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右手から生まれたもの

 



 *****




 ―――――――ザアアアァァァァァ



 新人が離れてから間も無く、雨が降り始めた。ただの雨ではない。…血の雨だ。


 雪の体も、血で濡れてゆく。脳にこびりついた王子の血の跡は、血の雨にかき消された。自身の手を見ても、指についていた血の跡は、血に流されている。

『…王子を、運ばなきゃ』

 縋り付いていた王子から離れると、王子もまた血の雨に濡れていた。自分の髪の毛や額からも血が滴っていたが、自身の涙とごちゃ混ぜになっていた。



 ―――雪は、新人の優しさがまた辛かった。


 自分は王子を前にして、何も出来なくなってしまった。本当は敵を追わなければならないのに。追うのは新人ではなく自分なのに。契約した者こそが、力を発揮しなければならないのに。倒れている王子を見て、声は出ず、力は入らなくなっていった。ただ涙を流すことしかできない。戦いに力を貸すことも、王子の命を助けることもできなかった。


 ―――あぁ、自分は、なんて…無力なのだろう。



 “し、白雪ぃ!来てぇ!低級妖魔たちが来てるよぅ!”


 遠目に後ろを警戒してくれていたサーが声を上げて飛び込んできた。その声で、雪の意識は現実に戻り、振り返ってその場所まで向かった。みると、血の雨で遠い先までは見えにくくはなっているが、何かの大軍が押し寄せているように見える。


 “見てぇ!やばいよぉ量が多すぎるよぉ!今すぐ逃げよう白雪!”

 サーは下山する方向へ雪の腕を引っ張ったが、雪はその手を振り払った。


『ごめんなさい、サー。私はあいつらをどうにかするわ』

 “無理だよぉ!まだ契約して間もないし、敵が多すぎるよぉ!”

『サーは先に逃げて。大丈夫よ、私にはカトルが居る。王子と契約していた契約魔ってやつなんでしょう?王子が信頼してたんだから、大丈夫。そうだよね?カトル』

 雪がカトルを見ると、その瞳は凛としていた。その瞳を見て、雪は安心した。


 “〜〜〜もうっ!白雪を置いて一人で逃げれるわけないじゃんっ!アタシもここにいるんだからぁ!”

『サー…』

 “アタシが正しい契約魔の使い方ってやつを教えてあげるんだからねぇ!”

 サーはドヤ顔をして、水晶を使う占い師のように、手をくねくねと動かし始めた。


 “まず、自分の契約した手首のあたりに意識を集中してぇ、熱を感じてぇ…”

『…こ、こう…?』

 ちりちりと手首のあたりに熱が集まってくる。

 “そうそう!そして、その意識を手のひらへと移動させてぇ…手のひらから物を産まれさせるイメージを持ってぇ!”

『…??こう…?』

 “白雪がこれから生み出すのは本だよぉ!本を想像してぇ…たっかそうな本だよぉ…”

『本……本…』

 手のひらに意識を集中させてから、一気に熱があつまり、体が高揚していくのを感じる。本、本、と念じることを続ければ…、


 ―――ポンッ

 手のひらから、ふわふわと浮かぶ本が生まれた。


『…嘘…』

 “白雪すごーい!第一段階せいこーう!”

 サーは驚いた表情をしながらも、嬉しそうにパチパチと拍手をしている。

 しかし高い本と言われて想像していた、茶色の上質な革のカバーに、ページ数がとても多い厚めの本。そのイメージのままに出てきて、雪本人が一番驚いている。


 “さ、急いで次に行くよぉ!このままだと妖魔に追いつかれちゃうからね!本から意識は逸らさないでぇ…”

 再び手をくねくねと動かし始めたサー。…果たしてこの動きに意味はあるのだろうか?


 ―――その瞬間、本がパラパラとめくれはじめた。

 血の雨は降っている中でも、その本は煌々と光を放っている。

 見えないバリアでも貼られているのだろうか、血で濡れる様子は全くない。


 “意識集中してぇ!ここだぁ!”

 雪はその声にびっくりして肩が上がったが、それを全く気にしていないサーは、めくれていくページにビシィッと指をさした。すると、空白のページが現れた。

 “さらにぃ!このページに、あいつら大軍を閉じ込めるイメージを持ってぇ!数は多いけど、妖魔の中だとかなり雑魚な方だから、一発でいけると思うよぉ!私もさっき使いそびれた最後の魔力を使って協力するねぇ!”


 雪は言われた通りに、閉じ込めるイメージを持とうと努力してみた。閉じ込める、というイメージはあまり思い浮かばなかったが、この本に吸い込まれていくというイメージが真っ先に浮かんだ。

 “そのまま!絶対にここに閉じ込めるよぉっていう強い意志を持って一声かけてぇ!なんでもいいの!理由でもなんでも!決め台詞っぽくカッコつけてびしっと言っちゃってぇ!”


 …決め台詞?と雪は首をかしげた。そんなものとは無縁で生きてきたので、咄嗟には出てこない。…とにかく、何かは言わなければ。間に合わなくなってしまう。…理由、か。


『…これ以上ここを荒らされるわけにはいかないの。

 ―――私の大切なものを奪ったこと、この本の中で後悔し続けなさい』


 その瞬間、本が光を放ち、妖魔の大軍が次々と吸い込まれていった。

 ゴオオオォォォという強い音と共に、本がガタガタと揺れる。


 “んぅやっぱりノーダメだと厳しいかなぁ!頑張れ白雪ぃ!意識集中だよぉ!”

 サーは雪の両肩に触れた。ここから魔力を協力してくれているのだと雪には伝わった。


 雪はぎゅっと目を瞑った。早く終われ、終われ…!と願いながら。


 ―――パタン


 本を閉じたときのような音がした。

 先ほどまでガタガタと揺れていた本が突如落ち着きを取り戻したので、雪はそっと目を開けてみると、本当にページが閉じられていた。そして、その光も失われている。

 “やったぁー!!成功だよぉー!”

 両肩に置かれていた手はそのまま首に回り、雪は後ろからサーに抱きしめられた。

 …終わるときはあっけないものだ。先ほどまで大きな光と音を発していた本は、今やただの本と大差ない。


『…本当に?』

 “本当だよぉ!ほら見て!”

 サーが光を失った本を取ってページをめくると、そこには今日の日付と妖魔が描かれていた。他にも多くの情報が記載されていたが…

 “おめでとぉ!白雪が初めて封印した妖魔がここに刻まれたんだよぉ!”

 サーから満面の笑みを向けられて、雪はそのページに目を落とした。暗くてよく見えなかったけれど、たしかにこんな妖魔だったような…。

『…あ』

 雪はそのページを手で押さえたが、血の雨で濡れた手によって汚れてしまった。

 

 ーーーそれどころか、光を失った本は血の雨にさらされ続けている。


『…ちょっと、これっ、こんなに濡れても大丈夫かしら』

 血の雨が降っているのに、自身からは血の気が引いていくのを感じる。本というのは、元来水濡れに弱いというのに、血で濡れるなどもってのほかである。

 “大丈夫大丈夫!とりあえずしまっちゃえばいいのよぉ!”

『しまうってどこに?』

 “手!”

『…え?』

 目を見開いた雪と、満面の笑みを浮かべるサーが向き合っていた。



「雪!」

 ーーーそのとき、遠くから男性の声が聞こえた。


『…?あれは…ドクターサイモン?』

 2人が目を凝らして見やると、1人の男性がこちらへ向かって走ってきているところだった。


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