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第9話「タイムリープを試みた俺は、必死に笑ったのだ」

モヨコ、イタ飯デートし、耳を疑い、感想が付く。


 神保町の端にある、イタリアン料理の店『夢十夜』。

 木の葉舞う並木道を一望できる窓際の席で、俺は一人の女性と向かい合っていた。

 店内に流れるテナーサックスの軽快なメロディ。アップテンポなピアノのベースライン。耳を走るジャズミュージック。

 その中で、俺と彼女はコーヒーを飲み交わしていた。この店は昼の間、喫茶店も兼ねており、パスタや肉料理の他に、軽食とコーヒーも楽しめる。特にコーヒーは水出しの絶品で、訪れる度に俺の舌に幸福を運んでくれた。

 彼女も気に入ってくれればいいのだが。向いに座る女性を見て、俺はそう思う。


 目の前の彼女。秋の空のような、ライトブルーのショートボブ。前髪に隠れがちな、穏やかな瞳。その深いブラウンの輝きと、大きく格子が編み込まれたグレーのニットが、彼女を知的に魅せていた。

 彼女を観察している自分に気が引けてきた俺は、それを誤魔化すように目を逸らす。カップを持ち上げ、光沢のあるブラックを一口啜った。

 コーヒーの香りが鼻をくすぐる。


「まさか、こうしてお茶をご一緒することになるなんて、思いもしませんでしたね」

 テーブルに肘を突き、顔の前で指を交差させながら、彼女は真っ直ぐ俺を見てくる。

「それも、偶然出会ってしまうなんて」

 話す彼女の頬は薄く桃色をたたえ、その瞳は少し潤んでいた。

「これも『運命』なんですかね……」


 俺は微笑で応える。

 運命、という言葉は、嫌いではない。しかし、偶然とは世に溢れている物であるし、たまたま知り合いに会うことなど大して珍しいことではない。この出会いを運命というのは、少々大袈裟であろう。

 だから、俺は言葉を変える。


「俺たちの出会いは、『必然』だよ」

 視線を彼女から逸らし、隣の、誰もいないテーブルを眺めながら俺は言った。

「もしかしたら、あそこの席に君は座って、他の男とコーヒーを飲んでいたかもしれない。飲んでいたのは、ウーロン茶だったかもしれないが。それはどっちでもいい。でも、こうして俺たちは同じテーブルで、コーヒーを飲んでいる。それなら、これは『必然』なんだと、俺は思うよ?」


 俺は一体何を言っているのだ?

 喋っている自分自身、さっぱり意味が分からない。中身があるようでなんにもないそれっぽい言葉。なんでこんなことを言っているのだ?

 その理由は一つだ。

 俺は、混乱している。

 女の子とイタ飯デートなんてことになって思いっきり緊張してもう今すぐおトイレ行きたいくらい胃痛がやばいのだ。


 何故こんなことになったのか?それを説明するには、少し時を遡らねばなるまい。

 俺はコーヒーの臭いを嗅いで、タイムリープを試みるのだった。


 段々と視界が渦を巻いていく。赤青緑が風景を破壊し、捻れ、まるでウルトラセブンのタイトルコールのような画面になって、中から産まれてくる白が、少しずつ見慣れた十一文字を形作っていった。


『小説家になるんだよ!?』





 二日前に、俺は無事戻ってきていた。

 あの日のコンビニ。ケイちゃんは過去と変わることなく、カメラ目線であざといポーズを決めていた。

 ふいにケイちゃんはポーズをやめて俺の方を向き、ツカツカツカとこちらに寄ってきた。

「モヨコさん」

 俺の顎の下から、睨み付けるように見上げてくる。


「あの、あの女、誰なんですかね?なんか、随分と仲よさそうですけど……」

「ケイちゃん、それはまずい」

 俺は彼女の肩を掴む。

「↑のシーンはね、まだこれから起こる話だからね。ケイちゃんが今言及していいことではないの。わかる?いくらメッタメタなメタフィクションだってね、ある程度は自制しないと」


「自制やルールに自分から縛られに行くなんて、哀れですね」

 ケイちゃんが鼻で笑った。

「それを理解した上で破壊していくのもまた創作だと思いますが?というか私の質問に答えてください。誰です?あのいかにも変人そうな女は。『運命かも♡』とか言う女性にろくな方は居ませんよ。ヤンデレか天然か知りませんが、中身はどうせまっ黒くろすけ出ておいでと言いながら出てきたヤツの目玉をくり抜くような人だと思います」


「たった三行のセリフでそこまで判断を下してしまうのか……」

 女子って怖いなあ。

「というかさ、なんでそんなケイちゃんが怒るんだ?」

 俺は訝しんだ。ので聞いてみた。

「クソダサキモキモロリコン文学原人が誰かとデートしてたって関係ないんじゃ……」


「確かに関係ないですけど生意気だからむかつくんです!」

 とんでもない不条理な怒りを俺にぶつけてきた。

「クソダサキモキモロリコン非モテ変態文学原人さんが女の子とデートなんて、気持ち悪すぎますもん」

「女の子とデートするだけで気持ち悪いのか俺は……」

 悲しい。

 とても悲しい。

 泣くぞこら。


「で、今思ったんですけど、これってキャッチか何かじゃないですかね?」

 宙に豆電球を光らせてケイちゃんが言った。

「それか美人局、でしたっけ?ねずみ講のお誘いかもしれませんけど」


 この中学生、とんでもないことをお言いになる!俺は戦慄した。

 ここまで俺の可能性を否定されるとは思わなかった。俺だって人間だ。意思ある一個の人格。銀河を漂う小宇宙。生命。無限の旅人。ヒップホップ調で言うなら『イェア陽気なブラザーhoo!』なのに、女の子とコーヒーを飲むことすら幻想だというのかしらこの子は???

 大変遺憾であるぞ!


「まあなんでもいいですけどね。モヨコさんなんてどうでもいいですし」

 ケイちゃんは冷たい表情のまま言葉を続ける。一体俺が何をしたというのだ。

「でも、ま、とりあえずSNSはやりましょう。ついでなんで、LINEも交換しておきますか」

 言いながら自分のスマホをチャッチャカ操作し、そんなことを言っている。が。


「え?無理」


 俺は答えた。

 それを聞いて、一瞬ポカン、としていたケイちゃんの顔が、見る見るうちに朱に染まり『大爆発!怒りの人喰いヴォルケイノ・トマト!』といった感じに噴火した!


「『え?無理』ってなんですかその態度は!モヨコさんみたいなダサダサキモキモ変態ロリコンマスターに女の子の方からLINEの誘いなんてもう二度と金輪際宇宙が六百六十六回生まれ変わってもあることではありませんよ!それなのに『え?無理』なんてそんなだからあなたは社会不適合者変態ロリコン文学野郎の底辺アルバイターなんです!親が泣いてますよ?」

 LINEを断っただけで親が泣くとは思わなかったな。俺はそう思った。


「いや、別にLINEしたくないとかじゃなくてさ」

 余り言いたくはなかったが、祟り神の怒りを静めるためだ。仕方ない。俺は正直に話すことにした。

「そもそも、やってないから。LINE。アドレス交換しようにも出来ないんだよ」


 それを聞いて、ケイちゃんはまるでアウストラロピテクスかクロマニョン人を見るかのような目で俺を見てきた。

「え?LINEやってないって。は?モヨコさん、現代人ですか?本当に?今までどうやって生きてきたんです?」

 LINEなんてやってなくても普通に生きていけるだろう。そう思ったが、口に出すのは(面倒くさそうなので)やめておこう。


「はっきり言っちゃえば必要なかったからな」

 俺はキッパリと言った。

「俺にはLINEする相手がおらんから」

 と。


 そう!

 俺にはLINEする相手など、一人も居ない!

 友達?

 いるわけがない!


『友達が居ない~』とか『ぼっちの~』という言葉が目立つ作品の主人公には、なんかしらんが妹が居たり幼馴染みがいたりするが、俺にはそんな者は誰一人いない!仕事以外で付き合いがある人間は皆無!仕事でもまともに話すのは登場予定の全くない店長と困ったときに作者が助かる武者小路先輩だけだ!親とは喧嘩別れしてから音信不通!ペット無し!近所付き合いなし!コミュニケーションをとるのは家にある本の山だけ!それが俺!


 見たか!これが!


 究極の!ぼっちだ!


「………………」

 ケイちゃんが黙ったまま、憐れむような目を俺に向けてくる。

 なんだ、その眼。

 やめろ。

 そんな眼で俺を見るな!!!


「まあ、そういうことならわかりました」

 ケイちゃんは眼鏡を外し、上着のポケットから団 鬼六をデフォルメ化したキャラの描かれたハンカチを取り出して、顔を拭った。一体どうしたんだろね急に?暖房が強すぎて汗でもかいたのかな?はははは……

「じゃあ、とりあえずドゥ・イッターのアカウントは作っておいてください。あと、できればLINEも。次会うときにでも交換しましょう」


「あ、ああ、うん」

 急に口調が優しくなったケイちゃんに少し動揺しながらも、俺は頷いた。

「わかった」

「それと、出来れば『遊覧飛行』について、もっと改定案とか出したかったのですが」

 おいおい余計なお世話だぞそれは本当にこの野郎あんま調子乗ってんじゃねえぞ×××ぞおら△△△△ひしておっぺけぺの○○○で□□□

「もうそろそろ帰らねばならないので、また次の機会にしましょう。でも、やっぱりこれはタイトルが……」


 スマホの『遊覧飛行』のページを開いたケイちゃんの動きが固まった。視線はひたすら画面の方を向いている。

「ケイちゃん、なんかあったの?」

 俺が尋ねると、彼女はゆっくりと動き出し、無表情で俺の顔を見た。


「……ブックマーク、付いてます」

「え?」

 俺は耳を疑った。ブックマーク。それは、読者が気に入った作品に付ける、言うなれば評価の証の一つだ。閲覧者三人の俺の作品に?何がどうしたというのだ?


「しかも、感想とポイント評価まで付いてます」

「ま、まじか!?」

 俺は慌てて自分の『なるんだよ!?』のマイページを開く。メッセージの所には、確かにこう書いてあった。


『一件以上の作品に感想が書かれました』


「ほ、本当だ……」

 俺は息を呑んだ。しかし、一件しか作品がないのに一件以上の作品に、とはどういう了見なのだろう?もしかすると、運営からの軽い煽りなのだろうか?一件しか作品がない事へ、なのか、以上って言っても一件しか付いてないよ、のような。そういうふうに考える俺は、多分余りにも器量がない。


 とりあえず確認してみよう。俺は作品の管理ページを開いて、情報を確認する。

 ポイント評価:ストーリー5・文章5。ブックマーク1。やっぱり、ちゃんと付いてる。

 そして当然、感想文だ。それはこんな文言だった。


『一言

 少々難文ではありますが、とても胸を打たれました。次作も楽しみにしています

                                 蒼生 とおる』


 あ、ありがとう『とおる』!! 

 俺は『う』ではない『とおる』に感謝した。

 ふへひふへふほほほひへふひひへうふえっほほうぇうぇしたしたひだりみぎへいへいほうほうてんどんどん!

 めちゃくちゃ嬉しい!!!


「どうだケイちゃん!!」

 俺は胸を張って威張って見せた。

「分かる人は分かってくれる!その通りだっただろうが!」

「はい、おめでとうございます」

 やけにケイちゃんは素直だった。てっきり「調子乗らないでくださいね気持ち悪いダサダサダサダサ」とか言ってくるかと思ったが、妙に静かだ。なにか考え込んでいるような。


「ちょっと思ったんですが……もしかして、この感想書いた人が↑↑↑↑↑の女性だった……とか、そんな安直な展開じゃないでしょうね……?」

「ケイちゃん」

 俺はケイちゃんに優しく語りかける。


「そんな『なろう小説』みたいな展開、あるわけないだろ?これは現実なんだから。運命、という言葉、俺は嫌いだし。それに、偶然って世に溢れていないよ実は。たまたま知り合いに会うことなんてほとんどないしいやそもそも俺には会う知り合いがいないけどネははは。それにこの名前はどう見ても男性ですよ絶対多分恐らくはうんうん」


「はぁ」

 ケイちゃんは疑い深い目を俺に向けてくる。しばし俺の瞳を視線で捉え続けていたが、すぐにそんな出来すぎた話はない、と悟ったのだろう。ジト眼から笑顔に表情が変化する。

「まぁ、そうですよね」

 納得したように頷いた。

 

「そんな安直な展開、流石にないですよね」

「ははは、そうそう!ないない!あるわけないって!」


 俺は大声で笑った。

 読者の楽しみを奪わないためにも、俺は大声で、必死に笑ったのだ。


「ははははは、ははは、わっはははははほんとないないないって、そんなこと、あるわけないですよぉぉぉー!!!」






「新キャラで 梃子入れしようと した結果

  話が動かず 我しょんぼり」


モヨコ、心の一首

おはこんばんち!

まさかの新展開かと思いきや話が進みません!

爆発します!

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