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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 五章 〜虚の王〜
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エピソード80 ウワサ


◆◇◆◇◆◇




──時間はアインたちが行軍し始めた時間まで遡る。


 一国の皇女ミラは長い時間に渡る会議の末、山積みになった書類を掻き分け、広い円卓に突っ伏して脱力していた。


 王政という政に、若輩者が参加すること自体は非常に有り難い。今後の国の方針や、やらねばならない課題と降ってくるように立ち塞がる難題。どれも勉強になる。

 しかし、参加する貴族たちの派閥などが介入してくると進む話も遅々として進まなかったり、単純な話に首を傾げたまま唸る人たちも多かったり、他にも諸々な要因でミラの精神は疲弊しきっていたのだ。


「はぁ……みんな今頃どうしてるのかな……」


 突っ伏したまま、綺麗に手入れされている円卓に薄っすらと映る自分の顔を見ながら呟く。

 本当は着いて行きたかった。自分でしか出来ないことを成すのは素晴らしく、尊く思う。だが、今しか作れない思い出というのもある。

 少々危険な旅になろうとも、護衛の二人と共に時間を分かち合いたかったと、ミラは溜息混じりに目を閉じた。


 早く、彼に会いたい──


「お疲れ様です、ミラ皇女殿下」


 隣から労いの言葉が降ってくる。体を起こすと、手元に紅茶の入ったカップを皿ごと置く紳士の手が視界に映る。


「ありがとうございます、マエストロ伯爵」


 爵位を持つ小太りでタマネギ頭の彼は、生粋の変人。自ら執事服を身にまとい、方々に奉仕活動をしては貴族達から白い目を向けられている。

 だからと言って自分の好きな生き方を変えたくはないと貫いた結果、逆に多くの者達からの支持を受けて"伯爵"の名と相成った。護衛騎士は居ても、身の回りの世話をする従者も付けずに一人で館に篭り、優雅に紅茶とケーキ作りに勤しんでは平民貴族問わずに振る舞う。それが彼──ルフストン・L(レイ)・マエストロハート伯爵である。


 彼との繋がりは切っても切れない間柄だった。

 ノスタルジア建国後、アラバスタ王都との和平を結ぶ架け橋となったのは他ならぬルフストンである。彼の無償の活躍と後ろ盾によって反発する貴族達を黙らせたのだ。

 一時期はミラとの婚約の話も上がったのだが、彼曰く「もっと多くの人に奉仕がしたい」という理由で見送りとなった過去もある。


 付いた渾名が『お節介伯爵』──場所によっては侮蔑の意味も込めて『履き違い伯爵』の異名が広がっている。ミラが知っている伯爵の爵位を持つ人間は数入れど、彼ほどの生粋な生き方を持つ人間は他にいない。


「伯爵はよして下さい。ワタクシは今、皆様のお世話を任されている執事でございますので」


 ご立派なカイゼル髭を指でなぞり、伯爵は自慢気に胸を張った。これにはミラも苦笑いで返す。

 本来なら王に仕える執事が務めを果たすはずなのだが、今回は彼が仕切るみたいである。


「それにしても、随分とお疲れのご様子。一度部屋で休まれては?」


「いえ、私はまだ……」


 円卓から離れてそれぞれ休憩に入っている貴族たち。中には訝しげな目でミラを伺う者もいた。

 一国の皇女とはいえ、まだ子供。それが何の冗談か、王政の中枢である会議に顔を出しているのだ。皆の注目を浴びてしまうのは至極当然。

 ミラ自身もどうかしていると内心思う。アディシェスという悪魔から身を隠すべく、見聞を広げるという名目で学園へやって来たのだ。しかし、どうしても避けては通れぬ役回りもあるというもの。


 伯爵の提案を断り、積まれた書類を手にとって目を通す。そこには、かの魔法生物の所有権を巡る詳細と今後の処遇について記されたものであった。


「それが噂のソル・マナニアですか。貴女の国で見つかったものなら、所有権は貴女方のものでしょうに」


「そう簡単に納得して頂けるのであれば私もこの部屋にいる必要がなくなるのですが……」


 ドーラ家にアインの存在を知らせて詳しい生態を調べたかった。だがアインの存在は忽ち貴族たちの間で知れ渡っており、とうとう無視できない状況にまで発展してしまった。

 世界に数える程しか存在しない魔女。それから生まれるソル・マナニアは、場合によっては国宝級。しかも過去の英雄様のものだと知れば誰だって食いつく話である。

 下手をすればアインをこの王都に奪われかねない上、致命的な手を打てば王都との関係が悪化してしまう可能性すらある。皇女として、それだけは何としても避けなければならなかった。

 故に、こうしてしたくもない会議に参加しているのである。気が遠くなりそうな思いをして、ミラは大きな溜息をついた。


 おほん、と伯爵が仰々しい咳払いで注意を促した。暗に皇女として端ないと示唆するついでに、彼女の脳休めとして話題を切り替え始める。


「噂といえば、最近妙な噂を耳にしましてね」


「うわさ?」


「ええ──」


 彼は他の貴族に聞かれないよう、ミラに近寄って耳打ちした。


「なんでも武器類になる物資の搬入が急に増えたそうなんです」


「それは魔物討伐の件では……?」


 村近くに現れた魔物集団。その討伐なら武器の補充もおかしな話ではない。本当なら彼女もそこに参入する予定だった事もあって、自然と結び付けた。

 しかし伯爵は手癖でカイゼル髭を撫でながら唸る。


「それならまだよいのですが、どうも噛み合わないのです。討伐軍となる”軍神”殿の総動員の数より以上に多い。ここだけの話、”謀反”という話も──」


 そこで口が滑ったと伯爵は慌てて自分の手で口を塞いだ。思っていても口にしていい話ではない。この王政の間では特に。


「────」


 ミラも目を細めて思考を巡らせた。

 前に寮内の屋上でヴァンと話をした会話の中に、街の情報屋のことを思い返す。信徒たちが怪しげな動きを見せている──彼はそう警告した。

 信徒たちの動き、そして武器の過剰搬入。不吉な予感が漂わせるワードに、彼女は目を伏せて振り払った。


「きっと気のせいですよ」


 杞憂である。まるで自分に言い聞かせるようにミラは困った笑顔で伯爵を宥めた。

 伯爵も恐る恐るに覆っていた口元から手を離し、照れ臭そうに頭を掻いて笑う。


「そうですね、噂は所詮ウワサに過ぎません。ワタクシとした事が何とも恥ずかしい限りです、はっはっは!」


 雲行きが晴れたように爽快な笑い声を響かせて、伯爵はお茶のおかわりを取りに一度部屋を退出。その間、笑顔で返すミラの心は一抹の不安を拭い切れていなかった。

 気分転換のつもりが、返って余計な心配事を増やしてしまった。なるほどこれも『お節介伯爵』の成せる技。ミラは遠くを見つめ、討伐に向かってしまった彼の姿を思い浮かばせる。

 彼が側に居てくれれば不安も焦りも疲れも消えるだろう。早く帰って来てほしいと心から願って──


 退出していた貴族が戻り始め、再び会議が執り行われたのであった。

 議題は、かの魔法生物について。

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