第5話「閃光が乱反射し、知の限界へ」
モヨコ、世界を再生し、心に火が灯り、覗かれる。
ある日の夜。
俺は畳に座り、未だにブラウン管で動いているテレビをつけて、入力2をチャンネルした。そしてDVDプレーヤーの電源を入れる。画面にプレーヤーの待機メニューが現れた。俺は一枚のDVDを懐から取り出し、機械に挿入する。
映画?まあ、似たような物だ。しかし、ただの映画ではない。これは、知る人ぞ知る伝説のエッチなDVD『(ポルノ)文学を愛する俺の性技♡が「なるんだよ!?で援交できないわけがない♡」と思っていたら女子〇学生にすら看破されてイキたい♡』である。
ブックオフでたまたま迷い込んだ18禁コーナーで、あ行から一枚ずつ指でタイトルを追い、吟味している時に何故か眼に入った物だった。タイトルを見た瞬間、俺は即購入を決意した。なんたって、文学である。〇学生に責められる部分はどうでもいいが、文学だぞ?仮に(ポルノ)文学であろうとも、文学は文学だ。文学を愛する俺の眼に入る文学。これは運命に違いない。〇学生の部分はどうでもいいけど。あと看破されてイキタイ、なんて、物凄いM心をくすぐられるのかもしれないが、断じて、断じて俺には関係ない。
というわけで、俺はDVDを棚から抜き取り、上にはウラジーミル・ナボコフの著書、下にはルイス・キャロルの著書で挟み込んで、レジでの購入を完了した。レジの女子大生っぽい店員の、知的な人間を見るときの羨望の眼差し……いわゆるジト眼が、俺の心を震わせてくれた。
で、俺はウキウキとした気分でアパートへ帰り、こうしてスタンバイバッチグー!の状態にある、というわけだ。
さて。俺はリモコンの再生ボタンに指を乗せる。
さあ、見せて貰おうか。『(ポルノ)文学を愛する俺の性技♡が「なるんだよ!?で援交できないわけがない♡」と思っていたら女子〇学生にすら看破されてイキたい♡』の♡3連星の実力とやらを!!
鼻息を荒くして、俺は世界を再生させた。
途端に溢れる色素。ブラウン管が青赤黄紫白黒の光を放ち、部屋の中を虹が走った。
閃光が乱反射し、その一つ一つの中に、俺とケイちゃんの姿があった。
ぶちゅぶちゅ♡
やめて
始めませんか?
ごめん
許して
尾の長いポロポロプ
完全勝利
残念です
去る背中
伸ばす手、そして
「web小説、始めてみるか」
光が消え、ブラウン管に見慣れた文字列が浮かび上がる。
『小説家になるんだよ!?』
♡
「つまらん」
俺は即DVDの電源を落とした。
なんだ?この糞DVDは?正直、俺は怒りに震えている。こんなのはあんまりだ。俺が何を楽しみにしてウキウキスキップしながらここまできたと思っているんだ?人の心を、命を、なんだと思っている?
何故エロDVDにまで自己批判を促されにゃあならんのだ!?
俺のこの蓄えられた文学的リビドーはどこに行くんだこのヤロー!!
俺はDVDプレーヤーを掴み、接続されたコードが千切れるのも構わず持ち上げ、全力で畳に叩きつけた。
ドガンッ!!
ぴょいーん!!
その衝撃で『(ポルノ)文学を愛する俺の性技♡が「なるんだよ!?で援交できないわけがない♡」と思っていたら女子〇学生にすら看破されてイキたい♡』が跳びだして、俺の両目に突き刺さった。
うぎゃお!いってぇ!
一発では終わらない。なんと、このシーンは印象的に表現されるために、最初の1カメに続いて、更に2カメ3カメ4カメと三回繰り返されたのだ!
うぎゃおいってぇ!
うぎゃおいってぇ!
うぎゃおいってぇ!
激痛が俺を襲う。俺は両目を押さえて暗闇の中を転がり廻り、痛みが治まるまでは起き上がることが出来なかった……。
そして一時間後。
俺は痛みを抑えて起き上がり、死亡したDVDプレーヤーを本棚の空いている段に放り投げた。DVDはデスクの下に蹴り込む。もう二度と見ることはないだろう。アスタラビスタ、3800円(税抜き)。
畜生が。こんな糞茶番はどうでもいい。俺は再びデスクに戻る。よし、ここでようやく前回の話に戻ろう。と、するが、えっと、どんな感じだったっけ?俺はスタジオから差し出されたカンペを確認する。うんうん、『ここで笑って!』ニコッ!で、えっと、ああ、なるなるそうそう、俺は遂に観念して、web小説を始めることにしたんだった。うん。まあ、それはいい。もう仕方が無い。
とりあえず、web小説とやらがどんなもんか、試してみるか。
俺は小説エディタ『ゴーストライター』の中に保存してある、『遊覧飛行』という名前のフォルダを開く。
中には『ゴーストライター』で作成した、俺の小説が入っていた。俺が在学中に書いた、文字数62447(空白含む)の、未発表中編だ。結構自信はあったのだが、この中途半端な文字数のせいでどこの賞にも出すことの出来なかった、不遇の作品。それがこれだ。『小説家になるんだよ!?』は最大で70000文字までしか投稿できないようになっているので、この作品は正にぴったりお誂え向けというわけだ。
え?
俺には未発表作品しかないって?
…………
それは今は関係ない。とにかく、こいつが、遂に日の目を見るときがきたのだ。
ちなみにこの作品の内容はといえば、現代の教育現場を痛烈に批判した社会派文学で、人間の邪悪さ、被虐性を空前絶後の筆力で暴き出した、傑作である。
今あなたが読んでいるこの作品のような、いわゆる作家をモデルにした作品では、上記のような抽象的な煽り文句を用いて、作中作の表現から逃げる作品が多々あるが、俺はそんな卑怯な真似はしない。実際に本文をここに引用するとしよう。いいか?刮目して、よく見てくれ。面倒くさいと言わず、お願いします。
遊覧飛行 五島モヨコ作 8頁より
『教室の隅で、僕は奮えていた。怒りに?いや、そんなわけがない。怒りはとうの昔に四散し、今僕を支配するのは、永劫の恐怖だ。あいつらは、僕を蹴飛ばす。とても痛い。骨が軋んで、内臓が裏返るのを感じた。でも、僕は呻き声を我慢した。弱気を出すと、あいつらは余計面白がって、更に僕を蹴るからだ。
「あなたはいつまで逃げているつもりなんですか?」
Kちゃんの爪先が僕の鳩尾に突き刺さる。僕の身体から汗が噴き出し、呼吸が止まりそうになった。
「Mコさんが何を根拠にしてそんなに自信満々なのかはわかりませんが、それは偽りでしかなく、実際のあなたはこんなにも情けなく、悲しい存在なんですよ?わかります?わかったら『なるんだよ!?』って鳴いてくださいね?」
Kちゃんの蔑むような瞳が、僕の顔面に突き刺さる。なぜだかわからないが、僕の心に暖かな火が灯った気がした。
「そうだぞ。Mコ君」
MU者小路先輩が僕の尻を撫でる。
「困ったら私を出せばいいと思ったら、大間違いだぞ!まあ、私としては、君に求められるのはやぶさかではないのだが」
そしてうつ伏せで倒れる僕の顎を、引き上げた。
MU者小路先輩の瞳と、僕の泣き腫らした目が、お互いを見た。
「せ、先輩……」
「Mコ君……」
軽蔑の視線を僕たちに送るKちゃんを尻目に、教室の隅に、二輪の腐つくしい薔薇が咲き……』
なあんだこれ?
あれ?こんなんだったっけ?俺は訝しんだ。いかんせん、もう五年も前の作品だから、ロクに内容も覚えていなかったが、こんなのだったっけな?
まあいいや。
とりあえずワケのわからないところはチョチョイっと修正して、全選択して、コピペして、投稿ペイ!
ポチッ
作品が投稿されました。
はい、終わり。これでもう一つのタイトル回収、『なろうで無双』も達成したわけだ。明日明後日にはこの大作の登場に『なるんだよ!?』界は震撼し、感動し、恐怖するだろう。さながら芥川賞が欲しいがために、太宰から手紙を送られ続け、あげくには中傷の的にされた、川端康成のように!
と、こういう文学ネタを時々入れておかないと、この作品の大事な要素である『文学』という所を忘れられてしまうのではないかと俺は常々心配している。実際それを楽しみにしている層がいるかは知らんけど。
そんなことはどうでもいい。とにかく、もうこれで俺の実力は証明されたも同然なのだ。友情努力勝利。結果の方は見ずともわかるが、しばし時を待ってから、一応確認するとしよう。その間、俺は投稿用作品に全力を捧げなければならない。さあ、いざ行かん!物語の探求へ!知の限界へ!うおおん、俺はまるで人間自動執筆装置だンガンガ!
ドダダダダダダダダダダ!!
俺はすっかりやり遂げた気分になって、第一話のようなテンションでキーボードを打ち始めた。
しかし、今こうして俺を俯瞰する俺は知っている。
俺の投稿した小説のPVが、ほとんど動いていないことを。
二日間で、2とか3しか数字が増えていないことを。
俺に俯瞰される俺は、今はそのことに気付かず、後に絶望することだろう。ここより未来にいる俺は既にそれを経験し、悲しんでいる。
だが、モヨコよ。
戦え、戦うのだ。お前が真に文学を愛するならば。お前が文字と、言葉と真摯に向き合うのならば。
逃げることは許されない。
俺はいつでも俺を見ている。
俯瞰されている俺が、かつて俺を俯瞰していたように。
ん?待てよ?
と、いうことは、俺も、また……!?
虚空の眼。
俺が天井を見上げると、それと眼が合った。
『深淵を 覗く者はまた 深淵に
覗かれているのだ ってニーチェが言ってた』
モヨコ、心の一首
読んでくれましたか!?
連載5回目でパロディーAVが出たのは世界最速じゃないですかね!?
それでは、股が機械に!