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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
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エピソード68 外殻(クリファ)その2

 奇跡的に斜面を駆け降りて、戦場に割り込む。その間、機兵がこちらを向いて襲い掛かってきた。

 機兵は腕が剣である。俊敏さは無いが数は今いる味方兵より勝っている分、狙われると纏まって立ちはだかる厄介な敵であった。

 今は恐怖心が薄れている状態のカナリア。お構いなしと突っ走ってみせるが、目の前の数機を馬力任せで蹴散らしたところで馬がよろけ、危うく転倒しかかった。


「姉さん、スピードを少し落としてくれ。馬を失くせば囲まれて終いだ」


「でもそれだと横から狙われちゃうよ?」


「俺が何とかする」


 強引な突破には当然リスクが伴う。事故って転倒なんてことに陥れば、立て直す前に機兵に襲われてしまう。

 恐怖心とは、事故や危機を未然に察知できる能力も兼ね備えている。死を恐れない、危険を恐れないとはつまり、こういう些細なところで足元を掬われる原因になりかねないということ。人間以前の問題である。生物に備わっているはずの延命警告音が音信不通になれば、容易く命は身体から零れ落ちてしまうだろう。


 ヴァンはカナリアに安全運転を心掛けるよう伝えたのち、携えた剣を抜き身にした。もうすでに綻びだらけの剣を片手に眺め、静かに瞳を閉じた。まだ折れてくれるな、と祈りながら──

 幾分か速度を落とし、前方の機兵たちを左右に掻き別けながら折り進む。無論、悠長に通してくれる程、奴等もマヌケではない。

 カーブする瞬間、馬の動きが著しく遅くなる。そこを狙って機兵が飛び掛かって来たのだ。このままだと斬られてしまう。しかし、当然これにはヴァンが対処する。

 機兵の胴体を剣で貫く。数機同時の相手には剣を振って薙ぎ払う。素早くも力強い彼の剣筋に、何度見ても驚くばかりであった。


 敵を倒して行くに連れて、ある変化が起きる。"レベル"だ。

 ヴァンの経験値が上昇の一途を辿って、その数値が54、55と記載が上書きされていった。ここに来た初めの時よりも遥かにステータスの向上を見せつけ、僕はやや複雑な気分である。

 もうちょっと補正とかレベルアップまでの上昇数値が変わったりとかするべきだろ、常識的に。これを設けた悪魔にプレイヤーとして文句のひとつも言ってやらねば気が済まないというものだ。


 ただ、この"レベル"という数値に疑問が浮き彫りになる。

 ヴァンの体力ゲージを見る。ゲージの横に三桁ほどの数値が記載されているが一切の変動を見せていない。この空間はおそらくアディシェスが創ったもの。わざわざ機兵を倒して敵である僕たちを育てる仕様にはなっていないのは道理だ。

 ならこの"レベル"とは一体……


「アドニス教員!」


 そうこうしている内に馬は遂に巨大な車輪の馬車に立つアドニスと合流を果たしていた。馬車を近くで見ると驚くほど大きい。車輪には刃が施され、まさしくこの世界にとっては”戦車”と名乗るのに相応しい代物であった。

 そんな巨大な車輪を引く馬も一際異彩を放っていた。僕らが乗っている馬は首が無いのに対し、それは頭部があり、口や目、立髪が透明色のマナを焚かせていた。

 近寄れば近寄るほど、マナの濃度が薄れていくのが分かる。これは大気中のマナを吸い上げ、己の力へと変換する仕組みの魔法生物。故に戦車を引くに足り得る馬力を出せているのだろう。

 なんともはや、諸刃の剣である。無類の強さを誇っているが、マナがなければ周りの馬や魔法は息絶えてしまう。

 現に、アドニスの元に辿り着いた馬は、徐に起動停止を余儀なくされてしまった。


「教員はやめろ。今は”少佐”だ」


 戦車が一時停止し、アドニスは高見から戦車に乗るように指を折って招く仕草をする。僕らは指示されるがまま、アドニスが乗る戦車に駆け上った。

 戦車に乗ると、再び雄叫びをあげて戦場を駆け巡り始める。その間、僕は息を止めるような苦しさに苛まれた。魔法生物にとって、マナは命の源。奪われると本当にツライ。だが元々喋る口がないので進言しようもない。今はとりあえず我慢に徹する。幸い、灯火を極力弱火にすれば吸い尽くされる心配はなさそうだった。

 広々とした見晴らしの良い座席へ姉弟が辿り着くと、アドニスがタバコを咥えて赤い髪を風で靡かせながら座席に鎮座していた。座席は互いに向き合うように設置された簡易的なものであった。本来なら、ここに武装した兵士を忍ばせる役割を担っていそうなのだが、今は僕たちが占拠する形となった。


「馬はいいのか?」


「今は"戦車(ルーク)"に任せている。アレを動かす騎手だ」


 無作為に野放し運転する程、アドニスも無計画ではない。ヴァンとの短いやり取りを経て、ひとまず今は機兵に邪魔されない話し合いの場と相成った。

 彼女は一度細い指でタバコを挟む。赤く灯る火が不気味に彼女の顔を明るくさせた。


「状況の報告をしろ。今は戦時、多忙なのは見て取れるだろ」


 紫煙を吐きながら冷たく端的に用件を述べるアドニス。翡翠の瞳が暗いのを見るに、彼女も例外なくこの空間の餌食にされているらしい。

 ヴァンは設置された席に着かずにアドニスの顔を睨む。


「ああ、状況が芳しくないのは理解している。だから俺たちが何故ここに来たのかは、今は隅に置いて良いだろ」


「耳が痛いな」


 ”軍神”ともあろう者がこの体たらくな有様だ。と、わざとらしく耳を小指で穿る。

 今の彼女には違和感しかなかった。というのも、話し方や仕草の一つひとつが妙に芝居掛かっている。自然体とは相反する挙動にヴァンは訝しげに見つめるが、一拍置いて首を振って邪推を払った。


「この空間について、知ってることを先ず共有すべきだ」


「私もそう思うよ、リール・ヴァルヴァレット。して、貴様は何を知っている」


「この目に見えている数値。アンタにも見えるだろ」


 ぼんやりと着席するカナリアと僕を放置して、二人は熱弁した。


 ヴァン曰く、この緑のゲージが無くなるとおそらく死ぬという。テレビゲーム御用達の僕からすれば、単純明快すぎて呆れ返った。しかし、この世界にテレビはおろか、ゲームという概念すら怪しい。それでも的確に彼が推理できるのには理由があった。父、ユース・ヴァルヴァレットだ。

 彼は元々異世界からやってきた存在。彼が英雄となってから、ノスタルジア国である娯楽を広めたらしい。

『冒険譚遊戯』と呼ばれるそれは、あらゆる物語を背景に、自分が主人公となって冒険するというテーブルシュミレーションゲーム。いわゆるTRPGだった。この娯楽も少ない異世界に有用な現代知識をお披露目したって訳だ。

 大流行したその遊びに半ば巻き込まれる形でヴァンは幼い頃にミラとやったそうだ。その中で体力ゲージというのは基本緑色をしており、無くなると死ぬというルールを理解していたのだ。


「ミラ皇女殿下に感謝だな。後半から惚気話でも聞かされるのかとヒヤヒヤしたよ」


「ぐっ……!」


 アドニスから皮肉が小石のように当たり、ヴァンは憤慨を無理やり抑え込む。

 涼しい顔をして、吸い切ったタバコを捨て、新たなタバコを口に咥える。懐に忍ばせていた紙切れらしきものが急に火が点き始め、それを元にタバコにも点火する。

 その光景に、僕は些細な違和感を感じ取った。何かまでは分からない。しかし何かが引っ掛かる……


「──で、それだけか? 攻撃が当たれば死ぬのは世の摂理として反していないようだが」


 彼女の言う通り、それだけなら普段と何も変わらない。要は攻撃を受けなければ良いだけの話である。


「この数値、体力数値だけじゃない。機兵を倒すと加算される数値や、元から俺たちに備わっている数値もある。そしてそれは敵にも同じように備わっているはずだ──」


 ヴァンの推理は的を射ている。ここに来る道中、敵兵を倒す際に敵のパラメーターを注視してみたのだが、緑ゲージが一気に黄色から赤色へ、そしてゼロになった途端に形を崩してバラバラになったのだ。

 機兵のレベルは大体平均20台そこそこ。兵士たちも同じぐらいだった。同じパラメーターなら、こうして拮抗するのも頷ける。

 だが、ヴァンは立て続けに述べた。


「おそらく、この数値以上の敵には基本敵わない」


「……根拠は?」


「この馬鹿姉や兵士たち、シエル教員を見て思った。俺たちは今、心を奪われた人形……いや、冒険譚に登場する人物に過ぎない。農民が兵士に勝てないように、兵士が英雄になれないように、与えられた”数値(ステータス)”以上の力を発揮できないってことだ」


 そう締め括ると、アドニスが「すてーたす」と噛み締めるように呟く。

 聞き慣れない単語に首を傾げつつも、言っていることは理解できる。彼女は少しの間だけ目を閉じて「なるほど」と頷いた。


「ヴァーミリオン大尉が本気を出せない状態のは承知していたが、いつまで経ってもあの鉄クズを討てないでいる理由がわかった。大義だリール・ヴァルヴァレット。良い知恵を持ってる」


「そんなのはいい」


 素直に称賛する彼女の言葉に、ヴァンは喜ぶ素振りも見せず首を横に振った。何の自慢にもならないと考えているようだ。

 確かに、彼のいう推理は的中している。だがそれはシエルがボスを倒すという希望的観測が彼の推理によって打ち砕き、現状をより悪化させただけに過ぎない。

 大事なのはこれからどうするか。どうやってあの鉄の竜を倒すかに集約される。


「だがどうする。シエル以上の”すてーたす”を彼奴が持っているなら、手の打ちようがないが」


「魔法具はあるか?」


「──あるぞ」


 ”魔法具”。今度は僕が聞き慣れない単語に首を傾げる番だった。

 言葉からして、魔法が使える道具のことだろうが、この世界にあってもおかしくないはずなのに僕は一度もお目に掛かれていない。


 二人はその後も何やら打ち合わせをして、策を練った。僕はと言うと、もう息苦しくて聞き耳を立てる余裕がなくなってきていた。


「……リール・ヴァルヴァレット。貴様、この作戦が終わったら我が部隊に来い」


 意識が朦朧としていく中、突然アドニスが真剣にヴァンをスカウトしていた。

 誘われた当の本人は心底嫌そうな顔をして、


「俺は殿下の騎士。戦争する為にこの剣がある訳じゃない」


 とはっきりと拒絶した。


「まぁ考えてくれたまえよ」


 話は終わりだと言わんばかりにアドニスが席を立つ。そろそろ状況が動き出しそうだ。さっさとここからオサラバしたい……


「ああそうだ。この空間について私から知っていることを話そう」


 彼女がタバコを吹かして戦車から見える光景に指を差した。釣られて僕たち三人も覗き込む。


「緑の棒が消えると死ぬんだったな。死ぬと消えるらしいぞ。ちなみに痛みも感じないときた」


 駒同士で剣を叩き合う最中、一人の兵士が背後から騎兵に貫かれた瞬間、光の粒子となって消えてしまった。飛び散る血痕すらも残さず、そこにはもう誰もいなかったように戦況は目まぐるしく転々としていた。

 これにはヴァンがあからさまな舌打ちをする。当然だ。現実を仮想ゲーム世界に見立てた殺戮現場に、平然としていられるはずがない。

 しかし、隣に立つカナリアは何とも思っていない様子で、殊更不気味に思えた。


「では作戦決行だ少年。死んだら拾ってやれる骨も無くなるので心しろよ」


「アンタは──」


 背を向けるアドニスに、ヴァンは呼び止めた。


「アンタは何で平然なんだ。いや、この質問はおかしいな……何で平然そうに振る舞えるんだ」


 そう言い直して、彼は彼女の背中を見た。赤い髪を靡かせて、彼女は振り向き様に不敵な笑みを浮かべた。


「心を失くしても思考する頭があるのには変わらん。なら私のやるべき事はひとつ。敵を屠ることだ」


 "軍神"の言葉は重かった。本当なら失った兵を悲しみ嘆き、怒りして敵に一矢報いらんが為に奔走するはずだ。だが彼女は、ただただ不敵に笑みを浮かべるのみ。本心では笑うことすらカケラも無いはずなのに。

 彼女の笑みに睨みつけているヴァンを見て、彼女は自分の頬に手を当てた。


「これはまぁ、性分だ。許せ」


 その言葉を最後に、アドニスは騎手の方へ行ってしまった。

 ヴァンは隠せぬ苛立ちのまま、僕たちを連れて戦車から飛び降りたのであった──


 ちなみに、アドニスのレベルは121。いやどないなっとんねん。

 未だにレベル5のまま推移している僕は、この数字が見えた途端やる気を大幅に失くさせるのであった。

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