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プロローグ〜転落少女〜


 とある森の、とある夜の出来事。


 1人の青年と、3体の妖魔は現場へと駆けつけていた。

「…ッ!?ヴァン達に呼ばれて来てみれば…なんということですカ…ッ」

 息を切らした青年の、金の髪が揺れる。

 “ほらほら!はやく助けてあげてよぉ!”

 “このままだと失血死するぞ”

「わかっていますヨ…それにしてもこれほど麗しい女性が…。ッひとまず運びますカ…!」


 ―――騒々しい中、少女はゆっくりと目を覚ました。


「おや、目が覚めましたカ?」

 最初に少女の目に入ったものは、蒼い目をした青年だった。

「あっ、起き上がらないでくだサイ…。血が出ていマス」

 どうどう、と言わんばかりに青年は少女をなだめた。

「…どうやらあの崖から落ちてしまったようですネ。記憶はしっかりしていますカ?」

 青年は少女の頭に布をあてて、ゆっくりと少女を横抱きにした。

 “キャーッ王子ってば、いっけめーん!”

 “サー、ふざけている場合ではないだろう。おい王子、早く行くぞ”

「ええ。…頼みますヨ。カトル」

 金髪の青年は大きな狼に跨ると、その場を駆け出した。



 ***



 きっと少女に気を使い、あまり揺らさないように運んでくれているのだろう。振動はわずかしか伝わってこなかった。しかしその小さな振動すら少女にとっては苦痛であり、意識はまた遠のいていく。―――運んでくれている青年の、温もりを感じながら。



 ***



 再度意識を取り戻した少女は、ふかふかのベッドで横になっていた。

 “あー!目!目覚ました!王子―!”

 グラマラスな女性がドタバタと部屋を出ていくのをみて、自分はまだ夢から醒めていないのではないかと疑いたくなった。頭はガンガンと、体は少し動くたびにギシギシと痛む。この痛みからして、夢ということはまぁないのだろう。


 痛みを我慢しながら少女は上半身を起こして部屋を見渡した。オレンジ色のライトに照らされた室内は、どこか温かみを感じる。

「お目覚めですカ?」

 そのとき、部屋のドアが開いた。そこから金髪の少年がひょっこりと顔を出し、安堵したような表情をしている。


「騒がしくてすみませんネ。温かいお茶が入りましたヨ。どうぞ」

 青年は持っていたお盆からマグカップを手に取ると、少女の前に運ぶ。

『…どうも』

 少女は痛みを我慢しゆっくりと手を伸ばすが、青年の手が止まった。

「痛むのでショウ?ダメですヨ。私がフーフーして飲ませてさしあげマス」

 一瞬むすっとした青年はお盆から手を離すと、そっと少女の手をとり布団の上へ置いた。


「綺麗な顔にシワが寄っていますヨ。…熱いのは大丈夫ですカ?ふー、ふー」

 どうやらこの少年は本当に飲ませるらしく、反抗する力さえない少女は静かに従った。

「どうですカ?」

『…美味しいです』

「それは良かったデス!熱いの大丈夫そうですネ」

 青年はにっこりと笑った。


「それにしても、素晴らしい美貌を持っているだけではなく、声まで可愛らしいトハ」

 にっこりとした表情からデレデレとした態度に変わり、そのままゆっくりとベッドに腰掛けた。

『…あの……』

 少女には聞きたいことが山ほどあったが、どこから聞いていけばよいのかわからなかった。

「…状況を整理しましょうカ。あなたは先ほど、崖から転落したところを発見されましタ。発見したのはこの二人デス」

 青年がドアの方へ目を向けると、二人の男女がそっと姿を現した。


 “さ、さっきは驚かせちゃってごめんねぇ”

 先ほど部屋を飛び出していったグラマラスな女性だ。頭を下げた時にふわふわと巻かれた茶色の髪の毛が揺れた。その女性の隣にいるもう一人の男は、黒いジャケットを羽織っており、さらには背中にはマントのようなものが見えた。赤く染まった鋭い目を持っており、少女を警戒するような眼差しを向けている。

『…いえ、別に。大丈夫ですよ』

 このやり取りの間、青年は少女を落ち着いた目で見つめていた。


「見えましたカ?」

 ふと青年が尋ねた。

『?えぇ、まぁ…』

「ふふ、ちゃんと見えるかの確認デス。耳はちゃんと聞こえますカ?」

『…?はい、聞こえますよ』

 見聞きが出来なければ、今のように青年と会話ができていないのではないか?と引っかかった少女であったが、あまり深くは考えないことにした。

「ナルホド!ありがとうございマス。二人とも、入ってきてくだサイ」

 青年に手招きされ、男女はベッドの横までやってきた。


「さて、情報整理の続きデス。あなたが発見されたのは、この山にある崖下で、あなたは血を流して倒れていましタ。それを見た二人は、ワタシの元に飛んで報告しに来まして…」

 ちらりと男女二人を見やると、二人はじっと少女を見つめていた。

「連絡を受けたワタシが駆けつけ、一度意識を取り戻したあなたをこの家へ連れてきたというわけデス。応急処置は済みましたので、しばらく安静にしていてくだサイ」

 青年はにこりと微笑んだ。


「ご自身がどなたかは覚えていますカ?今日が何日かは覚えていますカ?」

 青年に尋ねられた少女は、すぐに答えられなかった。

『えぇ…名前は、覚えています…』

 少女はそこで口をつぐんだ。名前以外のことが思い出せなかったからだ。

『えっと、…その…』

「…あなたに応急処置を施したのはドクターサイモンという男なのですが…彼は忙しい男でしてネ。今日はもう本部へ帰りました。肝心なときに居ない男デス、まったく…。明日また来るとのことですので、その時詳しく診てもらいまショウ」

 青年は、やれやれというジェスチャーを見せた。


「アッ、それからですネ、この美味しいお茶を淹れてくれたのは我が家に住み着く小人で、あなたをここまで運んでくるのに尽力してくれたのは私と契約しているオオカミ2匹デ…」

 “ちょっと王子!情報量多すぎぃ!この子びっくりしちゃってるじゃないのぉ!”

 グラマラスな女性がびしっと青年を叩いた。「痛いですヨ!」と青年はオーバーに反応したが、女性はまるで気にしていないようであった。

 “ごめんねぇびっくりしたでしょ!あ、でもアタシのことは覚えてほしいなぁ。あなたと仲良くしたいんだもの!”

 女性はすりすりと少女の側に寄ってきた。女性の背後からハートがいくつか飛んでいるように見えたが、まばたきしたときには消えていた。


 “アタシはサキュバス!長いから、”サー“って呼んでよねぇ!”

 人差し指を口角に当て、ニッと歯を見せて微笑んだ。

 “おいサー、この状況で名乗るとはさらなる混乱を招くであろう。…まぁよい、我はヴァンパイア。フン、我の名を呼ぶことを許可してやろう”

 “あーヴァンってばどさくさに紛れちゃってぇ!ちゃっかりした奴ぅ!”

 サキュバスとヴァンパイアと聞くと、思い浮かべるのは魔物…とにかく人間ではない存在だ。

『サーさん、ヴァンパイアさん…?』

 珍しい名前だと思いながら

 “なぁにそのさん付け!いらないよぉサーでいいよぉ!”

 “フン、ヴァンで良い。貴様ごときが我の名前を呼べるなど、ありがたく思うことだな”

『…それはどうも…』


「彼らには名前が無いのですヨ」

 サーに叩かれた青年はいつの間にか話の輪に入り込んできた。


 “そーそー!アタシら低級妖魔には名前なんてないんだよぅ!”

 握った拳をぶんぶんと振って抗議するような姿を見せる、サー。

 “あるのは種族の名前だけ!あんたでいう「人間」とか「ヒト」ってところだよぅ!”


「それですが…サキュバスをサーと呼ぶのは、人間を“人ちゃん”と呼ぶのと同じ感覚だと思いマス…。変ではありませんカ?」

 青年は首を傾げたが、それを聞いたサーとヴァンは、まるで“信じられない”といった顔をした。

 “王子、お前のネーミングセンスはあるのか無いのか本当にわからないな”

 “そーだそーだぁ!”

 サーは、青年に向けていた視線を少女へと移した。

 “この男の方がやばいんだからぁ!気をつけてよ!ねーヴァン!”

 “あぁ”

「ノー!私はやばくありませんヨ!おっと、申し遅れました、マイプリンセス……私、王子と申します」

 そう言うと少年は少女へ向けてウインクした。えっ、という言葉が少女の喉元まで出てきたが、かろうじて留まった。


 “こいつ王子って名前じゃないからぁ!自分のこと王子って言い張ってんの!やばいヤツでしょ!”

「こら、サー。プリンセスが困ったような表情をしているではありませんカ」

 “困らせているのはお前だ、馬鹿者”

 “こいつ本当の名前違うからぁ!ほらぁ早く本名言った言った!”

 サーは王子の背中をバシバシと叩いた。


「不躾ですネ…。ですが、キチンと名前を名乗らなければ失礼ですネ。私、山王子二(さんのう しづ)と申します。山王の王と、子二の子で王子デス!」


 サーとヴァンは頭を抱えていた。そんな二人のことなどお構い無しに話を続ける。

「子二というのは当て字というやつでしてネ…本当はコニーと申しマス」

『…?ということは、さんのう、コニーさん…?』


 “そういうこと!こいつぅ、見ての通りハーフでねぇ。こういう名前なんだってさぁ”

 “それにしても、本当に簡単な漢字だな。馬鹿丸出しだ”

 やれやれとため息をつく2人を物ともせず、王子は雪に一歩近づいた。

「失礼デスがプリンセス…あなたのお名前をお聞きしても?」

 そして王子は自身の胸に手をあて、軽く頭を下げた。


『…っ、真白雪(ましろ ゆき)と、いいます』


「Oh!お名前も麗しいですネ!どのような漢字を?」

 王子は顔を上げると、どこからかメモとペンをサッと取り出した。


『真実の真に、ホワイトの白、スノーの雪です』

「フーム…ナルホド…!真っ白な雪!ビューティフルデース!」

 “フン、馬鹿丸出しな漢字だな”

「こらヴァン!失礼ですよこんな素敵なお名前ニ!」


 サラサラとメモを書き上げた王子は、ふっと顔を上げた。柔らかい金色の髪の毛が揺れ、美しく見えた。

「ところでミススノー、スノーホワイトはご存知ですカ?」


『…?いえ…』

「白雪姫デス!おとぎ話ノ」


 そこまで言われて、雪はようやく理解した。

「真白雪サンの白と雪で、白雪…。ウフフ、白雪姫デショウ?とても麗しいあなたは、本当にプリンセスだったのですネ?」


 王子は首を傾けた。金の髪が揺れ、隙間から覗く青の目が雪を捉えた。。

 “プリンスとプリンセスがここにいるってぇ?もう本当馬鹿なんだからぁ王子!”

 “馬鹿を通り越して愚かだ”

 “呆れちゃうよねぇ雪ちゃん!こんなの相手にしなくていいからぁ!”

「私は本気ですヨ!」

 騒々しい3人を見て、思わず雪は吹き出した。

『…ふふっ、面白いですね』


 ―――3人は固まった。

「見ましたカ…っ!?わ、笑いましたヨ…!」

 “見た見たぁ!超かわいい!”

 “おい、それよりも呆れられなかったことに驚け”

 “そんなこと言ってぇ!ヴァンだって可愛いって思ったでしょ!”

 “戯言を言うなよサー…!”

「oh…この王子、不覚にも再度ときめいてしまいましたヨ…!アッ、私はいつだってあなたにときめいていますけどネ!」

 上を向いて髪をなびかせた王子には“キラッ”という効果音が似合いそうに見えたが、それをサーは小さく、キモッと呟いていた。


 “ふふん、お前の表情筋は生きていたのだな”

 “素直になりなよぉヴァン!”

「私のおかげですネ!」

 “王子はうるさいよっ!”

 “勘違いするでないぞ。この女は、あまりにもお前が愚かで笑ったのだ”

 ドヤ顔をしていた王子を、ヴァンが軽く一蹴した。雪はそれを見てまた笑った。


『―――えぇ、本当に馬鹿らしいと思います』


「なっ、なんですカっ!?」

『でも、それで良いと思いますよ』

 “…えぇぇぇ!?じゃあ、それって、つまり…!?”


『雪でも、白雪でも、白雪姫でも…何とでもお呼びください』

 “…っ!?ちょっと王子ぃ!この子めちゃくちゃ良い子じゃないのぉ!あんたにゃもったいないよ!”


 普段の雪ならば、こんなことで笑うことはない。この日の雪はどうかしていたのだろう。



***




「―――本題デス、白雪姫」



「この家は私の所有する別荘の一つです。実は私も療養中の身でしてネ…。こうして別荘でのどかな生活を送っているわけデス。もし宜しければ、デスガ……あなたの傷が癒えるまでここで過ごしませんカ?」

『…え?』


「いえ、傷が癒えるだけではなく…もし良ければ記憶が戻るその時でも、記憶が戻ってからのその先でも、未来永劫でも…この家に居ていただけると嬉しいのデスガ」

 なぜ会ったばかりの自分を家に迎えようとするのか。雪は疑問に思うと同時に、王子に不信感を抱いた。そんな雪の様子を察した王子は、ゆっくりと話を続けた。


「…正直なことを言いましょうカ。実はあなたが居た崖には、ほとんど人は近寄りません。そもそもこの山、私の所有する山ですからネ。それと、諸事情によりこの山には特殊な結界が張り巡らされてありマス。そんな状況であなたがここまでやって来れたということは、―――第三者の手によってここまで連れてこられたか、あなたがここに迷い込んでしまったか。あるいはどちらも、デス。とにかく、記憶を失う前のあなたは少々危険な環境や危険な精神状態であった可能性が高いのデス」


 王子が話している間、サーとヴァンはそれを遠巻きに見守っていた。2人は何か言いたげにも見えたが、結果として口を出してくることはなかった。

「この山の所有者として、このような状況を放っておくわけにはいきまセン。ですから、私たちはあなたに危害を加える気は毛頭ありませんヨ。むしろ歓迎しマス。そうでしょう?サー、ヴァン?あなたと共に楽しい生活を送りたいのデス」


 王子は振り返ってサーとヴァンの顔を見て確かめた後、雪に向き直った。

「もちろんあなたの意見を尊重しますヨ。ここから出て行きたければ出て行ってくださって構いまセン。しかし、この田舎の山奥、何が出るかわからないですヨ。無事とは限りまセン。…私としては、あなたのような麗しい女性がこの世から失われてしまうのが何より惜しいのデス」


 そう言ってウインクした王子は、雪の前に手を差し出した。

「あなたの傷が癒えたとき、もう一度お聞きしマス。もし私たちと共に過ごしたいと思ったのなら…その時は、この手を取っていただけませんカ?」


 そのままチュッとリップ音を鳴らして微笑んだ。



「良いお返事を期待していマス」


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