表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済】堕ちた神父と血の接吻 ― Die Geschichte des Vampirs ―  作者: 譚月遊生季
第二章 苦闘の冬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/43

第4話 Emotionen resonanz mit

 顔を近づけたところで、足音が微かに聞こえた。

 ヴィルの方にも聞こえていたのか、彼も即座に周りの様子を伺い始める。

 脱がされた上着を手に取り、着込む。空気は一転し、緊張感が当たりを満たした。


「……まだ気付かれてはいない、のか……?」


 耳を澄ませて、外の音を聞く。

 地下室の入口は閉ざされており、雪も降っている。そう簡単には見つからない……と、思いたいのだが……


 ヴィルは武器を手に取り、息を整えている。

 地下室には逃げ場がない。もし戦闘になるのであれば、立ち向かうしかあるまい。


「……? この音は……?」


 ふと、妙な物音が耳に入る。

 何かがひび割れるような……砕かれるような……

 突然、ヴィルが私の腕を掴む。「何か」を察知したのだと判断し、同じ方向へ動いた。


 刹那。天井が砕け、大量の雪と冷気とが室内になだれ込む。月と雪とで明るく照らされた夜闇の中、長身の男が姿を現した。

 燃えるように赤い長髪を三つ編みにした、隻眼の修道士。前髪に隠されていない左目は、金色に光り輝いていた。


「……また、悪魔祓い(エクソシスト)ですか」


 私が呟くと、男ははっきりとした声で、


「ええ」


 ……それだけ告げた。

 男は両手で拳銃を構え、躊躇(ちゅうちょ)なく左手の引き金を引く。

 とっさに顔を逸らせば、銃弾が壁にめり込む。一瞬、頬に焼けるような痛みが走ったが、傷は即座に癒えた。

 悪魔祓いの(たたず)まいには、隙が全く見当たらない。どうやら、話をするつもりは一切ないらしい。


「私も……祖父も、悪魔と契約などしていません。このような体質に至ったのは、まったくの偶然です」


 それでも、避けられる戦闘は避けたい。相手を真っ直ぐ見据え、対話を試みる。

 ……が、男は表情ひとつ変えずに答えた。


「ああ、そう」


 ……と。


 その態度は、明らかに今までの刺客とは違った。

 金色の瞳には、嘲笑も、侮蔑も宿っていない。


「これ、仕事だから」


 淡泊な言葉には、一切の私情が排除されていた。

 赤毛の悪魔祓いは、右手側の銃口をヴィルに向ける。

 ヴィルがはっと目を見開き、背後に飛び退()く。次の瞬間には、足を狙った弾丸が床に突き刺さっていた。


「……動くな、と警告しているらしい」

「大丈夫っすよ、神父様。オレが命に代えても(まも)るんで」


 命に、代えても……か。

 嗚呼……何と、(むご)いことを言わせているのだ。私は。


「愚か者が……! 貴様はヒトだ! たった一発でも、当たりどころが悪ければ死ぬのだぞ!」

「……!」


 怒鳴る私に、ヴィルは驚いたように目を見開く。

 ヴィルの腕の「かすり傷」は、未だに癒えずに残っている。


 ヒトと、そうでないもの。

 ……明確な「差」が、そこにはある。


「目的は私だ。……貴様は、下手に介入するな」

「だけど……!」


 もう一発、銃弾がヴィルの足元に突き刺さり、硝煙の香りが漂う。

 顔をヴィルの方に向けていなくとも、この射撃の精度だ。喧嘩慣れしているヴィルであっても、今回は相手が悪すぎる。


 ……ならば。私が戦う他ない。

 ヴィルに、命を捨てさせるわけにはいかないのだから。


「どうやら……対話をする気はないようですね……!」


 そう言い捨て、悪魔祓いに突っ込んだ。

 銃弾が肉を破り、焼け付くような痛みが走るが……()()()()()()()()()()


「……うそ」


 相手はさすがに(ひる)んだのか、床に組み伏せることは容易にできた。片方の拳銃が床に転がったのを見て、もう片方を腕ごと押さえつける。

 どくどくと血が流れだし、痛みで視界が明滅する。思わず呻き声が漏れるが、休んでいる暇はない。


 ヴィルは、その場で固まっているようだ。


 彼に罪を犯させ続けるわけにはいかない。これは、私が生きるための(とが)だ。……私が、私自身が、手を汚さなければ。

 悪魔祓いの首に手をかける。指が皮に食い込み、爪が肉を破る。細い血管が断たれ、赤い血が滲む。


「しま……っ、ぁ、が……ッ」


 悪魔祓いは苦しげにもがくが、抜け出させはしない。このまま喉を裂くか首を折れば、相手は死ぬ。

 辺りに満ちた血の香りが心地良い。傷付いた身体が血を欲する。

 早く、終わらせなければ。目の前の男の首を裂き、溢れ出した血を──


「……ッ……」


 ゴクリと喉が鳴る。

 殺さなければならない。

 生きるために、生かすために、殺さなければ。

 ヴィルの手を汚させてはならない。

 この手でやらねばならない。この手を、汚す覚悟を持たなければ。

 私が、自らの手で、やらなければ……!!


 嗚呼……だが、そんなことは……


 そんなことは、赦されていいはずがない。


 いつの間にやら、押さえつけた腕は振り払われていた。銃口がこちらに向く。

 ……「しまった」と、思った時には遅かった。


 ダンッ、ダンッ、ダンッ


 銃声が耳元で響く。

 至近距離で放たれた弾丸が、私の胴体を貫いた。


「なッ!?」


 悲鳴が聞こえる。

 視線を向けると、足を影のような「何か」に絡め取られたヴィルの姿が目に入った。

 なるほど、固まっていたのではなく、拘束されていたのか。


「……ッ、動く、な……ヴィル……」


 無茶をさせるわけにはいかない。

 無理やり拘束を振り払えば、彼の足が引き裂かれてしまう可能性もある。

 人間の足は、一度ちぎれれば簡単には繋がらないのだ。


「それが……正しい……ッ、まずは、自分を……守れ……!」


 呼吸をするのも苦しいが、どうにかそれだけ伝えた。

 血が顎を伝って滴り落ちる。

 私の身体は痛みに耐えきれず、床へと崩れ落ちた。


 私の頭に銃を突き付け、赤毛の悪魔祓いは語る。


「わたしは、マルティン・フォン・ローバストラント」


 首から血を流したまま、男は名乗る。


「……フォン・ローバストラント……。どうやら……教会も、『本気』に……なった……よう、ですね……」


 フォン・ローバストラント。名前だけならば聞き覚えがある。聖職者には珍しい、世襲制の「悪魔祓い一族」だ。

 とある貴族の系譜で、その血を宿したものは特別な能力を持つのだという。その力を駆使し、「異形」を狩る……それが、フォン・ローバストラントという一族の生業(なりわい)だ。

 ……「異形」の血を引く者にとっては、天敵とも呼べる。


「ちょっと喧嘩に強いだけの鉄砲玉、金に困ったスイス傭兵、ザコ悪魔祓い……そして、『悪魔(フォン・)祓い一族(ローバストラント)』のわたし。始末すればするほど、敵は強くなる……当然のこと」

「……。……ヴィル、は……」


 傷口を押さえた手の隙間から、どくどくと血が溢れ、床を汚す。

 ヴィルだけは……

 ヴィルだけは、逃がしてやらなくてはならない。


「……さぁ。仕事の範囲外」

「……解き放って……やらねば……」

「…………そう」


 意識が朦朧(もうろう)とする。


「……てめぇ……ッ! ぶっ殺す!!!!」


 ヴィルの声が、遠い。


「外に」


 身体が宙に浮く。……いや、担ぎ上げられたのか。

 視界が歪んでよく見えないが、音は聞こえる。雪の上を踏み歩く音、銃声、銃弾が弾かれた音……


「あの時、わたしを殺せたはず」


 その問いに、答える力はなかった。


「神父様が優しかったから、てめぇは命拾いしたんだ」

「…………そう」


 ヴィルの言葉に、マルティンと名乗った男はそれだけ返した。




 振動が止んだかと思えば、冷たい感触の上に横たえられた。

 柔らかい新雪が身体を包む。

 月明かりに照らされた廃墟が、ぼやけた視界に映る。


「せめて、ここで眠りなさい」


 崩れた聖母子像の足元が見える、 

 悪魔祓いの、なけなしの慈悲だろうか。


「う……」


 動かせない身体の上に、温かい「何か」が覆い被さった。……ヴィルが、私を庇ったのだろうか。


 死を、恐れていないと言えば嘘になる。

 私は生き延びたい。……本当は、家族の元に帰りたい。

 私は、いいや、()()()は、 争いたかったわけではない。誰かを憎みたかったわけでもない。

 ただ、穏やかな日々を過ごしたかっただけなのだ。

 そして……。……もし、赦されるのであれば……

 ヴィルと、……愛する人と、共に──


「ああ、もう……やりにくいったらありゃしないわ」


 その言葉が誰から放たれたものか、気付くのに時間がかかった。


「……そうよね。好きで、そんな身体に産まれたわけじゃないものね」


 葛藤の滲む声音は、どうやら赤毛の悪魔祓いによって放たれているらしい。

 たくましい腕に抱き起こされたのがわかる。差し出された手にどうにか噛みつき、血を啜った。


「吸血鬼にはね、捕食のための能力があるの。人間に与える印象を左右する……そんな力。フランスの方では匂い(ブーケ)って呼ばれてるらしいわね」


 寡黙(かもく)だった悪魔祓いは一転して饒舌(じょうぜつ)になり、本来ならば秘匿(ひとく)事項であろう情報まで伝えてくる。


「逆に言えば……それを辿れば、居場所がわかるわ。どんなに隠れたって、多少経験のある悪魔祓いなら見つけ出すでしょうね」


 ……なるほど。

 どれだけ逃げ隠れしても居場所を暴かれてしまったのには、理由があったということか。


「わたしが教えられるのはここまで。……今回は逃げ帰るけど……次は、会わないことを祈っておくわ」


 返事をするのも待たず、マルティンと名乗った悪魔祓いはさっさと立ち去っていく。

 まだぐらぐらと揺らいでいる視界に、夜闇に消えていく赤い髪が映る。長い髪を一つにまとめ、三つ編みにした髪型……そういえば、妹も三つ編みが好きだったか。


「……っ、あ……ぐ……っ、うぅ……」


 追想にふける暇もなく、激しい苦痛が私を襲う。

 とりあえずは危機が去ったからか、それとも、痛みを感じ取れるほど肉体が回復したのか……。

 苦悶する私に、ヴィルは緊迫した声音で語りかけた。


「神父様、肩に弾、入ってますよね」


 入って……いるの、だろうか。

 特に、気にしていなかった。

 痛みは酷いが、このぐらいの傷はどうにでもなる。

 ……もし、これがヴィルに当たっていた場合、取り返しのつかないことになってしまっていただろうが。


「ちょっと……いや、結構痛いかも……? でも、我慢して欲しいっす」


 骨を加工した刃が私の肉を突き刺し、(えぐ)る。


「いッ、ぁ、ぎ……っ、ぐぁあ……ッ」


 肩に更なる激痛が走るが、地面に爪を立てて耐えた。ヴィルの手にした刃が肉を切り開き、弾が取り出される。ヒトならざる回復力は、深い傷をものともせずに癒していく。

 ヴィルはそのまま、(もも)にも貫通していない銃創を見つけ出し、同じようにして(えぐ)り出した。


「乱暴にしてすみません、神父様」


 額に、優しい口付けが落ちてくる。


「は……、ぁ……。……っ」


 冷えきった手が、無骨な手のひらに包まれる。

 温もりに安堵しながら、私は意識を手放した。

「感情は共鳴する」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ