混沌
“あっ!!白雪ぃーー!!ニートぉー!!”
巨大化したカトルと共に、正面からサーが走ってきた。
『「サー!カトル!」』
2組は合流すると、その場で一旦止まった。
雪と新人は、夢中で全速力で走ってきたので、その瞬間に息を切らした。
“会えて良かった!細かい事情は後だよぉ!とりあえず乗って!”
カトルは雪と新人を咥えると、そのまま自分の背に放り乗せ、走り出した。
―――しかし走っているその先は、家ではなく市街地に向かっているようだ。
『…はぁっ、さー、…家に、行くんじゃないの…?』
肩で息をしながら雪は必死に訴えた。サーは苦しそうな表情をしながらも声を張った。
“アタシらはこれから下山するんだよぉ!一刻も早くここから離れるの!”
「あぁ!?なんでだよ」
“敵が来たの!このままだと白雪やニートの身だって危ないんだよぉ!”
「敵!?なんのことだよ!」
“アタシだってわかんないんだよぉ!突然やってきて襲われたの!”
『…っ?王子、は?』
“今戦ってるところだよぉ!かなりヤバイの!”共鳴の鈴“を使ったから、すぐに助けが来ると思うんだけどさぁ!”
「ヤバイ」という言葉を聞いた雪は、心臓がぎゅっと縮まった感覚に襲われた。
「っおい!どういうことだよ…っ戦ってるって!?王子のとこ今すぐ連れてけよっ!」
“ダメ!あんたたちを無事に山から出すことが、アタシの仕事なんだよぉ!”
新人の懇願も無念に、カルはどんどんと山を降りていく。
『…家は?…さっき青白く光って見えたけれど』
“敵のせいで今燃えてるんだよぉ!”
「はぁ!?消防は!?」
“今から呼んだってぇ、こーーーんな山奥に来てくれるまで何分かかると思ってるんだよぉ!それにあの炎、普通の水じゃ消えないの!魔力のある炎だもん!”
サーはじたばたと手足を動かした。
“とにかく!今ヴァンが血魔法で消火の準備をしているところ!だから私たちは早くこの山を降りなきゃなの!このままだとここら一帯に”血の雨“が降るんだよぉ!”
『…っ』
サーもかなり焦っているのがわかる。雪自身や新人の質問に1つ1つ答えてほしいところだが、丁寧に受け答えが出来るような心境ではないだろ。ましてやそんな時間もなさそうだ。何より、自分自身もかなり気が動転しているのをひしひしと感じる。
…こんなんじゃ埒があかない。家の様子も気になるが、何より王子の元に行かなければならない。そう悟った雪は、カルの背から無理やり降りようとしたが、その瞬間―――
『―――ッ』
右脚に少しの痛みを伴う熱が走った。
疑問に思った雪は、暗闇の中でぼんやりと自分の右足を見てみると、足首から太ももまで、脚の側面が大きく裂かれたような切傷が出来ていた。その傷からは、血がドプドプと溢れている。
それがわかった瞬間、雪の脳は痛みを認知し、右脚に激痛が走った。
『―――――いっ、た……っぁ……っっ』
雪の漏らした声に、新人とサーが一斉に雪を向く。
「白雪!?…なんだこれ!?血!?止めないと!」
“木の枝か何かでどっか切っちゃったのかなぁ!?どうしよっ……でももう少しで下山できるからちょっと待って!それまで耐えて!”
雪は右足を抱えてうずくまった。新人は自身が着ていたシャツを脱いで雪の足に当てたが、血は止まることを知らない。あまりの痛みに、少しずつ、意識が薄れてゆく。
「白雪、大丈夫、大丈夫だから!意識しっかりもてよ!」
新人もだいぶパニックになっているのだろう、ぼんやりとした意識の中で焦る新人の表情が見えた。 ―――ニート、私なんかに構ってないで。早く、王子のところに行ってほしい。
その瞬間、ガクンと視界が揺れた。それは雪だけではなく、同じくカトルに乗っていた新人もだ。カトルはその場に急停止した後、みるみる体が小さくなっていき、普段よく見るサイズへと戻った。雪と新人は、その背から放り出された。
『カトル…?』
雪は小さくなったカトルの顔を覗き込むと、その瞳はどこか寂しげなものであるように見えた。
“嘘…嘘だよぉ…”
横にいたサーは今にも泣き出しそうな顔をして、声を震わせていた。
「どうしたんだよ…っカトル。なぁサー、どういうことだよっ?」
“お…王子が…死んだんだよぉ…”
『…え?』