エピソード59 今後の方針その1
僕とヴァンとアフェクは怒れるカナリアの命令により、横一列に正座させられた。
相変わらずルースリスは僕にべったりで、引き剥がそうとしても離れやしない。良くない反応だ。
手伝うとは言ったものの、まさか依存してくるとは思わなかった。
「──で、一体これはどーゆーこと?」
カナリアの視線が痛い。
「さっきから言ってるが、俺たちが襲われている最中にアインが白い光を出して、しばらくアインとソイツが倒れてたんだよ」
「そして我々が呼び掛け、互いに起きた頃にはこうなっていたのだ」
「だから俺たちは──」
「何も分からないのだ」
ヴァンとアフェクが交互に説明する。
我関係無しと言わんばかりだ。息もピッタリじゃねーか。
「それじゃ、アインが何かしらの魔法を使ったってこと?」
「たぶん」
「おそらく」
「でもアイン、言葉話せないし……細かい事情が聞けないじゃないの……」
うーんと唸るカナリア。
しかし、この男二人はキョトンと顔をお互いの見合わせ、
「喋れるぞコイツ」
「アイン殿は話せる」
と僕の方に指を差して告げた。
カナリアは怪訝な表情を浮かべる。
「何言ってんの? マナニアに人間みたいな声帯が無いから喋れるわけないってクリス先生も言ってたのに」
僕の預かり知らぬところで、カナリアは色々とクリスから魔法生物の知識を教えて貰っていたようだ。
まぁ、ペットの飼い主がペットのことを何も知らないのは無責任というものだろう。
それはそうと、ヴァンやアフェクには僕が新たに覚えた魔法の活用方を見ていたことを思い出した。
カナリアには、あの広場で魔物と戦う最中に別れた以来だったので、知らないのは当然だった。
僕は手を挙げてカナリアに注目するようアピールした。
カナリアにお披露目と参る。
「アイン、どうしたの?」
隣で引っ付いてくるルースリスを放っておいて、頭の灯火を白銀から青へ変色させる。
「──ア、あ、アー……聞コエ、るる?」
喉に棒を叩くようなイメージをして声を出した。
あの時、空でのアフェクとの会話は、あくまで意思疎通という域から出てなかったが、今回は違った。
正真正銘、初めて声を出した。
過去の追体験のせいで、せっかく覚えた感覚まで朧げになりかけていたが、上手く成功した。
まだまだ慣れるには時間を要するが、とりあえずゆっくりと喋ることなら難無くできそうだ。
「アイン──」
カナリアが驚きを隠せないでいる。
それもそうだ。
出会った頃は何も答えることが出来なかった。
体の構築に成功してからはジェスチャーで何とか意思疎通は出来たものの、こちらからの意思表示には難を強いられていた。
こうして声を発して話せる喜びは、多分僕だけじゃない。一番近くにいたカナリアも同等に違いなかった。
「──で、この子誰よ」
違いない……はずなのになぁ……
カナリアの驚愕は本のひと時で終わり、またも暗い瞳を向けてルースリスに指を差す。
逃げ場がないので、大人しく降参。順番を追って、僕はゆっくりとだが語ることにした。
まず話したのはルースリスはもう敵ではないという点。
幻想の力によって、お互いに和解したのだと伝えるのだが、
「待て、幻想って何だ」
とまぁ、ヴァンからの質問が割って入ったりしてそれなりに時間を要した。
「あの夢のこと?」
カナリアが捕捉に入る。
幻想の経験者であるカナリアなら、あの不思議空間のことは何となくでも理解できるはず。
ちなみにアフェクは不発だったからノーカウント。
「夢?」
「以前私に翼が生えたことあったでしょ? あの直前に白い空間で夢を見たの」
「どんな夢だ?」
「うーん、もうあんまり覚えてないなぁ……戦ってる途中だったし、何なら死ぬ寸前だったし」
「んだよ使えねーな」
「姉に向かって使えねーとは何よ! あ、でも──」
ヴァンの吐き捨てるセリフに怒りながらも、カナリアが閃いたように手を合わせる。
「あの時、胸の中にあった……悩み? 暗い気持ちなのが晴れた気がするの」
その言葉に、今まで黙っていたアフェクやルースリスが反応した。
「わたしも、アイン殿と社にいた時にも同じようなものを感じた」
「そういやおっさんは社に向かったんだよな? なんで村人たち逃げてないんだ?」
またもヴァンが質問を投げかける。
ずっとこの街道入り口に居たから分からないのも無理ないが、僕の幻想のこと知りたかったんじゃないのか。
そんなツッコミも、口に出すにはもう遅く、アフェクが掻い摘んで説明しだした。
「村人全員が絶望に浸っていた……もう逃すやら逃げられるやらの状況じゃなくてな。奮起させようと己を鼓舞する際、アイン殿の力を借りた」
つい先程の出来事のはずなのに、もう遠いことのように思える。
アフェクは続けた。
「白い空間とやらはなかったが、アイン殿の白銀の火から死んだ家族が見えたのだ──」
初耳だった。
そう言えば、アフェクの後ろに二つの影みたいなのが見えたが、それがアフェクの背中を押したというのだろうか。
「情けないぞと怒られている気がしてな。何とか村人を奮起させることに成功した」
「あのでっかい木もアフェクとアインがやったのよね?」
カナリアが訊く。
「そうだ。アイン殿が居なければ、あの魔法は成立しなかったであろう……アイン殿には感謝せねばならぬな」
「──アタシからもいい?」
ここでずっと傍観者だったルースリスが手を挙げた。
皆がギョッと驚くが、彼女は意に介さず話し始めた。
「アタシもアインのおかげで目を覚ますことが出来たの。今まで何もかも上手く行かなかったから、自暴自棄になってて……」
ルースリス……小里あかりの人生は散々なものだったと己の口から自白する。その声色は暗く、根深いものだと聞いてる者たちを悟らせた。
でも──とルースリスは一拍置いて顔を上げる。
「アインのおかげで生前の両親や生みの親の魔女様にもしっかりお別れができた……アインには、そういう誰もが抱えている心の闇を払ってくれる力がある──」
ちょっとルースリスさん? 心の闇とか言っちゃうの!?
恥ずかしすぎて頭の火がボフボフと発火を繰り返す。
そこまで言って彼女はみんなから視線を集めていることに気付き、僕の後ろへとそさくさと隠れ、
「と、思います……」
と付け加えた。
いや、恥ずかしがるところ、そこじゃないと思うのだが。
「私もそうだと思う」
カナリアは徐にルースリスの元へ歩み寄り、屈んで抱きかかえた。
いつも僕にやっている慣れた手付きに、ルースリスは成すがままになる。
「あなたも辛い思いをしたのね」
「……うん」
数刻前の彼女なら激怒していたはずの言葉なのに、今はしおらしく頷いて頭をカナリアの胸に埋める。
幻想の力は遺憾無く発揮した。そう思わせるに充分な光景であった。
「つまるところ、皆アイン殿のおかげでここにいるということだ」
幻想経験者三人が互いに頷いて肯定する。
しかし、その様子をまるで遠くで眺めている様子の人物が一人、取り残されていた。
「ぜーんぜん、わっかんねぇ」
あぐらを掻いて座り、膝に肘を乗せて不貞腐れるヴァン。
そう言えば、彼には幻想を見せた覚えがない。彼には一体どんな光景が映るのだろうと好奇心に狩られるが、別に今必要な感じではないだろうと自分を抑える。
なんか良い話でまとまりそうな雰囲気に釈然としないのか、ヴァンは頭を掻いてその場から立ち上がった。
「幻想っていうのはもう分かった。いや分かんねぇけど、充分だ。そこの魔法生物にも色々聞きたいことは山々だし、おっさんの魔法のことなんかも知りてぇが、そんな事よりも今後どうするかだ」
そうだ。肝心なのは今後、どうするか。その話をしなければならない。
村人への襲撃は何とか凌げたが、アドニスが連れた軍隊がまだ帰還していない。
普通なら、もっと早い段階で村に戻ってきてもおかしくないはず──
「そうい、えばば……」
慣れないまま、僕は声を発する。
「ルース、ようどう、いって、たた?」
上手く伝わったかは、ルースリスを除く三人の反応を見て分かった。
陽動──あの幻想の中で、彼女が口走った内容だ。
「アイン、それは本当か?」
ヴァンがいつになく真剣な表情で僕を問い詰める。
嘘でも何でもないので、とりあえず頷く。
カナリアの腕に埋もれていたルースリスは我に返って素早く離れた。
少し言い悩む仕草を見せながら、ぽつぽつと話し始める。
「……本当よ」
後ろで聞いていた村人たちがざわめく。
まさか本軍がこちらに攻めて来るのではないか、という疑念。
しかし今は近くにアフェクが残した”神木”のおかげで余計な混乱は起きなかった。むしろ、来るなら来いという姿勢が天晴れである。
しかしルースリスは「落ち着いて」と村人に向かって言い、事の詳細を続けた。
「陽動というのはこの村を攻め入る為の作戦じゃないの。王都の兵士をこの場に引き留めること……それがアディシェス様──いいや、アディシェスの作戦なの」
彼女は悪魔の名前を言い直して告発した。
因縁ある名前の再来で、カナリアもヴァンも表情が険しくなる。
「鉄の竜……」
「アディシェス……」
「一つ、いいだろうか」
アフェクがルースリスに向けて手を挙げた。
「王都の兵士をここに引き留めると言ったが、それは王都に何かしらが攻め入ってくるということなのだろうか」
ここでヴァンの表情が一変した。驚愕と焦りが混じった、今すぐにでも駆け出しそうな様子だった。
”神木”の効力ですら抑えきれない感情が、彼を狩立たせていた。
「落ち着いてヴァン、今行っても丸一日掛かるのよ」
「けど!」
「ミラは大丈夫だから!」
主人に危険が迫っているかもしれない。そんなことはカナリアも重々に承知である。
その上で、ヴァンを抑え込む。
「仮にそうだとしても、私たちだけでどうなるの? 戦力が足りなさすぎる……」
「っ、どうなんだよ!」
荒れるヴァンは事の全容を聞くために、逸る気持ちの矛先をルースリスに向けた。
彼女は明らかに怯える様子を見せた。
それもそうだ。こうなった原因が、敵だった者が目の前に晒されていたら、誰だって攻撃せずにはいられないだろう。そして、受ける側の恐怖も尤もだ。
「ルース、ダイジョブ」
こういう時、誰かがそばに居てやらねばならない。そう約束したのだから。
僕はルースリスの手を繋いで励ました。それを受けて、彼女は勇気を奮い立たせる。
「その点については何とも言えない……作戦の全容までは聞かされてないの」
「クソっ……!」
焦っても仕方がない。しかし逸る気持ちが抑えられない。
ヴァンは苛立ちをこれ以上ルースリスに向けないよう、背を向いて押し黙ってしまった。
「ごめんなさい、アタシがこんな事に加担してしまって……」
ヴァンの様子を見て、ルースリスはこの場で謝罪の言葉を述べた。
いくら”無感動”の中に閉じ込められていたとはいえ、やってしまった事実は消えない。
「別に謝ることはない。相手が悪魔なら、心を意のままに操る呪法を使って来てもおかしくない。キミ──ルース殿はどうしてここを攻め入ろうと?」
ルースと言い換えて、アフェクは彼女に問いかける。
彼女はしばらくアフェクの方を見て、キョトンとしていた。
「あ、すまない。アイン殿がルースと呼んでいたものでな」
「いや、ルースでいい……それがいい」
「では今後はルースと呼ばせてもらおう」
言葉足らずで呼んだ名前が、そのまま愛称となった。
今の彼女には、それぐらいの心の余裕は必要だろう。
無慈悲というには、今になっては些か語弊がある。ちょうどいい改名だった。
「質問のことだけど、アタシはここを攻めて残りの兵士を倒すように命令されていたの。村人たちを狙えば、兵士は集まってくるってアディシェスに言われて……」
「残党兵を手分けして叩けば、兵力も削れて王都に帰還しにくくする為か」
アディシェス。意外と頭のキレる悪魔のようだ。
アフェクの補足によって、大体の全容が見えてきた。
アディシェスがこの近辺に魔物を放ち、村を襲わず王都から兵士を向かわせる。兵士が来たところで討伐軍と村に残る兵士を叩いて足止めし、王都を襲う──
やられた。今の段階でかなり後手に回ってしまっている。
「して、ルース。もう一ついいか?」
アフェクが前のめりに彼女の顔を見つめた。
「アディシェスという悪魔は今どこにいるのだ。我々が向かわせた討伐軍が帰ってこないことと、何か関係があるのだろうか」
そう。大の問題はアディシェス本人だ。
あの鉄の竜が生きているのであれば、おそらく王都を狙っていると予想されるが、答えを決めつけるのにはまだ早い。
悪魔の所在さえ分かれば、こっちの対応もしやすい。アフェクは良い質問をルースリスに投げたと思う。
「アディシェスは──」
しかし、彼女の口から放つ言葉は予想の斜め上をいっていた。
「討伐軍のところにいるわ」
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