エピソード94 到着、そして同時展開──
ゲリュオンの背中に揺られること約一時間──王都が見えた。
アレだけ時間をかけた道のりがこうもアッサリと到着してしまうとは、いやはや恐れ入る。
競馬はやった事はないが、もしこの馬が出走するなら伝説となって世界中に名を轟かせるだろう。
「止まれぇ!!」
あと寸刻もしない内に王都の門に激突しかねない。前もってヴァンが手綱を引っ張り、ストップを掛ける。
しかしゲリュオンは、「ヒュォオオ!」と馬とは思えない鳴き声をあげて赤色に燃える立髪を更に滾らせ、疾走を止める気配を見せない。
「ちょ、ちょっとヤバいんじゃない!?」
「ッ──しっかり捕まってろ!」
王都の正門は北東に一つ、南東に一つ、そしてここ南西の三つが存在する。
ノスタルジア国からアラバスタ王都に入国した時も、この正門を潜ったことは記憶に新しい。
正門は、囲む城壁と同じ遥か高くまで聳え立ち、その重々しさを体現していた。
徐々に迫る木製と鉄で造られた門。ヴァンの警告と共に、
「きゃああああ!」
「いっけぇえええ!」
衝突した。
弾かれてバラバラになると予想して、目を固く閉じるカナリア。だが、予想は外れた。
ゲリュオンの桁外れた馬力は正門など諸共破壊してしまい、僕たちは一直線で王都へ飛び込む。
破壊した途端、中から白い靄が視野いっぱいに包み込むのであった。
しばらく助走したのちに、ゲリュオンの赤く滾った立髪は元の青色に変色した。すると徐々に荒々しい状態から落ち着きを取り戻し、駆ける速度を落とし始め、ようやく足を止めたのだった。
「はぁ、はぁ……着いちまった……」
「うっ、ギモヂワルイ……」
「私も初めて背に乗りましたが、予想以上ですね……」
馬から降りて、三者共グロッキーになりながら感想を述べた。
およそ人生で初めての最速を味わった三人。浮き足立つような浮遊感が止まず、酔う。
僕もようやくマナ吸収から解放され、大気中にあるマナを灯火に吸わせる。人でいうところの酸欠状態から抜け出して、やっとまともに手足を生やせるまで回復できた。
「さて──」
気を取り直して、ヴァンは街を見渡す。
辺りは白い靄に包まれており、異様さを露わにしていた。城門の外からでは霧なんて一つもなかった筈なのに、王都に足を踏み入れてから突如視界を覆れて皆が警戒する。
「ていうか、アレ壊して大丈夫だったの?」
「本来であれば門番がいるはずなのですが──」
後ろを見返してカナリアは見事に穴の空いた正門に疑問を口にすると、シエルが答えた。
しかしすぐに表情が険しいものに変わる。
「妙ですね。一人もいないだなんて……」
「クーデターが起こってるんだろ。それもこれも、王子様の仕業ってわけだ」
ヴァンの言う通り、今は有事である。
とっくに門番をどうにかして正門を閉じさせ、アドニス軍を簡単に入れさせない為の工作。妥当な線だ。
手綱をシエルに託し、霧の中をゆっくりと歩む。
後に続くようにして、僕たちも街に敷かれた煉瓦を踏みしめる。
「やけに静かだな」
「もう終わった後とか?」
「罠かもしれません。注意してください」
あれだけ活気に満ちていた王都が一変して、今ではさながらゴーストタウンに。
こんな舞台のゲームをしたことがある。タイトルは確か『静寂な岡』。
「いかにもって感じだよね」
カナリアが弱腰になりながら歩みを進めて、そう述べた。
「何がだ」と先頭を行く弟が尋ねると、彼女は自分の妄想を口にする。
「いや、こう、バーっと何かが襲って来そうな──」
それがフラグとも知らずに。
──ウワァァァアアア!!
霧に隠れた先で、悲鳴のような叫び声が木霊した。
耳にした途端、ヴァンが足を止めて警戒態勢を取る。
「ひっ、でた!?」
「このポンコツ姉は……余計な事を言うから……」
さすがのヴァンも呆れた表情を作った。
カナリアのポンコツさ加減はさて置き、悲鳴の声が徐々にこちらへ近寄ってきているのが分かる。
気を引き締めて、前方に目を凝らして睨むと、二つの影が映った。
「たすけてぇぇぇええ!!」
「そこの人、早く逃げるんだ!」
見覚えのある面子だった。
「クリス先生!?」
「アイツは──」
泣き叫ぶ方は少年。この王都に来初めの頃に会った”勇気”のフラグメントの持ち主、キノ。
そして小柄な体に幼児を背負って走る、クリスの姿があった。
「!? キミたち──」
「騎士の兄ちゃん!」
駆け寄る二人の反応はそれぞれで、キノは希望に満ちた顔を浮かべる反面、クリスは複雑な顔を浮かべた。
まるで接点が見つからない二人だが、ここで顔見知りに会ったのは僥倖。訳を聞こうとヴァンが引き止めたところで、異変に気づいた。
「何か来るぞ!」
「逃げた方がいい!」
クリスが忠告すると同時に、霧の中から無数の影が姿を現した。
虚ろな目をした人々。まるでゾンビのような足取りで行列を組んで寄ってくる。
「相手は操られた住人たちだ!」
住人。ここら一帯の人気の無さはこれが原因だと彼女は続け様に告げた。
なるほど。魔物と違って操られた住人なら傷付けることも躊躇われる。よく出来た手口だ。
しかし、それを聞いても尚、僕たちは驚愕するどころか平然としていた。
「なんだ、操られているだけなのね」
先程までビビりまくっていたカナリアが安堵する。
予想外の反応に、クリスの方が動揺した。
「な、何を言って──」
「操られた魔物とかなら村にもいた。ならここは──」
ヴァンが視線を送る。その先には小さく仁王立ちする僕。
心を操る魔法。そんなものは、断じて許さない。
「ヴァン、まずは上に投げて」
真打登場と言わんばかりに、僕は彼に向かって指示を出す。
「あいよ」と小気味よく相槌を返すと、彼は僕の鎧兜を掴んで真上に放り投げた。
「何をしているんだ! 早く逃げないと!」
クリスが柄にもなく焦った様子を隠さない。それもそうだ。霧に隠されて気付けなかった分、ゾンビ化した住人たちが寸前まで迫ってきているのだ。
だからこそ、打ち消せねばならない。
上空に飛ばされ、雲の中にいるような世界に包まれる。
まずはこの邪魔な霧を晴らさないと──
僕は青色になった灯火を変色させた。手に入れたばかりのセフィラ、”緑”の出番だ。
ベンテールを上げて、緑火を晒す。
(勝利の灯火よ、因果を焚べて在るべき姿へ還せ──)
掃除機のようなイメージをして、大気中にある霧を吸い込む。
不自然に発生した霧は、おそらく魔法によって創られたもの。魔法なら、原材料はマナである。それに気付けたのは、共にゲリュオンと歩いていても息苦しさを感じなかったからに他ならない。
そしてゲリュオン同様、魔法生物が持つマナ吸収にも限度がある。通常なら全てを喰らい尽くすことは不可能だが、”緑”を保有している今なら可能だ。
吸い込んだ霧が次々にマナへと変換され、還元されてゆく。
淡い翡翠の光の粒子となって。
(でもこれ、量が……)
霧は晴れていき、辺り一帯が鮮明となる。だが、王都中に漂う霧が続々と押し寄せてくる。
今発動している”緑”を切れば、次に発動させるセフィラに影響が出てしまう。なんとしても、これを維持しなければ……
【フラグメント発動:可能性】
瞬間、灯火に宿るフラグメントが輝いた。
アディシェスから譲り受けた心の欠片が、震えて示す。
(同時展開──)
もう一つのセフィラ、”青”を呼び起こす。
頭の灯火が二色半々で折り混ざろうと燃え滾らせたのだ。
思いも寄らない可能性の開拓に、僕は好機と捉えてそのまま発動させた。
(慈悲の灯火よ、奏で響かせたまえ。彼の者は安寧を求める旅人なり──)
内に眠るマナを篝火に焚べて波長を生む。
空洞の鎧兜がまるで鐘の役割を果たして、音色を住人たちに届けさせる。
「ケセド・アフェクションシンドローム!」
これが霧を排除した一番の理由。
大気を伝う波長の音。それが阻害されない為に、わざわざ晴らした訳である。
「──これが、ソル・マナニアの力」
見上げるクリスが呆然と立ち尽くす。
目前まで迫った住人が一斉に立ち止まり、繰り返す鐘の音色に耳を傾けた。
「あ……あれ、俺……」
「どうしてここに……」
「何してたんだっけ?」
虚ろな目に光が戻り、住人たちが徐々に正気に戻ってゆく。
そんなに時間も掛からずに、大勢の人々が疑問符を浮かべながらも、正常を取り戻したのを見て、僕はベンテールを下げて発動させたセフィラを格納した。
久しぶりに主人公が活躍したと思います。




