エピソード93 村からの出立
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僕たちは急ぎゲリュオンが格納されているであろう厩舎へ赴いた。
メンバーは僕とカナリアとヴァン、そしてアフェクとルースリスとシエルの六人だった。
「戦力は一人でも多い方がいいんでしょ? ジンはどうするの?」
カナリアがこの場にいない彼の名を出す。
先頭を仕切るヴァンがすかさず、
「アイツは寝ているだろ。置いていく」
と無情にも判断を下した。
哀れなジンに、胸の中で合掌する。どうか安らかに眠っていてほしい。死んでないけど。
そうこうしている内に厩舎に辿り着いた。
年季の入った木造建築に村人が何人かが集まっており、「どうした」とヴァンが尋ねる。
「いや、この中におる馬がのぉ……大き過ぎて他の馬が入らなくて困っておったんじゃ」
「それなら問題ない。今から我々が使う」
訳を横聞きしたシエルが割って答えると、隣の若者が慌てて制止した。
「で、ですが凶暴すぎます。今は寝ていますが、ここに納めるのも大変で──」
確かに、アディシェス戦でのゲリュオンは凶暴の権化だった。それは戦闘以外でも同様で、扱いが難しいのは一目で理解できる。
本音を言えば今からでも他の馬を使って大急ぎで戻れば良いんじゃないかと思う。凶暴な性格がそのまま反映された馬力を発揮するのだが、それ故に巻き上げるマナは尋常じゃない。また窒息しそうな思いは、できればしたくない。
「退け」
だが、頑なに意志を曲げないのは逸早く王都へ向かいたいヴァンである。彼を説得するには骨が折れるし、そもそもその時間が勿体無い。
ヴァンが堰き止める若者を押し退け、無理やり厩舎へ入ろうとしたところで、アフェクがフォローに入った。
「すまない皆の者。今は急を要するのだ」
さすがは村人たちを率いた事だけはある。彼の登場でささくれた空気が和らぐ。
更にアフェクは後ろを振り向いて僕たちへ見やると、申し訳なさそうに告げた。
「アイン殿、カナリア。わたしとルースはこの村に残る」
王都への出立を目前に戦線離脱の宣言。当然カナリアが動揺した。
「ど、どうして?」
「理由は様々だが、一番はルースだ。貴殿らが悪魔を討伐してる最中、彼女の詳細を聞いてな」
僕の後ろでモジモジとしていたルースリスが前に出る。その様子はまるで叱られる前の子供のようにバツの悪い雰囲気を纏っていた。
「あ、アタシ、ここの人たちに酷いことをしたし、いっぱい人を死なせちゃったし……」
正確には魔物を使役して兵士たちの命を奪った。
直接手を下してなくても、彼女の行動で多くの命が散ったことには変わりない。その罪悪感が拭えず燻っているのだろう。
今の彼女ではたとえ王都に行っても足手纏いになりかねないのは明白。彼女の理由を耳にして、アフェクが繋ぐ。
「わたしも彼女に救われた身。ここで恩を返したいと思う。後の理由はまぁ、馬にも乗れる人数が限られるだろう」
「承知しました。後で少佐の元に向かうといいでしょう」
有事だからこそ、この場に踏み留まることに意味を持たせられる。
口には出さないが、ケジメとしての有効性を暗に述べており、察したシエルは静かに承諾した。
これでメンバーは四人。あの通常の馬より三倍ぐらい大きいゲリュオンなら、跨っても溢れない人数だ。
カナリアも渋々了承を示すように頷く。なんだかんだアフェクは頼れる仲間だ。不参加なことに本心で惜しいと思っている証であった。
──バキバキ、ドンッ!
上手く話が纏まったところで、厩舎が破壊された。
同時に、あの息苦しさが襲い掛かる。原因は見ずとも理解できる。ゲリュオンだ。
「何をしてる、行くぞ!」
唖然とする村人を他所に、無惨にも厩舎を壊して誕生するゲリュオンと跨るヴァン。さながら卵から孵るヒナ──ヒナと例えるにはアレだが。
出立を急かすヴァンに、僕らもさっさと彼の元へ向かおうとした。
「あ、アイン──」
後ろから呼び止められ、ルースリスが僕の元へ駆け寄る。
「ゴメン、ホントは最後まで一緒に居たいんだけど……」
「大丈夫だよ」
お決まりの、青の灯火で返事をする。
「みんなに謝るんでしょ? 僕の方もきっと上手くいくから」
「……無事に戻って来てね」
これで彼女とは二度の別れとなる。しかし、なにも不安になる必要など無い。
この短期間、彼女は彼女で成長を遂げ続けていた。僕が側に居なくても、一度立ち上がる姿勢を取れば、人は自ずと勝手に進んでゆく。
申し訳ないと思うのはむしろ僕の方で、一緒にいるという約束を反故にし続けている。
「戻ってくるよ」
自分に言い聞かせるようにして僕は最後にそう伝え、振り向く事なくヴァンのところへ駆け寄った。
息苦しさが、無秩序に増した。
ゲリュオンに跨り、豪速球で王都まで走る。
馬の背中は図体と比例して広く、三人と一匹が座っても余る程であった。アフェクの見解は外れ、これならジンを叩き起こしても差し障りはなかったのではと思わずにはいられなかった。
速度は尋常じゃなく、景色がみるみると変わってゆく。過ぎゆく木々などは視野に留められない。前から後ろへと一瞬の線を描いて横切ってしまう。
「ちょっとこれ、早過ぎない!?」
「あん? なんだって!?」
生前、新幹線の窓を眺めた景色を思い出す。高速で移動する乗り物に、楽しさや高揚感を得られたのは、程なく変わりゆく景色にあった。
今はそんな余裕すらもない。
電車から車の話になるが、高速道路で百キロ出しながら窓から顔を出すとどうなるか。答えは単純。まず呼吸がまともに出来ないのだ。
ついでに目も開けられない。風の音で耳も遠くなる。抵抗する風圧に、顔面の機能はほぼ失われてしまう。
よって、三人は馬に跨ると言うより、しがみ付く形と相成った。
ミラが叫ぶ苦情も虚しく風と共に置き去りにされ、ゲリュオンは絶え間なく走り続ける。
「堪えてください……もう、すぐ、到着すると思います、ので……」
「だからなんだって!?」
シエルの励ましも同様、ヴァンたちの耳には届かない様子。
そして、かくいう僕はというと──
「────」
死にかけていた。
まったく冗談じゃない。この馬、前々から思っていたが周囲のマナをこれでもかって程掻っ攫ってゆくのだ。
アディシェス戦でも味わった通り、魔法生物はマナが無ければ生きていけない。
むしろ謎なのが、ルースリスがよく平気な顔をしていた点である。他にもヴァンやカナリア、シエルの三人が動じてない点も含め、こんな速度が出せるというのも不自然だ。
(まさかこの馬、わざと僕からマナを吸収してる?)
今は手足を引っ込め、省エネモードに切り替えてカナリアの胴体に括り付けられて何とかなっているが、もし仕返しのチャンスが訪れたら一矢報いたいと願わずにはいられない。
チラリとゲリュオンの頭を見る。燃えたぎる立髪が赤色に変色しており、まるで火車のような姿に変貌を遂げていた。
ゲリュオンの片目が視線を交差する。何となく、馬がニヤリと笑ったように見え、余計に腹が立つ。
(もう絶対、この馬には乗らない)
心に誓うのであった。




