第8話「神のような存在、デスオブストーリー哀川」
モヨコ、誤解され、屁をこき、途方に暮れる。
「SNS……?」
「そうです」
前回から24時間後、俺たちの身体は凍結からようやく解放された。もう回想シーンではないので、俺たちの時間もリアルタイムで動いている。パントマイムのように動かないでじっとしているのは大変苦痛だが、連載小説なのだから仕方がない。お金のためだと思って我慢しよう。
え?
無給??
マジで???
「でも、話の流れが繋がってなくなくないか?」
俺は自分へのツッコミを兼ねつつケイちゃんに言った。
「web小説を書くこと、読まれることと、SNSを始めることに因果関係があるように思えないんだけど」
「モヨコさんは本当に無知蒙昧な時代の敗北者ですね」
ケイちゃんは腰に手を当て得意気に笑った。
「今の時代、アマチュア作家にはSNSは必須なんですよ?モヨコさん、文学賞を取るメリットってなんだと思います?」
「メリット?」
俺は腕を組んで考える。
「文壇に入ってふんぞり返って銀座のビール一杯5000円くらいのキャバレーで美人ママを縄で縛って吊るし上げて一作書いてもらうために一人格のある編集者に五つの難題を押しつけてそれをこなしてきた相手に対して締め切りを一年も二年も延ばしつつ印税生活ガッポガッポで賞の審査員になれば自分の好みで作品を推薦して有望そうな芽も摘み放題摘み取れるまるで神のような存在になれるところかな?」
俺が答えるとケイちゃんは心の底からの軽蔑をその目に讃えた。
「モヨコさん、そういうのに憧れていたんですか?流石にちょっと、いやかなり、むしろお近づきになりたくないくらい露骨にひきました……梶原一騎もびっくりですよそんなの」
「そ、そんなに!?」
俺は慌てて釈明を開始する。
「いや、これはあくまで文豪の一イメージであって、俺がこういう風になりたいとかそう言うわけではないよ?俺が好きなのは大江とか太宰とか久作とか安部公房だし、そんな強烈ないかにも文豪文豪してる文豪は趣味じゃないというかなんというか、とにかくまあ、誤解です!」
「いや、それでもいいんですけどね、別に」
ケイちゃんは鋭い視線を俺に向けたままだ。ご、誤解やというのに……
「まあいいです。話を進めましょう」
ケイちゃんが眼鏡をクイッ、と持ち上げる。
「私が考えるに賞受賞の最大のメリットは『宣伝効果』ですね」
「宣伝効果?」
俺は余りの陳腐さに拍子抜けしてしまう。
もっと他にも色々あるだろうに、と。
「まあそれはあるけどさ、素朴すぎないか?」
「そんなことはありません。どんなに優れた作品だって肩書きがないと手に取られない物です。少なくとも、ある物とない物では、ある物の方が断然有利ですし。モヨコさんだって『なんちゃら賞受賞!かんちゃら先生絶賛!』ってなってる方が手に取りやすいでしょう?」
流行れば蹴飛ばし受ければ屁をこくスーパーウルトラ天邪鬼の俺の場合、そういうのがあると逆に読まなくなることも多々あるのだが、話としてはよく分かる。俺は頭を縦に振って肯定を示した。それを見てケイちゃんも満足そうに頷く。
「受賞しただけでも大きな効果があるわけですね!更に言えば、編集の方も本屋さんの方もとても力を入れて売ろうとしてくれるわけです。雑誌で特集載せたり、店頭にPOPを置いたりして」
「うん、確かに」
「賞を得るのは大変なことではありますが、やはり大きなメリットがあるんですね。面白い物を書けば、それまでの評価は関係ない。これも大きいです。活動経験がなくとも一発で世界が変わるわけですね。で、対してweb小説はどうなのかと言えば……」
ケイちゃんはそこで言葉に詰まってしまう。そこへスタジオから助け船が入った。武者小路先輩がスタッフから台本を受け取りケイちゃんに届ける。ケイちゃんはそれを数ページ目繰って、ここからの展開を思いだしたみたいだ。ケイちゃんは深呼吸してから再び話を始める。
「前回でも言いましたが、web小説は面白い物書いているだけでは駄目なんです。面白いだけの作品なんて、誰かの目に留まる前に埋もれてしまいます。恣意的なタイトルも、考える前に思考停止されてしまって避けられてしまうんです。だからタイトルやあらすじを面白くわかりやすくして、雑多な棚の中から取り出して、平置きにするくらいにはしないといけません」
「ほうほう」
俺は素直に感心した。わかりやすい例えである。
しかし進研ゼミの手紙に付いてくる漫画みたいになってきたな。「これ文中論破で見たヤツだ!」と、いうことがあるかもしれない……
「それができてようやくスタートラインと言えるでしょう。プロの目に留まるためにも、埋もれては駄目なんです。そして、ここからが最も重要。web小説で売って行くには……『営業』が必要なんです」
「営業?」
俺は首を捻る。
「それは編集者の仕事だろ?」
「プロでもないのに何を言うとるんですか、あなたは」
微妙な関西混じりの言葉であざとくケイちゃんは言った。
「今は全人口創作者時代、と言いますが、私に言わせれば全人口編集者時代ですね。作品の中身よりも『営業と談合』。これが大事なんです」
「はー」
「はー、ってなんです?
なんですかそのキモキモクソダサな反応?
興味ないなら返事しなくていいんですよロリコン変態文学さん?」
「その演出とセリフさ、前の俺の心の声、聞こえてたでしょ?」
俺のこの発言の理由は第3話を参照にして頂きたい。
「とにかく、この『営業と談合』は非常に強力なんです」
ケイちゃんは俺の発言をキッパリと無視して続ける。
「営業して名を売って談合で味方を作る。そうすると作品そのものの価値も上がっている、という幻想を受けますし、ナニモナイ物よりも遙かに手に取ってもらいやすくなります!言うなればPOPと推薦文ですね。要は付加価値を大いに利用した方がいい、ということなんです」
「な、なるほど」
ケイちゃんの使う言葉に、俺は段々と不穏な空気を感じてきた。
大丈夫?これ大丈夫なの?
もっとメタ的な大騒ぎした方がいいんじゃないの??
コメディは何処に行ったの???
「創作論を学ぶより手っ取り早いですからね。それなりに受ける物を作って、営業相手に宣伝してもらって大いに盛り上げてもらう。これが大事なんです。そして、そのための物がこれです」
ケイちゃんがまたスマホの画面を突きつけてくる。
『ドゥ・イッター』である。
「SNS。これがなければ、今のような工業的創作が発展することはなかったでしょう。内省的活動であった物語の執筆、そのベクトルは現在においてむしろ外に向いており、内省面の象徴たる賞投稿は敷居が高いが故に、外に向けたweb小説という場にメインが移ったとすら言えます。
不安や焦燥と戦う時代は終わりました。今は楽しさと和気藹々の時代なのです。クラスタやサークルという言葉を用いて仲間意識を持ち、お互いを尊重し異物は排除する。かつての文豪達のような血で血を争う切磋琢磨は現在では好まれません。誰もが優しく肯定されたいと願っているのです。創作は基本ダブルバインドなので、実に矛盾しておりますが。
また連載という形で話を完結する前から徐々に顕在化でき、後でいくらでも改変が可能というこの形式。歪な様相を醸しては居ますが、それは書きたい物がない人間がとりあえず始めよう、とか絵や音楽なんかよりも必要な技術は少なそうだから、という考えの人も気軽に作品を送り出せるわけです。実に魅力的ですね。
『みんな楽しく』それが現在のスタンダートなんです。現実です。不条理に見えるかもしれませんが、苦悩に満ちていた創作の時代は既に終わり、新たな神話が始まっているのです」
俺はケイちゃんの熱弁を呆然としながら聞いている。
「更に言えば、このSNSと言う物は、擬態が凄くしやすい、と言うことも宣伝に向いていますね」
「ぎ、擬態?」
「そうです。まず、相手の素性を調べようがない。まあそれはネットでは当然のことですね。ですが、次に『自分の装飾』が可能、と言うところが物凄く大きいです」
「ほ、ほう。その心は?」
「それはですね」
オホン、と一つ咳払い。
「実は大して理解できていないことでも、言葉にしてしまうと知らない人には優れた人間に見せることが出来る、と言うことです」
???何を言っているのかよく分からない???
「つ、つまりどういうこと?」
「つまりですね……例えば創作論なんかでは、聞きかじりの言葉をそれっぽく語ることによって、いかにも自分が理路整然とした物作りをする人間、いっぱしのクリエイターであるかのように擬態することが出来るんです。例を挙げると刺されかねないんであげませんが、端で見ていると的外れの勘違いが多くて恥ずかしいことこの上ないですね。私もアマチュアですが、そんな私にも透けて見えちゃいますもん。
一冊二冊読んだだけで哲学や宗教を語っちゃったり、狭いジャンルの経験則しかないのに音楽を語ってしまったりと似た事例は多いですが、どれもこれも私だったら黒歴史にしかならないようなことばかりです。実際、文学や音楽や映画、哲学や物理学なんかはなかなか恐ろしい物で、私も散々痛い目に遭ってきました。スーパーケロイド大火傷ゲド戦記のテナー状態(原作)です」
ケイちゃんは落ち着いているようには見えるが、段々と熱が入ってきたようだ。何か嫌なことでもあったのだろうか?あったにしても、こう説明という形で俺にぶつけるのは勘弁してもらいたい……少しばかり興奮するのは確かだが。ケイちゃんはそのままの勢いで言葉を紡いでいく。
「ですが、それが擬態になるんです。創作論を記号化して呟くだけで、それを見た経験則の少ない方が、勝手にその人の価値を自分の中で高めてしまうんです。書斎に人文学書を並べておく行為『見せ本』に似ていますね。やってきたお客さんは勝手に感心します。自分の株を上げる『宣伝』になるわけです。人間的成長には何の意味もないのですけどね。
しかし、擬態している方はわかる人には一発で分かります。他の発言を見てみると、内容が一貫していない、論点をずらす&誤魔化すのは当たり前、そうでなくとも理論をわざわざ持ち出すのに、実に陳腐なことしか言いませんからね。専門的な話はなんでもそうですが、分かる人にはバレバレなんですよ、本当に。
だからかは分かりませんが、基本的に作品の内容が優れている方ほど、あまりこういうことを語らない傾向があります。作品で存分に消化できているからですね。または素直に興味本位で意見を求めたりしていますね。どちらかと言うと、擬態は宣伝効果を得るための営業というよりも自己肯定感の補給という面が強いので、若干話がズレるんですが、まあそれでフォロワーが増えるのなら宣伝とも言えるでしょう」
俺はケイちゃんの話を聞きながら『デスオブストーリー哀川』について考えていた。彼はたった一人のデスメタルバンド『kigookaatooshookaa』のvo,g,ba,dr,keyを務める人物で、常々世の不満をデス声とテロテロギターとブラストビートで訴える楽曲を提供し続け、その筋では知らぬ者のいない大人物である。ライブでのその鬼気迫る忙しそうな演奏は最早半分お笑いと化しているが、彼のファッキンアティテュードは俺に大いに影響を与えた。ちなみにベースは肩に提げているだけで、弾いているのを見たことはない。
「これの厄介なところは擬態している本人が擬態だと思っていないところですね。理論を記号化してしまっている人は、もう完全に『自分はこれを理解している』と勘違いしてしまっています。物語でもそうですか、大事なのは『記号』ではなく『文脈』なんです。表面上の理解で.はなくそ.の有用性を発揮できてこその理論です。『過程』より『結果』を重んじる現代人らしいと言えばらしいですが、創作、特に小説を書く、ということを作家自身が貶めるのはいかがな物か、と思ってしまいますよね」
『デスオブストーリー哀川』の偉大なところは、『聴きたいヤツだけ聴けばいい』というスタンスで人気が出たところもそうだが、何よりもその歌詞にある。ニヒルさとアイロニーの塊の中に一抹のラブが加えられており(デス声で何を言っているのか分からないのが台無しだが)彼のその独特な世界観を見事に表現していた。確かに人を選ぶ音楽ではあるが、その精神性はアングラ界ではカリスマ的な評価を受けており書く言う俺も彼の書く歌詞を若干パクリスペクトすることがあったりなかったり部屋よポッター!
「脱線してきました。今のSNSのデメリットの一例とでも思ってください。とにかく、『営業と談合』。これ、大事ですからね。分かりましたかモヨコさん?」
「お、おう」
急に声をかけられた俺は反射的に返事をした。
ながらで聞いていた限りの意見としては……SNSという場が悪鬼羅刹が蠢く万魔神殿のような所に思えてきたぞ……
そんな場所で生きていけるのか、俺……
「私が目を通した限りでは『なんでこの人はタダで作品を公開しているんだろう?』と首を傾げるような人も一杯いました。そういう人が正当な評価を受けていないのに憤りを覚えるほどに。それほど、web小説の世界というのは、混沌としているわけです。と、いうことで、SNSを始めることはメリットしかない、ということですね。分かりましたか?分かりましたら『始めるんだよっ!?』って鳴いてくださいね」
「色々聞きたくなかったこともあるけど、まあ大体分かった」
俺は賛同する。
「でも、今回、めっちゃ退屈じゃないか?ガンダムで言うと丸々三十分間戦闘無しでニュータイプ論を語り続けてるだけじゃ……」
「私はそういう回、好きなんですけどね。まあでも確かにそうかもしれません……が!」
ケイちゃんはくるりとその場で一回転。
カメラ目線でキラッ☆とポーズを決める。
「たまには、こういう回があってもいいんじゃないですかね。ね♡みなさん♡」
今更取り繕っても、多分遅い。
必死にあざといポーズを決めるケイちゃんを見て、俺の未来はどうなるのだろうと途方に暮れたのだった。
「魑魅魍魎 悪鬼羅刹ノ 跋扈スル
電子ノ海ハ 我ヲ引キ裂ク血涙地獄」
モヨコの遺書
小説って字ばっかりだから読んでて疲れますよね!お疲れ様です!
勢いで書いてるから破綻してないか心配です!
また次回?来てくれますか???