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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
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エピソード66 ステイル

 重い腰を上げて、アドニスは”ホーネット”に装着している鉄塊の悪魔に問い掛ける。


「こちらからの質問だ。この”数値”は何だ」


 先程から視界の端に奇妙な何かが薄らと映り込んでいた。緑色の横棒の下に青色の横棒。その端に数字か記載されており、何度瞬きを繰り返しても消えない謎の情報。戦況を把握するために敢えて気に留めなかったが、敵にこの”数値”の意味を聞く良い機会であった。

 軍部内で保有している数多の見聞録を目に通したアドニスですら、このような魔法は記憶に存在しない。無論、この黒い空間も人の心に細工を施す効力も何もかも不明瞭であり、依然として危険極まりない状況である。何としても情報が必要であった。

 ”ホーネット”はまだ言いたい事が残っていた様に唸っていたが、これ以上藪を突いても平行線だと察し、約束通り用意した答えを述べる。


「我ガ外殻ハ、”奇跡”ノ摘取リ。貴様ニ勝利ナド無イ」


「……それだけか」


 所詮、敵は敵。まともな情報を敵から得ようと試みたのがそもそも破綻していた。

 アドニスは飛び回る”ホーネット”に向けて携えた剣を抜き放った。”ホーネット”は装着された石ごと簡単に両断され、バチバチと放電しながら力なく地面に落ちた。亡骸を眺めて、彼女は吸い切ったタバコを捨てた。


「やはり、本体を叩かねば解けんか」


 今までは玉座から立ち上がるのは勝利宣告と決めていた。矜持に背くことは煮え立つほど腹立たしいはずなのだが、何も感じないのであれば上手く利用する他ない。軍略戦略は培ってきた戦法の数々を高みで見物する楽しみでやっていただけに過ぎない。いつしかプライドが執着に変わり、愚策を取る将は数多い。彼女もその一人になりつつあった。

 その事を反省する良い機会だと頭で言い聞かせ、アドニスは崖から降りて自ら戦場へ身を投じたのだった。

 ”(キング)”も時には動く。勝利を掴み取る為に──




◆◇◆◇




 馬を全力で走らせて幾分か経った。魔法生物である騎馬は、消費する体力が無い代わりに大気中にあるマナを消費させる。仕組みとしては、騎手が馬にマナを供給し続ければ時速五十キロを維持することができるという。

 道案内に選ばれた生き残りの兵士二人に導かれながら、僕たちは街道を駆け抜けていた。


「おい、いつになったら着く」


「お、おそらくもうすぐかと」


 せっかちに揺らすヴァン。訳あって二匹の馬にそれぞれ二人乗りしている状態であった。

 これから戦闘になるであろうヴァンとカナリアはマナを温存しなければならない。であれば、運び役として騎手となる兵士が前でマナを送り、その後ろでしがみ付く形となっていた。

 僕はというと、手足を引っ込めて荷物と化してカナリアの腰に巻き付かれている状態である。思った以上に揺れるし、反動で落っこちそうで怖いしで、出来るのであればもう着いて欲しい気持ちでいっぱいだった。

 雨で泥濘んだ街道は、もうすでにジンが破壊したであろう場所からしばらく離れている。脇に覆い茂る草木が高速で前から後ろへと流れる景色も見飽きたところであった。


「っ、前方に何か見えます!」


 兵士が告げると、ゆっくり馬の速度を落としていく。

 立ち止まっている場合か、とヴァンの抗議も虚しく、馬は完全に停止した。兵士二人は徐々にこちらに向かって走ってくる二つの影を見て、ビシッとすかさず敬礼。


「お知り合いですか?」


 カナリアが兵士の脇から覗き込むように前方を見て尋ねた。


「今作戦の副司令閣下だ。指揮長も兼ねて優秀だが、異動してきたばかりのイケ好かない奴だ」


「おい」


 敬礼を崩さないまま兵士が端的に答えると、もう一人が短く注意する。

 走ってきた二人が僕たちの元に着くと、肩で息を整えながら敬礼を返した。副司令閣下と思しき人物は、若く背の高い男。軍服の上に羽織っているマントからして偉そうである。もう一人は丸眼鏡を掛けた身長の低い女性。他の兵士と違って鎧を纏っておらず、軍服の胸に下げた実に伝わりやすいメディカルの紋章が特徴的で、一言で例えるならゆるふわ系のお姉さんだった。


「レヴィ副司令閣下。緊急事の為、急ぎこの場での戦況の報告をお許し願います」


「はぁ……はぁ……きょ、許可する……」


「はっ──我々は村で魔物の軍勢に襲われ多数の被害を負いつつも、これに撃破。状況が芳しくないと判断し、こちらヴァルヴァレット姉弟をアドニス総司令閣下に増援として送り届けようと馳せ参じた次第です」


「……たった二人か?」


 息を整えつつも、男は訝しげに馬に乗せられる二人を見た。まだ子供ではないか、と言わんばかりに不服そうな表情を隠さない。

 あからさまな反応にヴァンの顔も険悪なものになったが、下手に口出しするのも時間を無駄にすると理解してか押し黙っていた。


「この二人は戦闘面においては我々の上をいきます。必ずやお役に立てると進言致します!」


「えへへ、褒められちゃった」


「馬鹿姉、空気を読め」


 小声でやり取りする二人を眺め、副司令なる男が深く息を吸う。

 どうやら、ようやく息が整ったご様子であった。


「私は少佐から”ステイル”の役割を命じられた」


「──っ! ”ステイル”ですか!?」


 兵士二人が驚愕する。”ステイル”という言葉に馴染みがない為、どういう意味なのかさっぱり分からない僕を含めた三人が疑問符を浮かべた。

 男はそんな僕たちに目を向けて語りかけてきた。


「これから向かう君たちにも知って欲しい。”ステイル”とは我が部隊だけで使われる作戦名であり、言わば敗走準備だ。正しくは”引き分け”という意味だが、やってることはそれだ」


「つまり、負けそうってことですか?」


「分からない……鉄の竜と遭遇し、兵士同士の戦いとなったが、突然黒い球体が我が軍を覆い尽くした」


 鉄の竜。やはり交戦と相なっていたのか。僕たちは予想通りの展開に顔を強張らせた。

 男は苦悶の表情を浮かべて続けた。


「アドニス総司令は私に命じた後、あの場に残られた。未知の魔法だ……考えたくもないが、壊滅の線もあり得る」


「ランチアネッタ軍曹──」


 兵士二人は、隣で敬礼したまま立っている女性隊員に視線を向ける。ランチアネッタと呼ばれた彼女は黙って何度も頷いて、事の真実を肯定する。

 なんてことだ。一度はアディシェスとの戦闘経験があるというものの、まだ秘められた魔法を使われるとこちらのイニシアチブが発揮しづらい。もし壊滅であるなら出向く必要すら手遅れとなってしまうのだが……


「無理を承知で頼む! 少佐を、アドニス総司令を助けてくれ!」


 困惑の色を浮かべるカナリアに突然、男は頭を下げた。

 副司令閣下と呼ばれる立場の男が、単なる護衛騎士の田舎娘に全身全霊の誠意を見せ、僕たちも兵士もランチアネッタも驚愕した。


「初めは矮小な理由で逃げ出した、兵の風上にも置けぬ若輩者の私だ。他の兵士たちから歓迎されていないのも分かっている。だが彼女は、彼女だけは失ってはいけない!」


 強い瞳を向けて懇願する。何故そこまでするのか推し量れない男の姿に、たじろぐ兵士たち。

 しかしそんな中、ヴァンだけが馬から降りて男へと歩み寄ったのだ。


「アンタがどういう人間で、どんな気持ちで出会ったばっかの俺たちに頭下げてるのかは分からない。ぶっちゃけ、軍の連中ってのはみんなムカつく奴らばっかりだと思っていたが──」


 後頭部をガシガシ掻きながら述べると、あろう事かヴァンは頭下げる男の肩に手を乗せた。

 兵士たちが「恐れ多いぞ!」と声を掛けるが意に介さず、


「心配すんな、俺たちが何とかする。あの教員には殿下も世話になってるしな」


 と堂々告げた。

 ヴァンはここぞとばかりに格好を付けたがる。他ならぬミラ皇女殿下──想い人の前だけだと思っていたが、心境に変化が訪れたとでも言うのだろうか。

 男はそんな彼に「ありがとう……ありがとう」と感謝の言葉を重ねた。


「こっからは俺たちだけで向かう。馬一騎あれば事足りるし、このおっさんを連れて村まで頼む」


 カナリアと一緒に馬に乗っている兵士に指示し、ヴァンはこの場の最善を指揮した。本来であれば目の前で項垂れている副司令閣下が執り行うべきはずなのだが、そこは触れないでおく。

 兵士も困惑しながらも渋々承諾し、馬一騎、カナリアの後ろに跨った。


「ちょっと、これ私がするの?」


「俺のこと知ってるだろ。頼むぜ姉さん」


 後ろから前へズラされたカナリアが不服そうに溢す。手綱を握らされ、生まれて初めての騎乗に不安気である。

「えい!」と適当に手綱を振る。すると馬が前足を掲げて暴れるように駆け出した。まるでロデオ。さらに激しく揺れ動く景色に、僕は目を回すばかりであった。




 街道に取り残され、とりあえず馬を降りた兵士二人、副司令官、ランチアネッタ軍曹の四人はヴァルヴァレット姉弟が駆け出してゆくのを呆然と眺めていた。


「行っちまった……」


「レヴィ副司令閣下、我々は如何致しましょう。あの少年の言う通り、村まで同行致しましょうか」


 兵士はこの場において最高指揮者に指示を乞う。よもやこのまま立ち尽くす訳にはいかない。作戦が開始された時点から、可能な限り動き続けなければならないからである。

 男はヴァンの言葉を胸に潜ませ、軽く咳払いをした。


「私は考えを改めなければならない。あのような少年少女たちに助けを乞うた判断は間違いではないと信じているが、些か分が悪い──」


「と言いますと?」


「特例として私に課せられた命を貴殿ら二人に与え、任命する。これ以上の命令の股掛けは許さん、心せよ」


「はっ!」


 腕を後ろに組み、背筋を正して連ねると釣られて兵士二人も敬礼をして足を揃えた。

 命令の押し付けは立派な軍規違反である。それは如何に上官であろうとも変わらない。しかし、男はそれが最善の策だと自分に言い聞かせた。


「して、上官殿はどうされる御つもりで?」


 一人が少し皮肉めいた言葉を使って問い質した。それもそうだ。軍規を重んじる立場の人間が自らルールを破るのだ。多少信頼がないとは言え、理由があるに決まっていた。


「私はランチアネッタ軍曹と再び戦場へ戻り、かの少年少女のアシストを行う。そもそも馬が足りない」


「ええ〜〜、また走るのですか〜〜!?」


 そう告げると、ごもっともと言わんばかりに納得する二人。その端で指名されたランチアネッタは不満の声をあげた。

 馬は最高二人まで。ただでさえ二人乗りは負担が大きい。三人四人も乗れるスペースもないし、ここは二手に別れるのが吉と判断したのだ。幸い、戦場までの距離は短い。


「軍曹、私も貴殿も同じ隊に属する軍人だ。弱音を吐くなとは言わんが、もう少し気概を見せたらどうかね……まぁ、かく言う私も、訓練を疎かにしてきたツケが回ったと正直後悔しているよ」


 二人揃って肩を落とす様子を見て、兵士二人が我慢できず笑い出した。

 キョトンと目を白黒にさせていると、うちの一人が包み隠さず答える。


「失礼しました。いえまぁ、副司令殿もそんな顔をするんだと思ったまでです」


「正直我々も、副司令殿が異動してからというものの、些か距離を感じていたもので」


 出来る限りオブラートに包むが、要は毛嫌いしていたってことである。それが分からないほど副司令閣下は鈍くはなかったが、甘んじて受け入れることとする。

 少なくても、この二人から心を開いてくれた手応えがある。出世街道を直向きに歩んで来た己にとって、何とも新鮮な心地の良さであった。


「では、武運を祈る」


「副司令閣下も、達者で」


 談話もそこそこに、男はぐずるランチアネッタを引っ張って元来た道に向かって走ろうとした。

 再度見送りの為に敬礼をする二人に、副司令閣下は背を向けたまま声を張り上げた。


「これが終わったら、酒の場にて詳しく話を聞こう!」


 最後に告げられた言葉の意味を察し、一人が敬礼をしたまま隣の相方へ肘を突いた。

 口は災いの元。余計なことを言ったせいで、上官殿を毛嫌いしていたことについて只管問い質されるだろうと未来予想図を描き、二人は肩を落として馬に乗ったのであった。

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