第4話「言語バズーカで、三島由紀夫に切腹を強要される」
モヨコ、バラバラにされ、イタコになり、戦いを挑む。
カタカタカタカタ……
本棚に囲まれた部屋の中で、俺は緩やかにキーボードを打っている。
指は鉛のように重く、頭も思うように働かない。
三話もかけてようやく回想シーンを終わらせたのに、こんなテンションで皆様をお迎えしてしまい、正直申し訳ないと思っている。
え?一話冒頭の勢いはどうしたって?
今は昔だ。俺にはもうあんなテンションは残ってない。俺の自尊心はあの回想シーンによって……過去の自分の情けない姿と、ケイちゃんの言語バズーカから放たれた正論の砲弾によって、叩きつけたキーボードから散らばるキー達のようにバラバラにされてしまった。
あの言葉は、効いた。まったくの正論だと思う。
しかし、頭では理解できても、心までは難しい。
俺には俺の経験則がある。25年間の人生で築かれた、俺の価値観が。
それを容易に崩せ、といわれても、なかなか承諾するのは難しい。悲しいが、俺はそんなに柔軟な人間ではないのだった。
……こんなことばかり言っていても仕方ない。執筆中の作品の先を進めなければ。
あ、ちなみに、新作として予定していた、あの古臭ーいSFはボツボツのボツにしてしまったので、これより金輪際あれには触れないで欲しい。『尾の長いポロポロプ』が巣から出ることは、もう二度とないだろう。あれだけ罵倒されてなお先を続ける気概は、俺にはないのだ。大体、言われなくても自分で『これはちょっっっっとだけ、古臭いかな???』って思ってたし、言うほどショックだったわけではないんだけど、まあ、でも人に面と向かって言われるともう、なんかテンションが、さ。
わかるでしょ?
……こんなことばかり言っていても仕方ない。さっさと執筆を再開しよう。
俺は指先に意識を集中させて、タブレットと向かい合った。そして、頭の中の物語にノミを入れていく。
『……百花乱れる病院の庭園。色とりどりの、無数の種類の花の中に、私はよく知っている物があるのを見た。隣に並ぶ看護婦に声をかける。
「あれはアネモネだ」
「アネモネ?」
「ああ、そうだ」
私は頷く。
「花言葉は『期待』。そして……」
「『見捨てられる』……ですね」
ケイちゃんが私の代わりに続けた。
「それにしてもですね、モヨコさん?人のことを勝手に作品に登場させて、どういうつもりなんですか?」
眼鏡をクイッ、と上げて、ケイちゃんがジト眼を向けてくる。
「そんな形で自分を慰めようとして、情けないと思いません?図星を突かれて傷ついたのはわかりますけど、クッソダサいです。クソクソです。文豪に憧れて、とか言いながら、十も下の私に論破されたくらいでそんなにウジウジして。少しは『なるんだよ!?』とか、思わないんですか?」』
俺は一体何を書いているのだ?
突然、美少女中学生が闖入してきたことに、俺自身が驚いた。それも、かなり原作に忠実な感じに。声優も一緒だ。
もしかしたら俺はイタコだったのかもしれない。イタコ・モヨコ?ペンネームとしては悪くないな。痛児 喪詠子、とか、そんな感じで。
いやいや、というか、どうしてこんな自虐的にならんといかんのだ?そう、文字上のケイちゃんの言うとおり、相手は十も下の美少女中学生だぞ?世の中の酸いも苦いもわかっていないただの子供だ。そんなのになにか言われたからって、それがなんだというのだ?
そうだ、俺は間違っていない!
絶対web小説なんて書かないぞ!
『言ってやる!はっきりと!俺は覚悟して、ケイちゃんに向き直る。
「そうは言うけどねぇ、きみぃ」
俺は頭をポリポリと掻きながらぁ、彼女に言ってやったんだよぉ。
「人にはねぇ、向き不向きとかねぇ、いろいろあるんだけどねぇ、そういうところもねぇ、考えて欲しいんだよねぇ」』
どんなキャラだよ!俺はバックスペースを押して時を巻き戻す。
『……オホン。俺は咳払いをしていった。
「ケイちゃんはそう言うけどね、俺には俺の考えがある。文学に対する真摯な気持ちは、譲れないのだよ」』
うんうん、よし、よく言ったぞ俺!俺は俺が書いた俺を褒めた。この俺なら現実の俺と違って俺を否定するケイちゃんの言葉を俺なりにかわして俺を書いている俺の心を守るだろうと俺は俺に期待して続きを書く俺俺。
『ケイちゃんは俺の言葉に心底呆れたように言った。
「あのですね、真摯かどうかはあなたが決めることではなくて、周りが決めることなんですよ?
それに盲目的に文学を信じて、知りもしない物を異物として排除する、という態度は、本当に真摯と言えるんですか?
立ち向かわず逃げているだけのあなたが?鼻で笑いますね。
どうせ今だっていかにそれっぽいことを言って逃げようか、とかそんなことしか考えていないと思います。
本当にダッサダサですよ?モヨコさん。気付いています?気付いてはいるんでしょうね。私にこんなことを言わせるくらいなんですから。
でも、赤の他人を自分の創作に出して精神的オナニーを行う、なんて、気持ち悪すぎます。
引きます。
キモいです。
ダッサダサです。
やめてくれません?そういうの。私とあなたは赤の他人で、所詮客と店員の関係でしかないんですから。
それに、私、今お風呂入ってるんで、本当にやめてもらえます?訴えますよ?」』
そうか。今、ケイちゃんはお風呂に入っているのか。
美少女中学生の入浴シーン。
…………
別に俺が見たいわけではないが、読者の皆様は、きっと期待していることだろうし、もう少し筆を進めてみよう。
『俺は静かに、抜き足差し足で脱衣所に入る。
一面ピンク色の壁紙が貼られた、実に女の子らしい脱衣所だ。微かに漂う塩素の香りと、扉越に聞こえるシャワーの音が、俺の気分を高揚させた。
曇りガラスのせいで、中の様子はよくわからない。人影のような物がちらつくばかりだ。少しくらいなら、開けても気付かれないだろう。俺は心臓が破裂しそうなほどに脈打つのを感じながら、開き戸に手をかけた。
と、同時に、向こう側から戸が勢いよく開かれた!
「待っていたよ、モヨコ君!!」
そこに現れたのはふる、ふる、フルチンの……』
「む、武者小路先輩ぃぃぃぃ!?」
俺はデスクから椅子ごとひっくり返り勢いそのままに一回転して顔面から畳に激突した。
「大丈夫かいモヨコ君!?」
湯気をもうもうと立ちこめさせる、裸の武者小路先輩(胸毛がジャングルのように生い茂り、中でターザン達によるジュマンジが行われていそうだ)が、ヒキガエルのようなポーズで倒れる俺に手を差し伸べてくる。いかん、あの手を取ったら、色々なことが終わってしまう(【社会的な】死)!!
俺は素早く立ち上がり、武者小路先輩の脇をすり抜けてデスクの上のキーボードを掴み、バックスペースを長押しした。それを防ごうと先輩が俺の腰を掴むが、文章が消えていくと共に、先輩の姿もやがて消えていった。
「ふぅ……」
俺は畳に腰を下ろして、一息つく。なんか、めちゃくちゃ疲れてしまった。やはり欲望に身を任せて言葉を扱うのはいけないな。文人たる者、言葉には真摯でなければならない。と、言うことだ。
しかし、あれだな。人生もこんな感じに、バックスペースで巻き戻せたらいいのに。
なんて、ついつい柄にもないことを考えてしまう。
あの時の出来事が→】で閉じた俺の創作で、今からでも消去してしまえれば、俺はこんなに悩むことなく、自分の道を信じることが出来たはずなのに。
そう、そうなのだ。
情けないことに、俺はケイちゃんの論破にかなり参ってしまっていた。
そもそも、俺は文学という物に対する偏見に、いつも怒りを持っていたはずだ。退屈、冗長、小難しい。教科書に載ってる説教臭いだけの文章。俺の周りのヤツは、そう言って文学に触れようとすらしなかった。それにいつも憤りを感じていて、馬鹿者どもを一人残らず蜘蛛の糸の届かない地獄へとたたき落としてやる、とそんなことを思っていたのに。
『偏見まみれの価値観で良質な作品が描けると思ってるんですか?』
ケイちゃんの言葉が、未だに胸に刺さっている。
偏見を嫌う俺が、また偏見を持って、理解できない物を邪道と斬って捨て、そこにある有用性を見ようともしない。ダブルスタンダートを憎む俺が、最もダブスタ糞野郎だったのだ。それを認めねばならないのは、辛い。
いかん、どんどん気持ちが暗くなってきた。
シュールを通り越して脳味噌をくすぐる新感覚ハートフル文学ラブコメディを自称しているのに、コメディ要素がどんどん死んでいく!ラブは既に失われた!文学要素?これを文学などと言ったら、三島由紀夫に切腹を強要されてしまうだろう。いやだ。痛い。痛いのは嫌だぞ。だったらばだ、どうする?どうすれば俺は俺を取り戻して俺として俺になることが出来るのだ?
そう、あの時、過去の俺を俯瞰していた時に見た、壊れたキーボードのために、はぐれたアルファベットキーを這いずり回って『よさこい』を踊っていた俺の姿。あの時の悲劇を取り戻さねばならない。
わかっている。
方法は、一つしかないのだ。
俺はポケットからスマートフォンを取り出して、画面を見る。
『小説家になるんだよ!?』
ゲイ文学を読んでしまって以来、目を背け続けていた、この十一文字。俺は、これに戦いを挑まねばならない。
それが、俺のためだ。そして……
『去って行く後ろ姿は、どこか悲しんでいるような……』
俺は、再びズボンのポケットを漁って、底に残っている中身を取り出す。
手の中にあるのは、黒くて薄い、小さなプラスチック。
今はもう、使われることのない、『K』の一文字。
「……web小説、始めてみるか」
『バラバラの 自己愛精神 繋げるは
愛しのあの子の 後ろ姿かな』
モヨコ、心の一首
読了感謝です!
さあ、文章から漂ってはいると思いますが、正直厳しくなってきました!
実篤には足を向けて眠れませんね!
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