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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード89 護衛騎士が駆け付けるまで、あと3

 クリスたちと別れ、ミラは路地裏を再び奔走した。


 住人に見つかれば一巻の終わりだが、身軽さを活かして包囲網を掻い潜る。影に隠れ、家に忍び、濃霧に紛れて直走る。隠密行動に長けている訳ではないのだが、別れ際に教わった技術を忠実に守った結果であった。

 クリス曰く、知識はあっても実現できるかは本人次第とのことで、彼女自身には向かない傾向だったのが汲み取れる。むしろ、ミラとの行動を共にしていては出来ることも限られてしまう。

 その点、二手に別れたのは逆に功を制した。注意深く見渡し、石橋を叩いて渡るように心懸ける。そして時には泥を被るような思いで身を潜ませる。服装も学園のものだから多少の汚れが気にならない点も有難いポイントだ。


──こんな姿、お父様が見たら驚くだろうな。


 人気のない道を辿りながらミラは心の中で独り言を連ねる。

 今までの人生を振り返っても、こんなに服を汚したのは七つの頃以来である。寮の屋上で彼と語った夜の通り、星を観察しに行こうと無理やり彼を連れて森を駆け抜けたあの日を思い出す。

 以降は静かなものだった。皇女としての心得を教育され、品性を磨き、己を創り上げる日々。そして今日に至るまで、机と向き合うような時間だけを送っていた。

 退屈だったと述べるには少々大袈裟だが、現状のように泥まみれになって奔走する日を、心の何処かで待ち侘びていたのかもしれない。


 彼らに負けないような冒険を、今、こうして実体験している。


 不謹慎かもしれない。だが、ミラの中ではかつてない程の高揚を抱いていたのだ。

 それもこれも、彼のせい。

 彼の姿が脳裏にチラつく度、心が焦がれ始めるのだ。

 故に、もうどうしようもなく、彼女は突き進む。


「──ここですね」


 そこはクリスから教わった道筋のポイント。大きな正門が立ちはだかり、濃霧で全体像が見えない程の大きさを誇る教会、”メタトロニオス大聖堂”だった。

 クリスの屋敷は東地区に位置するのだが、そこから北へ進んだ証がこの大聖堂である。そして収容所からも近いのも此処。

 頭に地図をイメージしてミラは独りでに頷いた。目的地まであと少し。そこで成すべき事を成す。先ずはそれからである。


 ミラは正門を起点として左右に別れる道の左を突き進んだ。方角的には西。そこへ向かえば一先ずゴール地点。

 耳を澄まして人気を探り、安全確認を怠らないよう濃霧の中を掻き分けて走る。

 まるで水の中にいるような錯覚に、呼吸する息が途切れそうになる。だが、地に足を踏み締めて前へ前へ駆け抜ける。


 そして遂に──


「つ、着いた……」


 収容所へ辿り着いた──はずだった。


「──えっ?」


 緩やかな坂を登り切って息を整えて前を見据えるミラ。彼女の目に映ったものは、無機質で重々しい収容所などではなく、見覚えのある建物であった。


「ど、どうして……」


 それは今朝訪れた場所。横に伸びる神殿のような造形は民家が立ち並ぶものとは一線を逸している豪華さ。ここ毎日通って開かれる会議に頭を悩ませた元凶。そして、異変を知る事となった震源地──”王政議事堂”がそこにあったのだ。


「────」


 思わず言葉を失い、唖然とした。それでも思考が途切れ途切れに巡らせる。


 濃霧に隠れているが見間違いようがない。この広い王都でもこのような重要施設が二つもあっては溜まったものではない。

 道を間違えたか? 否、道中にあったメタトロニオス大聖堂は間違いなく視認した。

 たとえ中央地区に位置する道筋を違える程、ミラは浮かれたつもりはない。

 濃霧があったとはいえ、中央地区の地理はクリスよりも把握している自負はある。万が一迷い込んでも、見覚えのある地形に違和感を覚えて引き返す。それぐらいの思考は皇女にも備わっている。

 そもそも北地区と中央地区の間には学園が領土を仕切っている筈である。故に、間違えるはずがないのだ。


 考えられる答えは一つ。罠であるという可能性──


「状況を打破する為に奔走し、目的地まで疑いなく突き進み、その道が誘導されているのにも関わらず必死に足掻く様──いや実に滑稽であった」


「──っ!」


 パチ、パチ、パチ、パチ、パチ……

 辺りに響く声と共に、等間隔で拍手を送る音が不気味に奏でる。

 薄っすらと沈澱する議事堂の入り口の闇から現れたのは、一人の青年だった。


 先ず目にするのは、透き通るような赤色の髪。王族としての証である白を強調した正装。その上に派手な赤色のマントを羽織って身に纏う姿は、まさしく威風堂々。

 絶世の美形。切長な目と灰色の瞳。左の目尻にある泣き黒子が多くの女性を魅了するであろう。スラっとした輪郭は男性の骨格を描きながらも細く、儚さと力強さの黄金比を叩き出す。しかし、そんな美形でも唯一歪ませるのが口元の笑みであった。

 不敵に笑う人物は他にも存在する。例えばヴァンなども時に同じような笑みをするのだが、それとは全く違う。彼の場合は腹黒さが滲み出るタイプの下卑た笑み。品性のカケラもない醜悪さがあった。


 ミラと同じく王族の人間。そして同じ学舎にいたはずの人間。彼──エルウィン・アラバスタル・ウートガルザ第一王子が姿を現したのだ。


「くっ」


 ミラは謀られた事を悟るや否や、早々に引き返そうと踵を返す。

 だが一つ、背後から指を弾く乾いた音が鳴り響くと同時に、濃霧が吹き消えた。

 一瞬にして視界が晴れ渡ると、辺りには無数のフードを被った曲者たちがミラを囲むように配置されていた。

 逃げるという選択肢が、潰える。


「せっかく(おれ)自らが出迎えてやったんだ。裸足で逃げるなどツレない真似はするな」


「っ、離しなさい!」


 エルウィンは片手を挙げて合図すると、曲者たちがミラを組み伏して捕らえた。


「連れて行け」


「御意に」


 フードで顔を隠す者達に告げて、そのまま彼の方が踵を返して議事堂の中へと進もうとした時、ミラは声を張り上げた。


「アナタは何が目的なのですか!」


 呼び止められて、王子は後目にミラの姿を捉えながら笑みで顔を歪めた。


「少々興が乗り過ぎた。鬼が戻って来ぬ間に式典を済ませねばならない」


 鬼とはつまり、アドニスが率いる討伐軍の事を指している事をミラは直感した。このような暴挙、彼女なら是が非でも食い止める筈である。

 それよりも気になる点がもう一つあった。


「しき、てん……?」


 何を執り行うというのだ。

 クーデターならこの国のトップである現国王を討てば良いだけの話。他にも楯突く貴族らを打首にすればこの国は彼の手中に収まるというのに。


「諸々事情があってな。お前のような女でも一応は王族。式典には参加して貰うぞ」


 その事情を知りたい訳なのだが、エルウィンは堂々とはぐらかした。

 尚も食らいつこうと暴れるミラに、彼は思い付いたかのように一言供える。


「式典ついでに、貴様を己の妃の一人として迎えてやるのも一興だな」


「い、いや! 離して!」


 下卑た笑みから発する言葉に、ミラの心はドン底へ叩き落とされた。

 ゲスの発想である。脅しにしても余計に暴れるだけ。彼女の嫌がる姿を見て、エルウィンは高笑いしながら議事堂へと消えていった。

 妃に迎えるとはつまり、結婚を意味している。王族同士の結婚は歴史上でもよくある話なのだが、あのような男に自身の純潔を奪われるのは何よりも耐え難い。

 しかも妃の一人。数ある妃を侍らせる中にミラも同席しろと言うのだ。女性としての尊厳も、皇女としての尊厳もあったものではない。あの傲慢な男なら、ありとあらゆる尊厳を踏み躙り、屈辱の極みを与えてくるだろう。


 無情にも泣き叫ぶミラを立たせ、曲者たちに連れられて議事堂の中へ引き入れ、重たい扉が音を立てて閉められた。

 

 濃霧に隠されていた空はもう、夕暮れとなっていた。

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