エピソード57 小里あかり
白い空間の中で、僕と彼女だけが取り残される。
「お前をドン底から引き上げることは出来ない。それはお前のやるべき事で、他の誰かがしてやる事じゃない。だけど、その手伝いなら幾らでもしてやる」
「……くっさいセリフ」
腕を掴まれていた彼女は、今度は僕の胸に頭を押し当てた。
微かな香りが鼻腔を撫でる。女の子とこんなに近い距離にいるのは初めてだから緊張する。
「──でも、わるく、ない……かな……」
徐々に嗚咽が溢れ、彼女は静かに泣き始めた。
色んな出来事が彼女を襲っていた。それは間違いない。僕には到底想像も出来ない悲惨な過去を送っていたのは明白だ。
その憤りや、不安や、恐怖を、彼女は今、ようやく吐き出している。
僕は静かに、彼女の頭に手を乗せて優しく撫でた。かつてあったでろう慈愛心を、もう一度芽吹かせるために。
心を失くす、無感動。何も解決にはならないその力に頼らねばならないほど、彼女は弱っていた。
腹立たしいことだが、一時の間だけでも心を失わなければ、とうに壊れていたのかもしれない。
(白銀の幻想よ、もう一度力を貸してくれ)
心の中で唱える。
今度こそ邪魔はされまい。そう確信があった。
「っ! ……これって──」
僕の胸から淡い光が灯った。
驚いて、彼女は顔を離し、困惑の表情で見つめてくる。
僕が黙って頷くと、彼女は恐る恐る手を伸ばし、灯火に触れた──
【フラグメント解放:慈愛心】
一つの映像が流れた。
病室で、見知らぬ男性と女性が新たな命の誕生に祝福している光景。
”あかり”と名付けられた女の子は、すくすくと育ち、友達が出来、苦手な勉強に頭を悩ませ、成績に一喜一憂する日々を送っていた。
学校から帰宅すれば母が迎え、今度は遅れて帰宅する父を母と一緒に迎える。
休日は友達と出掛け、カフェでお茶しながら好きな人がいるかいないかで盛り上がったり、カラオケで好きな曲を歌いながらはしゃぎ、夕暮れにはまた明日と言って別れる。
ひたすら遊んだ後の物寂しい思いを味わいながら家に帰ると、父と母がテーブルを囲んで食事の準備をしており、女の子は今日の出来事を嬉しそうに語る。
そんな当たり前の幸せが、日常が、彼女の目を捉えて離さない。
「お父さん、お母さん……」
もう一つの映像が流れる。
遠い森の中で、淋しげな一つの家。そこには一人の綺麗な女性が過ごしていた。
黒い鎧兜が手足を生やしてゆっくりと部屋を歩くと、女性は大いに褒め称える。
度々やってくる村人らしき人物から依頼が来て、その手伝いを黒い鎧兜は自発的に行った。
森の外れにある薬草を取りに出掛け、目当ての薬草を見つけるが、帰り道が分からなくなって途方に暮れてしまう。
しかし、上空から女性が舞い降りて鎧兜のことを見つけてくれる。
女性は心配したと怒りながらも優しく抱き抱え、泥で汚れた黒い兜を愛おしく撫でる。
静かな、日常。
二度目の人生の、平穏なひと時。
「魔女様……!」
映像に目を奪われながら、彼女は膝を着いて涙した。
これが幻想が見せた、彼女が焦がれて止まない日常。
平凡で平坦で、特別なことは何一つ起きない。それでも心あたたまる光景だった。
「こんな未来、あったのかな……」
今はもう手が届かない過去。この幻想が映し出すのは、彼女がもっとも欲したあるはずのない未来。
幻想は所詮、幻想に過ぎない。夢幻に他ならない。
「これから先、お前は罪を償わなきゃいけない。今回の件で、多くの人が死んだ」
現実の話を持ち出す。
魔物に襲われ、戦いながらも死んでいった者たち。彼らの死は、決して軽くはない。
彼女は俯いて、事の重大さを受け止める。
「大変だと思う。とても辛いと思う。だけどそれは、お前がこれからも不幸でいる理由にはならない」
「ん……うんっ……!」
そう告げると、彼女は俯いたまま、何度も何度も頷いた。
そろそろ、幻想が終わりを迎え始める頃合いだ。
『あかり──』
「っ!」
映像の向こう側で、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
俯いた顔を上げて、彼女は驚く。
「お父さん、お母さん!」
『ごめんなさい、いっぱい迷惑をかけて』
母らしき人物が悲しそうな表情で謝る。
「何言ってるの、アタシがもっとしっかりしてたら!」
『お父さんも謝らせてくれ。こんなに大きく育ったお前を、家族を見放したりして』
父らしき人物が後悔の念に苛む顔で、娘に頭を深く下げた。
「今更謝らないでよ……すごく寂しかったし、不安だったんだよ!」
『──すまない』
父らしき人物が頭を下げ続けていると、後ろから先程の綺麗な女性が前に出て、彼女に歩み寄って行った。
『私の可愛いマナニア』
女性はそのまま、膝を着いて涙を流す彼女を抱きしめた。
「魔女様……」
『あの時はすまなかったね。冷たいことを言ってしまって』
「そんな──」
『ああでもしないと、あなたはきっとあの家に残って村人たちから報復を受けていた。未熟な私を、許しておくれ』
「魔女様……魔女様ぁ!」
彼女は、女性を抱き締めて、声をあげて泣いた。
まるで小さい子供のように、わんわんと喚く声が響き渡る。溜まりに溜まった涙が、一気に溢れ出て止まらない。
『さぁ、お行き──』
しばらくして、魔女様と呼ばれた女性が抱きしめた彼女からゆっくりと離れる。
もう幻想の三人の姿が薄く透明に消え掛かっており、この空間の終わりを告げていた。
「魔女様! お父さん、お母さん!」
名残惜しそうに、彼女は手を伸ばす。
だが、それも束の間。三人は徐々に白い空間に溶け込むように姿を消していった。
『私たちは、いつでもあなたを見守っているよ』
最後に、その声だけが耳に届けられ、再び僕たちだけになった。
「うん、見てて……アタシ、頑張るから……」
涙を拭って、彼女は立ち上がる。
「──マコト君」
背を向けたまま、彼女は僕の名前を呼んだ。
先程、アインだと訂正したのにも関わらず、生前の名前を口にする。
だけど、その声色はとても温かく、親しみが籠っていた。
思えば、六堂理の名前を知っているのはもう彼女だけだ。
「アタシ、前は”小里あかり”って名前だったの。覚えてて」
今更ながら、彼女──いや、”あかり”は手を後ろに組みながら懇願した。
六堂理、小里あかり……二つの生前の名前を、もう表で呼び合うことは無いだろう。
お互い、心の中に納めておいて、今後はあの世界での名前を呼び合うことになる。
僕はアイン、彼女はルースリスとして──
「ああ、覚えとく」
そう答えると、あかりは振り返って微笑みかけた。
「──ありがとう」
小柄な女子生徒。茶色に染めた髪が特徴で、泣いて腫れた目と久しく笑っていないだろうぎこちない笑みが思わずドキッとさせる。
そんな”小里あかり”の姿を最後に、白い空間が再び僕たちを包み込んだ。
漆黒の鎧、攻略!
今後は余った時間を使って徐々に改稿も進めようと思います。改めて読んだらぐっちゃぐちゃでしたので…
次回からついに僕の大好きなキャラとの対決に向けて書きます!
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