エピソード98 罠
ポタポタと血が滴る。背中に刺さった木製の破片がジワリと滲み、床に血痕を残す。
ヴァンは、それでも折剣を握って再び対峙したのだ。
傷だらけの背中を眺める、皇女の為に──
「……お前とは一度だけ戦ってるよな」
「────」
語り掛けた相手は、主犯ロキの道を阻むグルツ。彼は相変わらず無表情に徹しているが、ヴァンの言葉を耳にして少しだけ視線が鋭くなった気がする。
あのザ・小物臭たっぷりだった性格が一変しているのは十中八九、ロキの仕業。奴の”惑わす力”で彼自身の意識が強制的に封じられているのだろう。
「お前とはもう一度やり合いたいとは思っていたんだ」
出来れば、こんな形で再戦はしたくなかったが──ヴァンはそう独り言を述べて、剣を構えた。
学園での決闘が蘇る。あの時のグルツは剣同士の試合だったのにも関わらず、魔法を駆使して一人の騎士を越えようとした。しかし、ヴァンはその上をいく巧みな技で見事打ち破ってみせたのだ。
状況が異なる現在──満身創痍なヴァンと、ロキの惑わす加護が付いたグルツ。戦力差的にはヴァンの方が劣ると見ていい。
「──行くぞ」
「っ!」
だが、それでもヴァンの動きは速かった。
迷いを振り払った目でグルツを捉え、先ずは横に一閃。
思いのほか素早い動きに反応が遅れ気味になりながらも、グルツがこれを短剣で防ぐ。しかし勢いまでは殺し切れず、後方へ押され傾く。畳み掛けるように剣を振るうが、やはり折剣。リーチの差が埋まらず、易々と躱されてしまう。
そして振り出しに戻り、再び剣を交えるのであった。
そんな剣戟を聖堂の中央で繰り広げられている最中に、こちらにも動きが生じた。
「おい、今なら……」
「ああ、あの皇女を引っ捕えるぞ」
護衛騎士がミラから離れた今、無防備になったのは皇女を見て、手の空いた二人の信徒がコソコソと小言で打ち合わせる。
(マズイ──)
今、ミラが人質に取られたらヴァンが動けなくなってしまう。
現在、七人の信徒の内、二人が僕を捕らえ、三人がゲリュオンを抑えている。僕はまだ小さいので素手で動きを封じられているが、ゲリュオンに関しては縄やら魔法やらで雁字搦めにされていた。アレでは暴れようにも上手く動けない。
あのヴァンがミラを放って戦闘に興じるとは考え難い。どれだけ危機的状況に陥ろうとも、どれだけ罵られようとも、ミラの前では常に冷静になって考えて行動するのが彼だ。
らしくもない隙。だが、これが彼なりのメッセージだと解釈した。
(僕がミラを助けるんだ!)
そうと決まれば、早速行動に移るべきなのだが、本体である鎧兜をがっしりと掴まれては身動きが取れない。
ならば──
「ん、何か聞こえないか?」
「あ? 何も聞こえねーが──」
キィィィィィィン──
「な!? ああっ!」
僕を捕らえている二人が突如耳を押さえて苦しみ悶える。
掴まれた鎧兜が解放され、自由になった僕はベンテールを上げて青火を晒したのだ。
(──”超音波”!)
ありったけの高濃度のマナを乗せて、波長を高めて放つ。
狙うは人間の持つ耳──三半規管や耳石である。
そこから脳へ繋がる器官もろとも音波で異常を生じさせる。結果はこの通り、激しい眩暈に苦しむ。至近距離なら尚更だ。
「おい、何をしている!」
なんとか自由になったは良いが、異変に気付いてゲリュオンを抑えている三人の内一人が僕を捕まえようと躍起になる。
しかし、これを見逃すゲリュオンではなかった。
「ヒュオオオオオオオオオ!!」
「お、おいコラ! 手放すな!」
魔法で抑えている信徒が呼び止めるが、もう遅い。
雄叫びをあげて、緩んだ縄を引き千切り、さらに拘束の魔法もお得意のマナ吸収で無力化させてゆく。
「何やってるお前ら!」
ミラを捕まえようとした二人が騒がしさに気付いて戻って来るが、彼らが戻ったところでどうする事もできない。
ゲリュオンが、後ろ脚で一人を蹴り飛ばした。
「ごふっ──」
普通の馬より三回りも図体のデカい馬の蹴り。信徒は壁の端まで飛ばされ、激突して沈黙した。
人の恋路を邪魔する奴は何とやら。この場合、ヴァンとミラの恋路に他ならないが、ゲリュオンは大いに活躍を見せた。
「お前ら!」
「よくも!」
僕も負けてはいられない。
残り四人のうち二人。舞い戻って来た信徒を相手にする。
この状況下で最適解を瞬時に模索した。使えるセフィラは三つ。対人戦に向いた魔法は少ない。
先程の”超音波”は即効性に欠ける。異常を来たす前にベンテールを閉じられれば効力は半減。一度見せた技でもあるから、相手も心得ているはず。
だから、答えは一つ──
(白の王冠よ。秒針を止めよ。星の輝きすらも、我が心臓すらも。この白銀は刹那を生きる灯火──『ケテル・ファウスト』!)
白銀を灯して、詠唱を唱える。
ごっそりとマナが吸い上げられ、虚脱感が襲い掛かってきた。だが、それだけじゃない。
見える情景すべての色彩が暗転。物体のすべてが動きを止め、静止された世界が外殻の中を覆う。
静止に例外はなく、目の前の信徒に加えて、壇上のロキやヴァンとグルツ、果ては後ろのゲリュオンでさえも写真の一コマのように動きを止めた。
そして重力の過剰な負荷。強力な故に発動すら躊躇われる理由の一つである。
静止した世界の中を動けるはずの術者本人すらも静止を強要してくる理。消費するマナと相まってデメリットが上回る、不器用な魔法──
けれど、まったく動けないワケではない。
(うぉぉぉぉおお! 同時、展、開!!)
気合いで灯火に命令を下した。”可能性”のフラグメントが共鳴し、今まで通らなかった水が堰を切ったように流れる感覚が身体中を支配し、開拓されてゆく。
灯火に”白銀”と”緑”が二色半々で燃え滾る。
僕はすかさず、二つ目の魔法を唱えた。
(緑の勝利よ。因果を読み取り、我が血肉と化せ。この身は何物にも堰き止めるに能わぬ灯火──『ネツァク・レジストロフィー』!)
自ら止めた時間のマナを吸引し、緑火が解析し、分析し、耐性を創り上げる──
程なくして”ファウスト”のデメリットを打ち消し、重力の負荷から解放された。しかし、辺りは止まったまま。
これが”緑”の本領。使用していくに連れてようやく言葉に表せる。
”緑”はただマナを粒子に変換するだけじゃない。過去の幻影を見せるだけでもない。マナに眠る因果──それを読み解くのが本来の使用方法である。
読み解くにもマナの情報は多岐に渡る。以前使用した”幻影”の通り、人間のマナの残り香を辿らせたりも出来れば、毒や石化、静止の魔法の抗体を創りあげる事も可能。
”緑”が不遇な扱いを受けるのも頷ける。そもそも誕生するセフィラは選べないし、解析するにしても仕組みを発見しなければ開拓のしようがない。
しかし、理解さえすれば、あとは使い用である。
(よし、あとは──)
マナの残量が少ない。自由になった手足を駆使して、ゲリュオンに巻かれた縄を引っ張り、二人を締め付ける。動かない相手なら苦労はしない。
グルグル巻きにして捕らえ、固結びをして”時止め”を解除。
「──なっ!」
「いつの間に!?」
瞬く間に縛られて身動きが封じられる二人の信徒は混乱しながら横に倒れた。必死にもがくが、そう易々と解かれるほど緩く結んでいない。
人間二人を拘束するのに大掛かりな魔法を使用したばっかりに、僕の方はもうへとへとだ。
「ヒヒーン!」
「うわっ!」
「げふっ」
だけども、後ろで嘶く声を聞いて安堵した。
ゲリュオンが残りの信徒たちを倒したのだ。図体の大きさは強さに比例する、良い例である。
彼(?)が余裕そうに身震いして勝利の余韻に浸るのを見て、僕は親指を立てて称賛。
しかし、ゲリュオンが僕を見て何やら物欲しそうな顔をしているところを見るに、『称賛を送るぐらいならマナを寄越せ』と言って来そうな予感がしたので近寄らないようにする。
(それよりも──)
ミラである。
依然、ヴァンとグルツは剣戟に夢中になっている。無防備な彼女を護れるのは自分しかいないのだ。
だが、異変はすぐに表れた。ミラがいないのだ。
急いで聖堂の中を見渡すが、彼女の姿が何処にもない。
そうこうしている内に、状況は動き続ける。
「はぁぁああ!」
ヴァンが押している。反撃の余地を与えない攻撃に、グルツの頬に汗が伝っているのが見えた。
そしてそれを優雅に眺めているロキ……何かがおかしい。
突然、嫌な予感が走った。
全身を撫で回すような悪寒が巡り、謎の焦燥感に駆られる。
(──”青”!)
灯火を切り替えて情報収集に走った。
いくら”惑わす空間”と言えど、目に頼らない青火の察知能力には敵わないはず。そう思って聖堂中を隈なく探し、
(待て……これは──)
真実を目にして僕は戦慄した。
すかさず、ヴァンに告げようと青火を叩く──
「ヴァン! ダ──っ!?」
ダメだ。そう叫ぼうとしてベンテールが強制的に降ろされた。
何が起きたのか、瞬時に理解する。
「ったく、神の奇跡がなければやられていた」
「エルウィン様──いや、ロキ様の力は偉大だな」
鎧兜が再び担がれ、身動きが取れなくなる。
信徒である。七人のうち、四人は僕の手によって戦線離脱を余儀なくされたのだが、残りの三人はピンピンとしていた。
ゲリュオンにのされた筈。だがそれは幻影に過ぎなかった。
原因はこの”外殻”に他ならない。あれだけの騒ぎになってもロキが動きを見せないということはつまり、問題がないと踏んでの示唆である。
すぐに三人が他の四人を手当てと束縛を解放させ、七人が揃ってしまう。これでまた振り出しに。
しかし、それどころではない。僕が見放している間に、ミラは──
「うぉおおお!!」
「っ!?」
聖堂に雄叫びが響く。ヴァンが折剣を振るい、短剣を弾く。
グルツもそれを読んで得意の蹴りを繰り出す。だが、一度見た技。二度は通じない。
「読めてんだよ!」
後ろにステップして躱し、地を踏みしめて蹴った。
「────」
空打った蹴りの体勢から、グルツが咄嗟に懐に手を伸ばし、もう一本の短剣を抜く。隠し持っていた短剣を逆手に取り、流れるような動きで攻めてくるヴァンを迎え打とうと試みる。
しかし、それも弾かれた。
グルツの顔に初めて驚愕の表情が浮かぶ。
何故ならヴァンは折剣ではなく、腰に携えた鞘を右手に持ち、まるで居合斬りのように振るっていたからだ。
重さを鑑みるに、決して不可能ではない。折剣はさながら短剣であり、鞘は中身がない分、思い切り振り回すことができる。
不意に現れた二刀持ちの二人──形勢は、リーチの長い鞘を持つヴァンが有利に転じた。
「そこを退け!!」
振い切った鞘を瞬時に脇に戻し、足をもう一歩踏み込んで突きを放つ。
空洞の鞘とは言え、王家から承った代物だ。矛先がグルツの胸を強く穿ち、勢いのまま壇上と隔てる段差の壁まで飛ばされ、背中を強打。
「かはっ」と血反吐を吐いて沈黙。グルツが敗北した瞬間であった。
けれど、それで終わるヴァンではない。
「らぁあああああ!!」
血眼になって壇上の先、玉座に向かって駆け走る。
「ダメだ! ヴァン!!」
僕が今更引き止める言葉を叫んでも、彼の耳には届かない。
完全に血が昇っていて、真実に気付けない。
彼は、そのまま壇上の壁を飛び越え、跳躍のまま折剣を逆手に取って振り下ろす。
静かにほくそ笑むロキが、
「──見事」
と更に顔を歪ませて称賛を送る。
「トドメだぁぁぁああ!!」
「しかし残念だ」
怪しい笑みを浮かべる彼の胸に、ヴァンが剣を突き刺した。
突き刺して、しまった──
「贋作に惑わされた結果、自身を呪う羽目になるとはな」
悪を討たんが為、ヴァンが突き刺した方向とは逆から囁いた。
悪魔が微笑む。
「なに──を……」
振り返って、ヴァンが目の前の光景に混乱する。
何故、奴が後ろにいる。俺は一体、何を刺して──
「ヴァ、ん……」
恐る恐る、ヴァンが玉座を見る。
血塗られた自分の両手。そして、その先には、皇女ミラが玉座に座らされていたのだ。
王家の紋様が、他ならない皇女の血によって赤く染められた。
今回で明確に紹介した緑ですが、序盤の紹介と著しく矛盾が生じてしまったので後ほど訂正させていただきます。
クリス先生ェ……




