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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
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エピソード72 アディシェス


◆◆◆◆◆◆



 人間の言葉には「物心がついた頃」というものがある。意味としては知っての通り、道理が解らぬ幼年期からの成長。己に自我を持ち始めることを指す。

 我々の場合、読んで字の如く"モノに心がついた"。これも人間の言葉だが、我々のような存在は、ひとえに妖怪の類いらしい。


 西暦19XX年──世界を股に掛けた二度目の戦が始まった。


 この魔法が統べる世界とは、別の世界。進歩した科学がすべて。数ある知恵によって造られる殺戮兵器。鉄風雷火の三千世界、その幕開けとなったのだ。


──そこで我々は物心がついた。


 それまでは幸福だった。少女に抱えられるぬいぐるみ。幼児をあやすように髪を梳かされる人形。男女の二人を雨から防ぐ傘。人の手を渡り続け多くの胸を打つ書本。何年も土を耕した愛用の鍬……形は違えど、人間の手で生み出された我々は、他ならぬ人間の手に抱かれ、愛されて過ごしてきた。

 芽吹いた心は、まるで新芽のように柔らかく、晴れやかな温もりと澄んだ微風に揺られて成長していった。人が持つ心という概念に、甘美なものを味わっていた。それが揺り籠の中だと知らずに。


 戦が激化の一途を辿った。

 我々を重んじる者たちの表情は複雑なものばかりだった。戦果を耳にすれば喜びに声をあげ、その影で強いられる質素な生活に思い悩む。

 戦いに興じて悦ぶのは戦場に立つ者だけだ。それもほんの一握り。他は平和を望む者ばかり。身内の戦死に、誰が心の底から喜びを讃えるというのだ。

 率直に告げる。愚かだ。

 しかし、その頃の我々も、同じく道化であった。人間が持つ心の痛み。それに触れたことが無い故に、知らなかったのだ。


 ある日、戦に終止符が打たれた。唐突に空から投下される一つの爆弾。原爆と呼ばれる炎に包まれた。

 ぬいぐるみを抱く少女が、人形を世話する女が、結ばれるはずだった男女が、書本に心打たれた人々が、畑を耕す老人が、この世から姿を消した。奪われた。焼かれた。


──初めて、痛みを知った。


 痛覚など無論、存在しない。我々は所詮、モノに宿る心でしかない。しかし、痛みはあった。

 それまで大切にしてくれた者たちの喪失。新芽が、無情にも踏み躪られる感覚。痛み、苦しみ、もがいた。


 それでも我々は存在し続けた。もう人間共が互いに過ちを犯さぬが為。遺留品が展示され、後世に語られる為に、我々が負った傷を、姿を晒し続けた。

 時間が経てば傷は癒える、なんて言葉は動物の理論である。細胞が修復しようと働きかけるプログラムに過ぎない。

 心の傷は、時間ですら癒えない。癒すことが出来ない。魂に刻まれた傷は、いつまでも燻り続ける。一度踏まれた新芽が容易に元通りにならないのと同じように。


 だが、人の世が移り変わり、笑顔が戻っていた。新たに生まれる命と同様、我々も産声を挙げるモノたちが増える。いつしかあの揺り籠のような甘美なひと時が味われるのではと期待に胸を膨らませながら、”可能性”を信じて、我々は人間たちを見守ってきた。


 時は流れ、20XX年──終焉がやって来た。

 空を覆う暗雲、中から現れた巨大な手。等しく、"人間"によるものだと悟った。

 次々に災禍に巻き込まれ、死に絶える人々。その中には、同じく我々を愛する者たちが含まれていた。

 また、同じ過ちを繰り返すのか。また、同じ痛みを背負わなければいけないのか。もう、耐えられない──

 痛みがあるから苦しいのだ。悲しみや怒りがあるから引き裂かれるような思いをしなければいけないのだ。


──我々は終焉の時を同じくして、静かに、己自ら心を手放した。


 見えない粒子と成って空へ還り、理の渦に呑み込まれ、流され、滞留し、気付けば我々は一つになっていた。その経緯を経て、この世界に降り立ったのだ。


 自ら心を閉ざした”怠慢者(アケーディア)”。巡る業は閉ざされた可能性。

 この身は悪魔として生を受けた。今度こそ、争いのない世界を創るべく、愚かな人間共を導く存在になろうと確固たる意志だけを胸に宿して──



◇◇◇◇◇◇



 剣が、折れた。

 コアにトドメを刺すはずの一撃、この最終局面にて剣が耐えられず折れてしまった。コアは案の定、些細なカケラの破片が飛ぶだけで、致命傷を負わせていない。

『ステータス以上の力を発揮できない』というこの空間は、まさに究極の”補正殺し”。”奇跡”の摘取りの権化であった。

 数値の枷に負けず戦い続けるヴァン。彼の勇姿を見れば、どう展開を見積もってもここで無情な結果に陥るはずがない。それもこれも、この外殻の効力という訳である。


 剣は刀身を半分に、そして折れた剣先はコアに弾かれて宙を舞う。落ちた先は僕とカナリアの目の前であった。

 ヴァンの体力は残り3。餓者髑髏の手で払われるだけで命の灯火が消えてしまう。

 時が止まったかのように各々、逡巡して彼の背中を注視する。

 しかし、異変はあった。


「──ヴァン!」


 カナリアが悲痛の声をあげた。声色に感情が乗っており、虚ろだった瞳の色が再び息を吹き返している。

 異変はそれだけではなかった。

 一つは攻撃を喰らったはずのアディシェスが、咄嗟の反応も見せないでいた。何かを思い返しているような、虚空を見上げたまま動かない。


 もう一つは空を覆う外殻。黒い天幕が、音を立てて砕けたのだ。

 砕けた破片は地に落ちずに光の粒子となって霧散していく。代わりに、日の光りが眩しく差し込む。

 ヴァンの言葉が脳裏を過ぎる。あの言葉がアディシェスに何らかの影響を与えた結果、ついに奴の創り出す世界を崩壊させたのだ。


「つまり……」



──僕らのターンは、まだ続いている!



「っ、アイン!?」


 刹那、僕は鎧兜の首からマナの泥を吐き出し、急ぎ体を構築する。頭の灯火が白銀の色を取り戻したのを感じつつカナリアの腕から跳躍して離れ、目の前に刺さっている剣先に手を伸ばした。

 失った心が戻ったってことは、魔法も使えることを示唆する。だが、今は一刻も争う状況。悠長に魔法を唱えている場合じゃない。

 気付けば目に映っていた”ステータス”の文字配列が消えていた。これなら、数値関係なく力を発揮できるというもの。


「ヴァン!」


 合図する為に、青火に変更。音量の調節などお構いなしに彼の名前を叫んだ。

 剣を白刃取りで掴み、飛び掛かった勢いのまま、コアに向けて全力で投擲。

 渾身の投擲は、並の人間以上の力を発揮した。まるで飛矢のように真っ直ぐ、直線を描いてコアに命中した。


 ガスっと突き刺してコアに亀裂が走る。これだけではコアは砕けない。でも釘は打ち込んだ。その光景を目にしたヴァンは、鉄の山に着地してから再び跳躍した。


「やっちまえぇええ!!」


「うぉぉぉおおおお!!」


 トドメを願って、拳を掲げた。期待に応えるべく、彼は雄叫びを上げながら突き刺した剣先に一撃──


 バキン!


 追撃としてほぼ柄だけの折剣で殴りつけたのだ。

 コアの芯まで辿り着いた剣先によって亀裂が広がり、砕ける音が鳴り響く。亀裂から青い粒子が舞い上がり、コアは徐々に光を失い色褪せていった。

 餓者髑髏が衝撃のまま後ろへ倒れ伏す。

 アディシェスの沈黙が、勝利を確信させた。


 視界の端で、空を飛ぶ一機のドローンを目にするまでは──





「人間よ──」


 倒れたアディシェスは、砕けた己の世界とコアの粒子を眺めながら独りでに零した。もうすでに物を動かす力が残ってない。正真正銘の敗北。無に帰す二度目の光景を思い浮かべながら語り掛ける。

 その言葉はコアをヴァンの耳にだけ届くように、か細く、儚げに──


「ヒトは、いつか同じ過ちを繰り返す……それを止めてくれるか……」


「言われなくても努力はする。俺だけじゃない、この世の人類全てが努める。それが心を持って生まれた者たちの義務だ」


「ならば、其方らニンゲ──の、”可能性”──に、幸が──ことを──祈って──」


 電子音にノイズが混じる。聞き取りにくいが、祝福を願う単語だけ強くヴァンの耳に残った。

 そうして遂に、アディシェスは


「──サラバ」


 と告げて起動を停止させた。

 後ろで勝利に声を張り上げる兵士たち。勝利の余韻に浸らぬまま、ヴァンは独りでに黙祷した。

 心なき異物。しかし、奴にも救われるべき過去があったはずだと、頭の端で祈り捧げながら。

アディシェス、撃破。

個人的にはめちゃくちゃ好きな敵キャラでした。

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