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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
70/318

エピソード73 最期

先日の更新から、最後辺りに追加で改稿しました。と言っても短いですが、キリの良いところまで

 アディシェスが構築した体が一気にバラバラに崩れ落ちた。鉄の部品の山々は、砂鉄と化して風に運ばれて空を舞う。

 半球型に掘られた土地に足を踏み入れる者達に長い沈黙が訪れた。

 やったのか、あの化物(デカブツ)を──

 誰もが思う。何処かに伏兵が潜んでいたり、またも怪物の仲間が登場したり、そんな不安を皆が一斉に抱いていた。

 しかし、待てども待てども更なる異変はない。起こらない。


「勝鬨だ」


 沈黙を破るアドニスの言葉に、兵士たちは喜びに打ち震えた。隣に立つ仲間と肩を抱き合う者。生を勝ち取った幸福に涙する者。死の恐怖が遅れて襲い掛かり、腰を抜かして安堵する者。そして戦死して尚、亡骸すら残っていない朋の名を悲痛に掲げる者。

 皆、様々であったが、ここでは勝利したことへの余韻の方が大きかった。


「よ、よかったぁ……」


 カナリアもペタと地面にへたり込み、うわ言のように感想を口にする。さっきまで心を押し殺されていた分、記憶を遡って感情の波が押し寄せてきたのだろう。

 無理もない。経験があるとは言え、自分も死地に片足を踏み込んでいたのだ。他にも、弟の命が風前の灯火であったことや、敵の強大さ等も含めれば尚更だ。


「タバコを切らした──被害状況を急ぎ報告しろ。いつまでも余韻に浸っていられん」


「はっ──」


 ”戦車”の上ではアドニスが次の指示をシエルに命令した。前半に聞こえた舌打ち混じりの呟きさえなければ優秀な上官として映えるのだが、彼女には彼女なりの勝利の余韻という形式があるらしい。タバコがなければ成り立たないのは些かどうかと思うのだが……

 シエルも、いつもの調子に戻っており、命令通りに兵士たちの方へ駆け足。


 そして、今回アディシェスを直接討ったヴァンはというと──


「────」


 舞い上がった亡骸を眺めながら思い耽っている最中であった。

 同一の悪魔との二度に渡る壮絶な戦い。傷だらけの体に、折れた剣が物語る。

 しかし余韻もそこそこに、彼は振り返ってへたれる姉の方へ歩み寄っていった。


「立てるか?」


「うん、ありがと……でも、まだ力入んないや……」


 手を差し伸べて互いに掴み取ると、彼は引っ張りあげて姉を起こす。それでも浮いたような足取りでフラつく彼女の肩を掴んで地面と固定させる。

 そんなやり取りをしている最中、アドニスが車輪から降りてヴァンの元へ歩んで来た。


「本来なら"王手(チェックメイト)"を私自身が告げねばならなかったが、今回は譲る形となった。業腹だが、貴殿には礼を言わねばならん」


「礼なら必要ない。腹立たしいなら尚更だろ」


 アドニスもアドニスだが、目上の方に対してブレない態度を取るヴァンも相当な曲者である。

「言うではないか」と微笑む彼女は、隠すように指で口元を撫でた。タバコがない故の癖みたいなものだと推測。


「──で、我々の部隊に入る気にはなったか?」


 続け様に、彼女はヴァンを二度目の勧誘を申し入れる。”戦車”の中で交わしたやり取りの続きとでも言わんばかりに、彼女は片目を閉じ、映り込む翡翠の瞳に彼を収めた。

 微かに、瞳が揺れていたように思えた。


「何度誘われても答えは変わらない。俺は殿下の剣だ。他に成り下がろうとも成り上がろうとも思わない」


 一貫してヴァンの返答は変わらず終い。彼の言葉を耳にしたアドニスは残り片方の目をゆっくり閉じて頷いた。


「必要になったらいつでも声を掛けてくれて構わん。私は諦めが悪くてな」


「それも”性分”、か?」


 珍しく苦笑いを浮かべたヴァン。皮肉めいた問いに彼女はクスクスと笑いを堪え、


「ああ、分かってるじゃないか」


 と不敵な笑みを作って返した。

 そんな二人の掛け合いを眺めていた僕は、これ以上の滞在は必要ないと判断した。


 目の端に映った一機のドローン。

 逃げるようにヨロヨロと森へ飛んでいった方向へ駆け出して行った。


「あ、ちょっとアイン! どこ行くの!?」


 カナリアの静止を求める声に顧みず、体を猫へ変形させて疾走した。

 もしかしたらあのドローンが誰かを襲う覚悟はしていた。だが、そのまま逃げたのであれば可能性は一つ。


──アディシェスはまだ生きている。


 前から予期されていたことだ。

 複数のコアを所持して意識を行き来できるような存在を、僕は生前で漫画やアニメの類いで予習済みだし、それが無くても、この世界での暗黒時代に一度倒されたと聞き、ノスタルジア国での邂逅に続いて今回の決戦。

 コアが残り続ける限り復活する不滅の存在。そんな厄介な奴は、今のうちに叩かないと後が怖い。


「私が行こう。残党兵が残っているやもしれん」


 カナリアの肩を軽く叩いて後ろからアドニスが着いて来た。指示していた立場だからなのか、余力を残しているらしく、その足は速い。

 彼女が戦力に加わるのであれば申し分ない。僕たち二人はドローンの後を追った。




◆◇◆◇◆◇




 街道はずれにある森の中。そこは鬱蒼とした木々に囲まれる中でも一際見晴らしの良い道が続いていた。

 街道開発の際に誤って拓かれた道。獣道にしては広く、街道というには心許ない。舗装も何も手入れされていない一本道を、一機のドローンが力なく飛ぶ。


 装着された青いコア。その大きさはかつてアドニスと語らう為に用意していたものと同等であった。ひとえに予備である。

 アディシェスの本体は、かの青年に破壊された。本来であれば消え失せてもおかしくないのだが、こうして生きながらえたのは”奇跡”である。

 どこまでも皮肉である──アディシェスは薄れゆく意識の中、愚痴を零さずにはいられなかった。


「見てたぜ、遠くからよ」


 しかして、彼の前に憚かる影が一つ。

 両手をズボンのポッケに突っ込みながら仁王立ちする益荒男。硬い黒髪が重力に反してツンツンとしており、鉤鼻とニヤつく笑みで覗かせるギザギザの歯が特徴の悪魔──


「ケム、ダー……」


 目当ての人物を一目して、ドローンはふらふらと地面に着陸した。

 ”貪欲”という悪徳を(ほしいまま)にする彼は、今にも消えそうな機械に語り掛ける。


「オメェがやられっちまうとはな……予備のコアはそれだけか?」


「おそ、ラ、ク……」


 電子音もガビガビで、質問を返す。


「ッチ、誰かが”醜悪(カイツール)”にチクリやがったな……アイツならオメェさんを殺そうとしても不思議じゃねーからな」


 ケムダーは舌打ちをして悪態を吐いた。

 彼の推測は正しい。予備はあったのだ。街道を進んだ先の都市に一つ、誰にも見つからないよう隠していた予備のコア。それが何者かに破壊されていた。

 それが”醜悪”と言うのなら納得はいくが、問題は誰が唆したかである、と彼は眉を顰めた。

 しかし、アディシェスはそんなことはどうでもいいと思っていた。胸に広がる暖かな温もり。それを抱いたまま、業という枷から逃れたまま、継がせたい(・・・・・)と願っていた。


「御主に、頼、ミが……アル」


「言われんでもわーってるよ。悪魔らしく、ケーヤクといきますか」


 ケムダーが歩み寄って屈んだ。目の前で微かな駆動音だけ鳴らすドローンに向かって手を翳した。

 触れるか触れないかの位置で、彼は己の”外殻”の力を解放する。


「羨ましいぜ、アディシェス。オメェは満足して逝けるんだからな」


 彼は憂いの言葉を述べた。野性味溢れる顔つきに似合わず、眉をハの字にさせて。


「オレら悪魔はそれぞれ"業"を背負ってる。皮肉なことに、奇跡なんざ起きねーって信じてるオメェが、現在進行形で奇跡的に生きてらぁ……笑っちまうぜ、ったくよ」


「────」


「思えば、オメェはみーんなから好かれてたんだぜ? 嫌ってたの、カイツールぐらいじゃねーかね。あとは道具扱いしてたヌートの野郎か。それでも悲しむまではいかなくても、惜しむだろーぜ」


「──我、ワレ、は……ワタ──シは……愛さ、レ──」


「ったりめーだろ。オメェみてーなツンデレちゃん、他に誰がいるよ」


 かつて、キムラヌートの言葉を思い返す。

 人間に対し、どれだけ貶める物言いをしようとも、心の奥底では真逆のことを想っている。


──嗚呼、そうだ。ワタシは、人間を愛していたのだ。


 その気付きを最後に、ケムダーが翳した手を退けて立ち上がる。


「もうすぐここに”器”が来る。それまで生きてろよ。じゃあな──」


「感、シャ……スル」


 早々と彼はアディシェスに背を向けたまま手を振って去ろうとする。

 感謝の言葉すら受け取らず、目を擦る素振りを見せながら──





「アディシェス、最期までオレの役に立ってくれよ」


 アディシェスからは見えない彼の顔に影が差し込こむ最中、涙で頬を濡らすケムダー。

 しかし、伝う雫は歪な線を描く──彼は、笑っていた。

 感嘆より愉悦。策謀というピースが見事にハマっていく快楽。情に厚いフリをして、この悪魔は更なる野望に心を燃やす。

 いつの日か、この世総てを手中に収めんが為に、かつての朋すらも踏み台にして──




◆◇◆◇◆◇




 僕とアドニスは森の中を走った。

 街道のはずれにある通り道。草木が刈られ、丸裸になった細い地面に沿って。


「見ろ、前方だ」


 彼女が顎で指す先、そこには先程のドローンが静かに横たわっていた。

 少し離れた場所で駆け足を緩め、警戒しながら近寄る。


「──"器"ヲ確認。タダイマヨリ、録音ヲ再生シマス」


 ドローンは駆動(ファン)の音だけ静かに鳴らしていたのだが、僕の姿を見るや否や声が発せられた。アディシェスとは違う、女性の声に似た自動音声。

 無言で腰の剣に手を添えるアドニスに、僕は手で制した。ただの録音。今すぐ潰してしまっては、今後の手掛かりが消えてしまう。

 再生は、僕たちの了承もなく勝手に始まった。


『"器"よ、先に申し上げる──我々が保有するコアはすでに消え失せた。ここにある一欠片が、最後の命だ。故に、我々はもうマトモに話す事ができぬ。許されよ』


 ハキハキとした電子音。ややノイズ混じりではあるが、消え入りそうな声色をされるよりよっぽど聞き取りやすい。

 僕が恐れていた事は、ただの杞憂だった。コアが無ければ転生は出来ない。何も語らない青い光を弱々しく放つドローンに装着された石が、現在のアディシェスを物語っていた。


『この命を、他ならぬ”器”に委ねたい。好きに使うといい』


 ”器”とは、僕のことを指している。

 ノスタルジア国の初め、鉄の竜は僕のことを”器”と呼んでいた。それが何を意味するかは不明だが、今は訊いても仕方がない。

 しかし、どういう風の吹き回しなのだろう。悪魔の力を手に入れたとしても使い道があるのかすら困惑するし、それにどうやって手中に納めろと言うのだ。


『不安はあるだろうが、他意はない。純粋に御主の中で眠りたいのだ、揺り籠よ。やり方は、御主が今まで人間にやってきた事と同じ様にやればよい』


 心を見透かされたのか、録音で答えられると些か複雑な気分だ。ていうか、普通に起きてないだろうな?

 僕は言われるがまま、鎧兜(ベンテール)を開いて白銀の灯火を晒す。後ろで腕を組んでいるアドニスも、黙って事の行く末を見守っていた。


 徐々に光が青い石を覆う。録音の中のアディシェスが、一拍の沈黙を置いて再び口を開いた。


『ルースリス……彼女は、如何様に──』


 声色が、何となく不安に満ちている気がした。

 最後の心残り、と言わんばかりに問い掛ける言葉を最後に、録音の再生が切れる。ここで残せるデータの限界が来たのだろう。

 あとは、目の前のカケラに答えろという訳か。


(ああ、アイツなら大丈夫だよ──)


 僕は幻想(ともしび)を描きながら、彼女から頼まれていた言伝を思い出した。

 僕が思い浮かべる言葉は、塗り替えていく幻想を通じてアディシェスに届く。そんな予感がしていたのだ。


(ルースからアディシェスに伝えてくれって言われた。『辛かった心の痛みを、しばらく忘れさせてくれてありがとう』ってさ)


 その言葉を聞いて、彼は満足そうに微笑んだような気がした。




【フラグメント解放:可能性】




 幻想の中で、アディシェスは最期に何を想い浮かべていたのだろう。

 悪魔の追憶は、終ぞ映す事なく灯火の中で心の欠片が生まれた。


 光が治る頃には、ドローンは駆動音を止めていた。爽やかな風が吹き、新芽のように青い落ち葉が空を舞う。

 上手く命が渡ったのかは分からないが、彼がこの炎の中で安らかな眠りに着くことだけを深く願った。

アディシェス戦、これにて幕引き。

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