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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード99 慟哭



◆◇◆◇◆◇




「ちがう……違うんだミラ……」


 言い訳を述べようとするが、声が震えて上手く言葉に出来ない。

 さっきから手の震えが止まらない。汗がジワジワと溢れてくる。一歩、また一歩と後退りをしてしまう。

 本能が事実から背けようと躍起になる。しかし、眼球がそれを許さない。


 折剣は、ミラの胸を深く突き刺し、鮮血が彼女の体を伝っていた。


 何が違うというのか──


 自らの手で愛する者を刺した。護ると誓ったはずの主人を、護る為に在るはずの剣で、取り返しのつかないほど深く傷つけてしまった。

 その事実が、己の中の何かが音を立てて瓦解する。


「ヴァ、ん……」


 力なく呼ぶ声に、ハッと我に返る。

 止めどなく溢れる血に意に介さず、彼女は玉座から立ち上がったのだ。


「ミラ!」


 一歩前に踏み出す彼女が踏ん張ることも出来ずに、前のめりに傾いた。

 それを急いで抱きかかえて受け止める。


「ミラ、しっかりしろミラ!」


 何度呼びかけても虚しく木霊するだけだった。

 剣を抜けば、止めど無く血が溢れてしまう。そうなれば彼女の寿命を更に短くなる。

 治癒の知識は皆無。混乱した頭で下手を打てばそれこそ取り返しがつかない。


 何を間違えた。何処で間違えた。どうしてこうなった。

 どうすればいい……どうすれば──


「ヴァン……」


「──っ!」


 目を固く閉じて必死に思考を巡らせていると、不意に彼女の手が頬に触れた。

 優しく包み込むような、慈愛に満ちた手のひらだった。しかし、血の温もりの奥にある皮膚は、どんどん冷たさを帯びてゆく。


「聞いて──」


 そう告げて、彼女は微笑みながら続けた。


「わたしね、嬉しかった。ヴァンが来てくれて、本当に嬉しかったし、カッコ良かった──」


 普段は『わたくし』と呼ぶ一人称が変わっていた。

 それは、皇女としての立場がそう呼ばせていたのだが、今の彼女は本心を剥き出しに語っていたのだ。

 何も取り繕わない彼女の言葉に、察しがついてしまった。


「しゃ、喋るな。いま、助けを──っ」


 彼女を抱えて立ち上がろうとした時、手を握られた。

 強く、離れないでという意志が籠った手に、思わず動きが止まる。


「わたし、頑張ったよ。いろんな人に助けられてばかりだったけど、ヴァンに負けないぐらい、頑張ったよ」


 耳にした途端、握られた手を強く握り返す。

 知らぬ間に、目に涙が溜まっていた。


「あ、ああ、お前はいつも頑張っている。俺なんかより多くの人を幸せにする為に、忙しいのに頑張っていたもんな」


 ノスタルジア国でも、このアラバスタ王国でも、彼女は王政に尽くしていた。

 剣を振るうことしか出来ない自分なんかより、もっと広く、もっと大勢の人を助けるべく働いていた。


 俺がよく知っている──


「あーあ、もっとヴァンとお話したかったな……もっと、いろんな場所に行って、ごはんも食べて、笑って……」


 そういう未来があったはずだった。

 彼女はいつも、外の世界に憧れを抱いていた。この王都までの旅路でも、生き生きとしていたのは他でもない彼女だった。

 それが叶わないのだと涙する彼女に、精一杯否定した。


「ダイ、ジョウブ、だ。これ、からもっと、楽しいことが、待ってる……!」


 嗚咽混じりで流暢に話せないのが情けない。普段ならこういう時は口を閉じて黙っているのだけど、言わなきゃならない。言わなきゃ、一生後悔する。


「だから──」


 死なないでくれ。そう続けようとした言葉は、クスッと笑う彼女に遮られてしまった。


「ヴァン」


「なんだ」


 彼女の握る手が弱まっていく。

 血で滑り落ちないように、固く握り直す。

 彼女の弱くなる声量から、一言一句落とさないように耳を立てた。




「世界を──この星を、護って──」




 いつかの星空の下で交わした光景が、脳裏を過ぎる。

 数多く存在する星。その中に、自分たちが立っている星もろとも、護ってくれと彼女は命じたのだ。

 どう答えたらいいのか分からず、永遠とも呼べる一瞬が流れた。

 次第に、彼女の手に力が無くなり、そして──




 愛してる




 口だけで紡ぎ、微笑んだ。

 ズルりと握る手が滑り落ち、彼女の手が血溜まりの床に沈む。


「あ──」


 ミラが、静かに息を引き取った。


「────!!」


 声にならない声が、慟哭となって聖堂中に木霊した。

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