1話・変な奴ら
ある日、青年は“魔王”に挑んでいた。
汗を垂らし、巨悪に立ち向かうその雄姿はまるで“勇者”そのものだった。
「お前を……ここで討ち倒す」
「来い。愚かな人間よ」
魔族の長である“魔王”はニヤリと笑って、その言葉を受け入れた───。
◆◇◆
【20XX年・朱雀高校4月1日】
「───ゆ」
(声が聞こえる。甲高い声で煩い声だ。)
「──さい」
(んあもう、うるさいな。眠いんだから──)
「神楽君!起きなさいッ!」
「ふへッ!?なに!?地震!?火災!?」
俺は大きくなるその声に不意に飛び起き、左右を見回す。
すると目の前には声を高々に怒鳴っていた俺の担任の男、田中先生の顔がどーんと現れる。
「どわッ!」
その衝撃で俺は座っていた椅子から転げ落ちる。
「いってて…」
「全く……新年度最初の自己紹介で居眠りなんてすごい度胸だなァ……」
「あ、あはは……次俺の番ですか?」
「あぁ。そうだぞー」
田中先生は少し呆れながら俺にそう言って、こちらに話を振る。
そう、今日は“4月1日“。俺にとっての新しい環境が始まろうとしていた。
「あー、えーと……」
他の生徒がこちらに目線を移し、興味津々だ。
……だが、俺の声は緊張によって声が掠れ、上手く出ない。
(やっべぇ……なんて言おう……。とりあえず名前と好きな食べ物を──)
「名前は神楽雄太郎…。好きな食べ物はサンドウィッチ、以上です」
俺は咄嗟に思い浮かんだその思考のまま、後頭部を掻きながらその言葉を発した。
他の生徒は俺の言葉に拍手し、その音は地獄みたいな空気が漂うこの1年2組教室に響き渡る。
「か、神楽いいのか?まだ時間あるけど──」
そしてその俺の自己紹介の後に田中先生は俺に対して心配そうに声を掛けた。
(あ、やっば。俺の人生終わった。日本語に直訳した英語みたいなことしか言えてねぇよ俺……)
──その時だった。
あるショートカットの女の生徒が真剣な眼差しで真っすぐ手を上げる。
「──質問。貴方は異世界や異次元空間を信じる?」
「涼風さんッ…?ちゃんとした質問を──」
「私は先生に言ってないわ。貴方に言ってるの」
そう言った生徒は端正な顔立ちをしており、綺麗な瞳から放つ光に俺は吸いこまれそうになる。
『え…?なにあの人……』
『変わった人多いよねこの学校……』
『やべー……』
『おい声でけぇって……』
周りの学生はその女生徒にいろんな意味で釘付けで、ざわめき始める。
だが、その涼風と呼ばれた女生徒は、物怖じせずに俺に向けて指を指し、話を続ける。
「それで、信じているの?信じていないの?」
「……は?」
(何を言ってるんだ?異世界?異次元?は?)
俺は開いた口が閉じなかった。
何かの冗談なのかとも思ったが、彼女は真剣な顔で俺の顔をまじまじと見つめ、また声を発する。
「ふーん、やっぱりいい。先生、次の生徒に行っていいわ」
「え…?」
彼女はそう言って、窓際の方に目線を変える。
「お、おう。次は……木下君───」
「はい、僕は───」
他の生徒の自己紹介が始まると、俺はさっきの涼風の言葉について考え始める。
“異世界を信じるか”という質問。皆は変人と称していた彼女が話していた内容に不思議と少しワクワクを覚えていた。
(異世界かぁ…。まぁ確かに憧れみたいなのはある。信じるかどうかは別として)
俺は見てのとおり“普通”の高校生だ。
多分この先も普通に生きて、普通に働いて、普通に誰かを愛して、普通に死ぬもんだと俺は思っている。
だけど、俺は大きな夢を持ってる。
どんな仕事であれ、どんな生き方であれ、“誰かのために生きたい”と。
もしかしたら、誰でも達成できるものかもしれないけど──。
「──おーい」
「……」
「あれれ、なんか感傷に浸っちゃってる、どうしよ」
ふと、頭を上げると、茶髪で活発そうな男が俺に話しかけていた。
「え…?」
「おぉ生きてたか。神楽。さっきは気の毒だったな~」
「さっきの……えっと涼風って人のこと?」
「そーそ。あの人結構ヤバいらしい。オレの鼻がそう言ってる」
(……鼻?お前も中々だと思うけどな……)
…もちろんこんなことは本人の前では言えないので心の中で思うだけにした。
「そ、そうなんだ。えっーと……」
(あっれぇ……この人の名前が分かんねぇ…。やっべ自己紹介半分以上聞き逃しちまったか…)
俺は苦笑いをしながら後頭部を掻きながら言った。
そうすると茶髪の男は食い気味に言葉を入れてくる。
「橘 信助!……ってかさっき自己紹介したんだけどォ!」
「ごめんごめん。橘くんね、これからよろしくね」
「おう!今日から俺達親友な!!」
橘はそう言って握手を要求する素振りを見せる。
(距離の詰め方バケモンかよ……)
「ほら!ん!」
「あ、うん。よ、よろし──」
「──おいおいそこ、まだ自己紹介してる子いるだろ!静かに!」
────こうして俺の華の高校生活が幕を開けた……のか?
◆◇◆
【ある路地裏】──同時刻──
「“神楽”という男を探している。何処だ。」
季節に合わない、厚手のコートを着込んだ男が黒いハットを深々と被っている。
そんな男は野太く低い声で、路地裏にたむろする5人の不良集団に話しかけていた。
「……はぁ?知らねぇよ、つかお前誰だァ?ここら辺のヤツじゃねぇよな?」
「あの方はこんな者らに価値を見出しているのか……ふん。あの方も落ちたものだ」
その男は笑いを含んだ声で、そう言って呆れている。
しかし、それに対しいらだちを覚えた不良の一人が後ろから殴りかかった──。
「んだとォ!調子乗んなよテメェ!オラァッ!!」
男の後頭部に向け不良の拳が飛ぶ。
だが、男は微動だにしない。
「見えてるぞ」
「え……?」
男はその攻撃を見切り、その不良の首を手で一瞬で捉え、驚く間もなく壁に思いきり叩きつける。
その衝動の反動で、攻撃を仕掛けてきた不良の首が折れ、絶命する。
「もう死んだのか。随分と早いと……つまらないもんだ」
そしてそれと同時に謎の男の深々と被っていたはずのハットがじめにゆらゆらと舞い落ち、顔の全貌が不良らに明らかになるのである。
「な…なんだコイツ……バケモンじゃ…ねぇ…か」
謎の男の顔は目と鼻と口それと耳。そのパーツ自体こそ人間と近しいものであった。
だが、目が尋常ではない数であり、まばらに目が顔に散らかっている恐怖というものを象徴する顔がそこにあった。
「……ッ」
「ア、アニキ、これまずいっすよ、ケイサツ呼びましょうよ」
「…お、お前…な、何者だよ!!」
他の不良達は絶句した。
見えるはずのない死角からの攻撃をいとも簡単に見切るその異形に───。
「お前らに教える義理はないが、冥途の土産に教えてやる」
その異形は不敵に笑い、不良達にある言葉を投げかける。
「魔王軍使徒“百目鬼”。勇者を探しに来た」
───百目鬼は多数の眼を大きく開き、赤く充血させてそう言った。