エピソード60 今後の方針その2
討伐軍。それは今朝方魔物集団を叩くと言って出陣したアドニス軍勢のことを指していた。
包み隠さず言い放つルースリスに皆が驚愕する。
「なんと……」
「急いでアドニス少佐のところに行かなきゃ!」
「馬鹿姉、ついさっき自分の言ったこと忘れてないだろ。この戦力でどうなる」
「でも!」
各々の意見はそれぞれ異なっていた。
カナリアはアドニスの助勢に入ると言い張り、ヴァンが止めに入る。
アフェクは何やら思考を凝らしている様子なのだが、このままではヴァルヴァレット姉弟の意見が割れたまま硬直してしまう。
「さっき俺に言ったことを綺麗に梱包して返してやる。俺たちの主人は誰だ。殿下の身に何か起こる前に駆け付けるのが護衛棋士としての務めじゃねぇのかよ!」
「────」
ヴァンの言うことは尤もだ。彼らは本来、ミラを護衛するという名目で王都に来ているはずなのだ。それが何の因果か、悪魔の企みに巻き込まれつつある。いや、もう巻き込まれている。
さすがのカナリアもぐうの音も出ない様子だった。
「ちょっといいか」
アフェクが再び手を挙げて二人を制した。
「まだ聞かねばならぬことがある。ルース、そのアディシェスとやらの戦力、勢力はどのぐらいなのだ」
ノスタルジア国でのアディシェス戦では、多くの魔物を従えていた。
今回もその大群となれば、いくら軍神アドニスと言えど多勢に無勢。
しかもこの村にあれだけの魔物を送り込めるほど余力があるのであれば、ヴァンの言う通り、僕らだけで加勢しに行っても無駄に終わる可能性が高い。
ルースリスは「うーん」と唸ってから答えた。
「多分、魔物はもういない。この一週間で村人たちに削られた分と今回の攻めが失敗した分で全部」
「どー、ゆー、こと?」
僕が首を傾げて聞くと、ルースリスは指を立てて説明する。
「つまり、アディシェスに渡された魔物の戦力は全部アタシに一任されてたの。きっと単騎でも兵士たちを足止めできる策があるのか、他の勢力が潜んでいるのか、それは分かんないけど」
彼女は後ろを振り返って、視線で示唆する。
今の街道入り口の有り様。地面が抉れ、果てまで続く虚空の平地。そしてそれを引き起こしたであろうジンの存在。
ジンのおかげで、大部分の魔物は消滅したと考えていい。
そう言えば、ルースリスは執拗にジンを狙っていた。世界が滅びゆく魔法の力を保有していると言葉を残して……
ジンのことは気になるが、当の本人は起きる気配を見せない。未だに地面に寝かせたままである。
問題を先送りにするのは気が引けるが、今はそういう事に感けている場合じゃないのは明らかだ。
「ならば、我々は軍神殿の軍に向かった方が良さそうだな」
アフェクが思案する。
「おいおっさん、ちゃんと理由があんだろーな」
「おっさんはそろそろやめて頂きたいが……まぁいい」
ヴァンの訝しげな問いに、アフェクはコホンと咳払いをした。
「いち早く王都に戻りたいヴァン殿の気持ちも分かる。だが、今戻ったところでこの状況を説明しても納得する者は少ないだろう。そもそも世界有数の外敵、悪魔の所在を知って尚、王都に逃げ帰るようなら敵前逃亡と揶揄されても仕方がないと思うが?」
「それは……」
珍しく、ヴァンが言い淀む。
「主人の身を案じての行動でも、安易に動けば逆に主人の立場を悪くする。ヴァン殿はその辺りも聡明なのだとわたしは思うが、違うか?」
彼の言うことは的確であった。
いくらアドニスに無理やり戦場へ駆り出されたとは言え、もうここまで前線に来ているのだ。今更引き返しても他の貴族から見れば嘲笑の対象にしかならない。
何より、ミラがヴァンの帰還を望んでいるとは考えにくい。
ヴァンが反論を考えている間に、アフェクは付け加えた。
「軍神殿に加勢しに行くのには利点がある。まず武功を上げられる可能性があること。過去に悪魔を退けた経験があるなら、必ず役に立つ。無事に生還できれば、その足で王都に戻ればいい。兵に余力があればある程、王都を守れる可能性は高くなる」
なるほど。アフェクの立案に思わず感嘆の意を唱える。
今、王都が危うい状況なら尚更戦力は必要になってくる。ここで足止めを喰らっている兵士たちを奪還できれば、王都ないしミラ皇女殿下を守ることが出来る可能性が大いに上がるという訳だ。
武功云々に関しては、今のヴァンにとってはあまり魅力的には聞こえないだろうが、今後ミラの立場が優位に働くものだと考えれば、決して悪い話ではない。
幸い、過去のアディシェス戦ではカナリアとヴァンはそれなりに戦えていた。
僕の横槍はあったものの、結果的に見ればこの二人の戦力は馬鹿にできないはずである。
「……わかった。おっさんの意見に賛成だ」
脳内で天秤にかけているであろう。しばらく唸った後に、ついにヴァンは観念した。
これで、この場にいる全員が満場一致で意見が合わさった。
カナリアも「そうこなくっちゃ!」と言ってガッツポーズを取って意気込んでいる。
「──で、編成はどうする」
話が次の段階に移り、ヴァンが全員を見回して思案する。
当然、これにアフェクが答えを出す。
「アイン殿、ヴァン殿、カナリアが向かうべきだ。わたしとルースはジンと村人たちを守る役を担おう」
「えっ、全員で向かわないの?」
ここでカナリアの頭に疑問符が浮かび上がる。
ガッツポーズを取ったまま目を白黒させる彼女を見て、ヴァンが頭を抱えた。
「ったくこの脳筋は……いいか? 何人かはここに残らねぇと、いざ攻められた時どーすんだよ。まだ相手に戦力が残ってるかもしれねぇだろ」
「それに村人たちを死地に追いやるのは愚の骨頂。兵士たちの足手纏いにしかならないだろうしな」
「うぐぐ……それぐらい分かってるよ!」
男二人から諭され、頬を膨らませながら反論するカナリア。
「でもルースが”そっち側”ってのは何でなの? 戦力としては申し分ないと思うのだけれど……その……」
カナリアは一度ルースの戦闘を目にしている。その他の理由としては、最後に言葉を濁したところにある。
繰り返す。ルースリスはジンを、村人を襲った張本人である。
そんな彼女を村の護衛側に就かせるのに疑問を持ったのだろう。
「気にしなくて良いわよ。アンタの気持ちは理解できるから」
彼女はカナリアを見上げてそう端的に述べた。
「でも聞かせてちょうだい。なんでアタシは”そっち側”なの? さっきまで殺し合ってたのに」
また攻撃して来るのではないのか。そういう疑念をもっと持って欲しいと暗に伝えていた。
アフェクは答えを予め用意していた様子で、ごもっともと言わんばかりに深く頷いてから口を開いた。
「理由は二つ。一つは我々に対する攻撃意志がないこと。これはもうアイン殿の信頼の裏返しと言っても構わないが、それを抜きにしても我々は言うほど頭が固い訳ではない」
「頭は硬いだろ」
「頭は硬いでしょ」
ぷっ。
「二人とも、聞こえておるからな?」
姉弟の軽はずみな呟きにアフェクのツルピカな頭が反応する。晴れ渡る太陽の日差しが、さらに光沢を呼んでいる。
吹き出すのを堪えていると、アフェクが怒りを抑えて続けた。
「もう一つは、敵の動向に刺激を与えない為だ。不用意に寝返ったと知られれば、悪魔と言えどどのように動くか計り知れん。ならばいっそ、倒してしまった体で動くのが最善だろう」
前者はまぁ、僕への信頼と言ってくれて光栄ではあるが、後者が理に叶った理由で正直驚いた。
確かに、いくら戦力と言ってもルースリスは元々敵陣営だったのだ。また洗脳やら何やらで敵陣に翻しでもしたら、手に負えない。
「ま、妥当なとこだな。参謀に向いてるぜ、おっさん」
ヴァンが腕を組んで頷くと、あぐらで座っているアフェクのそばに寄って肩を叩いた。
何様だよって態度でツッコミたいところだが、これも彼なりの称え方であった。ひとえに素直じゃないのだ。
「おっさんはよせ。あと参謀は器じゃない」
これにはアフェクも承知の上であり、満更でもない様子で肩に乗ったヴァンの手を払うと、徐に立ち上がった。
「理由は以上だ。何か質問はあるか」
僕らの会話を側で聞いていた村人たちにも目を向けて、アフェクは問う。
ヴァンもカナリアもルースリスも、無論、僕も順番に頷いて了承の意を示す。
異議はなし。今後の方針が決まった合図である。
「では村人たちは生き残った兵士の中からヴァン殿たちに道案内できる者を探してきてくれ。馬も忘れずにな」
告げると村人たちは「へい!」と返事を打って颯爽と駆け出して行った。
「わたしとルースはこの者を安全な場所へ運んだのちに、村人たちと陣形を組む。あの木の元でなら新たな魔物に襲われても対処できよう」
アフェクが続け様に言うと、すぐさまジンを背に担いだ。
後ろにいたルースリスが僕の背中を突いてきた。振り返って彼女を見やる。
「アイン、正直離れ離れになるのは怖いけど、アタシ頑張るから! だからアインも──」
その声は震えていたが、大丈夫のサインとして親指を立てる。
するとルースリスは急な勢いで抱き着き始め、兜同士がかち合う。
この行為が意味するのは、生前女の子だった彼女からすると、普通にほっぺにキスのようなものであった。
「……お願い、もしアディシェスに伝えることができたら──」
驚く間も無く、小声で彼女は僕に耳打ちした。
その内容は僕にしか伝えられないもので、彼女のことを考えれば至極真っ当なものであった。
「わかっ、たた」
舌足らずな感じで答えると、彼女の頭の灯火がボウボウと燃え盛るのが見えた。
「あーいーんー?」
背後からカナリアの声に驚くと、彼女はそさくさと離れ、アフェクの後ろに付いた。
「モッテモテだなこの野郎」
ここぞとばかりにヴァンがニヤケ面で僕の兜をガシガシと撫でて茶化してくる。
散々彼にも茶化した記憶があるので、これには苦笑いしか浮かばない。
隣でカナリアが頬を膨らませて僕を睨みつけているのは、もうこの際スルーするしかない。
「では、武運を祈る」
アフェクがそう告げるのを最後に、ルースリスを連れて村の方へ駆け出して去って行った。
ジンの力なく揺れる背中を見送りながら、僕たち三人だけが街道入り口に残された。
「──で、勝算はあるのか?」
「なに? 怖気付いた?」
静まり返る中、ヴァンが一人でに話しかけてきた。
それを耳にしたカナリアは不敵な態度で聞き返す。
「バーカ。そんなんじゃねーよ」
今度はヴァンが不敵な笑みを浮かべて否定した。
彼が言いたいのは、おそらく事の重要さを説きたかったのだろう。
村に攻めてきた魔物は討伐した。それでも一向に帰ってくる気配がない討伐軍。何百という精鋭を連れても、この有り様である。
アディシェス本体が村に来ない辺り、まだ軍として機能はしているだろうが、最悪の場合を想定しなければならないのは世の常だ。
全滅しかかっているかもしれない。仮にそんな絶望的な状況下で、本当に勝機はあるのか──
ヴァンはそれを言いたかったに違いない。
「大丈夫」
ただ、カナリアは自信満々に答えた。
「たぶん、アフェクが出してくれたあの木のおかげでマナは回復したし、充分に戦える」
”神木”を指しながら、彼女は確認するように手を握りったり開いたり繰り返した。
彼女の放つ魔法は過激。故に戦力として破格。
「そういや、俺もあんだけ戦ったのに疲れが吹っ飛んだ気がする」
ヴァンも己の手を見つめながら述べる。
あれだけ暴れたのにも関わらず、目立った傷もない彼に天晴れだ。疲労自体は蓄積しているはずなのだが、彼とっては良い運動だったとでも言うのだろうか。底知れぬ体力に恐れ入る。
彼の繰り出す剣技は豪快と繊細の極致。故に味方でいると心強い。
さすが、元英雄の息子と娘であった。
「それに、アインもいるしね」
カナリアが僕に微笑みかける。
「頼りにしてるんだから」と付け加えつつ、いつものように抱きかかえられた。
「まぁ、それもそうだな」
これにはヴァンも同意し、笑った。
「頼りにしてるぜ」と付け加えつつ、兜を小突かれた。
二人からの厚い信頼に、頭の灯火も熾烈に燃え盛る。
「なんか、こうして三人で戦うの久しぶりな気がする」
「ああ、そうだな」
カナリアの感想に、僕もヴァンも頷く。
思い返せば、こうして揃って何かと立ち向かうのは本当に久々で、ノスタルジア国以来である。
静かで長閑な田舎村の街道入り口で、僕たちは密かに戦意を高めていた。
明日から通常通り更新していきます!




