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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
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エピソード76 湖で その2


「私があの黒い空間にいた時、何を考えていたと思う──」


 アドニスが問い掛ける。黒い空間とは、アディシェスの”外殻”のことだろう。

 難問だ。答えることなど出来ない。あの場で何を考えてどう動こうなど、測れる術を僕は持たない。仮にあったとしても、それを否定や肯定するのは相手が口にしてからになる。

 そんな当たり前なことを彼女も承知の上である。僕の返答を待たずして、俯きながら続けた。


「兵士を、どれだけ失えば勝てるか。それだけを固執していた──本当に我が兵を”駒”として見ていたのだ」


 握り締めた拳を額に当てて告げる。長い髪が垂れて表情が伺えないが、悔しそうに己を恥じているのは見て取れた。

 アドニスはあの場でチェスの用語を時々使っていた。兵士ならポーン、魔法部隊ならビショップ、騎兵隊をナイト、戦車をルークと名付けるように。

 ゲームの盤上なら駒が敵に討たれてしまうのは勝利の上で必要不可欠である。それは現実でも同じで、流血無しで戦争を収めるなど、この異世界では到底叶いっこないことを示唆している。

 しかし、気持ちが違う。平気でわざと兵を死地に送り込むのと、勝利を掴む為にやむ無く兵をぶつけるのとは、人としての境目に雲泥の差がある。

 きっと、彼女は前者だったのだろう。その罪の重さが、今になって重くのしかかってきているのだ。


「笑える冗談だ……あれだけ”軍神”の名を語って、我が手足と言い切ったはずなのに。その実、己の半身たちを平然と切り落としていた。あの悪魔の言う通り、私は愚かな人間だよ……私は、私自身が恐ろしい」


 手段や犠牲を顧みず、勝利への道をストイックに求める。いつも涼しい顔をし、時に不敵に笑い、時に睨む顔が恐ろしい。僕が抱く”軍神”とはそういうものだと勝手に決めつけていた。

 だが、今の彼女を見て考えを改めないといけない。誰もが苦しいはずなのだ。その選択を選ぶことの重さに耐えられるのは、極少数だけなのだと。

 彼女は、”軍神”以前に”人間”なのだと──


「アドニス──」


 僕はベンテールを上げた。


「僕に出来ることはこれぐらいだけど、どうか落ち込まないで欲しい」


 落ち込むぐらいなら、前を向いて欲しい。

 今回の件で多くの人間が命を落とした。その責任を追求するつもりは毛頭ないが、せめて顔は上げて欲しいと願った。

 潰えた命の灯火を、その胸に焚べて欲しいという意味を込めて、僕は青火から白銀の色へ変換する。


「これは──」


 白い幻想が包む──




◆◇◆◇◆◇




 王都に紙吹雪が舞いながら英雄の帰還を称えた。

 世界を救った英雄たち。ユース・ヴァルヴァレット、リル・アーガスト・フランメ、フルール・フラムチェイン、魔女の帽子を被った少女に、名もなき青年。計五人の凱旋で、街は大賑わいだった。


 当時のアドニスは七つ。絵物語の如く立ち振る舞う彼らに一種の憧れを抱いていた。

 特にフルール・フラムチェインには目を惹かれた。聞けば彼女は孤児院からの出身らしい。すでに大きな家柄を持つアドニスにとって、身分の違い過ぎる彼女が世界を救ったという事実が、まるで天変地異のように常識を覆された。

 故に、嫉妬を通り越して憧れを持った。もはや崇拝にも近いだろう。


 子供ながらに事実の大きさを知ったアドニスは、後先考えも無しに、衝動のまま走り出した。

 父に知られれば「はしたない」と怒られるだろう。母に知られれば「アナタはもっと凄いことを成すのよ」と根拠もない期待を寄せて近寄らせないだろう。

 そんなことは知らない。是非、会って話がしたい──

 運命に突き動かされるように、アドニスは凱旋する彼らの前に立ちはだかった。


「あの──」


 声を掛けようと勇気を振り絞ろうとした時、英雄ユースが首を傾げて立ち止まった。


「どうしたの?」


 すぐ後ろの金髪の女性──リルが立ち止まるユースの背後から顔を覗かせる。


「いや、子供が……」


「”さいん”が欲しいんじゃないの? アンタが元居た国ではそういうこともするんでしょ?」


「まさか。俺が子供が苦手って分かってるだろ」


──この男が英雄なのか?

 アドニスは初っ端から理想と現実の差に少々ガッカリした。

 なんとも冴えない。自分が子供とはいえ、少しは動揺もなく対応してくれないのだろうか。そんな我儘な気持ちにもなった。


「あ、あの……」


 話はしてみたい。でも周りの訝しげな目が怖くなってきた。なんだか申し訳ない気持ちにもなり、諦めかけた時──


「私がお相手します。ですので皆さんは先に行ってください」


 目当ての彼女──フルールが割って入ってきた。

 この時、アドニスの中で”英雄”は彼女だけとなった。心なしか、暗かった気持ちが嘘のように晴れるのを感じて、目を輝かせる。


「んじゃ、お願い」


「すまないな、フルール」


 他の四人が横切って歩みを進めてしまう。だが、目の前の彼女だけは自分と同じ目線になるよう膝を折り畳んで屈んだ。

 紫色のクセのある髪がふわりと靡く。赤紫の美しい瞳。柔らかな、慈愛に満ちた笑顔が眩しい。動きやすい軽装備の鎧を纏う彼女が、アドニスの頭を撫でる。


「ごめんなさい。みんな浮かれてて」


「う、ううん」


 謝罪するのはこっちの方。アドニスはそう言葉にしたかったが、上手く口にできない。

 感動が、感激が、押し寄せる波が洪水のように溢れ返ってしまっていたのだ。


「どうしたの? 私たちに何か伝えたい事があったんじゃない?」


「────」


 何かを言わなきゃならない。でもどうすればいいか分からない。

 混乱したアドニスは、本能のままフルールの豊満な胸に抱き着いた。


「あらあら」


 それでも動じずに彼女は優しく包んでくれた。

 まるで噛み締めるように、その手を強く自分の背中に回して。


「私、孤児院出身でね。そこでよく弟たちにも抱き着かれたわ」


「……おとうと?」


 孤児院出身なのは存じていた。だがそこで彼女の弟がいるという事実までは知らなかった。

 胸に埋もれながらアドニスは反芻すると、フルールは「ええ」と頷いた。


「孤児院ではみんなが家族。一番お姉さんだった私は、こうして甘えられることも多かった──もう会えないけれど」


 彼女の瞳が少し遠くを映した。

 魔物の侵略が頻発するこの時代、孤児院が襲われるような悲劇も少なくはない。

 フルールの過去を垣間見て、アドニスはバツが悪い顔になった。しかし、彼女は満面の笑みをアドニスに向けた。


「──でも、アナタのおかげで思い出した。思い出させてくれた。取り残された私は忘れようと懸命だったけど、忘れるなんて悲しいことより、抱き続ける方が”性分”に合ってるわ」


 まだ聞き覚えのない言葉に、アドニスの頭に疑問符が浮かぶ。


「しょう、ぶん?」


「ええ、私が私である為の言葉──」


 彼女はそう告げるとアドニスを腕から離して立ち上がった。


「忘れないで。アナタは私なんかより、もっと凄いことをするのよ。悲しいこともあるけど、忘れ去らずに抱き続けて──」


「ま、待って!」


 彼女が行ってしまう。本能でそれを強く拒んだ。

 気付けば辺りは白い空間に塗り潰されており、観客は人ひとり居ない。


「待ってくれ!」


 瞬く間に、アドニスの身体が現在と同じ歳に戻った。手を伸ばすが届かない。立ち上がって追いかけようとも追いつかない。どんどん距離が離されてゆく。


──幻想の幕引きである。


 果てしない空間に向かって歩み続けるフルール。だが一度だけ、振り返り一言──


「”憧れ”を忘れないで」


 その言葉だけを残して、光へと消えていった。




【フラグメント解放:憧れ】




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