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転生魔法生物が世界を救うまで、あと  作者: カイザー
第一部 三章 〜漆黒の鎧〜
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エピソード54 六堂理その6

 それは、一言で例えるなら終焉を告げる空だった。

 台風の目、なんて現象では決してない。

 一部の若者は携帯に写真を収めたり動画を撮っている者もいたが、そんな心の余裕は僕らにはなかった。

 異常で異様。天変地異の前触れ。言い知れぬ恐怖があった。


「ガァっ──!」


 突如、頭痛が襲いかかった。

 今までの比にならない程の痛みに、両手で頭を抱える。


「ちょっと! まこと大丈夫!?」


 綾瀬の心配する声など耳に入らない。

 汗か雨か分からないほど、額から雫が垂れる。


『あーあ、時間切れ』


 耳に、いや頭に声が流れた。

 あの影の声だ。


『アンタの終わりが確定するまで本当に短いけど。まぁ、がんばってね』


 そう告げられると同時に、辺りのざわめきが一気に爆発した。

 恐怖に慄く声。泣き喚く観衆。混乱する大衆。狂気に触れた者、多数。皆、一斉に逃げ惑う。


『よい終焉を──』


 影のクスクスと笑う声が遠くなり、やがて観衆の声に掻き消された。

 再び、空を見上げる──



 そこには、”悪魔の手”があった。



 暗雲の渦の中から現れた一つの異形の手。色は黒く、肉付きがない。ほぼ皮と骨で形成されており、爪が長く、鋭利に尖っている。まさに”悪魔の手”と呼ぶに相応しい。

 その巨大さは計り知れず、手だけでこれなら、全体像はどうなる?

 想像するだけで気が触れてしまいそうになる。こんなもの、街が壊滅するとか生易しい結果で終える筈がない。

 終末。終焉。世界の終わり。人類史上、未曾有の大災禍(カタストロフィ)

 現実離れした光景が、広がっていた。


 そしてもう一つ、僕の中で異常な違和感が生まれた。

 強烈な既視感(デジャブ)が脳を叩くのだ。

 目眩がしてしまう程の既視感……いや、”既知感”とでも言った方がいいのだろうか。

 この光景を、この先の結末を、僕はすでに知っている──


「まこと! ねぇ、まこと!!」


 綾瀬に揺さぶられて気を確かに持つ。

 未だに頭痛と違和感が続いているが、この異常事態に呑まれる訳にはいかない。


「走れ!」


 綾瀬の手を引いて駆け出す。

 もうすでに足がガクガクしていて、呼吸もまともに出来ない。何よりも、恐怖が胸部を握り締められているような感覚がある状態で速く走れるわけがない。

 それでも逃げる。来た道を引き返して。少しでも綾瀬を安全な場所に移すために。


「────」


 もう振り向きもしない。巨大な手を背に、僕たちは突っ走った。

 僕らと同じように逃げる人もいた。皆、後ろを見ては異常な現実に身震いし、また駆け出す。


 道中にある公園を抜け、先程の雑貨店まで戻ってきた。

 あれだけ沢山の人が行き来していたのに、皆、歩みを止めて空を見上げている。


「痛っ──」


「綾瀬!?」


 呆然と立ち尽くす人にぶつかって、綾瀬が転んだ。

 僕は急いで彼女の元で屈み、手を握り直して立ち上がらせようとした。

 そこで、ざわめきが起こる。


「あれ、何してんだ……?」


 綾瀬とぶつかっても尚、空を注視してやめない男が呟いた。

 見たくもない空の手に目を移すと、(かざ)す”悪魔の手”の先に何やら黒い塊が生まれていた。

 瞬間、悪寒が全身を覆い尽くした。


「伏せろぉ!!」


 思わず叫んでいた。

 目の前の男に、この場にいる全員に告げるように、僕は喉を裂かせて叫んだ。

 黒い塊が、まるで滴るように地に降ってきた。


「耳を塞げ、綾瀬!」


「ま、まこと!?」


 僕は彼女を覆うように抱きしめた。

 己の背を盾に、自分の頭と綾瀬を守ろうとして──

 直後、背後から衝撃が走った。


「────!!」


 背中から熱風が押し寄せた。雨で濡れていたシャツが蒸発し、皮膚を焦がし、飛んできたコンクリートやガラス破片が刺さり、食い込み、突き破る。

 声にならない声をあげ、衝撃に耐えきれず前のめりに倒れた。




 一瞬だったか、五分ぐらい経ったか、分からない。衝撃が止んだのを肌で感じ、硬く閉じた目を開けた。

 キーンと耳鳴りが止まず、視界が激しく揺れてぼやける。


「────」


 うっすらと、綾瀬の顔が見えた。

 僕の肩を揺らして呼んでいるようで、目に涙を流しているのが辛うじて分かった。

 今、座っているのか横たわっているのかすら分からなかった。

 おそらく視界からしてお互い座っているように見える。

 綾瀬が何を訴えているのかが聞き取れない。


(……ああ、そうか)


 僕はもう長くない。

 あれだけ痛かった背中がもう感覚がない。視線を下に向けると、腹脇からどくどくと鮮血が垂れ流れていた。

 しかも、自覚したところで痛みを感じない。


(綾瀬は──)


 彼女は無事だった。

 目立った傷も怪我も見当たらない。

 羽織らせたパーカーが辛うじて防護服になったおかげで、火傷を負わずに済んだみたいだ。


「──こと! まこと! まことぉ!!」


 ようやく耳鳴りが治まってきた。

 綾瀬の凛と響く声が、悲痛に濡れていた。


「うっせ。さっさと、にげ、るぞ……」


 立ち上がろうと、足に手を置いて力を込めようとした。

 しかし、腕が動かない。

 腕の方を見やると、二の腕辺りが焼け爛れており、指以外の稼働不能通知、及び再起不能を告げていた。

 この際、腕は諦める。次に、辺りを見回した。

 悲惨だった。

 誰も彼もが衝撃にやられ、倒れ伏せっている者や痛みで呻き声をあげている者もいた。

 すぐそばに、さっきまで突っ立っていた男が仰向けに倒れていた。顔面が焼け爛れて、顎の骨や鼻の骨が見えていた。瞼も消し飛び、眼球だけがまん丸と外気に晒されている。

 自分の後ろなど振り返る気もなかった。きっと想像を絶する光景が広がっているに違いない。今の一撃で、一体どれだけの死人が出たのだろうか。

 あんなのを食らって、まだ息がある自分に驚く。そんなどうでもいい考えが、再度、僕自身の死期を悟らせた。


「綾瀬」


 僕は務めて冷静に語りかけた。

 泣きじゃくって混乱する綾瀬に、伝えなければならないことがある。

 もう脳内では警告音で溢れ返っている。急がねば。


「聞いて欲しい」


 僕は死ぬ。綾瀬だけでも逃げるんだ──

 そう言葉にしなければならない。

 もう一撃、あの黒い塊が落ちてきたら今度こそ綾瀬は無事じゃ済まないだろう。

 綾瀬は「今救急車を呼ぶから」とか「誰かに助けを」とか抜かしている。

 そんな彼女に向けて、僕は少しだけ態勢を前に傾けた。


「────」


「────」


 唇と唇が、重なった。

 短い、ほんの数秒だけのキスを、綾瀬と交わす。

 ほんのりと甘い香りが鼻腔を撫でる。

 腕が使えない以上、綾瀬の気を戻す方法が思いつかず、考えなしの行動だったが、それでも構わない。

 あれだけ苦しい期間があったのだ。もう今更、我慢してやる必要もないだろう。

 態勢を戻して、惜しむように口を離した。

 綾瀬は、今触れられた場所を手で確かめるように撫で、驚きに満ちた表情を浮かべる。


「好きだ」


 微笑み掛けた。

 もう「逃げろ」なんて言えなかった。

 これだけ僕のために泣いてくれて、心配してくれる女の子がいる。

 それだけで、もう幸せでいっぱいだった。

 だから「僕の分まで生きて」と意味を込めて、己の気持ちを素直に告げることにしたのだ。

 この意味に気付かなかったら、化けて出てやる。


「──ずるい。ずるいよ……」


 綾瀬が僕の胸に血塗れの手を当てて、握り締めながら訴えた。

 赤く腫れた目を、さらに涙で濡らして。

 痛みで何も感じないはずの体なのに、綾瀬に触れられた胸の奥だけが、熱く、熱く、まるで火が灯ったように熱を帯びていた。

 そして、


「私も、私もまことのこと──」


 綾瀬の言葉の続きを耳にする前に、僕の意識は途絶えてしまった。

 六堂理の人生が、終わりを迎えたのだ。

これにて六堂理の過去編は終わります!

長かったー!辛かったー!次回もご期待ください!!

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