エピソード47 ジン救出作戦
ルースリス。彼女はそう名乗った。
漆黒の鎧を纏った黒騎士。慈愛などカケラもないと言わんばかりに主張するには充分な名だった。
しかし、そのメッキも”神木”の前でボロボロと剥がれ落ちている。
以前の彼女は冷酷で感情など当の昔に捨てたのだと思わせる口調だったのだが、今は感情剥き出しに吠えているのが何よりも証拠だった。
反対にメッキが剥がれたことによって、先程までの苦悶していた素振りが無くなっていた。
精神的な面で味方を支援し、敵を妨害する。そのような効力があると踏んでいたのだが、”神木”の力は、そこまで万能じゃないといことを指し示していた。
これでは妨害どころか、被っていた仮面が剥がされた事によって威圧さが増したのではないかとすら思える。
「アインって呼ばれてたわね」
不意に、彼女が僕の名を口にする。
「良いじゃない。何も持っていないゼロのアイン。今のアンタにはとってもお似合い!」
(ヤバいっ!)
姿勢を低くして、ルースリスは突貫してきた。
腕の剣を勢いに任せて刺突する。その威力はさすがの鎧兜でも防ぎようがないと直感した。
咄嗟に頭の灯火を青から白銀に戻すと、瞬時に”時止め”の力を発動させた。
(範囲は狭く、薄く──)
「チッ──」
刺突が僕の頭を貫く前に見えない障壁で弾かれる。予想通りの結果となった。
”時止め”は自分も含めた範囲だと文字通り何もかも止った世界になる訳だが、止まった空間に変化は起こりようがない。故に、外部からの介入は次元を隔てて拒む。その理を利用して絶対防御手段として応用させてみたのだ。
結果はこの通り。自分の体が覆うぐらいの円形範囲に指定して幅は薄皮一枚分。これぐらいの空間ならマナの消費量も大幅に削減できるという寸法。
”神木”がなければ、ここまで冷静に対処は出来なかっただろう。アフェクには感謝しなければならない。
これなら多少の時間稼ぎはできる。
都合の良いことに、彼女は昂る感情に身を任せているおかげで僕に目標が向いているということ。
対して問題が何点か。
まず防御手段はあっても攻撃手段がないこと。後ろにはアフェクと大鷹が健在だが、彼女と渡り合えるかと言われれば微妙なところだ。
それといつ彼女がジンを襲うかも決定打になってしまう。先程まで異様に彼を狙っていたのだ。ヴァンが庇ったり僕が割り込んだりするおかげで何とか気を逸らしているが、依然として対象ばかり集中されると打つ手が無くなる。
他にも”神木”が斬られて失えば、やがてこちらが不利になるのも道理だろう。
この場においての最善は、僕が足止めしている間に寝ているジンを救出し戦線離脱。然るべき備えの上、迎撃することだ。
だが──
「いい加減くたばっちまえ!」
熾烈さを増す攻撃に、防戦一方。
場所を移そうにも近くにはジンがいる。離れればジンを庇う人が居なくなってしまう。しかしこんな近距離で攻防を繰り広げても、アフェクが救出しようとしても近寄れない。
離れればジンが。留まれば救出が果たされない。
完全にデッドロック状態だ。
(いい加減はこっちのセリフだ!)
僕は一つの策に出た。
タイミングを合わせて、”時止め”を発動させる。範囲は先程と同じで、円形に、そして薄く。
違うのは、その空間の中に漆黒の腕も入っていたことだ。
「!? なにこれ……動け、ない!」
ルースリスは驚愕して腕を動かそうと暴れる。剣から普通の手に戻したり、腕を引っ張ったりするが、びくともしない。
片腕を空間に繋ぎ止める。
残り少ないマナでは、どれだけ”時止め”の力をキープできるか分からないが、これで彼女は事実上、身動きが取れない。
(──アフェクさん!)
「応っ!」
待ってましたと言わんばかりにアフェクが僕の合図で飛び出す。
”神木”の近くで転がり伏せるジンの元へ駆け寄り、両脇に腕を通して持ち上げ、脇に頭を入れて肩を担ぐ。
あとは圏外まで”時止め”を続ければ--
「……そう。そういう理屈なのね」
ふと、ルースリスが仮面の下で怪しい笑みを浮かべた気がした。
ゾワっと嫌な予感が全身を巡る。
「アタシには使命があるの。彼の方からくれた使命が──」
空いた片方の腕を剣に変えて、彼女は空間に待ち針された方の肩に当てる。
(まさか──)
「忘れてるようだから思い出させてあげる。アタシら、もう人間じゃない。バケモノなの」
剣を振り落とす。
彼女の腕は、簡単に斬り離された。
自切。まるで己の腕がトカゲの尻尾であるかのように、簡単に、生前ではまず取らない方法で彼女は空間の縛りから抜け出したのだ。
切り離された腕は、速やかにマナへと還り、霧散する。
(もういっ──)
もう一度”時止め”を発動しようとして阻まれた。少し離れた位置に居たはずなのに、後方へ吹き飛ばされる。いや、蹴り飛ばされた。
ルースリスは自由の身になった途端、足を鞭のように伸ばして僕を蹴ったのだ。
要領は体を構築するマナの体積変化だろう。片腕が失った分、足を伸ばして僕との距離を埋めたのだ。
魔法生物としての経験の差が、ここで見せつけられた。
そしてこの土壇場に来て、取り返しの付かない隙を産んでしまった。
(まずい!)
「おっさん!」
ヴァンの呼び掛けも虚しく、無防備なアフェクの背中に漆黒の刃が迫る。
態勢を無理やり起こして、僕は地面を蹴った。少しでも望みがあるなら、と手を伸ばす。
彼を死なせてはダメだ。頭の灯火が告げていた。
アフェクが死んだら、きっと本当に取り返しの付かない事になる。
この青の力も、失ってしまう。
直感した。僕のこの力は、きっと僕だけの力じゃない。
それだけじゃない。僕自身が、心の底から、繋がりを絶たれてしまうことを何よりも恐れている。
決して打算的な考えじゃない。彼とは、村人たちを奮起させた朋だ。
灯火に言われなくても、心が叫んでいた。
ルースリスにしたってそうだ。彼女にこれ以上、人間を殺させてはいけない。
なぜ彼女が訳の分からない使命なんかに囚われているかは知らない。過去に何があったかなんて知らない。
でも、人を殺すことが使命だなんて、そんなふざけた話があるか。
同じ魔法生物として、人を殺めることだけはさせない。
(たのむ、白銀──)
僕は鎧兜をあげ、白銀の灯火を晒した。
「死になさい!」
しかし間に合わなかった。無慈悲にも、彼女は剣を弧を描いて振り下ろす。
アフェクは咄嗟にジンを抱き抱えるように庇い、そして大きな背中から血潮が吹いた。
──瞬間、辺りを覆い隠すような強い光が、白銀の灯火から放たれた。




