈夫、僕は殺したり傷つけたりしないよ。むしろ、思う存分愛してあげよう」

「ぶっ殺すぞてめぇ」


 ヴィルの低い声が響く。かなり怒っているようだが、男の態度は一切変わらない。


「安心して欲しい。ちゃんと別邸に囲ってみんな平等に愛を注ぐから。なんなら僕が通ってもいい」


 ……だから、いったい何を言っているのだ、この男は。


「嫉妬深い子達に時々引っかかれたり殺されかけたりもするけれど……そういった熱烈な愛も、僕は大歓迎だよ」

「話が全然わかんねぇんだけどよ……要するに人間じゃない女のが好みで、ハーレム作りてぇってことでいい?」

その通り(エッザート)! しっかり分かってるじゃないか!」


 ……?


「こちらの方から、なんとも(かぐわ)しい匂いがするね。心が落ち着く匂いだ。……早く対面して、この愛を伝えたいよ」

「それ全然落ち着いてねぇじゃん」

「落ち着いているとも! 普段なら飛び込んでハグをしてるところさ!」


 ……????


「話を聞く限り、なかなかの美丈夫らしいじゃないか。男でも抱けばいつか女性になるし、会うのが楽しみだよ」


 ……????????


「……あ? ふざけんな指一本触れさせねぇぞ」


 かなり苛立っているのか、ヴィルの口調はかなり荒々しい。

 床に引き倒す音が聞こえたので、すぐさま扉の隙間から外の様子を伺う。

 さすがに、ここで戦闘になるのはまずい。


「痛い痛い痛い!!! ダメだよ暴力は! 『彼女』が怒る!!」


 癖のついた金髪に、煌めく碧眼の優男が目に入る。なぜか生傷だらけだが、端正な顔立ちだ。

 ……と、男を組み伏せたヴィルの腕が、見えない「何か」に弾かれる。

 男の痩身(そうしん)を覆うように、「何か」が存在しているのだけは私にも感じ取れた。


「いつもありがとう、愛しい人(アモーレ)。今回も助かったよ」


 ……これは……ヒトならざる何者かの力を借りている……と、考えるべきだろうか……?


「僕の愛は海のように深く、そして広い。分かってくれるかい?」


 分からない。


「うるせぇオレの愛だって……えっと……なんかよくわかんねぇけどてめぇよりすげぇから!! 神様にも負けねぇし!」

「神の愛と人の愛は違うんだよ?」

「えっマジで!?」

「うん」


 ヴィルと悪魔祓いは何やら揉めているようだが、それよりも近付いてくる足音が気になった。

 これは……修道院の外からか……? 全力疾走しているような音だが……


「……あ?」


 ヴィルも、その音に気が付いたらしい。金髪の男から距離をとり、様子を見ている。


「あれ、遅かったじゃないか修道士(フラテッロ・)……ぐはぁ!?」


 見覚えのある赤髪が視界に入った……かと思えば、金髪の男が顔面に飛び蹴りをくらい、廊下の逆方向に吹き飛ばされる。

 そちらにつかつかと歩み寄り、赤髪の悪魔祓い……ローバストラント家のマルティンは、金髪の男の襟首をわし掴んだ。


「……ご迷惑をおかけしました」


 そのまま金髪の男を引きずり、修道士マルティンは玄関の方へと向かう。

 修道女マリアの慌てたような声も聞こえた。


「……結局、何の用だったのですか?」

「気にしないでちょうだ……気にしないでください。この男、頭がだいぶアレなの」


 個性的な口調をどうにか隠そうとしつつ、修道士マルティンは苛立ち(まぎ)れの声音で語る。


「遅かったじゃないか……じゃないのよ。あんたが勝手に飛び出したんでしょ。あと、なりふり構わず口説くの何度目よ。仮にも元神父でしょあんた」

「ふ、フラテッロ・マルティン……出自がどうあれ、僕は……少なくとも今は、一介の悪魔祓い(エクソシスト)だ。より多くの異形……特に女性を救うのが僕の使命なのさ」


 フラテッロ(Fratello)……と、言うことは、イタリア出身なのだろうか。ヴァチカンにより近いイタリアで神父をしていたにもかかわらず、他宗派の勢力が強いドイツで悪魔祓いに……?

 何というのか……変わった人物だな……。


「戯言は後で聞いてやるから、とっとと帰るわよ!」


 修道士マルティンの怒号が響く。

 敵ではあるが、今は同情せざるを得ない。


「僕はテオドーロ! もし心が惹かれたなら、いつでも胸に飛び込んでおいで!」


 テオドーロ。やはり、イタリア系の名だ。


「お忙しいところ本ッッッ当に失礼しましたぁ!! あと、そこのチンピラ! 今回は『会ってない』から特別よ!」


 この「会っていない」は、おそらくは私に対してだろう。

 ……またしても、温情をかけられたということか。


「……えっと……どういうことなんですか……?」

「不審者が入り込みました。それだけのことです」


 若い修道女の問いに、修道女マリアは吹っ切れた様子で返す。

 いや、本当に……何だったのだ……?




 ***




 出て行こうか出て行くまいか迷っている間に、ヴィルが部屋の中に帰ってくる。


「……何が、起こったと言うのだ……?」


 全くもって訳が分からないので、そう尋ねる。

 ヴィルは静かに私を抱き締め、答えた。


「神父様はオレが護ります。……ずっとずっと、オレだけの妻でいて欲しいっす」


 いや、待て。

 余計に分からなくなった。


「……あ、ああ……?? ……いや、どういうことだ……????」


 とにかく、一度、頭の整理をせねばなるまい。

 まず、悪魔祓いのテオドーロが私に求婚しに現れ……


 ……。求……婚……?

 やはり分からない。

 どういう状況なのだ、これは……!?

「人の愛」

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