ドラゴンとゴブリンとスライムとスケルトンが、人化の是非について討論する短編
ドラゴン「そこの小鬼よ、矮小なる魔物よ、我の声を聞け」
ドラゴン「我の空を舞うさまを見よ、我を空と見て、我の声を天の声と思うがいい」
小鬼「はいはい、何でごぜますか、ドラゴンの旦那」
ドラゴン「うむ、尊き竜の末裔にして西方と東方の王である我は、常日頃、術の研鑽を続けておる」
ドラゴン「此度、我は人化の法というものを編み出した、平易に言うなれば人間になる術だ」
小鬼「人間でごぜますか」
ドラゴン「うむ、そして我は、この術を試す相手を探しておる。どうだ子鬼よ、我の術への献体となってみるか」
小鬼「もってえねえことです、なぜあっしなんぞに?」
ドラゴン「お前たちが人間に対して対照的だからだ」
ドラゴン「子鬼よ、お前たちは日頃洞窟に住み、夜中に動き、下等な暮らしをしている。欲望のままに生き、寿命は短く、塒は泥と糞尿にまみれている。それに比べれば人間の何と輝かしいことと思わぬか。お前はその一員となり、文明によって棲家と食料の安定を得て、素朴なれどかいがいしい妻を娶り、文化の成熟を楽しみ、知性に浴することができるのだ」
小鬼「よくわからねえですが……」
ドラゴン「ふむ、では具体的に言ってやろう。お前たちの寿命は15年ほどだ、対して人間は、長いものなら100年は生きる。ざっと6倍から7倍だ」
小鬼「はあ、つまり命が6つも7つもあるので?」
ドラゴン「そうではない、命はどんなものでも一つだ」
小鬼「そんじゃ同じことじゃねえですかい? 生まれて死ぬだけでやしょ?」
ドラゴン「うーむ、何と刹那的な、それは小鬼の考え方だ」
ドラゴン「人間は長い寿命を有難がる……いや、それは違うな。人間にする前に、人間の尺度で考えることを求めてはいかん、我はあくまで、魔物が自ずから人を理解し、人になることを求めた上で術をかけねば」
小鬼「はあ……?」
ドラゴン「小鬼よ、お前は本に興味があるか、人間はたくさんの知識を本に蓄えている」
小鬼「本がわかりやせん」
ドラゴン「では料理はどうだ、人間はさまざまに美味なものをこしらえる。味覚だけではなく、匂いや食感、温かいものに冷たいものも自在に作る」
小鬼「腹がくちれば何でも……」
ドラゴン「安全はどうだ、人間は家を持ち、高いベッドで眠る、暑さ寒さに悩まされることは少なく、ある程度は外敵も防げる。魔王が現れて以降、野生の魔物も徐々に増えておろう」
小鬼「ほら穴の中はひんやりしてますし、寒くなったら毛皮でも着りゃ十分でやす、敵がきたらぶち殺せばええだけですし……」
ドラゴン「しかし逆に殺されることもあろう……。いや、それは理解し得ぬのか、小鬼は戦いを忌避する感覚を持たぬ……」
ドラゴン「それはそうだな、お前たちにとって種の存続は個体の強さや知恵ではなく、その圧倒的な繁殖力によって担保されるのだから」
小鬼「?」
ドラゴン「お前たちにとって価値の基準はひどく原始的だ。喰らい、戦い、子を成す。しかしそれがお前たちの強さでもある。お前たちの欲望の丈を、人間の文明社会では満たせぬだろう、では人間になる意味など無いということか? いやしかし、うーむ」
小鬼「よくわからねえですが、ちょっとよろしいですか、ドラゴンの旦那」
ドラゴン「なんだ、我の一刻千金の思考を遮るのか」
小鬼「魔物を人間にできるんでしたら、あっしらみたいな人間に近いもんじゃなく、もっと変てこな、人間からかけ離れたやつの方がいいんじゃねえですかい?」
ドラゴン「……なるほど、一理あるやも知れぬ。考えてみればお前たちのような亜人種ではなく、もっと根本的に体組成の異なる魔物……物事の道理からかけ離れた存在のほうが、人化の法の力も測れようというもの」
ドラゴン「よし、あれにしよう、お前もついてこい。我の翼に乗ることを許そう」
小鬼「はあ、ええですけど」
※
ドラゴン「そこのスライムよ、粘性の生命にて異端の種よ。我の声を聞け」
スライム「んー? ボクを呼びましたかー?」
ドラゴン「そうだ、お前に聞きたい、お前は人間を知っているか」
スライム「知ってますよー、こないだも何匹か食べましたから」
小鬼「ひょええ、でっかいスライムですな、沼ぐらいありやすな」
ドラゴン「ふむ、お前はスライムの中でもなかなか成長した個体だな。動物、魔物、植物や鉱物、さらに人間と、その所持品、どうやら魔法のかかった品まで取り込んでいる。単純な会話を介せるスライムですら珍しいが、お前なら我の提案が理解出来よう」
スライム「何か御用ですかー?」
ドラゴン「我は人化の法を編み出した、人間になれる術だ、お前にそれをかけてやってもいい」
スライム「人間ですかー?」
ドラゴン「そうだ、お前は人間について深く知っているだろう、ならば分かるはずだ、人間はお前にないものを数多く持っている」
小鬼「ドラゴンの旦那、でもこいつ人間を食ってるんでしょう? 人間より強いんじゃねえですか?」
ドラゴン「小鬼よ、それは人間を侮りすぎだ」
ドラゴン「人間の強さはその集団性にある。我ら竜のような特別に強い個体を除けば、徒党を組んだ人間の強さは圧倒的だ」
ドラゴン「お前はスライムの中では強いほうだが、所詮は沼に化けて旅人を捉える程度。人間になれば、その集団としての強さに属することができるぞ」
スライム「なるほどー、確かにたくさんの人間は強いですねー、ボクの何十倍も大きなスライムも、人間の軍隊ってやつに倒されちゃいましたー」
小鬼「聞いたことありやす。岩山に住んでた「赤黒い海」っていうスライムが人間にやられたとか」
ドラゴン「そうだろう、人間はそれほど強い、人間になってみるか」
スライム「うーん、でもですね、ドラゴンさま、これを見てください」
ドラゴン「なんだ……? 体の一部を分離させて、人間の大きさほどの分身を作ったか」
スライム「こいつはボクなんですけど、ボクじゃないんです」
小鬼「はあ?」
スライム「あの軍隊ってゆーの、アリの群れみたいなものでしょー? 軍隊は強いけど、アリは弱いですよね?」
スライム「人間になるってことは、やっぱり弱くなるんじゃないんですか?」
ドラゴン「うむー……それこそが集団と個の違いなのだ。あいつらは個であり、また全でもある。全体で一つの意思を共有しているのだよ。どれだけ大きくなっても個であり続けるスライムには分からぬのか」
スライム「うーん、よく分かりません」
ドラゴン「では、そうだな、旅はどうだ。人間は様々な国を旅して、多くのものを見聞きする、スライムにそれはできまい」
スライム「そんなことないですよー? 人間を食べれば、その人の見てきたものが何となく分かりますし」
スライム「ほら、この消化されてない珍しい柄の服とか、どこか遠くの国の剣とか、体の中にあるものを眺めてるだけで楽しいですよ」
小鬼「ああ、こいつ、よく見たら良いものいっぱい持ってやすねえ、金の首飾りとか、腕輪とか」
ドラゴン「ふむ、こやつ、確かに様々なものを蓄えている、冒険者とやらの装備だな」
ドラゴン「魔王討伐のために、各地を旅している人間の装備だ……となると、所有欲はあるのか」
ドラゴン「そうだな、スライムよ、お前は道具を使ったり、着飾ったりということを想像したことがあるか?」
スライム「使う、ですかー?」
ドラゴン「そうだ、貝や鳥を見るがいい、自らの身体を美しく飾り立てている、お前が蓄えている人間の持ち物、お前はただ所有しているだけだが、人間になればそれを有効に使うこともできる。せっかく集めたその魔法の道具の数々、使ってみたいと思わないか?」
スライム「これはですねえ、こうやって使うものですよー」
小鬼「あっ、吐き出した」
ドラゴン「!? 待て! 飛び降りるな!」
小鬼「うげっ」
ドラゴン「危ないな、とっさに尾で拾ったから助かったが、あのスライムは強アルカリ性の部分と強酸性の部分が入り混じっている」
ドラゴン「しかも内部で高速の対流もある。触れたら最後、一気に奥まで飲み込まれて、激流に全身の骨を折られた挙げ句にドロドロに溶かされるぞ」
小鬼「ひええ」
スライム「この宝物はですねえ、置いておくと魔物とか人間とかが拾いに来るんです」
スライム「そこをそーっと体を伸ばして、周りを囲んで、一気に押しつぶすんですよー」
ドラゴン「知性がさほど高いわけでもないのに、狡猾な戦法だ、チョウチンアンコウのように本能で身につけた狩猟法というわけか」
小鬼「だめですよこいつは、こいつはスライムなことに満足なんでしょ、人間なんかになるわけねえです」
ドラゴン「ううむ、もっとずっと小さい個体ではそもそも話ができぬし……」
スライム「ドラゴンさまー、人間になりたがってるやつを探してるんですかー?」
ドラゴン「うむ、そうだが、心当たりが?」
スライム「もともと人間だった魔物がいいと思いますよー」
ドラゴン「! なるほど! ということは不死族だな、ゾンビにスケルトン、ああいう連中ならば人間の良さを知っているはず」
ドラゴン「よし、お前も来い、お前の本体と分身とを魔術的に連結してやろう」
ドラゴン「これで分身の見たものをお前も見ることができる」
スライム「はーい」
※
ドラゴン「このあたりにいるはずだが」
小鬼「だいぶ北に来ましたなあ」
スライム「ふるーい墓地みたいですねー」
ドラゴン「このあたりは、北の魔王の影響下にある」
ドラゴン「魔王の瘴気が濃いのだ。このような土地に墓地があると、土の中より死者が這い出し、不死の魔物となるのだ」
スライム「魔王ですかー、噂しか聞かないですけど、強いんですよねえ」
小鬼「でも人間も強いんでしょう? なんで魔王を倒さねえんですかね?」
ドラゴン「人間はいま争い合っている。宗教的理由、魔王による工作、北からの難民の流入による混乱など、理由は様々だが、とても団結するどころではないのだ」
ドラゴン「我もこれ以上北には行けぬ、魔王配下の魔物どもと衝突するからな」
小鬼「あ、骨だけのやつがいますな」
ドラゴン「うむ、あれがよかろう」
ドラゴン「そこの骸骨の剣士よ、その身は朽ちてなお妄執をとどめ、暗がりを這いずる不死者よ」
ドラゴン「我の声を聞くがいい、我は西から東へ至る王。数千年を生きた竜の末裔である」
骸骨剣士「竜よ、俺に何の用だ」
ドラゴン「我は人化の法というものを開発した、人間になれる術だ、それをお前に試してやってもいい」
骸骨剣士「人間になるだと?」
ドラゴン「そうだ、お前は肉を得て、生命を得て、新たな一個の人間となるのだ」
ドラゴン「受けるか、それとも拒むか? 骨だけの身にはそれなりの気楽さがあり、利便さもあり、あるいは寿命のくびきから開放された歓びがあるとでも言うのか?」
骸骨剣士「馬鹿なことを言うな、人間だと、なりたいに決まっている」
骸骨剣士「この身はつねに苦痛を帯びている。心に直接響くような寒さ、痛み、無限の孤独。そして魔王の瘴気が俺の心をどす黒く染める。人間を襲わずにはいられない、同じ死の領域に引き込まずにはいられない、そういう呪いがかかっているのだ。これから開放されるなら、どれほどの代価を払ってもいい」
ドラゴン「おお、そうか、そうか、ではお前を苦痛から解き放とう、我の術をもって」
骸骨剣士「だが駄目だ、断る」
小鬼「はれ?」
ドラゴン「なぜだ?」
骸骨剣士「俺が生きていたのは50年も前だ。すでに妻も親類も、友人もすべて世を去った。寿命で死んだ者もいれば、この村のように、魔王によって滅ぼされた者もいる。今さら俺だけが人間に戻ってどうする?」
ドラゴン「南はまだ人間の版図だ、そこへ移り住んで、平穏に暮せばよかろう」
骸骨剣士「もし俺が生き返ったなら、俺の心は魔王への憎悪で塗りつぶされることだろう。そんな俺が平穏に暮らせるわけがない」
ドラゴン「ふむ……では勇者とやらを目指すか? 魔王を倒そうと旅をしている人間もいると聞くが」
スライム「ああ、いますねえ、特別つよーい人間。そういうのが通る時は、ボクずっと沼のふりしてますよ」
小鬼「大鬼の旦那も倒されるほどの人間がいるそうですなあ、おそろしや」
骸骨剣士「竜よ、竜よ、偉大なる竜よ、なぜそのような事を言う。お前には俺がそれほど特別な存在に見えるのか」
ドラゴン「どういう事だ?」
骸骨剣士「魔王を倒せる人間、それは存在するのかも知れぬ」
骸骨剣士「だがそれは本当に万に一人、あるいは万世に一人という奇跡のような存在だろう。誰でもなれるというものとは思えない。そして俺は死ぬ前まではごく普通の、人並みより劣る程度の力しかない凡庸な人間だったのだ。そんな俺が勇者になどなれるものか」
骸骨剣士「先ほど述べたとおり、俺は魔王への憎悪だけを抱いて、しかし何もすることはできずに拳を握るしか無いだろう。なんという絶望、なんという惨めさか。偉大なる竜よ、お前は俺にそのような塗炭の苦しみを味あわせようというのか」
小鬼「こ、こらあんた、ドラゴンの旦那にそんなにキツく言って、怒らせでもしたら」
ドラゴン「すまなかった」
小鬼「? ドラゴンの旦那?」
ドラゴン「確かに我の失言であった。そして人間とは社会的な存在。死は一方通行のものであり、たとえ生き返ったからと言って全てが戻るわけではない。それも理解した。お前に人間としての命を与えようなどと、実に残酷な提案であった。どうか忘れてくれ」
骸骨剣士「竜よ、お前は魔物を人間にしようというのか」
ドラゴン「そうだ、だがもう諦めようと思っている。魔物には魔物の価値基準があり、魔物としての充実があり、魔物にならざるを得なかった事情もある。安易に人間になど、するべきでは無いのかも知れない」
骸骨剣士「竜よ、ならばお前が人間になってはどうだ」
ドラゴン「なんだと?」
骸骨剣士「お前には知恵があるだろう。数千年を生きた知恵だ。いま、南方では人間同士で争い合っていると聞く。お前ならば人間をまとめられるのではないか」
ドラゴン「だが、この人化の法は不可逆なものだ。我が人間となれば、二度と竜には戻れない」
ドラゴン「我は数十万年の寿命を失い、黄金の翼も、白銀の爪も失うことになる」
小鬼「でもドラゴンの旦那、命は一つきりなんでしょ?」
ドラゴン「そ、それはそうだが」
スライム「ドラゴンさま、あなたは人間を全部まとめたよりも強いんですか?」
ドラゴン「い、いや、人間は何百万人もいてだな」
スライム「じゃあ、人間のほうが強いんですね」
ドラゴン「うぐぐ」
骸骨剣士「竜よ、お前は偉大であり、万能なのだろう」
骸骨剣士「偉大ならば、寿命を捨て去ることぐらい何だというのだ。人間となり、魔王を討ち果たす、これほどの名誉があろうか。竜の身で果たせることでもあるまい」
ドラゴン「……」
ドラゴン「……確かに、そうかも知れぬ」
ドラゴン「魔王が現れて以降の世の乱れ、我も看過できぬとは思っていた。しかし竜の血族は我が最後の一体、もはや子孫も残せず、かと言って我のみでは魔王に太刀打ちできぬ。何もできぬまま、世の流れから切り離されて生きるかと思っていた」
ドラゴン「だが、もし人間となることが、世を正せる道に通じているのなら……」
※
王「お前か、近ごろ噂に名高い勇者というのは」
王「かの魔王の配下を倒した功績、我が王宮にも鳴り響いておる」
王「苦しゅうない、面をあげよ」
勇者「は……では一つ、お話したいことが」
王「うむ、何なりと申してみよ」
勇者「では」
勇者「我の言葉を聞くがいい、人間の王よ」
(おしまい)
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