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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
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エピソード64 シエル

 アドニスとは十年前、互いの歳が十七の頃に出会った。その頃の彼女はもうすでに一部隊の長を務めており、自分とは比べ物にならないほど強い信念を抱いていた。


 とある小さな村で、シエルは産声をあげた。大好きな父と母、村人たちに囲まれ順風満帆な生活を送っていた。父の家系は何やら特別な系譜らしく、シエルは村はずれの祠でよく精神統一やら剣の稽古やら叩き込まれた。それでも彼女にとっては決して苦ではない。むしろ努力すればするほど結実していく達成感は、何物にも替え難い喜びがあった。

 ある日、祠にある刀剣のことを聞かされた。

 曰く、魔王が統べる暗黒時代の真っ只中、村では勇者を産み出そうとしていた。いつしか祠の刀剣を抜き放ち、世に平穏をもたらさんが為と代々受け継いで守ってきたのだという。父は物心ついて間もない彼女の頭を撫でながら、そう語った。

 お前がみんなを、世界を、救ってくれる。そう信じている、と──


 村が襲われた。十五の時だ。

 魔物の軍勢に見つかり、村人も、父も、母も、彼女の前で死に絶えた。

 シエルは祠へ逃げ、誰もが抜けなかった刀剣を抜いたのだ。その頃から剣の腕は大陸随一と言っても過言ではないほど上達していたのだが、村を助けるには時間が足りなかった。

 こうして彼女は何もかも失い、孤独の最中、二年の歳月を懸けて剣を振った。

 ありとあらゆる魔物を斬り伏せてきた。時に悪人も斬った。ぶつけ損なった憎しみだけを抱き、虚しくなって雨空を見上げる。そんな日々を繰り返している内に、ある転機が訪れた。


「貴様がこの辺を荒らしてるという”刀剣”か」


 彼女はまるで燃え盛る炎。雨に打たれているにも関わらず、淡い翡翠の瞳に渦巻く炎を見た。

 鬱蒼とした森の中、刀剣で木々を薙ぎ倒した丸太に腰掛けて、シエルは冷たい目を向ける。

 つい先程、大型の魔物を狩り殺した直後のことだった。


「……軍の犬が、何用だ」


「端的に答える。それは私たちの獲物だ。取られるのは少々困るんだよ」


 彼女の後ろには数人の兵士が剣を抜いて警戒していた。得体の知れぬ人間が、たった独りで大型の魔物を屠ったのだ。怯えるのも無理はない。

 しかし彼女だけは違った。猛々しい瞳を逃すまいと言わんばかりにシエルを獲られて離さない。


「呆れた。人間に害をなす魔物を庇うの? 自己評価のために」


「ああ、そうだ」


 こいつは危険だ。シエルは侮蔑の意を込めて舌を打った。

 目の前の害敵を倒すのは当たり前。彼女の真理だった。だがこの女は、村に火が巻き起こってもしばらく傍観する性格をしている。軍人なのに、軍という立場でありながら、己の為だけに平然と民を見捨てる類の悪人だ。

 軍人は民を守るべき存在。世間知らずなシエルでもこれぐらいの常識は弁えていた。故に、彼女をここで屠ると決め、刀剣を抜いた。


 そこからは無言で互いに剣を交えた。

 剣術では確実に有利だったのだが、彼女は平気で盤外戦を使ってきた。付いてきただけの部下に指示を出して支援させたり、体術を繰り出してきたり、不利になったら身を隠したり、多彩な戦法を仕掛けてきたのだ。

 長時間に渡り、決着は付かず。互いに体力が尽きて同時に突っ伏すように倒れた。いや、相手の兵の息があっては実質こちらの負けだった。

 生まれて初めて、負けを知った。

 どんな狡猾な悪人であろうと、どんな屈強な魔物であろうと、負けはなかった。しかし、こんな悪女に負けていては幾ら剣術に優れていても世の平穏を願った父の意志が潰えてしまう。

 生まれて初めて、悔し涙を浮かべた。

 泥に塗れ、何もかも失った自分にはお似合いの姿だった。


「貴様、女にしてはやるな」


 対し彼女は笑顔だった。

 軍服が汚れようと、顔に泥が着きようと、まるで意に介さない。満足気な笑み。死力を尽くして得た勝利、その栄光を掴み取ったかのような眩しい表情に、シエルは目を奪われた。


「貴女も、女に見えますが」


「一緒にするな」


 何がこうも違うというのだ。彼女の中で疑問が湧き上がる。

 それはひとえに興味だった。強烈な好奇心。名も知らぬ女軍人に、悪名高そうな振る舞いに、シエルはいつしか彼女に惹かれていた。


「名乗りが遅れたな──」


 一足先に立ち上がり、彼女はシエルに手を差し伸べた。


「アドニス・グランチェスカ・バイオレンスだ。卿は?」


「シエル。ただのシエル」


「ではシエル。私の剣となれ」


 強引に彼女の手を掴み、アドニスは引っ張り起こす。

 これが出会い。まんまと軍に率いられ、彼女と共に幾多の戦場を駆け抜けてゆく序章の幕開けとなった。

 ただの村人の少女シエルが、その後の活躍によって階級が与えられ、シエル・ヴァーミリオン・エスパーダと名乗る日が来るのは、もう少し後の話である──




 鉄の竜と対峙して、シエルは昔のことを思い返していた。

 アドニスと出会わなければ、今頃どうなっていたかは分からない。虚しい心に擦り減らされ、野垂れ死ぬのが関の山だと結論付ける。故に、彼女の胸に秘める想いを知った今、彼女が剣として頼ってきた今、彼女の剣となると決めたあの日の誓いを果たすべく、シエルは立ち向かう。


「人間よ、なぜ戦う」


「そんなの、決まっているでしょう」


 鉄塊の問い掛けに当然だと言い切ってみせる。

 心の中に燃え滾る熱き想い。ひとえに彼女の為だ。それを口にしてしまう程、シエルの意志は安くはない。

 刀剣を幾度も重ねて叩き付ける。鋼鉄の表面に傷が入るが、両断するには程遠い。しかし、傷を負わせることが出来るのであれば、いずれ──


「嗚呼、なんとはや勇ましい」


 両翼を盾代わりに防御していた竜が呟いた。まるで輝かしくも眩しい宝物を見つけたかのような、恍惚とした声色。

 何か、様子がおかしい──


「人間共は須く愚か。しかし、御主は違う。他が為に、己を貫く強い意志。その輝きを見た」


「何の話を……」


「御身に敬意を表する。不完全であるが故に、持ち得る感情が起伏し、常に我々の想定を上回る。無から生まれ出でるそれを"奇跡"と呼ぶのなら、我はその新芽を摘み取り、貴様らをただの生物(ニンゲン)にしてやろう。故に──」


 耳を塞げ。目を閉じよ。口を噤め。

 何も感じず、何も得ず、何も奪われない。

 怒る必要などない。嘆く必要もない。何をも縛られず、自由に、ただ生きる屍と化せばよい──


「我が名はアディシェス。虚数単位(イマジナリーユニット)(フォー)。真名”アスタロト”なり」


 紡がれる詠唱。それはシエルが知る限り魔法ではなかった。

 まるで呪詛。世界を呪う言霊。”アスタロト”と名乗る悪魔の目から禍々しい青色の光が灯った。

 身構えるが、もう遅い。鉄の竜が大きな両翼を広げて、告げる。


「征くぞ人間、我々に”可能性”を見せてみろ」


 外殻(クリファ)──『無感情たれ怠慢者(アケーディア・アディシェス)




 辺りが、黒い空間に包まれた。

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