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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード90 護衛騎士が駆け付けるまで、あと2

追記する形で下に新たに書き加えています。次回はページを更新します。

 再び議事堂の内部に連れられ、ミラはとある一室へ運ばれた。


「ここは──」


 そこは当初逃げる為に伯爵に案内された倉庫であった。

 最後に使用した時と同じように、床に陣が描かれており中央には像が静かに佇む。


「ご苦労。貴様らは貴族達を見張れ」


 先に到着していたエルウィンが、ミラを連れてきた者達に次の命令を下した。曲者達は疑いもなく頷き、部屋を後にする。部屋には皇女と王子だけが取り残された。

 解放されたミラは抑えられていた腕を摩り、そして涙した目を拭う。


「何をするつもりですか」


 目の前の彼に対して最大限に警戒をしながら問い掛ける。人払いまでしたのだ。こんな薄暗い部屋の中、男女ひと組で閉じ込められれば、何をされても助けはすぐ来ない。

 清い身体を汚される覚悟で投げ掛けた質問に、彼は背を向けたまま返事をする。


「入り口で話した通り、己にも目的がある。王族である貴様にも、知る権利を与えてやろうと言うのだ」


 先程ミラがエルウィンに掛けた問い。それはこのクーデターを起こした動機そのもの。

 堂々とはぐらかされたのだが、まさか答えてくれるとは思いも寄らなかった。

 しかし、悠長に彼が語ろうとしている動機を静かに聞き入れるのも場所と場合による。今のミラには枷がない。ここでエルウィンを捕まえれば、この騒動が一気に決着を迎えられる。


 話なら、とっ捕まえて騒動を鎮静させてから聞き出せば良い。


「────」


 好機と捉えたミラは腰に忍ばせていた小型の杖に手を伸ばした。クリスが用意してくれた武装の一つである。

 (ケテル)の魔法を不意打ちで使用すれば、いくらエルウィンとはいえ有効打にはなるはず。

 隙だらけの王子の背後を注視して、ミラは逸る気持ちを抑えながら静かに行動しようとした。


「──きゃっ!」


 しかし、突如背後から忍び寄る影に気付かず、腕を捕まれ捻られた。

 驚きと捻れて組み挙げられる腕の痛みに、思わず声をあげてしまう。


「妙な動きはするな。己も警戒無しで横着する程、柔ではない。離してやれ」


 ミラは再度自分の置かれた状況を認識する。ここはもうすでに敵の腹の中だということを。

 一時的な拘束が解け、腕を締め上げていた張本人に視線を向けると、再度驚愕を見せた。


「グルツ、さん……?」


 そこには、虚な目をした同級生──グルツ・アーバンハルト・シャルヴィの姿があった。

 黒一色の装束を羽織り、まるで影で蠢く下手人。彼の変わり果てた姿に、ミラは背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「グルツさんをどうし──」


「女は質問が多くて煩わしい」


 どうしたのか。そう問おうとして阻まれた。

 エルウィンが後目様に睨み、ミラを押し黙らせる。


「回数を設けさせる。三回までだ。余計な問いは無駄と心得ろ」


 告げると、王子は陣の輪に入って振り返る。


「来い。見せたいものがある」


 命令に応じるべきか否か、逡巡するミラの背中をグルツが冷たく押し出して急かした。

 かの同級生は街の住人のように傀儡と化している。そう勝手に解釈し、皇女は渋々と王子の命に準じる。下手をすれば命を奪われかねない。背後に位置する彼の目からは、それ程までに冷え切っていたのだ。

 同じ陣の中に三人が収まり、王子が指輪を嵌めた手を象の口に押し込んだ。するとあの時のように陣が光を帯びて包まれてゆく。


「伯爵は──」


 二度目の光景に、思わず口にしてしまう。


「伯爵は無事なのですか」


「質問は三回までと言ったが?」


 今度は彼の威圧ある言動に屈する事なく、なけなしの勇気を振り絞って睨み返す。

 貴重な一回を、惜しまず使用する意を示した。恩人の無事の確認を怠るは、人としての恥。


「ふん、お人好しめ──」


 彼はつまらなさそうに呟くと、案外あっさりと回答した。


「奴なら丁重に捕縛している。アレでも有力な貴族だ。扱いを違える訳にはいかん」


 捕縛はされている。だが命は無事だと知ってミラは胸を撫で下ろした。

 そうこうしている内に転送装置が作動し、三人は別の場所に移動した──




 行先はドーラ家のあの地下室だと予想していたのだが、それとは裏腹に転送された場所は広々とした空間であった。

 明るさは依然として薄暗いものであったが、一度目は無機質だったのに対し、今度はシルクで作られた天幕が張り巡らされていた。


 似たような光景に覚えがある。こういった空間は、ひとえに王族の寝室である。

 白く清楚な壁と豪華に装飾された天蓋付きの寝床が、上品な天幕の奥で居座っているのを視界に捉える。


「見ての通り、王族の寝室だ」


 辺りを見回すミラを見兼ねて、王子が端的に解説する。

 そして無作法にもズカズカと天幕を払いながら奥の寝床へ突き進んだ。


 同じ王族の間柄でも、寝室への出入りは基本的に法度である。個人のプライバシー権利がこの世界にも存在はするのだが、該当するのは主に王族のみ。

 理由としては隠し子などの余計な揉め事を起こさぬ為。故にどの国であろうと王族の寝室には近寄らないのが暗黙の了解となっているはずなのだ。


 躊躇するミラに、エルウィンがまたも後目で「付いて来い」と顎をしゃくった。

 背後のグルツがど突く。これには皇女も怒りを覚えるが、今は状況が状況な為、否応無しに溜飲する。

 王子の後に続くと、天蓋付きの寝床には一人の男性が眠っていた。


 眠っていたのだが──


「────」


 目にしてその異常さに息を呑んだ。

 寝床は改造され、透明なガラスが張られていた。その中に男がまるで剥製のように眠っていたのだ。

 これもまた、既視感が過ぎる。

 あれはドーラ家の地下室にあった水槽。カプセルと呼ばれる棺桶が、今目の前で一人の人間を収めていたのであった。


 天幕に隠れて見えなかったが、棺の頭には数々の管が張り巡らされており、そこから何かを流し込み続けているのが見て取れる。


「今の貴様ならこの棺の意味が解るだろう」


 隣に立つエルウィンはそう囁いて独りでに解説し始めた。


「これはドーラ家が発展させた技術。『夢の棺』だ。我が国の王は代々、この中に眠って余生を過ごす」


「っ!」


 聞き捨てならない言葉の羅列に、ミラは動揺を隠せないでいた。

 彼の言葉をそのまま捉えるのであれば、今この棺に眠っている男はつまり──


「これがアラバスタ王国の現国王、セプテンオリバー・アラバスタル・ウートガルザ、その人だ」


 衝撃の真実に、ミラは思わず口元を手で覆ったのであった。


──────


 セプテンオリバーと呼ばれた男は水槽に注がれている液体に溺れ、沈んでいた。

 赤く短い髪と強面な顔立ちが、眠っているのにも関わらず荘厳を形作って物語る。彼こそが王なのだと。


 しかし水死体とは違い、その身は綺麗なものであった。本来なら水を吸って身体がぶくぶくに膨れ上がる醜い姿と化すのだが、まるで生前と変わらぬ姿──というより、そもそも死んでいない様だった。

 生きている様にも見えないが。


「この水はマナによって生成された特殊な液体らしい。中に沈んでいても溺れる事は無く、食事も排泄の世話も必要ないのだと」


 それは時に培養液と呼ばれる代物。エルウィンが淡々と説明し、そして打ち明けてゆく。


「貴様が見たドーラ家のアレは、ひとえにコレを指している」


 アレとは地下室で見た水槽の数々。それが転じて目の前にある寝床となるのだろう。

 王子は続けた。


「この中で眠る父は、ある夢を見ている」


「夢、ですか」


「ああ、自分が思い描く理想郷。その安らぎに浸かっている」


 聞けば一部の人間は、なんと幸せな事だと羨むかもしれない。

 俗世と切り離され、生きながらにして桃源郷の夢を見て余生を送る。数多の宗教に仕える神父の言葉を借りるなら、"天国"とはまさにコレを指すのだろう。


 しかし、それも耳だけで聞けばという話である。

 ミラの目の前に広がる御仁の姿は、人の営みから外れてしまった哀れな存在として認識した。

 死ぬ事も許されないまま眠らせ続ける棺。いっそのこと死者を収める棺であったのなら、理の歯車として噛み合っていた。だがこれは、死んで無い故に悲しみもなく、動かない故に存在の主張が出来ない。

 忘却の彼方へ押しやっている様にしか見えなかったのだ。


 思えば"王政"というシステムもおかしな話だ。

 国王がいるのに法律秩序は貴族たちと他の王族が取り仕切る。王の役職をかなぐり捨てて成り立つ国など、王政というシステムが中心のこの国ぐらいである。


 ミラは頭の中でイメージが過った。

 空席の玉座に民が必死になって仕える様子。玉座には誰もいないのに、玉座だけを崇拝する信徒たち。

『メタトロニオス』──なるほど、確かに皮肉な程お似合いな御国柄という訳である。


「王が自分の国を理想郷とせず夢に逃げる。なんと愚かで皮肉なことか」


 エルウィンは眉間にシワを寄せて怒りを露わにした。

 彼も彼で思うことがあるのだろう。眠る父を睨む様は、あの傲慢さを感じさせない純粋なものであった。

 これが彼の真意の一端。


「代々国王がこの棺に眠る事は承知しました。ですがエルウィン王子、何故貴方がクーデターを起こす必要があるのですか」


 ミラは二回目の質問を繰り出した。

 第一王子であるなら、王になった暁にすべてひっくり返せば良いのだ。わざわざ事を起こして成す道理がない。

 彼はこれまたつまらなさそうな表情でワケを話す。


「実権を握っているのは貴様ら王政の人間だ。いくら己とて、泣こうが喚こうが覆りはしない」


 事実、この国の政はほぼ全て王政が担っている。たとえ王座に着こうとも、それは決して変わらないのだと、諦観した面立ちで静かに首を横に振るう。


「そもそも何故、己のような人間が第一王子か知っているか?」


 今度は卑屈な笑みを浮かべて彼はミラに問い掛けた。

 自分の傲慢さを自覚している点はこの際、触れないでおく。しかし思考を巡らせる間も無く、彼は回答した。


「愚王はこのまま永眠しろという、ある意味で立派な処刑なのだよ」


「────」


「先代の汚点よな。暴虐の王に対し、貴族が取った行動は『眠らせて祭り上げる』だった。それから愚王は勝手に賢王とされ、繁栄が続く──」


 国王を棺に押し込ませて政治に介入させず、眠っている最中に実権を全て剥ぎ取り、政治を執り行い、亡くなれば次代国王も同じように棺へ押し込まれる。

 都合の良いことに、『極楽浄土への至り』という聞こえの良い名目まである。それが片道切符なのだとも知らされず、先代国王は骨と化すまで眠らされたのだ。

 これが、アラバスタ王国が抱える闇──玉座は、ひとえに人柱の意味であった。


「己はそんなのは御免だ。その為に事を起こした」


 王が王たり得る為の謀反。彼はそう述べて、父である現国王から背を向けた。

 話すことは全て話したと言わんばかりに、その場から立ち去ろうとするエルウィンに、ミラは最後の問いを投げた。


「何故、私にこのような事実を?」


 この事実を知っておきながら国民に公表しないのも頷けない。やりようは幾らでもあるはずなのだ。

 しかしそれを、何故かノスタルジア国の皇女だけに告げたのか。それだけはハッキリしなければ後味が悪い。


 彼は立ち去る足を止めて、しばらく虚空を見上げた。


「……貴様が己を知っていただからだ」


「?」


 謎かけのような言葉を残して、エルウィンは陣の所まで歩むと、転送装置を作動させた。


「あっ、ちょっと──」


 置いて行かれると瞬時に悟る。しかし、彼と共に戻っても拘束されるだけだと脳裏が拒み、一歩遅れた。


「貴様はここに幽閉する。式典の準備まで静かにしておく事だな」


 その言葉を最後に、エルウィンとグルツは空間から消え去った。

 棺の中で沈澱する御仁と二人きりになったミラは、暗い天幕を見上げるのみだった。




 部屋を隈なく探しても出口の一つもなく、窓なども存在しなかった。

 この隠された部屋は、本当に何もない、ただの霊安室に過ぎなかったのだ。


「本当に、どうすれば……」


 脱出法は転送装置のみだが、特殊な加工がされているのか、先の倉庫のようには行かなかった。

 この国の王だけが許された部屋。つまり、誰にも見つかることができない檻。囚われの姫を隠すには打って付けだった。


「セプテンオリバー国王」


 御仁の顔を伺う。薄暗い部屋の中、水槽の中だけが淡い光を灯していた。

 微動だにしないまま、理想郷の夢を見る。今ある国を己の理想郷にするのが王の役割だと言うのに、爪弾きにされた哀れな存在。

 エルウィンの怒りは正当なものなのかもしれない。やりようはあったと叱責する事はあっても、心の在り様まで咎める気力がミラにはなかった。


「貴方は、彼の行動を咎めないのですか」


 うわ言のように呟いて、行き場のない鬱憤を御仁に向ける。当然、返事もなければ変化もない。

 退屈になり、寝床の傍に座り込んでミラは膝を抱えた。すぐに疲れが襲い掛かり、微睡みに身を委ね始める。

 時間的に、空はおそらく夜を迎えた頃合い。空腹も相まって、重い瞼を下ろしたのであった──

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