エピソード70 兵器
荒れ狂う鉄の竜。ガチャガチャと部品を組み替えていき、姿を変え始めた。
それは大砲。顎の奥から現れた砲身は長く伸び、土台となる巨躯な体型は列車へと変形。両翼は折り畳まれ車輪の履帯へ回される。
「な、なんだこれは……!」
鉄の竜の異変に警戒し、攻撃を止めた二人は驚愕する。
生前、ゲームの中で見たことがある。この異世界には存在しないはずの兵器、巨大列車砲”グスタフ”。その形状に酷似していた。
銃口は人ひとりが楽々に入ってしまいそうな程広く、奈落のような暗い銃身の奥を覗かせる。圧倒的強大さ。威圧の化身。
”銃”という代物をヴァンたちが識っているかは分からないが、少なくてもこの兵器については語るまでもない。一度火が吹けば終わり。着弾すればその辺り一面が焦土と化す。しかも密閉されたこんな空間でぶっ放せば敵味方関係なく破壊してしまうだろう。
「見よ、これが貴様らが望んだ争いの行く末だ」
鉄塊が宣言する。これが戦時で使われた兵器だと。貴様らが争い続けた結果だと。この世界でも同じような末路を辿るのだと。
歴史の授業で習った程度の知識でしかないが、科学にしろ魔法にしろ、人が歩む歴史の上で語れないのが人殺しの為の兵器だ。
この世界での人間は魔物や魔王といった勢力が的になっている。しかし、それらが存在しなければ? 答えは単純。人間同士で争うだけだ。
鉄塊の言葉が重くのし掛る。奴は、自分自身を指差して愚かだと諭す。だから争いのない世界を構築する為に、この外殻にいる人間たちを増やそうとしているのだろう。なので瀕死のヴァンを殺そうとせず、引き込もうとしている。奴の心情を計っても、今の所そう捉える事しかできなかった。
だが──
「気に食わない」
ヴァンはひとえにそう答えた。
「お前が何を思っていようが、何を説明しようが、それを『はいそうですか』って頷く気にはなれない」
「……これを前にしてもか」
「そうだ」
ガコンっと重音が鳴り響く。破壊の幕開け下準備。奴は弾丸を装填したのだ。
脅しではない。正真正銘の一発をかますつもりだ。さらに砲身をやや下方にし、恐ろしい銃口をヴァンに直接向けた。
撃てば奴自身も無事では済まない。無論、この場にいる全員諸共である。恐怖はないのかと問いたいが、奴が心を持たないことは見た目からして明らかだった。
それでもヴァンは動かない。頬に伝う汗は、命の喪失による恐怖の現れ。だが全く動じようとしなかった。
一拍、されど永遠とも呼べる長さを体感する。奴が引き金を引こうとマナを集約させ、放つと思われたその時──
──ドンっ!
重苦しい音が遠くから鳴り響くと同時に、明後日の方向から閃光が飛来し、巨大兵器の脇腹を穿ったのだ。
「……っ!」
砂塵を巻いて衝撃が襲い掛かってくる。全員が”グスタフ”が何かに被弾したのを目にした途端、土煙によって遮断された。
何が起こったのか理解が追いつかない。激しい衝撃の波が小石などを引き連れて飛んでくるだけで何も見えないのだ。
(いっ、イタタ、痛っ!)
カナリアに掴まれている僕は程良く盾として前に突き出されていた。飛来してくる小石などが鎧兜に当たって痛い。用途としては正解だが、もう少し大事に労わってくれても良いのでは? と思うのだが、そう言えば心を無くしていたのだった。なんと理不尽な。
しばらくして砂塵が晴れ、全員が無事なことが見て取れた。
”グスタフ”はあの閃光によってボロボロに半壊しており、ヒットポイントを見ると思った以上のダメージを喰らっていた。砲身も折れ曲がり、とても撃てる状態じゃない。
「早々と来てみれば撃たれそうだったのでな。横槍を入れさせてもらった」
急死に一生を得た。いや、与えてくれたであろう恩人へと一同視線を向ける。そこには”戦車”の上で仁王立ちするアドニスの姿があった。
遂に彼女がやってきた。後方を見ると兵士はまだ機兵と戦っているが、思った以上に善戦している模様。彼女の指示無しでどうやってか、戦況を巻き返しつつあるのだ。
一瞬、あの息苦しさがまた来るのかと身構えたが、よく見ると馬が違った。数匹の馬を引いて運んでいる。こうして見れば”戦車”も無駄にデカいだけの車輪としか映らない。ひとまず安堵。
「少佐、ご無事でしたか」
「ヴァーミリオン大尉、ご苦労だったな」
すぐさまシエルが彼女の元へ馳せ参じる。アドニスも長い間鉄の竜と対峙したことへの労いの言葉も忘れない。
「私は別に、この有様ですから……して、これは──」
シエルが視線を向けて説明を求めた。唐突に降ってきた閃光で鉄塊は黒煙をあげて沈黙している。
「アレか。確か魔法は使えない、だったな」
「ええ」
シエルは短く相槌を打って肯定する。確かに、あんな威力の閃光は魔法によるものだ。魔法が使えるのなら、彼女もここまで苦労しなかったであろう。
その答えをアドニスはもう何本目か分からないタバコに火を点けながら答える。
「これだよ」
勝手に火が灯る用紙。否、”魔法具”であった。
僕の推理した通り、彼女は”魔法具”によってあの一撃を産んだのだ。でもどうやってやってのけたのだろう。
誰もが思う疑問の目に、彼女はわざとらしく肩を竦めた。
「”戦車”の破壊力は知っての通り、引き連れる馬が鍵となる。名は確か”ゲリュオン”と言ったか。アレの構造はよく知らんが、マナを溜めすぎると放出するといった報告を目にしたことがあってな。程よく”魔法具”として扱ってやったまでだ」
アドニスが指差す方向には閃光の飛来元の光景があった。何百といった白い僧侶服を纏った兵士部隊が突っ伏して倒れており、その中央で雄叫びを挙げながら前足を掲げるあのバケモノ染みた馬──ゲリュオンの姿があった。
彼女の説明通りなら、魔法を特化させた部隊を集めて馬にマナを送り続け、遂に耐え切れなくなったところであの閃光を産んだらしい。
結果、固定砲台として役割を果たしたというわけだ。
「助かった身としてなんだが、やけに早かったな。”ジャンク”を掃討してからじゃなかったか? まだ戦っているみたいだが……」
ヴァンが近くまで歩み寄って質問する。”ジャンク”とはおそらくあの機兵のことだとすぐに理解。なるほど、見た目からしてそう名付けるには持ってこいだと僕は独りでに頷く。
”ジャンク”を掃討してからの作戦。つまり鉄の竜と対戦する以前、あの"戦車"の中での打ち合わせで決めていたのだろう。思わぬ前倒しに彼は命を救われたのだ。彼だけじゃない、この場にいる全員もだ。
「我が軍にも相当なお人好しが居たもんだ。わざわざ軍規違反を犯してでも舞い戻って来たらしい」
遠くを見やると崖の玉座に男が座っており、兵士たちに指揮していた。隣には見覚えのある丸眼鏡の女性も同伴している。
言わずもがな、街道で擦れ違った二人組である。彼らの功績を讃える他ない。
「……よろしいので?」
「後で説教だな」
無情な判決に心の中で合掌した。
「──何故だ」
悠長に談話しているのを眺めている間に、半壊した”グスタフ”が電子音を鳴らして問い掛ける。
何が、と返すべきなのだが、アドニスは咥えたタバコから一度離して”戦車”から降りて黒煙をあげる鉄塊へと歩み寄った。
「少佐──」
危険だと言いたかったのだろう。シエルが呼び止めようとしたところでアドニスは手を挙げて制した。
「あの二人が戻って来なくても状況は変わらんだろうさ。私が合図するまで、貴様はどのみち撃たなかった。否、撃てなかった」
「────」
鉄塊が押し黙る。それはある意味、肯定を意味していた。
何故そんなことが分かるのだろう。皆が疑問符を浮かべていると彼女は再びタバコを咥えて息を吸った。
「貴様からは”臭い”がしない。戦っている者たちが持つ特有の”臭い”が」
それは時に硝煙と喩えられる言葉だった。だがこの世界に硝煙が舞うことはない。それでも彼女しか、彼女たちにしか解らない嗅覚がある。
肺に溜まった煙を吐いて、彼女は続けて述べる。
「貴様はソレを扱う覚悟がない。心を弄ぶような力を有しておきながら、数多の命を屠る手段を持ちながら、結局のところ、貴様の口からは半端な覚悟のままでしか語っていない。響くわけがなかろう、そんな上っ面だけの戯言など」
鉄の竜は何度も口にしていた。争うことの愚かしさを。その果ての末路を。
しかし、人ひとり説得するにしても柔な覚悟では誰も頷かない。当然である。
「愚かな人間共に知られる訳にはいかない。これは呪われた力。知ればもっと多くの命が犠牲となる。他ならぬ、貴様ら人間の手で」
アディシェスも負けじと食いつく。
しかし、彼女は冷たい目を向けるだけで、何も動じない。
「貴様は言っていたな。ゆくゆくは我々の技術が世界を滅亡させる、と。この言葉が真実だとしても我々は手を伸ばす。技術の発展が繁栄を生む。目の前の民を守る為に、より多くの人々を救う為に、ありとあらゆる技術は必要不可欠。仮に貴様の言葉を律儀に守ったとしよう。目の前で魔物に襲われている子供をどう救う?」
アドニスが逆に問い掛ける。
アディシェスが謳う争いなき世界。科学も魔法も封殺され、心を無くした世界。仮にそんなことが実現したとしての話を振る。
「我々人間は考えるだろう。魔物を倒すべきだと。そしてその速度と距離をもっと上げるべきだと。拳が届かぬなら剣で。剣が届かぬなら銃で。銃が届かぬなら魔法で。魔法でどうにも出来ないなら討伐し、襲い掛かる火の元を絶やすしかない。変わらぬよ、結局。心を無くしたところで種としての存続の為に思考を練れば、どのみち同じ末路を辿る。それを呪われた力と評して蓋をするのは、ある意味”可能性”を棄てているに過ぎん」
”可能性”。その言葉を耳にして、沈黙していた巨大列車兵器の形が崩れていく──




