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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード84 決断

 拷問と聞いてミラはベッドから腰を上げた。

 クリスに一瞥もなくティーカップをテーブルに置いて、扉へと向かった。


「──どこへ行くんだい?」


 当然、彼女が後ろから待ったを掛ける。

 振り向きもせず、扉の前で立ち止まって、ミラは答えた。


「目の前の非人道的な行為を見逃すほど、私は大人でもありません」


 心の奥底から湧き上がる感情。水面には恐れや緊張はある。だが、根本では怒りが沸騰していたのだ。

 いくら侵入したからと言って、線引きを超えているとミラは判断した。

 他国からのスパイならいざ知らず、国民である民を尋問ではなく拷問までしたのだ。拷問は我が国では大罪である。ドーラ家並びにクリスも責を問わねばならない。


「拷問はした。でも今は治療して安静にしている。止めに入っても無駄だと思うけどね……」


 しかし彼女は臆することなく述べた。

 声色から後ろめたさはあるのだろう。言葉尻が妙に弱い。ミラは扉の前で立ったまま、目を伏せた。


「貴女がそれ程までに、かの信徒を痛めつけたのだと確信しました」


 彼女と過ごした時間は短くてもこれだけは断言できる。

 治療を施したとはいえ、受けた傷が帳消しになる訳ではない。それを聞いて両手を挙げて安堵する程、皇女は考えなしでもない事は承知の上のはず。

 しかし、それでもミラの中に燻る怒りは堪え難いものであった。何故、拷問などしてしまったのかと疑念が脳を埋め尽くす。


「止めはしないよ。罰はもちろん受けるつもりさ。でも、今はそれどころじゃないはず──」


 彼女の言い訳に、ミラは少し揺らいだ。

 そうだ、今は有事。こうしている間にも、マエストロハートや他の貴族や国民が大変な目に遭っているかもしれないのだ。しかし自分が出向いたところで何ができると言うのだと、暗い影から己の甘い囁きが聞こえてもくる。

 ミラの正義の天秤が左右に揺れる。目前の責か、全体の有事か──


「……ならこうしよう」


 扉の前で佇む彼女の背中を眺めて、クリスが提案する。

「自分で言うのも烏滸がましいけれど」と付け加えて、ミラを振り向かせようと試みたのだ。


「まずはこの先をどうするか、その方針を決める。ここを出るにしろ残るにしろ、決めた後で拷問をかけた信徒の様子を診てやって欲しい」


 どっち付かずだったミラにとって、良い塩梅の提案であった。彼女の性格上、どちらかを選べと言われたら片方だけを選択するまで悩んでしまう悪い癖がある。それを見越してクリスは両方得られる方針を指し示した。

 短い溜息をついて、ミラは扉から離れ、元のベッドまで引き返した。


「我ながら情けないです。取り乱してしまうと、こうも目の前が見えなくなってしまうのですね」


 それは恐れ多いことに己の信念すらブレてしまう危険な状態。ミラは申し訳なさそうに眉を下げてベッドに再び腰掛けた。


「しょうがない。誰だって混乱するさ……こんな事態に陥れば、ね」


 感傷な雰囲気を纏わせて呟くクリスも、手元のティーカップをテーブルに置いて、今一度ミラと対面した。

 姿勢を正し、クリスは細い人差し指を立ててミラに語りかけた。


「ここからは本題も本題──この状況を把握しているのは私たちだけだ。主犯の容疑者であるエルウィン王子も、一国の皇女に情報が知れ渡っているとは察しもつかないはず」


 ここからどうするか、その選択肢を分かりやすく解説してくる。


「おそらく王子は、王族や王政貴族らを捉えてクーデターを完遂させる。この状況を打破するには、私やミラちゃんが行動に移すことになるだろうね」


 一つ目は、この屋敷を出て(エルウィン)と対峙すること──


 クリスは二本目の指を立てて続けた。


「ここに残ればひとまず、皇女殿下の安全は保証する。ドーラ家の名に賭けて、ミラちゃんをノスタルジア国まで帰すと誓うよ」


 二つ目は、今は隠れて逃げる算段。皇女の立場であるなら尚更捨ててはならない選択肢──


 ひとまず、と強調するクリスの瞳は据わっていた。無論、この状況をただ眺めているだけでは遅かれ早かれ王子がクーデターに成功し、王座に座ることになる。そうなれば王都と和平を結んでいたノスタルジア国の未来は”闇”だ。

 彼女は「先生としてはこの選択肢を選んで欲しいけどね」と付け加えた。当然、教え子をわざわざ危険な目に遭わす道理がない。クリスは本気で、この二つの選択肢をミラに叩きつけたのだ。


 二つの選択肢。わざわざ出しゃばっても失敗すれば状況は悪化するのみであるし、逃げれば彼女が持つ”皇女”としての格は自らの手で地に堕とすことになるだろう。


「私は──」


 迫られた選択。ここでも悪癖は付き纏い、ミラは思い悩んだ。

 背中に冷たい汗が伝う。どちらに転んでも最悪な状況しか思い浮かばない。なかなか、決断が下せない。皇女がまだ、子供である証明であった。


 目を伏せて、考える──”彼”ならどう答える。

 今は居ない彼。自分を着き慕う最強の護衛騎士なら、どちらを決断するだろう。

 勇敢に立ち向かうよう励ましてくれるだろうか。それとも身を案じて脱兎の如く身支度を整えるだろうか。

 想像して、どっちも嬉しいと感じてしまう自分に呆れてしまった。彼となら例え魔王相手でも立ち向かえるし、彼となら世界の果てまで逃げてしまえる。


 どうしようもない。こんなにも焦がれてしまっては、皇女としての立場がないではないか──


 ミラは伏せた目を上げて、クリスに向かって困った笑みを浮かべた。


「決まっています。彼が居たなら、きっと二つ目の選択肢を選びます。だから私は──」


 何を言っているのか。クリスは瞬間キョトンと呆気に取られるが、”彼”が誰なのか察して、釣られて笑みを作った。

 一拍置いて、ミラは告げた。


「──戦います」


 複雑な恋心から生まれた重石が天秤を傾けさせた。

 皇女としての動機は不純だとしても、彼女は自らの意思で選んだのだ。

 選び、取れたのだ。


「まったく、敵わないね」


 潤若し乙女の純情に、さすがの先生も観念の意を唱えた。




 クリスの部屋を出て、とある一室に足を運ぶ。

 約束通り、侵入してきた信徒が囚われている場所へと案内されて、ミラの面立ちは強張ったものになった。


「失礼するよ」


 ドアをノックしてから入室する。中から返事はなかったが、クリスは堂々とドアを開け放った。


「────」


 目の前には一つのベッド。そこで横たわる人物は、骨格からして男であった。

 包帯でぐるぐる巻きにされ、顔もほぼ見えない状態だったのだ。僅かに口元と鼻先だけは外気に晒されているが、呼吸が常に震えていて痛ましい。


「今は静かに寝ているよ。鎮痛薬を投与してようやく、ね……姉に当たる人も酷いことをする」


 クリスは頑なに身内の人間を”姉”と呼ばなかった。何やら事情がありそうなのだが、触れてはややこしくなると思い、ミラは口を縛った。

 包帯巻きの信徒の側まで近寄り、ミラは手を組んで祈りを捧げ始める。


「……ここではあまりソレをやらない方がいい。私の身内に知られれば沙汰だよ」


 信仰行為の一環を背後から咎められるが、彼女は意に介さなかった。

 ドーラ家の事情は思ったより根深い。だが、この行為を止める訳にはいかないのだ。


「──貴方がした行為は罪かもしれません。ですが、その身に降った痛みが罰として成り立ち、払拭される事を神は許されましょう」


 そう告げると、耳にしていたのか信徒の男が静かに涙した。包帯の上に滲み出て、溢れ、頬を伝ってゆく。

 彼も己の神を信じる一人の信徒。どのような言葉よりも、ミラの放つ祈りが深く沁み渡ったのだと、クリスは遠目で眺めながら解釈した。


「こればっかりは理解に苦しむね……」


 小さな不和を呼び込む呟きを発しながら──


 一通りの賛美が終わり、ミラは振り返ってクリスに向き直る。


「案内して頂き、ありがとうございます」


「どうって事ないよ。それより、もういいのかい?」


「ええ、あの決断は間違ってなかったと確信しました。こんな不条理、起こっていいはずがありません」


 誰に唆されたとしても、あのような仕打ちはさすがに堪える。全ての元凶、エルウィンを叩かねばもっと多くの人間に災難が降りかかるだろう。

 ミラはクリスの部屋で選び取った選択肢に、確信が持てるようになった。この信徒が眠る部屋で得られたものは大きい。迷いは、ここで振り切った。


「それに先生は治癒されていたみたいですし、この事は今の間は不問とします」


 続け様に目の前の彼女に告げた。

 あくまで、ミラの中にある正義は変わらないと主張する。事が済めば、おおやけにするにしろしないにしろ、それ相応の裁判を行うつもりなのだろう。

 クリスの表情は渋いものだったが、一度承諾した話である。頷いて答え、皇女を次の場所へ案内しようとした。


 そこでばったりと出会したのだ。


「クリスさん?」


 桶に水を貯めて運ぶ小さな少女と。

 以前、アインたちが邂逅したレラと名乗る少女と──

ようやく、動き出します

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