エピソード56 平凡の王
「知ってる、それが? あの世界での名前を思い出しましたってまた粋っちゃってるの?」
女子はまたも侮蔑の笑みを浮かべて吐き捨てる。
でもそれが強がりだってことを、僕は知っている。
「さっきのことだけどさ。やっぱり知らないよ」
「またそうやって……」
「だってそうだろ。お前のこの世界での名前なんて分かんないし、どんな生活してて、どんな苦しみや悔しいことがあったのか、まだ何にも知らないし、聞かされてない」
彼女の瞳が、少しだけ揺らいだ。
「聞いて、どうすんの? やっぱり哀れんで終わりなんでしょ。自分には関係ないですって言って」
今の彼女はどうしようもない袋小路に立たされている。
他者を信用できない。信頼できない。こうして外殻の中に身を置くことしか、自分を守れない。
だったら、こじ開けるしかない。どんな形であれ。
「聞いても、見ても、多分答えは変わらない。お前の人生は、やっぱりお前のモンだから」
「結局それじゃん。何、マコト君は教師にもなるつもり? そんな空っぽのこと言って、仕事しましたって顔したいだけでしょ?」
「教師? 僕が? はは、僕がそんな柄に見える?」
煽り気味に自嘲する。
そんな未来もあったかもしれない事を、今述べても仕方がない。
世界は災禍に見舞われて、僕は死んだんだ。
「分かるわけねぇだろ」
もし、仮に世界にあのような災禍がなかったら、僕はどうなっていた?
灰色の高校生活を終え、その先は?
きっと金さえ払えば通えるようなFラン大学に行くか、そのまま就職しているだろうな。敷かれたボロッボロのレールをガタガタ揺らしながら歩む人生だったに違いない。
でも、そんなのはもう分かりっこないのだ。
あるはずのない未来を想像しても、人生ゲームのような双六にはいかないだろう。
しかし、それでも人生は分からないことの連発なのだ。
あんな突拍子の災禍に巻き込まれて死ぬぐらいなのだから。
「はんっ、それだけ? なら、もういいよね?」
「それだけって何だよ」
再び剣を構える素振りを見せてきて、僕はすかさず反論する。
今やるべきことは、別に戦うことじゃない。
「ならお前は僕の気持ちが分かるっていうのかよ」
「まぁ、手に取るようには。だって見てたの知ってるでしょ?」
「見てたってだけで、分かった気でいられるとスッゲェ腹立つんだけど」
あのまま世界に終わりが来なかったら、永遠に綾瀬に告白なんてできなくて、もがき苦しむ人生を送っていただろう。
それまでの胸の痛みや苦しみだって、傍で盗み見てただけのヤツに、分かるはずがない。
分かって、たまるものか。
「分かっちゃうわよ。ありきたり過ぎて欠伸が出るほどだもの。展開が予想通りで、結果が見え透いてて、本当に退屈で……ムカつく」
茶髪の女子が放つ嘲笑の言葉は、最後辺りになって苛立ちが垣間見えた。
ここから、外殻を切り崩してゆく。
「さっき死ぬほど羨ましいって言ってたヤツの言葉とは思えないな」
「────」
受ける視線が鋭くなる。
やはり、先程の出た言葉は紛れもなく本心なのだろう。
「正気の沙汰とは思えないな。こんな何もない人生の、どこに惹かれる要素あったよ?」
「アタシには普通なんてものが無かった。何もない方がよっぽどマシ。始まりからしてドン底に立たされてた」
「……くく、ははは!」
わざとらしく笑い飛ばす。
本当は笑える要素なんて皆無なのだが、努めて悪役をイメージして演じた。
「やっぱ、何言ってもわっかんねぇよ──」
思い出せ、あの時の最悪な自分を。この女子生徒に、目の前の無慈悲な鎧の少女に、今必要なのは吹けば飛ぶような小物の悪役だ。
「ドン底にいるんだったら、這い上がればいいんじゃねーの?」
出来るだけ無責任に、されど凡庸性を極めた一言を、彼女に投げかけた。
「──は?」
当然、彼女は耳を疑う。
地雷を踏み抜いた手応えは大いにあった。
「どうしようもなかったって言ってたけど、本当にそうだったのか? 努力はしたのかよ。家族や友達に相談は? やってないって言うなら這い上がる挑戦すらしてねぇぞ、それ」
「はぁぁあ!? アンタ、この後におよんでそれ言うの!? 見てもないくせに、聞いてすらいないくせに!」
大激怒。想定の範囲内。てか怒らなかったら本当にお手上げだ。
「言ったはずだ。見ても聞いても、多分わかんねぇって。お前が僕の気持ちが分からない様に、僕もお前の気持ちなんて分かるはずがない」
「だったら──」
「余計なこと言うなって? それは違うぞ」
お前は僕に救いを求めていた。
これは、お前が始めたことだ。
彼女の言葉を遮って、僕は続けた。
「大体、人選が間違ってるんだよ。僕に気の利いた言葉を期待してるなら、それは無理だ──」
無作為に人間を百人集めたとして、全員を加算して平均で割った数値を叩き出した存在が僕だ。
物語の主人公みたいな、かっこいい台詞なんて思いつかないし、言えても薄寒いだけだ。
「人生の浅さなら誰にも負けない」
むしろ、開き直って誇っちまえ。
凡人の中の凡人。つまらなさなら全一張ってやる。
「何度だって言ってやる。こんな山も無ければ谷も無い人生を送ったモブ野郎に、お前の気持ちなんてわかる訳ないだろうが!」
「くっ、殺す!」
「思考が短絡だよな。本当にそれでいいのかよ」
さらに煽る。
行動に移される前に、言いたいこと、全部言ってやる。
「人殺しして救済? 世界を救う? バッッカじゃねーの! んなことしてもテメェの人生が薔薇色に咲くのかよ! 断言してやる、なんっも変わらねーよ!!」
「変わる! 変えてやる!! ウザったいヤツ全員消していけば少しは平和になるって今から証明してやる!」
とうとう彼女が行動を移す。
剣を向けて何度も振り回してくるが、斬撃が届く事なく僕の目の前で弾かれる。
殺意なんて感じられない、怒りに任せたただの八つ当たり。
「ドン底に穴を掘るようなマネして、せっかくの二度目の人生すら棒に振ってるっていい加減気付けよ! んなもん救済なんて言わねぇ、自傷行為だ!」
「”アディシェス”様がいる! 心を失くしてくれる!」
悪魔の名前がここで登場する。
だが、そんなことに感けている場合じゃない。
「ふざけろ、心なんて失くしてなんていねぇだろ」
きっと、アフェクの魔法で彼女に掛かっていた呪いを引き剥がしたのだろう。
思えば、あの時から様子は変わっていたのだ。
「殺す! アンタを殺して、永遠の無を手に入れる!」
「本当は殺す気なんてないだろ!」
「コロス!」
「だったら──」
思い返せ。彼女の言動を。
あれだけの殺意を剥き出しにしておいて尚、つっかえてくる矛盾。
「なぜアフェクを助けたんだ」
攻撃が、ピタリと止んだ。
「あれは……」
剣が震えている。揺らいでいる。確固たる意思が、時を遡って、ひっくり返す。
「そもそも、あの村人たちを助けたのは何故だ」
アフェク出会って間もない時、彼は話してくれた。
魔法生物が助言をくれたのだ、と。
それらのおかげで、村は壊滅せずに済んだ。
「もっと早い段階で襲い掛かっていればお前のいう救済ってやつは叶っていた。だけどそれをしなかったのは何故だ」
「それは……陽動で……」
──陽動?
「逃げろって忠告したのも……指揮系統を麻痺させる目的があって……」
彼女が続けて呟く。
自分に言い聞かせるように、自分を縛り付けるように、それっぽい言い訳を乗せて。
「違うだろ」
僕はさらに踏み込む。
「本当は願ってたんだろ。誰も殺さずに済む方法を──」
「だ、だから何!? 今はそんな話──」
関係ない、はずがないだろ。
「心を失った状態でも、お前は誰も死なないことを望んでいた。そんな奴が、今さら人殺しを気取ったところで、人生が好転するわけねぇだろ!」
決定的な楔を打ち込む。
外殻が、ぼろぼろと崩れ落ちるかのように、教室中の空間にヒビが入る。
「どうしろって言うの……もう、こうするしか方法がないの!」
最後の足掻きとして、彼女は剣を振り下ろす。
しかし、やはり届くことなく見えない壁に阻まれてしまう。
ガリガリと音を立てて、剣と壁が鬩ぎ合った。
「なら、負けたままでいいのかよ」
僕は花火を散らす鬩ぎ合い越しに、彼女の瞳を見つめた。
外殻が破れ、もうどうしたらいいのか分からなくて喚く子供のような目をする彼女に、もう一押し──
「今破滅を選んだら、お前の負けは確定だぞ。何の変哲も無い普通の奴に、負けてしまうんだぞ」
こんな平坦で平凡な普通を、死ぬほど焦がれる必要なんてない。
「悔しかったらのし上がれよ。底辺なんだろ、苦しいんだろ、なら這い上がって凡人の僕に勝ってみせろよ!」
普通なんて、ありふれたもの。
ドン底から這い上がれさえすれば、その辺に転がってる。
一度目の人生はもう覆らないが、今なら、この異世界でなら幾らでもやり直せる。
彼女は剣を腕に変え、鬩ぎ合いが突如、煙のように掻き消えた。
そして、その腕は僕の胸に当たる。
物理的な痛みは、ない。
「……わかんないわよ。親も友達もいなかったし、誰にも相談できなかったし、どうすればいいかなんて……!」
しかし、悲痛な痛みを訴えかける。
何度も何度も、僕の胸を叩いて、どうしろと訴える。
「僕がいる」
「えっ──」
「高みへ目指せなんてシンドイこと、僕は死んでも言えないし、言うつもりはない。だけど──」
僕は彼女の手を握って、
「平坦なら、任せろ」
言いたかった想いを告げた。
ようやく、告げられた。
ひび割れた教室が、パリンと音と共に砕け散った。
白い、幻想の空間が広がる──
投稿遅れて申し訳ございません!この子の攻略が難しすぎたのでめっちゃ時間かかってしまいました!




