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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 四章 〜無感動〜
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エピソード62 初撃

 アドニスが今いる街道の行先には小さな都市がある。緑豊かな土地と巨大な湖が特徴であり、王都ほどではないにしろそこそこの人口を誇っている。農林漁業が盛んで、この街道を通じて王都との輸出入が長年行われてきた。謂わば都市と都市を繋ぐ血管なのだ。

 街道はここだけじゃない。王都を中心に他の都市を繋ぐ街道は幾つも存在する。それらのおかげで王都の繁栄は守られていると言っても過言ではない。街道を血管と例えたのも、言うなれば王都は心臓、他の都市は臓器、人や物資は血液といった具合だからである。

 しかし、都市と繋ぐ街道とは言え、ここは田舎村の外れに位置する。最低限の舗装は施されているものの、横幅の広さなどは考慮されていない。

 待ち伏せか、はたまた都から飛んできたのか。どちらにせよ、こんな場所で”鉄の竜”と出会すのはアドニスにとって致命的であった。


「少佐っ」


「お前はまだここにいろ」


 シエルが腰に携えてある剣を手に掛けようとしたところで制した。

 本来ならば、多数の魔物を想定として組み込んだ戦術を応用してぶつけるのがベターだ。強敵にはシエルを当てがい、残りで遠隔から攻撃を仕掛ける。単純だが効率の良い対処法だ。対人戦なら打開策も講じられるが、魔物相手なら大体は通用する。

 しかし、今は違う。相手は報告にあった悪魔だ。デカブツに踊らされ、下手に手を打つと痛い目に遭う。過去の経験から学んだことだ。


 アドニスは空飛ぶ奇怪な塊から片時も視線を逸らさずに策を練る。兵士たちが狼狽え、上官からの命令をひたすら待っているのにも関わらず、黙って相手の様子を伺った。


「──人間共。嗚呼、なんとも愚かな人間共よ」


 鉄の塊が、人の言葉を口にした。

 顎が開き、何が流れているのか分からない管という管が張り巡らされている虚空の中から、人のものとは到底かけ離れた声帯で、討伐軍を呼んだ。


「これより先へは何人足りとも通しはせん。引き返すのであれば、見逃してやろう」


 語り掛ける言葉の羅列は通せん坊。一同が口を噤む最中、耳にした途端に笑い出したのは他でもない”軍神”であった。

 長いこと軍に勤めれば、笑い一つを取っても芝居掛かってしまう。それも見た目ほど上品な笑い方など、とうの昔に捨て去ったと言わんばかりに豪快で、不敵で、まさしく噂に違わぬ悪鬼の笑みを浮かべる。ひとしきりに笑った後はスンと表情を戻し、「性分だ、許せ」と口癖を付け加えることも忘れない。


「まるで三文芝居の悪役名台詞。いや実に結構──」


 アドニス自身は劇場などに足を運んだ覚えがないにしろ、これがどれだけ陳腐なものかは理解できる。例えここが舞台だとするのなら、茂み側で眺める観客は如何思うか。喜劇だと笑ってしまえばいい。

 だが、たとえ喜劇だったとしても、彼女のやるべきことは変わらない。


「聞けよ鉄クズ。我々は軍だ。行く手阻む障害など、一捻りだぞ?」


 注意勧告。魔物相手であるなら容赦はしないが、それ以外に該当する者には一言告げねばならない軍規である。少佐たる者、軍規を破っては示しがつかない。

 剣を抜き、剣先を空飛ぶ異形に向けて言い放つ彼女を見て、鉄の竜が動いた。


「ならば」


 両翼を羽ばたかせる。羽毛などカケラも無い、冷たい鋼鉄がガキガキと鳴らして高度を上げてゆく。翼の脇にある排気口から煙を排出し、顎を真下に向けて大きく開いた。

 虚空の中から一つ、筒のようなものが現れた。大きく、どっしりと構える姿に、兵士たちが「アレは何だ」と首を傾げる。

 その形状に、アドニスは見覚えがあった。西大陸では先ず出回らない代物。遠距離から狙い撃つためのギミックに必要不可欠な形状。


「シエル、前方にありったけの防御壁を張れ。前衛(ヴァンガード)もだ!」


 彼女の叫びに反射的に応えるシエルと前方にいる兵士たち。詠唱を素早く唱え、軍勢と鉄塊の間に遮断する見えない壁が生まれた。

 複数人によって生まれる複合魔法。特徴としては個人のセフィラの色によって運用が偏ってしまう単体魔法と違い、威力は絶大。色による分け隔てを無くして発動し、役割を発揮するといった魔法技術である。歴史ある王都ならではの、先人から授かった知恵の結晶体。欠点を挙げるなら、運用が魔法攻撃と防御手段の二つのみ。習得にはかなりの時間を要し、更には個々の精神を統一させる必要がある。

 前者は戦略次第。後者は度重なる訓練でそれなりに扱えるようになった。ここまで素早く発動するのも、ひとえに”軍神”故である。二つ名の異名は伊達ではないという証明でもあった。


 ガコン。鉄塊から異音が重く響き渡る。


「来るぞ。歩兵、伏せろ!」


「伏せろぉ!!」


 繰り返す指揮長の声に、アドニスより後ろの歩兵──およそ六百もの兵士が一斉に頭を手で覆って街道の床に埋めた。その様は、さながら命を乞うて祈る信者であった。

 間もなく、筒状の物体から光が収束し、放たれた。

 瞬間、辺り一面が光と轟音に包まれる。地面が大きく揺れ動くことだけが、肌身で感じるだけとなった。




 時間にして一分も経ってないだろう。しかし、一同にとっては無限に等しい刹那を体感させられた。

 何やら収まったと、兵士たちは恐る恐る固く閉じた瞼を押し上げる。

 先ず目に入るのは己が立つ地面。街道に敷かれた煉瓦が浮いてガタガタになっていたり、ひび割れて粉々になっているものもあった。次いで、仲間の姿。大体が同じ態勢で伏せっており、中にはすでに頭を上げる者もいた。どうやら自分たちは助かったようだと一先ず安堵する。今度は辺りの光景に目を配る。そこで一斉に息を呑んだ。

 茂みが無いのだ。あれだけ覆っていた草木が、鬱蒼とした森が、自然が、軒並み消えていたのだ。あるのは更地となった地面。しかも平地ではなく半球型を描くように大きく抉れているではないか。

 そこでようやく理解する。破壊という衝撃が自分たちを襲い掛かったという事実。無事なのは前方に魔法壁を張って凌いだ部分のみで、あとは全て消し炭と化していた。


「なんなんだよ、これ……」


 一人の兵士が呟いた。

 強烈で強大な複合魔法でもこんな結果は産まない。百や二百を束ねても、精々半壊といったところだ。明らかに度を超えている。魔物も人間も、この半分以下で事足りるからだ。それを成し遂げてしまう未知なる物体に、兵士一同が恐れ慄いた。

 これと対峙するなんて以ての外。命を優先するのであれば、素直に降伏して引き返す他ない。

 誰もがそう思った。しかし──


「まったく、舐めたことをしてくれる」


 我らが”軍神”は違った。

 冷や汗ひとつも見せず、涼しげに腕を組んでタバコを燻らせる。その堂々たる姿に、一同は何故だと疑問を持つ。恐怖はないのか。恐れは。危機感は。人のあるべき感情が決定的に欠けているのではないのか。降伏という選択肢も充分に有り得るはずなのに、撤退という宣言すらも脳裏を掠めない佇まい。何故なのか──

 赤く燃え盛るような炎を連想させる長い髪が靡くのを見て、歩兵たちは逡巡し、一つの答えに辿り着く。

 嗚呼そうか。これが”軍神”なのだ。


「被害は」


「死者ゼロ。重症者四名。軽症者多数。いずれも前衛(ヴァンガード)部隊からです」


「上々」


 シエルとの短いやり取りを経て、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

 その間に前衛では衝撃を真っ向から防ぎ切った負傷者たちを後衛へと運び出される。のちに後方で控えている回復魔法を使える衛生兵に治療を受けさせる為だ。この迅速な行動力も、軍として鍛え抜いた業であることは、この場にいる皆が承知である。


「喜べ、我が愛しい手足共。まだ生きている」


 いつまでも頭を垂らしている歩兵たちに向け、アドニスは馬を降りて振り返った。行軍中では常に後ろ姿しか見えず、戦になれば振り返る余裕なんてない。しかし、今はあの少佐が我々を見ている。見てくださっている。

 歩兵が一人、また一人と立ち上がった。冷静に考えれば、情けなく逃げても背を討たれるだけ。命は惜しい。惜しいからこそ、今は立たねばならぬ。我らの背には、村が、王都が、家族が、愛する者がいる。ここで目の前の敵から逃げれば、おそらくもう皆に明日はない。

 誰に何を言われるまでもなく、歩兵たちは勝手に士気を高めた。最初は小さい掠れるほどの声が、徐々に大きな産声となって張り上げてゆく。

 そうだ。我々には彼女がいる。彼女”たち”がいる──


「アレを出せ」


 歩兵の様子を見て、アドニスは満足気に頷く。指揮官の意味を持つマントを翻して前衛へと歩みながらシエルに指示を出した。

 待ってましたと彼女が詠唱して異空間からある物を取り出し、見晴らしのよくなった崖端に設置した。

 アドニスが率いる軍には特別な慣わしがある。それは玉座だ。チェスで例えるならキング。その意を込めて、彼女が座り、わざわざ相手に意思表示するのだ。

 私が王だ。獲れば貴様の勝ちだぞ、と──

 そしてこれは、戦闘開始の意味も併せ持つ。すでに周知の兵士たちは、こぞって携えた剣を抜く。


「さぁ鉄クズ、そろそろ始めようじゃないか」


 鉄塊が放った一撃にも怯まず、恐れず、軍勢として対峙する。

「ぬぅ」と短く訝しげに鉄の竜が唸った。


「我々の、戦争を」


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