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第3話「イェケイハラニズドン星域へ、ロング・グッドバイ」

モヨコ、哲学し、黒髭が跳び、手を伸ばす。


【行く手には、星屑の集合……白銀色の河が流れている。 

 それはサポウロミィソ石の奔流さながらに輝き、宇宙の黒き闇に走る裂け目のようにも見えた。

 知覚の扉。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。あれこそが、真理に到達しうる、全知への入り口なのかもしれない……。


 我々の宇宙船団が、イェケイハラニズドン星域を目指し母星を出発してから、ゆうに2ヤーイの歳月が流れていた。

 母星ケカキココキーコ。別名『乳色のジロンの海』。

 豊かで美しく、科学文明の発達した、私の母星。

 そこを離れて旅をする我々は、一体何を目指し、何処へ行こうというのか……。


 私室の真空窓から、宇宙を眺めつつ哲学していると、床下の巣からいつの間にか現れた『尾の長いポロポロプ』が、私の足に尻尾を絡めてくる。甘えたいのだろう。私は彼の頭を優しく撫でてやった。『尾の長いポロポロプ』は、小さい身体を震わせて、全身に生えるフサフサした毛を揺する。そして、満足したように、己の巣へと繋がるハッチの中へ消えていった。


『尾の長いポロポロプ』を連れてきてよかった。私は思う。母星けかか……けかきく……ケカキコキーココの原生生物である『尾の長いポロポロプ』は、己の糞尿を餌とする疑似循環生物なので、生育するのに不便はなく、その上人懐っこい。『尾の長いポロポロプ』は、今回のような長距離航行には最も適した愛玩動物と言えた。


 私はしばしの間、心の安らぎを楽しんでから、仕事に戻った。観測や日報など、やることは山ほどある。今日も忙しくなりそうだ。と、そこに、私の部屋のゲートが、突然開かれた。


「時間だよ!モヨコ君!」

 武者小路先輩が、自慢の口髭を指でパチン、と弾きながら入ってきた。

「む、武者小路先輩!?」

 私は驚きのあまり動転してしまう。

「ど、どうしてここに!?」


「どうしてもなにもない!さあ、時間だ!楽しい労働の時間だぞ!」

 先輩は私の肩を掴み、ぐいっ、と抱き寄せる。

「それとも、濃厚なSFせくしゃるふぃくしょんがお望みかな?」

 武者小路先輩の髭が、私の頬をくすぐった。


「い、いやだ、やめてくれ!こんなネタ続けてたんじゃ、それこそゲイ文学に……」

 私が懇願すると、不意に部屋のスクリーンに火が灯った。そこに映ったのは、女子中学生のケイちゃん。彼女は手に持ったスマートフォンの液晶を、スクリーンに突きつける。

「始めてみたらどうでしょう?」


 彼女が言うと、画面一杯にこんな言葉が広がった。


『小説家になるんだよ!?』





……コさん?聞いてますか?モヨコさん?」

 ハッ、とした。

「あ、すまん、すこしふしぎな夢を見ていた」

「夢って、↑の方にある、よくわかんない文章ですか?」


 ケイちゃんがどこかを指差しながら言った。一体、何処を指しているのだ?この子は。ケイちゃんの示す方向にあるのは、いわゆる20歳未満お断りの、酒類コーナーなんだけど、なに?飲みたいの?それとも、あの周辺にある俺には見えない何かが、この子には見えているのだろうか?例えば妖怪?あるいは神??……まあ、いいや。何も言うまい。


「この文章、わけわかんないのは、まあいいんですけど。なんというか、SFとしてかなーり古臭いですよね。正直、ダサいというか。登場する人物も幅が狭すぎですし。誰が考えたか分かりませんけど、これは、ちょっと……ない、ですよね」


 俺の新作だよ!

 執筆しながら回想も打ってるから、混ざっちゃったの!わかる?つーか古臭いだとかダサいだとかスタートレックの『怪獣ゴーンとの対決』だとか好き放題言いやがって!あんまり人を小馬鹿にしてると、駆け込み訴えして人間失格にしてロング・グッドバイしちゃうぞ!?

 そう怒鳴りつけたくなる衝動を抑えながら、俺は無理矢理笑顔を作って、言った。


「あ、ああ、うん、た、確かにステレオタイプかもしれないね」

 俺は青筋をピクピク震わせつつ、続ける。

「でも、こういう定番のスペースオペラはさ、その上に載せるテーマとか世界観が重要だから。わかる?だから、いいの。これで」


「はー」


 はー?

 なんじゃその反応?

 興味ないなら無理に反応しなくてもいいのよ?


「……でも、それはweb小説にも通ずるところがありますね……と、いうわけで」

 ケイちゃんは再びスマホを俺に突きつけた。


「web小説、始めませんか?」


 もっっっっっっの凄い力技で話を戻してきたところは、まあさておいて。


 俺はケイちゃんの手を軽い力で押し戻し、冷笑した。

「ケイちゃん、本を読むときにあらすじって読むタイプ?」

「あらすじ、ですか?」

 ケイちゃんは腕を組んで、少し考えてから答えた。

「読まないですね。楽しみを損ねることの方が多いですから」

「そうか……」

「……」


「……」

「……」


「でも、今回は読んだ方がいいぞ!」

 沈黙を破るため、俺は力強く言い切った。

「こ、今回?」

 ケイちゃんは目を丸くしている。

「今回とか、なにを言ってるんでしょうか?この人。と、私は思いました。なんというか、まるで現実を連載なろう小説のように考えているかのような……」

「そのネタ前回俺がやってるからね!?」

 こんなことを繰り返していては埒があかない!

 話を進めなければいけないので、俺はポケットからスマホを取り出し、この作品のあらすじが載っているページを開き、彼女に見せた。


「これを見ろ。これの、この部分!」

「どれですか?」

「これこれ、この部分!」


 俺はあらすじの上段の方を示す。

「『web小説を馬鹿にしきっていた彼』って、はっきりとそう書いてあるだろう!?」

「ありますね」

「なら、言わずとも分かるな?」


 俺は手を腰に当てて、胸を張って言う。

「つまり、そんな俺がWEB小説を書くわけがない、ということだ」

 勝った。完璧な勝利である。

 これは論破しようがあるまい。


「いえ、『しきっていた』って過去形ですし、そのすぐ下に書いてありますよ?『web小説家としてデビューすることに!』って」

 え?うそぉ?

 俺は慌ててあらすじを確認する。すると、どうだろう。ケイちゃんの言うとおり、そこには『web小説家としてデビューすることに!』と書いてあった。


「あらあら、これはもう仕方ないですよね」

 ニヤニヤ笑いながらケイちゃんが俺の肩を叩く。

「あらすじに書いてあるんですもん。読者さんの手前、破るわけにはいきませんもんねぇ」

 始まった。文中論破(拙作タイトルの略)名物となる予定の、ケイちゃんの言語爆撃タイムが!


「そ、そうはイカのなんとか!」

 俺は放送コードを意識しつつ、彼女に反論を開始した。

「あのね、俺はさ、文学賞にだして、ちゃんとプロに評価と賞を貰ってデビューしたいんだよね?」

「なんでもいいですけど、『文中論破』ってセンスなくないです?それ以前に、自分で自作の略称つけるとか、クッソダサいと思うのですが?」

「確かにクッッッッソダサいけど、とりあえず置いといてね!」

 ホンマ話の腰ブレーカーやなこの子は!


「とにかくだな、俺はああいう異世界だとかチート物だとか、何が起こってるのかよくわからない不条理ラブコメだとか、そういうくだらないのは書かないの!娯楽的な作品じゃなくて、もっと深淵に潜む何かを、言葉で書き出したいんだよ!」

 

 俺は言った。言ってやった。

 あらすじなんて物を書いたヤツにも、抵抗してやったぞ!

 そう、そうなのだ。このとき、俺は悟った。


 人生に、あらすじは、ないっ!


 俺は自分の言葉に感極まりながら、ケイちゃんを見た。きっと彼女も俺の言葉に感動して泣いていることだろう。そして素直に謝ってくる。俺は泣き止むまで優しく頭を撫でてやって、喫茶店で少しお話ししたりして、それだけで幸せです。ハイ。

 と思っていたのに。


「それ、本気で言ってます?」

 ケイちゃんの顔に浮かんでいたのは、心底呆れたような顔。

 軽蔑を通り越して、侮蔑しているような表情だった。


「モヨコさん、今までロクにweb小説読んでこなかったんですよね?」

 溜息と共にケイちゃんが言った。

「お、おう」

 俺は額に脂汗を滲ませながら答える。

「なら、どうして『くだらない』ってわかるんです?」


「え?」


「読んでもないのに、くだらない、なんて。イメージだけで語ってるんじゃないんですか?」

 グサリ。

 女子中学生の論破の剣が俺の胸に刺さった。


「『未来の文豪』が偏見まみれの価値観で良質な作品が書けると思ってるんですか?」

 グサグサグサリ!

 俺の心はもはや黒ひげ危機一発だ。


「少なくとも、評価を恐れて作品を出せないモヨコさんの作品なんかよりも、『なるんだよ!?』作品の方がずっと素晴らしいと思いますけどね?」

 グサグサグサぴょいーん!

 剣が当たりに刺さって、俺の黒髭が跳びだした!


「呼んだかいモヨコ君!」

 バックヤードから、武者小路先輩が跳びだした!

「呼んでません!あなたは俺の黒髭じゃありません!休憩しててください!」

 俺が言うと、先輩は追い払われた子犬のような、悲しげな表情をして、すごすごと戻っていった。

 

「……残念です」

 ケイちゃんが僕を睨んだ。

 軽蔑したように。

 嘲笑するように。

 でも、それだけでなくて

「結局、あなたはただのビッグマウスさんだったわけですね」

 その言葉は、どこか、残念に思っているような

「客と店員。一瞬で終わる関係性でよかったです」

 翻して、去って行く後ろ姿は、どこか悲しんでいるような。

 そんな気がしたんだ。


「お、おい」

 俺が声をかけても、ケイちゃんは反応すらしない。自動ドアをくぐって、俺の前から消えていく。たまらず、俺は手を伸ばす。もう、彼女に手が届くわけがないと、わかっていながら。


 俺は、それ以上どうすればいいかも分からずに、店内に流れるブルーハーツの曲の中で、虚空に手を伸ばし続けていた。



 


「……関係ないんだけどさ、今回の話、文末に→】を入れると、丸々全部『俺の創作だった』ってことになるんだけど、それでもいいかな?いいよね?ね?……いいですよね!?」


……汝のその問いに、答える者あらじ】






『恋なのか どうかもわからぬ まま終わる

  ヒロトの歌う ラブレターの中』


モヨコ、心の一首


読了ありがとうございます!

文中論破、私はダサいと思いますが、どうですかね?

え?ダサい??ウッウ!!!

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