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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード86 逃走劇

ワクチンの副反応とはいえ二日も休んで申し訳ございません。前のページに追記として改稿しておりますので、そこから続きとなります。明日から通常通りに更新していきます。

 見る限り正常ではない。

 昨日まで笑顔で屋台を開いていた男性や買い物に精を出していた女性は軒並み虚空の面立ち。信仰深い者もそうでない者も、皆一斉に”神”というワードを口遊んでいた。

 夜中に警備兵がやられ貴族が攫われたのは、とある信徒の犯行だと思っていた。否、思い込んでいた。

 主犯人物によって唆され、あくまで自分の意思で及んだ犯行なのだと勘違いしていたのだ。

 この光景を見て、ミラとクリスは大いに反省した。


 王子は、何やら良からぬ術を用いて人の心を操っているのだ──


「ッ、盲点だった……」


 彼らに追われる形で、ミラたちは本能のまま逃げ出した。

 クリスは指を噛む仕草をしながら己を叱責する。

 この世は魔法という未知の力で溢れている。自分たちが知らないだけで、人の心を掌握し操る能力を持った魔法があってもおかしくはない。魔法世界の住人であるはずの二人がその可能性を失念し、至らなかった事は大きな痛手である。

 この場にアインやユースといった異世界からの使者が居たとしても、気付けたかは甚だ微妙だが。


「今は急ぎましょ!」


 悔いるのは後回しに。ミラの提案にクリスはとりあえず頷き、濃霧の中を駆け抜ける。

 後ろからは死人の足取りから一変して駆け出す住民たち。「追え、追え」と二人の背中を追いかけてくる。狙いは自分たちだとハッキリし、悲鳴を堪えて走る速度を上げた。

 これがアンデッドの群れであれば走って追いかけて来るなんて事はなかった。しかし相手は普通に生者。走りもするし、意思も徒党も組む。


 煉瓦で舗装されたタイルとはいえ、視界が悪ければ当然足取りも覚束無い。景色もクソもない為、どこまで行けば正解なのかも分からない。

 濃霧の中で開催された、地獄の逃走劇の幕開けである。

 鬼は街の住民。逃げるは二人のみ──


「こっち!」


 クリスに手を引かれ、二人は路地裏に入り込む。

 一寸先が霧の状態の最中、急に横道に入られれば見失う確率は非常に高かった。


「しっ──」


 口元に指を当てて沈黙を強いり、二人は身を潜めた。


「追え」

「探しものだ」

「追え」

「神が求めしものだ」

「追え」


 ぞろぞろと無数の足音が過ぎてゆくのを待つ。

 しばらくして足音が止み、二人は堰を切ったように呼吸を荒げた。緊張と幾分か走ったのだ。体力の少ない二人にとって、はち切れんばかりの鼓動を落ち着かせる為に必要な行為であった。


「なんですか、あれ……」


 クリスの機転により生まれた束の間の休息に甘んじて、ミラが現状に問い掛ける。

 なんとも受け入れ難い光景であったが、受け入れるにしろ何かしらの理由や理屈の糧を欲していた。

 有事とはいえ、住民があの様に変わり果てる必要が何処にある、と。


「住民を率いれて隠れた王族貴族を探すって魂胆にしちゃあ、手が込んでるね……」


 足を折って地面にへたり込むクリスは、あくまで冷静に述べた。


「あれではまるで──」


 まるで傀儡ではないか。

 国民であるはずの住民を傀儡扱いする王子のやり口に、ミラの頭は沸騰寸前であった。まだ王子がやったとは考えられないが、やりかねない性格をしているのがまた腹立たしい。


「人を操る魔法……」


 そんなミラの腹に据える怒りを他所に、クリスは独りでに呟いた。

 呼吸も整え、脳に思考を巡らせる。本当にあると言うのだろうか、人を意のままに操る魔法が。人を導くとされるセフィラの魔法の中に。


「私も聞いたことがありません。この国に納められている数多くの文献を覗きましたけど、そのような魔法は……」


 ミラも怒ってばかりでは疲れると判断し、クリスの推理に加担する。


(ケテル)(コクマー)(ビナー)(ケセド)(ゲブラー)(ティファレト)(ネツァク)(ホド)……どれも使い用によっては強力な武器になったり戦術になったりするけれど、人の心まで作用するのは(ケセド)ぐらいだよ」


「では青のセフィラを持つ者が?」


「それは考えにくいね」


 クリスはゆっくりと腰を上げて、尻に付着した砂埃を叩いた。


「知ってるかもしれないけど、青は空間を波打つ波長と呼ばれるもので働く。波は遠ければ遠いほど行き届かなくなるんだ。こんな街中に広げるなんて一流の魔法使い──魔女でもお手上げさ」


「ではこの霧と何か関係があったりとかは?」


「無くは無いけど、関連性があまり感じられない……と言うより、辻褄が合わないと言った感じかな」


 敵の仕業であるのには変わりないだろうけど。と付け加えてクリスは溜息を深くついた。


「最悪──本当に最悪の予想だけど」


 彼女は続け様に暗い表情でミラに思いを告げた。


「人の心を作用させる術は、あるにはある」


「じゅつ、ですか?」


「そう、それは──」


 仮説。推論。推測。予想。何に置き換えても構わないが、クリスは人差し指を立てて説明しようとした。

 しかしそこで一つの大きな違和感に感づいた。


「──おっと」


 背後にのろりと映る大きな影。

 恐る恐る振り返ると、そこには細長い男が一人、佇んでいた。

 ミラがいる場所は路地裏に入る角を曲がったばかりの位置。濃霧に隠されているとはいえ、壁で隔たれている訳ではない。隈なく探し回れば見つかるのも道理だ。

 普段動き回らない二人の新たな悪癖が垣間見えた瞬間でもあった。


 凍りついたように固まる二人。男が見開いた目をギョロリと向けた。


「……や、やぁ」


「ごきげんよー……」


 愛想笑いを浮かべて手を振る。苦し紛れにも程があると自分にツッコミを入れて、思わず顔が引き摺る。


「ミツ、ケタ」


「「〜〜〜〜!!」」


 男からの情け容赦のない一言に、二人は足並み揃えて路地裏の奥へ走り出すのであった。

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