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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード91 護衛騎士が駆け付けるまで、あと1

昨日、前のページに続きとして追記しています。そこから続きとなります


「起きてください、ミラ皇女殿下」


 聞き覚えのあるワードに、ミラは跳ね起きた。

 もしや駆け付けて来たのかと期待を胸に高鳴らせたのだが、現実は無情だった。


 寝ている間に移送され、今はドレスに囲まれた一室で数人の侍女に揺り起こされてる最中であった。

 豪華な椅子に座らされ、目の前には大きな鏡が寝起きのミラを映し出す。


「こ、ここは……」


 状況が飲み込めず辺りを見回していると、侍女が「はしたないですよ」と注意して鏡と向き合わせる。

 すでに格好が一新され、泥だらけだった制服が脱がされシルクの下着姿となっていた。


「昨日はさぞお疲れの御様子。時間も無かったので、勝手ながら湯浴みは我々で済ませておきました」


 寝ている間に風呂にも連れられ身体を洗われたと知り、ミラは自分の肩を抱いて顔を赤らめた。

 後ろで待機している侍女たちがクスクスと笑いを堪えており、恥を晒す羽目になった。


 起こしてくれても良かったのに──誰に?


 心の中で愚痴を零してようやく気付く。

 昨日起こった出来事が閃光のように思い返される。

 異変に気付き、逃がされ、クリスに事情を聞き、状況を打破すべく奔走し、捕まり、国王の在りざまを語られた。

 これが一日の間で起こった出来事。まるで嘘のように新しい一日の幕開けに戸惑いを隠せないでいた。


「これから大事な式典がございます。急ぎ、準備を──」


 世話をする侍女の目を鏡越しで伺うと、先日の街の住人と同じく虚空を見る目であった。

 今更逃げることはできない。そう諭された気分に陥り、ミラは機会を見計らう為に順序良く従う。

 エルウィン。彼のクーデターはまだ続いている。式典とやらが完遂する前に、何としても抜け出さねば。


 純白のドレスに着替えつつ、ミラは決意を新たにした──




 場所が変わってメタトロニオス大聖堂。


 聖堂には数多くの人が集まってひしめき合っていた。並んでいる長椅子に腰掛けているだけでなく、長椅子に座れず溢れて立ち尽くす人々もおり、二階にも大勢が押し寄せる。

 見渡す限り人、ヒト、ひと……

 壇上にある空席の玉座だけがステンドガラスによって朝日を差し照らされる。常時薄暗い大聖堂が誇る、神の玉座の演出。


 裏で控えるミラが、柄にもなく緊張してしまう。

 大勢に囲まれるのに、ではなく、これから何が起こるのかに、身体が強張っていたのだ。


 エルウィンが壇上に姿を現す。ざわついた客席が一斉に静まり返った。

 式典が──間も無く開演される。


「皆の衆、よくぞ来てくれた」


 王子の一言で、皆が歓喜した。

 割れるような拍手喝采も程々に、彼の挙げる手で制される。


「この時をどれだけ待ち侘びたことか。玉座を神と崇め奉る我々が、長き刻を経て、ついに願いが成就する──」


 壇上にある玉座の隣に立ち、王子は熱弁を開始する。力を込めた握り拳が、客席にいる信徒たちの胸を熱くさせた。


「暗黒時代を乗り切り、この身が信じる神に祈りを捧げる日常。しかし、平穏も長くは続かぬ──」


 握った拳を払い、大袈裟に嘆く素振りを見せる。なかなかに役者気取りであった。


「近隣の国では悪魔が、隣の村には魔物が住みつく……皆の者も薄々感じていた筈だ。嗚呼、何故祈りは届かないのだ。我々には何かが足りないのだ、と──」


 前屈みになって俯く姿勢からマントを高々と払い退けて背筋を正して宣告。


「玉座は、王が座ってこそ”玉座”足り得るのだ!」


 つまるところ、座る者の不在。神という御身が居てこそ、完成する教えなのだと説く。


「今ここに、御身が玉座に舞い降りる。その為の式典なのだと、ここに宣言しよう」


 パチンッ、と指を弾くと、それを合図にミラと反対側から他二名が壇上に上げさせられる。

 一応、囚われの身である。ミラの後ろには監視役の男が張り付いており、手を背に縛られながら歩けと命令され押されたのだ。

 ミラの前から登場する二名も同じ様に、自由を奪われた姿で観衆に晒される。


「ッ──マエストロ伯爵!」


「皇女殿下っ……なぜ戻られた……」


 感動の再会とは程遠い。二名のうち一人は見知った顔振りで、驚きを禁じ得ない。

 もう一人はこの国でも有数の公爵家の当主で、ミラ自身でも恐れ多い人が伯爵と肩を並ばせる。


「王政の者ども全員を引き連れるのは少々荷が重いのでな。昨晩のうちに決を取らせて頂いた。此処にいる三人衆が王政の代表と心得よ」


 初めて聞く事実にミラは半ば混乱する。知らぬうちに代表の一人とされ、怪しい式典で何をすると言うのだ。

 否、薄々勘づいていた。王政が実権を握っているのであれば、エルウィンは先ずこの実権を放棄させるのが狙いだろう。


「では早速、王政諸君に異義を唱えさせてもらおう」


「ぬかせ、反逆者め!」


 公爵家の当主が王子に向かって唾を吐く。貴族としてのプライドがそうさせているのか、状況を弁えず睨みつけたのだ。

 後ろに控えていた監視役の信徒が公爵の減らず口を抑えるべく、その場で組み伏せた。

 壇上の床に顔を抑えられつつも、公爵はキッと睨む目を止めない。


「誰がこの国を治めてきたと思っている。我々王政だ! キサマみたいな小僧が、反旗を翻したとて国が良くなるほど現実は甘くはない!」


「至極御尤も。しかしこう見えて、(おれ)は貴様らが敷いた国柄に準じているのだぞ?」


 そう述べて、エルウィンは卑屈に口を歪める。


「宗教の自由──何と美しい制度だとも。この己も、今はこの場にいる信徒たち同様に、御身の御心のまま仕える一人だ。その代表に過ぎん」


 要するに反旗など翻していない、と弁明する声に、公爵は舌を打った。


「詭弁を……!」


「何とでも言うがいい」


 まるで意に介さない態度を取り、王子は再度改めて観衆に目を向けた。


「しかし王政でも辿り着けない領域があるのではないか? 民が本当に何を望んでいるのか、答えてみよ」


「────」


 難問──いや、至極簡単な答えに公爵は押し黙った。容易に答えれば、認めることになる。

 答えを待たずして、王子が両手を掲げて告げた。


「富か? 地位か? 名声か? 否、断じて否。我々が真に求めるは”神”だ!」


 観衆が湧き上がる。それが答えだと言わんばかりに。


「王政に出来ない事を、この己がやって退けると言っているのだ」


 その結論に、ミラは察した。

 まさか。いいや、そのまさかである。


「さぁ、決を取ろうではないか、王政よ。要件は、貴様らの実権をすべて放棄し、この己に譲渡せよ」


 ミラが辿り着いたエルウィンの思惑に答えを出す前に、状況は進む。

 左右に囚われた王政側の人間たちに是非を問うた。国の命運が掛かっている重大な局面である。


「ワタクシは反対しますぞ」


 真っ先に否を突き付けたのはルフストン・L・マエストロハート伯爵だった。

 小太りな身体を捻らせて、抵抗の意志を見せつける彼に、後ろから更なる信徒たちが駆け寄って取り押さえられる。

 公爵と同じように床に這い蹲る形となり、苦悶の表情を浮かべて額に大量の汗を流す。


「理由を問おう。”履き違い”の伯爵」


 貴族としての在り方が根本より履き違えている様を侮蔑の意を称して呼び、王子は冷たく見下した。


「己の下に仕えるのも一興とは思わんか」


「それも魅力的だとは思います。ですが、貴方が統べる国に、光があるとは思えません」


 ミラが終始、不安に思う原因がこれだった。

 おそらく皇女にだけ見せられた現国王の哀れなありざまに終止符を打つ。そんな人間味のある王子に淡い期待を寄せる反面、彼がクーデターを成した後の国がどうなるのか。彼はそれを代弁してくれたのだ。


 王政を失ったアラバスタ王国は、おそらく大混乱である。

 政治が君主制に変わり、治めるのがエルウィンだとすれば、時を待たずして崩壊に繋がるのは明白。


「ふむ……あくまで否か。解ってはいたが、残念に思う」


 徐に腰の剣を抜き、伯爵の元まで歩み寄る王子。


「いけません、それだけは──」


 ミラの張り上げる制止の声も虚しく、剣を逆手に取り、振り下ろされた。

 反射的に目を背けるミラの耳に劈くのは、違を唱えた本人とは違う人物のものだった。


「グァぁあ!」


「えっ……?」


 血飛沫を上げたのは、伯爵ではなく隣に伏せられた公爵の脚。

 何故、と混乱するのも束の間、激昂の声が伯爵の喉から吐き出た。


「何をしておられるかぁあ!!」


 瞬時にタマネギ頭が真っ赤に染められ、まるで噴火する山のようであった。

 エルウィンは、歪んだ笑みを見せながら剣をぐりぐりと深く抉る。


「貴様は自身より他者を重んじる民の鑑。ならばこうするのが適面だろう?」


 違を唱える事で傷付くのは目に見えていた。だから伯爵は自ら真っ先に答えた。

 それを読んでか、それとも素なのか、どちらにせよエルウィンは伯爵の思惑から外れたのだ。


──狂っている。


 ミラは思わずにいられず、悲痛に歪める公爵の顔から目を逸らした。


「危害を加えるならワタクシにしなさい! 他は関係ないでしょう!」


「少しは状況を把握してから述べたらどうだ。だから履き違い伯爵などと呼ばれるのだぞ?」


 剣を抜き、もう一方の脚に突き刺す。

 痛みに暴れ狂う公爵、怒り狂い抗う伯爵。二人に対し、更なる増援が呼ばれて身動きを完全に封殺される。


「早く頷け。出なければ公爵の命が持たんぞ」


「待っ──」


 今度は左の手のひらが穿たれる。

 もう痛みが限界なのか、公爵が白目をひん剥いて俯せの身体を反らした。

 伯爵の待ったの声も耳にせず、繰り返す血飛沫の噴水に、壇上は徐々に血溜まりを見せていた。

 その惨劇を目にする観客は静かに傍観するばかりで、余計に不気味さを露わにする。


「待って、待ってくれぇ! お願いだ、もうやめてくれぇ!」


 博愛の象徴である伯爵が泣いて乞う。

 たとえこれが公爵だろうと村の少年だろうと、このような惨劇を見せられれば、伯爵は己の信念を貫く為に考えを改めなければならない。


 自分が傷つくのはいい。だが他者が傷つくのは我慢ならない──


 歪なまでに形造られた自己犠牲の精神。それ故に、脆く弱い。


「貴様はもっと自身を大事に扱う素振りを見せるべきだったな。今後の教訓にするがよい」


 助言を下すと同時に、顔に付着した血痕を拭って王子が向き直す。


「二度告げる。貴様らの実権をすべて放棄し、この己に譲渡せよ。これは見せしめに過ぎん。次を断れば、捕らえている貴族の首を一人残らず斬り落とす」


 伯爵は、震える顎をこじ開け、力なく縦に振って答えた。


「譲渡、します」


 唸る公爵の声に負けじと張り上げた声に、王子は頷いて次へ。痛みで汗ばむ公爵の元に屈んで聞き耳を立てた。


「貴様は」


「あぐ……しょ、承諾する……」


「懸命な判断だ。そこの偏屈伯爵とは違って素直で助かる。おい!」


 好き放題に皮肉を言い放った後、信徒に向かって顎をしゃくった。

 信徒らは急いで公爵を担ぎ、壇上から降ろされる。治療へ向かわせたと思い、ミラは一先ず吐息を漏らし、緊張で止まっていた呼吸を再開させた。


 後になってみれば悲惨な現場である。血溜まりがあり、伯爵は力なく項垂れていた。

 何故、こうも自分は無力なのだと己を呪うばかりである。何故、このような暴挙が罷り通らなければならないのだと怒りすら覚える。

 ミラも教えは違えど信仰心のある人間の一人だ。何故、神はこのような者に罰を与えないのだろう。何故、沈黙されたままなのだと、疑問すら過ぎってしまう。


「さて、三人のうち二人の承諾を得た。本来なら可決も同然だが、貴様にも問うか」


 そして一部始終を眺めていたミラにも矛先が向いた。

 ここで断れば、先程宣言した通り、他の人間の命が危うい──

 答えは、一つしかなかった。


「私も、承諾致します」


「よろしい。これで満場一致で、王権は我がものとなった」


 本来なら最後まで抗うべきなのだ。王政を務める者として、その責務を全うせねばならない。

 しかし、人間とはこうも弱く、脆い。

 たった一度の暴虐に、屈するしかない。

 己の身を重んじる者然り。他者の身を案じる者然り。ひとえに、傷付かない為に目の前から逃げるのだ。

 なんと、脆く弱い信念か──


 エルウィンは、玉座に腰掛けた。


「泣いて祝え。ここに”神”が座した」


 そして宣言した。

 メタトロニオスが掲げる玉座。そこには神が座るという教え。そして王が今ここに、満を持して座る。

 虚ろな目をした信徒たちが拍手喝采を巻き起こす。

 虚像、虚構、虚空、虚栄、虚言、虚心──


 虚の王の、誕生である。

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