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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
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エピソード65 球体の中

 黒い球体は徐々に広がりを見せていった。その間、魔法部隊(ビショップ)による攻撃は虚しく、打ち破る気配を見せない。それよりも球体に吸い込まれるように兵たちが次々と呑み込まれてゆく。

 呑み込まれた者が球体から外へ出る様子はない。おそらく、吸い込まれれば最後、あの中で途方の無い苦痛が待ち侘びているに違いない。そう思わせるには充分な程、異常な光景であった。


「少佐殿、撤退を!」


 指揮長が狼狽しながらアドニスに短く進言した。ここで彼女を失えば被害が甚大で終わってしまうのは目に見えて明らかだ。単なる失敗で終わるならまだしも、失敗の責任追求まで見越すなら彼女の死は何としても避けたかったのだ。

 この男はこの後に及んで自身の保身に走った。下心が見え透いているが、彼女はその判断が間違いとはカケラも思わない。正常正論ごもっとも。何故なら、それが人の上に立つ者としての義務だからである。

 それは国を担う王でも、日雇いの下働きを指揮する者にも同じことが言えること。あらゆる権限を持って指示する代わりに、不慮でも故意でも間違いがあれば罰せられなければいけない。それが責任を負うということ。至極真っ当な人の営みの摂理。しかし──


「私はここを動かん。撤退なら貴様だけしろ」


 アドニスは迫る黒い球体を睨みながら突っぱねた。

 幸いなことに、球体の広がりは人の歩く速度とあまり相違ない。いずれこの玉座にも届くにしろ、まだ少し時間がある。


「どうしてですか! ”軍神”とあろう御方が死なれると困るのですよ!」


 男は内心混乱していた。こんな事態に陥れば、誰だって先ずは逃げるからだ。迫り来る危険を前に、それでもと座して対峙する意志を覆さない。男の目に、今の彼女の姿は自殺願望者か、狂気に近い矜持を持った愚か者として映っていた。


「言ったはずだ。敵前逃亡を謀っても、帰って鍛え直すと」


「そんなのは詭弁だ! 誰も本気にしない!」


 おそらく責任を負わせようとするのは上層部か王政の人間。その矢面に彼女が居なければ待ち受けるのは自分自身。しかしこうやって足を止めている内に死んでしまうのも滑稽な話である。

 男は板挟みになった状況に頭を抱えた。


「貴女はそんな人間じゃないはずだ……責任から逃れる為に自死を選ぶような軟弱者じゃないはずなんだ……なぜ」


 軍部内で噂は予々聞き及んでいた。悪鬼の如く狡猾で、魔人のように冷徹で、されど勝利の為に身を焦がす戦争の申し子。

 逃げも一つの立派な戦術のはずなのに、何故なのか。


「貴様は何か勘違いしているようだが、私はまだ負けたとは微塵も思っておらん」


「────」


 抱えた頭から手を離し、疑問符を浮かべて彼女を見た。

 噂は噂。昇格ついでに異動となって彼女の部隊に配属されて数週間、人の子は所詮ヒトなのだと思っていた。しかし、彼女のまるで狩りを楽しむかのような歪な笑みを見て、考えを今一度改める。

 噂は時に、真実を語るのだと──


「レヴィ副司令官、若輩者の貴様に”ステイル”の役割を命じる」


「そ、それは……」


 ”ステイル”とは”ステイルメイト”を意味する。この場では、引き分けに持ち込まれそうになった場合の処置法で、所謂伝令役である。

 増援を呼ぶなり敵情報を報告するなり、至って普通の戦法。しかしこの場に限っては色々な意味を持ち合わせる。

 この保身に走りがちな指揮長を動かすには、何か役割を与えてやるのが容易。たとえ目的が逃亡だとしても、言い訳ができる。


「後衛支援のランチアネッタ軍曹も証人として付けろ。あの丸眼鏡ならそれなりの信頼もある。証人足り得るだろう」


「少佐……」


「それぐらいの仕事をして貰わねば困るのだよ」


 服の上に落とした未点火のタバコを拾って、アドニスは再び咥えた。玉座から微動だにしない彼女の横顔に向かって、男は敬礼をした。


「拝借させて頂きます。ご武運を──」


 もう目の前にまで迫ってきた球体から背を向けて男は一目散に駆け出した。走り去る足音が遠くなるのを耳にして、アドニスは「扱いやすくて助かる」と呟く。

 吹かすタバコの煙が宙を漂い、黒い球体へ吸い込まれていく。アドニスは目を瞑ることなく真っ直ぐに睨み、球体を潜った──




 中は心なしかひんやりとしていた。黒いドーム状の空も、太陽の日差しさえ遮断されているはずなのに明るさは変わらなかった。むしろ、無駄な情報が消えてスッキリしている程である。

 体に異常は見られなかった。特に痛みはない。しかしどうやら外には出られない鳥籠。逃げ道は完全に塞がれた。

 自身の体に異常がないなら、同じ空間にいる兵士たちも同様に違いない。アドニスは戦況を把握すべく抉れた地面を注視した。


 兵士たちは戦っていた。しかしどうも様子がおかしい。

 あれほど"ジャンク"を押し返していたのにも関わらず、戦況は変わって拮抗。むしろ互いに数を減らしていただけであった。それだけではない。”ジャンク”の剣に弾かれ、尻餅を着く兵士。そこから何も抗いなく”ジャンク”の剣に貫かれたのだ。普通ならもっと足掻く。そのはずなのに、最後まで抵抗を行わないのだ。

 続く光景に、アドニスは目を疑った。貫かれた兵士は鮮血を噴き出しながらも苦悶する様子を一切見せない。血を流して力なく倒れ伏すと、事切れたようで動かなくなった。そしてあろう事か、光の粒子となって死体が消えて失くなっていったのだ。一滴の血も残さずに、そこに空白を残して。


 間違いなく、常識の理を逸脱している光景。なのに何故か、驚きもなければ焦りもない。我が手足と謳ったはずの愛しの兵士が刺され、消えたのにも関わらず、アドニスの心は動かない。

 疑問には思う。ただ、それが普通なのだと達観している自分がいる。


「これが、そうさせているのか」


 球体の空を見上げて答えを導く。兵士たちの動きと自分の心境の変化──否、心境の動かなさ(・・・・・・・)を照らし合わせた結果であった。どうにも兵士たちに覇気がない。目が虚ろで、まるで心を失った人形のように、ただ剣を振るう駒と化していたのだ。


「聡慧デアル。ニンゲン」


 一体の”ホーネット”が飛んできて、アドニスに語り掛けてきた。

 ”ホーネット”には武器が付いておらず、代わりに青い光を怪しく灯す石のようなものを装着していた。語り掛ける声に、思い当たる節があるのはたった一機。


「貴様か、鉄クズ」


「左様。逃ゲズニ居タ貴様ト語ライタイ」


「語らう。何をだ」


 今は戦時。相手と語らうのは口ではなく剣であり、戦である。

 本来なら憤りすら覚えるはずなのだが、ここではそれすら許されない。心は至って不動のまま、相手が何を知りたがっているのかを分析する。


 幸か不幸か、鉄の竜と対峙しているシエルの身には変化がない。依然、ただ悪戯に剣を振り回しているだけであった。


「本気を出したアイツは綺麗なんだがな……」


 小さく、溢す。

『黄昏の刀剣姫』の異名を持つ彼女の晴れ舞台を、再び目にしたいという気持ちだけが、この場においても尾を引いていた。


「何カ言ッタカ」


「何も。何を語らうという。貴様のような鉄クズに、話す事などないと思うが」


「ニンゲン、アノ砲撃ヲ知ッテイタ。何故ダ」


 冷たく遇らおうとして、”ホーネット”が煩く飛び回る。

 答える義理はないが、状況を打破する為には情報が必要であった。アドニスは頬杖をしながら提案する。


「条件だ。一つ答えたら、こちらの質問にも答えろ」


「……構ワナイ」


 相当な自信があるのか、それとも好奇心ゆえなのか。掴みどころの無い反応に彼女はタバコを燻らせて話す。


「砲撃とは、あの一撃のことだな。端的に答えるなら、私は何も知らない」


「嘘ダ。アノ形状ノ武器ハ、コノ世界ニ存在シナイ」


 アドニスの頭に過ぎるのは、鉄の竜の初撃の一発。あの筒のことを指しているのだろう。

 知らぬ存ぜぬを通そうとしても、否定されては嘘の吐きようもない。観念して素直に答える。


「私の知り合いに研究熱心な奴がいてな。”銃”と言うのだろう? あの筒から鉛玉か何かを放ち、的を射る武器だと聞いている」


 この世界に身近な武器は剣と盾が主流だ。飛び道具に関しては色々と長年研究されてきているのだが、魔法で事足りるのが現状である。

 あの筒状のものを幾ら用意したところで、魔法の盾は砕けない。あの鉄筒を肥大化させたところで城砦を壊すとしても、その工程に一体いくらの時間と費用が掛かるというのだ。使える魔法使いを用意して爆裂魔法を放つ方が手っ取り早い。実用化は程遠いのだ。

 それでも彼女──ハルバード・クリュス・ドーラの家系は魔法という概念に頼らない術を代々継いで研究しているのだ。"銃"という代物も、彼女の親戚が実用できないか軍部に持ちかけてきた流れで知っただけに過ぎなかった。


「細かいカラクリは知らん。しかし、あのような威力を出せるのであれば考えを改めなければな」


 そう締め括ると、”ホーネット”はワナワナと震えていた。


「愚カ。何ト愚カ──」


 声色から察するに、怒りで震えているのだろう。この場でなければアドニスは不敵な笑みを浮かべて挑発の一つや二つ言って退けたのだが、そういう気分に一切ならないので口を挟まずに片目を閉じていると、”ホーネット”は再び音を鳴らした。


「貴様ラハ知ラナイ。兵器トイウ、恐ロシサガ。ソノ、思考ガ」


「何を今更」


 恐ろしさ。その言葉に、アドニスは嫌味を込めて”ホーネット”に向けて煙を吹いた。


「元来、軍とはそういうものだ。如何に己は死なず、敵を多く屠るか。使える物は全て使い、有用な技術は惜しみなく織り込む。”科学”と名乗った彼奴等の技術と、長年培った我々の魔法。その使い道は己が決めるのであって、決して貴様ではない」


 心外だ、とアドニスは鉄塊に告げる。


「恐ろしいだと? 思考が危ないだと? 王都にも居たよ、偉そうに説法する僧侶共が。貴様と瓜二つの言葉を連ねてな」


 道徳を語る司教たち。王都の軍事力が低下の一方を辿る原因のひとつであった。


「しかし我々はその力を行使して王都を繁栄に導いた実績がある。今では護衛のような役回りにされているが、それでも治安維持に貢献していると自負するよ」


「ユクユク、ソノ技術ガ、世界ヲ滅亡ニ追イヤル。呪ワレタ、チカラダ」


「知らんよ。これが我々だ。世界云々よりも、目の前の敵を討つことに心身を注ぐ。説法する相手を間違えたな」


 アドニスはそう言葉を残して、玉座から重い腰をあげた。

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