エピソード46 二度目の絶望
アタシはこの異世界に転生した。
死ぬ前のアタシは、他の人より劣等感に埋もれた日常を送っていたと思う。思うって言うのは、生前の記憶が曖昧だからではない。他者と比較のしようがないと自分で割り切っていたからだ。
両親はいた。父は家庭に目も暮れずに朝は働き、夜は他の女性と街へ繰り出す。母は変な宗教にどハマりしていた。
家に帰っても誰も居ない。一人暮らしだと思えば寂しさは少し紛れたが、それでも一戸建ての家は広すぎた。
唯一の居場所は学校だった。無理して明るく振る舞い、クラスの中心人物にしがみつく、まるで寄生虫のような学校生活を送っていた。
背も低く、成績も決して良くはない。運動なんて無理だし、オシャレなんて知識だけ揃えて実際に買ったり着こなしたりしない。
目に見えてアタシは他の人より低いカーストに位置する人間だ。だから無理して話題を合わせていたら、いつの間にカースト上位に食い込んだ。
初めのうちはよかった。みんな優しいし、こんなアタシでも居場所があるって思えた。
小さな小さな歯車。米粒みたいな存在でも、隣にいて欲しいって求められているんだって思えた。
それまで頭の良い人を恨むことはなかった。運動できるクラスメイトに嫉妬することもなかった。家庭が崩壊しかかっても、才能に恵まれなくても、皆それぞれ悩みがあるんだって自分に言い聞かせてたら楽になってたから。
でもそんな日々は長くは続かなかったーー
いつの日か、皆がアタシを避けるようになった。原因は母だった。クラス内でカースト最上位の生徒の御宅に宗教の勧誘を行ったらしい。
皆は優しかった。騒ぎ立てることもなく、疎まれる様子も見られない。だが、確実に心に壁を作られていた。
アタシの地位は、音もなく静かに転落した。
そこからは苦痛の日々だった。
頭の良い人を恨んだ。運動できる子を妬んだ。余計なことをした母や暴挙を見て見ぬフリをする父を憎んだ。
クラスメイトから些細な悪意が如実に頭角を現した。
当たり前だ。元々アタシはよく出来た子じゃない。
それでも、まだ心のどこかで救いを求めていたーー
それから何十日も経って、ある日心がポッキリと折れた。
父が逃げ、母の借金だけが残った。
アタシに向けられる悪意が苛烈さを増し、ついに収拾が着かなくなって教師から救いのメスが入ると信じていた。
だが、担任は「我慢してくれ」と冷たく告げるだけだった。教師陣でも、母の評判が悪かったらしい。
ついに耐え切れなくなって、この世から静かに去ろうとした矢先に、母が自殺した。
人の死を目の前で見せつけられ、アタシは死ぬ勇気すら奪われた。
絶望に暮れていた。世界なんて壊れてしまえって本気で呪った。そしたら、本当に世界が終わりを迎えちゃった。
死んだ後も、苦痛の日々が続いた。
生前の記憶をそのままに魔法生物になって転生したアタシは、沼地の魔女の元で誕生した。
村はずれの沼地に佇む一つのこじんまりとした家。生前よりかは寂しくない空間。
なんか鎧兜だけになってたし、これから苦労するだろうと思っていたけれど、どっかの本で見た異世界転生で花咲く人生に憧れていた。
沼地の魔女は、近くの村々から厚く信仰されていた。
正直苦手な部類だったが、ここがそういう世界だと言うなら仕方がないと思った。
沼地と命名するにはあまりにも美しく綺麗でお人好しな魔女。彼女の元で生きられる喜び。しかし、それも束の間だった。
「この役立たずめ! 何のためにアンタを祭り上げてると思ってるんだ!」
とある村に魔物が攻め込んで来たらしい。それを未然に防衛できなかった責任を村人たちは沼地の魔女に押し付けた。
魔女様は手足もないアタシを実の子のように接してくれたし、アタシは彼女を実の母だと心から思っていた。
ここのところ常に村人からお願い事をされるもんだから心労は尽きないだろうに、それでも魔女様は嫌な顔ひとつ見せないで引き受けていた。
そんな彼女に向けて罵倒する村人たちを、アタシは許せなかった。
勝手に祀っておいて、いざ不都合があったら平気で裏切る。まるで生前の母が群衆になったような錯覚すら覚える。
その件以来、魔女様は床に伏せってしまった。
魔法も使えず、日々の心労が体を蝕んでいたんだ。
ある日、村人たちがやってきた。
我らの信仰を顧みない悪魔の手先に正義の鉄槌を、などと嘯いてーー
もう我慢が出来なかった。アタシの中にある人間に対しての暗い感情は、生前から存在する。
鎧兜から出てくる黒い泥を上手く使って這いずり、マナの水溜まりである沼に飛び込んだ。そこから沼を纏って巨大なスライムになって村人を襲った。
マナの塊が人間にとって有毒だと初めて知ったのは、この時だった。
それでも関係なく、力の限り尽くして抵抗した。今度こそアタシの居場所を失わない為に。
静かになった沼地で、魔女様は嘆いた。
沼は、魔女様の命を繋ぐ代物だった。そうとは知らず、アタシは沼のほとんどを力に変えてしまった。
「出ておいきーー」
短く告げるのを最後に、魔女様はチリとなって消えてしまった。
こうしてアタシの一度目の人生から学んだことは、希望を持つことの愚かさだと言うこと。
心さえ失くしてしまえば、揺れ動くことさえなければ、アタシはこんなにも泣くことも怒ることもなかったのにーー
そして、立ち尽くすアタシの前に現れたのが、神父の姿をした悪魔だった。
「おやおや、そんなに心を手放したいのですか?」
常にニヤニヤとした面が、すごく不気味だったけれど、その時はどうでもよかった。
心があるから痛いと感じる。心があるからツラさに耐えられない。ならばいっそ、手放してしまいたい。
黒い仮面を付けたまま、何も感じずにいられたら、どれほど楽なことか。
「そうですか。なら貴方の出番ですよ、アディシェス」
空から機械の竜が舞い降りてきた。
ガラクタのようなツギハギだらけのドラゴン。生物とも呼べないモノを前に、まるで吸い込まれるような感覚がアタシを包む。
「これから貴方は我々の”器”だ。自由に生きなさい、無慈悲」
いつの間にか、体は漆黒の鎧を身に纏っていた。
もう希望も絶望もいらない体。慈悲などカケラも感じないーー
この日、アタシは初めて名前を与えられたのだった。
ちょっと急足で書きましたので、後日改めて書き直します。




