プロローグ〜いってらっしゃい〜
「Oh…これからアップルパイを焼こうと思っていたのですが、先ほどリンゴを獲ってくるのを忘れてしまいましタ」
夕飯を終え、卓に着いたまま雪たちと談笑していた王子は、ふと思い出したように呟いた。それを聞いた雪は、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がり、
『…!じゃあ私が獲ってくるわ』
目を輝かせた。王子の作るアップルパイは雪の大好物だ。
「お前ほんとアップルパイ好きだな。俺も行く」
新人は苦笑いした後すぐに立ち上がった。しかし、それを見た雪はあからさまに嫌な顔をして、
『一人で大丈夫よ。そんなに遠くないでしょう』
と一蹴した。
『それに、そんなにイヤイヤ来られても嫌なのだけれど』
「うるせーな!嫌な顔してんのはそっちだっつの!一応夜だし危ないだろ?ほら、夜だから一応羽織るもん持ってけ」
新人は近くにあったパーカーを雪へ投げつけ、収穫用のカゴを手に取った。
『ちょっと…投げつけないでよね』
雪はパーカーを手に取ると新人をにらんだが、新人自身は全く気にしていないようであった。
「さっさと羽織れ。ほら行くぞ。カゴいっぱいに取って来てやるからな、覚悟しとけよ王子」
「ノー…私夜通しアップルパイを作るなんて嫌デスヨ…」
新人は無邪気な少年の笑みをこぼすと、ドアを開けて外へ出た。
『ちょっ…!行ってきます、王子』
雪は振り返って少しだけ微笑んだ。暖かな室内灯に照らされた王子と、
『なるべく早く帰ってくるわね』
「ええ。いってらっしゃい、白雪姫」
王子が笑顔で手を振っているのを見たあと、雪はすぐに新人の後ろを追った。
―――これが王子と最後のやり取りになるとは、そのときの雪は夢にも思っていなかった。
「…さて、なるべく早く片付けなければいけませんネ」
王子は自嘲気味に笑った。隣にはすでに、カトルとポクスが並んでいた。
「今日はこの辺りがいつもと違う空気でしたガ…。調査、ありがとうございましタ。カトル、ポクス」
そう言って、横にいた2体をそっと撫でる。
「一体誰デス?私の山に勝手に入ったノハ。女性以外許しませんヨ」
王子は「やれやれ」と手を振り、明るくオーバーなジェスチャーを見せたが、その王子を見つめるカトルとポクスの目には不安が宿っていた。
「…急ぎましょうカ。うかうかしていたら、愛する人たちが帰ってきてしまいマス」
しまっていた大剣を取り出し、背負う。
「力を貸していただけますカ?」
その目は、有無を言わせない強さを秘めていた。王子はそのまま、雪たちが出て行った扉とは反対にある勝手口のドアノブに手をかけると、家を飛び出した。