第6話「『犯人はゴリラやで』と、優雅にくるりと回ってみせる」
モヨコ、チョコレートが溶け、通報され、ヒキを作る。
俺が『なるんだよ!?』に初投稿してから、二日が経った。
ドダダダダダダダダダダ!!
軽快にキーを打ち、言葉を操り、物語を彫る。
ケイちゃんの呪いのような言葉から解放された俺は、実に気分よく創作活動に打ち込んでいた。
前回の冒頭から嘘のように筆が進んでいる。
これも『なるんだよ!?』投稿の成果か。まるでセラピーでも受けたかのように、心は爽やかだ。
そうだ、一応確認しておくか。俺はそう思って、デスクの上のスマホを操る。
今はもう見慣れてきた『小説家になるんだよ!?』の文字。ここでは閲覧された記録などが確認できるようなので、自作の様子を見てみよう、と思い立ったのだ。
これもまた、新たな自信となるだろうし、うん。と、俺は実に軽い気持ちで、『なるんだよ!?』のマイページを開き、自作のデータを調べ始めた。
このPV?というのが閲覧回数みたいだな。どれどれ……って。
日付と時間帯で分けられた、青色のグラフは、二日間で二本が伸びていたのみだった。
総合閲覧数、3。
初日に二人、今日で一人が読んだのみ。それだけだった。
は?
俺は混乱する。
なんでなんでなにがどうしてそうなってるの???
難しかったから?理解できなかったのか??いや、そんな話ではない。そもそも読まれてすらいないのだ。読んだ人間→2。あれだけの傑作をタダで見れるのに???どういうことなの???インディーズとか学生バンドの初ライブだってまだ人が来てるぞ???え?俺の小説は「✝️ ♡15歳病み(闇)女子♡ボーカルやります♡G.Ba.Dr.Key大募集♡初心者同士で頑張りたいです♡ ✝」とかで集まった結成三ヶ月のガールズバンドのライブにすら劣ってるってことなの???
誰か教えてくれ!
だが、俺の言葉に答える者は居ない。そりゃそうだ。居たら怖い。そもそも口に出して言ったわけじゃないし。しかし、この謎を誰かに解いてもらいたいというのは確かにある。解けるものなら解いて欲しい。ホームズでもマーロウでも『犯人はゴリラやで』と卓越した頭脳でとんでも回答を導き出したデュパンでも誰でもいい。いや、むしろ右京さんに解いて欲しい。あのねっとりとした声でひたすら責めてもらいたい。あの眼鏡をギラギラ光らせて、ひたすら人格批判を行ってほしい。そういう意味では、昔DVDで見た古畑任三郎でもいいな。あいつの声はいい。それにガッツがある。チョコだけで数日穴蔵に閉じ込められて居たのを生き抜くというバイタリティ。あれを真似して、俺はチョコを尻ポケットに忍ばせるようになったのだ。そして、ある夏の日、気がつかぬままにチョコレートは溶け、俺の尻に茶色いシミを作り、大学を中退する原因となって……
待て。
俺は頭を振って過去を振り払った。あれはもう過ぎたことだ。今更思い返してもどうしようもあるまい。もうチョコを持ち歩くのはやめたし。関係ないでしょ?人間、過去より現在だ。そう、目下の問題。それは、この不可思議な文学的現象だ。
答えを出さなくては、俺はまたここで停まってしまう……
と、そんなこんなしていると、もうバイトの時間が近づいてきた。今すぐ部屋を出なければ遅刻してしまう。仕方が無い。この問題は、バイトが終わってから考えよう。
俺はアパートから出て、武者小路先輩の待っているだろうコンビニへと自転車を走らせた。
♡
「モヨコ君!」
バックヤードで休憩している俺の所に、武者小路先輩がやってきた。
「今日はどうしたんだい?『キーボード・ハッピートリガー』が、ただボケッと座っているだけだなんて」
武者小路先輩が心配を讃えながら、自慢の口髭を弾いた。『キーボード・ハッピートリガー』とは、このコンビニで付けられた俺のあだ名だ。休憩時間にひたすらキーを叩いている俺の姿を見た、今はもう店に居ない陽木 茶羅男によって付けられた、親しみ100パーセントで出来た名前である。
その名のおかげで俺のことはほぼ全ての時間帯の人間が知っており、バイトの時間でもないのに時々見物しにくる輩がいるくらいだ。
彼らは俺の鬼気迫る表情を見て、年頃の女子がイケメンを見たときのようにクスクス笑う。時には指を差し、ゴリラの放屁を見たときのようにゲラゲラ笑う。羨望の眼差しというヤツだ。うん。いや、わかってる。わかってるけどさ、言わないでくれ。
武者小路先輩はいい人だから、そのあだ名を単に格好いいと思って使っているようだった。この人は本当にいい人なのだ。仕事も出来て気配りも出来る。顔が濃くて髭も濃くてゴツいフレディ・マーキュリーという見た目のせいで、俺は散々ああいうネタに使ってしまっているが、実際そういう性癖なのかは、実は知らなかったりする。
でも、俺も悪意があってやっているわけではない。なんというか、第一印象のイメージがずっとついて回っているせいか、ついつい頭に浮かんでしまうというか。尻を撫でられたりされることはそうそうないので、多分、先輩がそういう性癖である、と、いうことはない。
そう信じたい。
「いつもの演奏が聞こえてこないと、なんか変な感じだよ」
武者小路先輩はずずいと俺の眼前に近づいてきて、肩から上腕に至るまでを撫でた。左耳のピアスが照明に反射して煌めいた。
「なにか悩み事でもあるのかな?」
友情。
そんな言葉が頭に浮かぶ。断じて『愛と(社会的な)死』ではない。俺は武者小路先輩の優しさに感謝した。しかし、先輩は俺の悩みに関しては門外漢だ。
名前はあの文豪と同じでも、彼は生粋のアウトドア派で仕事の後はボディビル倶楽部で身体を鍛え、その後はブルーオイスターというバーに行って家に帰ったら気の合った友人と映画『クルージング』を肩を組みながら見る、という実に健全な日々を送る、俺のようなミスター不健全とは正反対の男で、文学の話は出来そうになかった。
だから俺は、先輩には多くを語らない。
「いえ、少し体調が悪いだけですから」
言い訳をして、先輩から出来るだけ離れる。
「休憩してても暇なんで、レジはいりますね。たまにはゆっくりしててください」
そう言って、先輩と入れ替わりにカウンターに向かった。
俺の去り際に、どこかから舌打ちが聞こえた気がした。
レジに入ると、ちょうど客が中に入ってきたところとぶつかった。
黒縁眼鏡にピンクの髪。俺の首元くらいにある頭。
この作品のヒロイン、論破系美少女中学生、ケイちゃんだった。
あのロンググッドバイの後、作中時間では実に十日、メタ時間では(現実に遭遇したのは)3話振りの登場である。
「あ」
ケイちゃんが俺を確認して、思わずと言ったように口を開いた。しかし、「あ」の後は何も続くことはなく、口は閉じられ、俺に背を向けて店を出て行こうと……
「ま、待ってくれケイちゃん!」
俺はその背中に向かって叫んだ。
「ケイちゃん、少しでいいから話を聞いてくれ!実はね、ケイちゃん!俺、君に言われてわかったんだよ、ケイちゃん!ケイちゃん!に言われたとおり、俺は糞ダブスタ野郎だったってケイちゃん!だからそれを脱却するためにさ、ケイちゃん!の言うとおり『なるんだよ!?』って鳴いて、投稿してみたんだよケイちゃん!でも、なんかしらないけど俺の小説は全然読まれなくて、聞いてるかいケイちゃん!?ケイちゃん!ケイちゃんぶちゅぶちゅ」
彼女は振り向いて、高速ツカツカ歩きで俺の元にやってきた。
そして、なんともたまらなくなる目つきで俺を見上げながら、低く呟く。
「キモすぎるから死んでくれません?」
俺は昇天した。
♡
「それで、一体どういうわけなんですか?」
ケイちゃんは腰に手を当てて、溜息をついた。
「『なるんだよ!?』に投稿したとかなんとか、というのはわかったんですが」
「説明すると長くなるから」
俺はスマホを取り出して、前々回と前回のURLを彼女に送る。
「これらをまず読んでくれ。終わったら、今回を頭から読んで欲しい」
「読むのは構いませんけど、私のメアド、どうして知ってるんですか?」
ケイちゃんの目が鋭くなる。
「教えたことなんてありませんから、設定に齟齬が出ますよ?」
「あー、確かにそうかも。じゃあ、俺ので見て」
ケイちゃんは俺からスマホを受け取って、指を高速で動かして操作している。
そしてふんふん、と頷いた。
「あの、やめてくださいって言ったのに、お風呂覗こうとしたんですか?モヨコ先輩ってガチの変態シットファックガービジロリコン文学原人なんですね」
文学って入ると褒め言葉に聞こえるな……
ってそうじゃなくて。
「いや、結局出てきたのは武者小路先輩だったし、ね?そこは置いとこう?もうしないから。ほら、字数も押してきたところだし。4000字やってこんなに話が進まない『なろう小説』って、多分他にないよ?だから、すいませんでしたから、今はやめとこうな?」
ケイちゃんは『フゥゥ、ハァァァァァ』と、とんでもなく長く深い溜息をついた。
「はいはい、わかりました。通報はしますけど。ようは『なるんだよ!?に投稿した俺の小説がこんなに誰にも読まれないわけがない!?』ということですね」
「理解が早くて助かる」
こういう要約をされると、いかに俺妹構文が優れているかを実感するな。え?通報?するの?
「はい。します。でも、当然の結果ですよ、これは。読まれなくて当然です」
器用に前後の文を繋げつつ、二つの俺の疑問に答えるケイちゃん。俺(『社会的な』死)は「どういうこと?」と彼女に尋ねる。
「フフフ、まあweb小説無知無知モヨコさんにはわかりませんよね」
ケイちゃんの眼鏡の奥がキラリと光った。
「私でよければ、勿論お教えします。でも、それは今ではありません」
「え?」
俺はケイちゃんに尋ねた。
「なんで?」
「説明を後に回す理由はですね、まず、モヨコさんの投稿された小説を読んでから、総合的な意見を述べたい、ということ」
「ふーん。あとは?」
「モヨコさん、『ヒキ』って知ってますか?」
「『ヒキ』?」
俺は頭を捻った。
「幕引きとか、ヒキを作るとか、あのヒキ?」
「そうそう、それです!」
ケイちゃんは満足そうに頷いた。
「この作品はですね、実は『2話でアニメ1話分』に相当するように作られているんですよ。だから、読者の期待を次回に繋げるために、偶数回にはきっちり『ヒキ』を作らなきゃいけないんです」
「ふんふん」
何を言っているのかわけがわからなかったが、とりあえず頷いておく。
「で?」
「つまりですね、モヨコさんの疑問への答えは……」
ケイちゃんは、スカートを翻らせながら、優雅にくるりと廻って見せる。
カッ、と地面を踏んで、右腕を人差し指まで天に向かって一直線に伸ばし、カメラ目線を決めた。
「次回をお楽しみに!ってことで」
『初投稿 苦虫噛めば 噛むほどに
次回のために 彼女は廻る』
モヨコ、心の一首
読了感謝!!
ケイちゃんが居ると会話で進むから楽でいいですね(真顔)!
伝われ、この想い。