エピソード45 無慈悲(ルースリス)
「大丈夫か、ヴァン殿!」
「ったく、おせぇっつーの」
大鷹の背中から地上に降り、ヴァンと合流を果たした。
ボロボロの体が、いかに過酷な環境下で戦っていたかを物語っていた。
苦情のひとつも言いたくなるだろう。
これで戦況は一変。動けないヴァンやジンを除いて、アフェクと僕で二対一である。
戦力的な実力差はあれど、今は奇襲によって生み出した”神木”によって多少の差は埋められるはず。
晴れ渡る空の下、脈打って青い輝きを放つ木を挟んで、僕たちは再び漆黒の鎧と対峙した。
「っ……この短時間でこれほどの魔法を、一体どうやって……しかも大鷹も正気に?」
「村人たちが立ち上がったのだ。いつまでも魔物相手に怯える我々ではない」
鎧が”神木”を前に苦しみから耐えるように質問し、アフェクが答えた。
”神木”から放たれる鼓動が小さい衝撃波を生み出しており、その一撃一撃に耐え難い苦痛となって彼女を襲う。一種の結界のような効力を発揮していた。
これによって鎧はまともに動くことすら難しいだろう。
現に耐え忍ぶような仕草を幾度もしており、隠された鎧の下では苦悶に揺れる灯火が伺える。
対して、僕らは体に影響はない。回復魔法では無いため治癒効果など一切無いのだが、それでも冷静に状況判断し、うまく立ち回れる自信があった。仮に魔物の奇襲があっても慌てふためくことなど有り得ない。これぞ、神木の力であった。
アフェクが一歩前に出て、鎧に忠告する。
「魔物の包囲網は打開しつつある。村中の魔物の掃討も時間の問題だ。大人しく投降せよ」
勝負は目に見えていた。
この木は、僕のマナが生み出したものだが、マナの供給源は別にある。地脈だ。
青の魔法で探知機能や対象を調べる機能があるのは先のアフェクが示していた。だからなのか、青火になってから僕の視界には二つの世界を映し出していたのだ。
一つは普段の視界。もう一つは物体が透過し、あらゆるマナの流れを映し出す視界。
人間の持つマナまでは小さすぎて見えないのだが、これによってマナが薄い場所と高濃度な場所が一見して把握できるという代物なのだと、二つの視界を交互に切り替えつつ理解できた。
この『マナを実体として見える視界』を使って辺りを見回すと、思いの外、地面の下に高濃度なマナが流れていた。
ファンタジー世界によく耳にする”龍脈”という単語。それに相応しいマナの流れが青火を通して映し出されていたのだ。
そして"神木"は、その"龍脈"(この世界では何と呼ぶのか分からないので仮に命名した)を根っこで吸い、あの摩訶不思議な力を発揮している。
よく出来ている仕組みだった。
顕現させたのは僕が担当したが、魔法の構築や発動場所はアフェクが担当した。つまり、アフェクにはこの"龍脈"が見えていたのだ。
だからヴァンを移動させる必要があったのだろう。マナが枯渇すれば、あの木は維持できない。逆に言えば、マナの枯渇目当てで時間経過や僕やアフェクを倒しても無意味だということ。
もう一つ、鎧に逆転の芽があるとするなら、”神木”を力づくで切り倒せばいい。
しかし、あの様子ではそれも叶いそうも無いのは明白。
「こう、ふく……だと?」
されど頑なに投降の意思を見せない漆黒の鎧。
アフェクは、今度は優しく語りかけた。
「お前はわたしを助けてくれた恩がある。わたしだけじゃない、村中の人間が救われている。お前がそこに立っているのも、相当な理由があってのはずだ。しかし、それは本意ではないのだろう?」
「ーーっていうのよ」
「わたしに助言を残したあの時のお前は、慈愛ある村の守り神だとーー」
「ーーアタシの何が分かるっていうのよ!」
蝕む体を気力で押し退け、鎧は激昂した。
口調も、さっきまでと違っている。これが彼女の素なのだろうか。
「作戦が失敗なら、せめてあの男だけでも!」
手詰まりなのは承知の上か、鎧は”神木”の根元で横たわるジンへと突貫した。
「ジン!」
ヴァンが叫ぶ。だが、彼が起き上がって盾になるには時間が足りない。
しかしーー
ーーガキンッ!
「っ……またアンタかよ」
(ーーさせるはずないだろ)
彼女の剣と僕の鎧兜が激突する。
"神木"のおかげで視野を広く持てたのが幸いした。アフェクも動じてないところから察するに、僕が動くことを読んでいたのだろう。
これで魔法生物同士、二度目の攻防だ。
奇しくも同じ場所、同じような場面で二度も防がれたのだ。彼女から劣悪な感情が漏れ出る。
「退いてよ。アンタなんかお呼びじゃない」
(退かない。同じ転生者だろ、こんな人殺し……殺戮なんてやめろ)
「殺戮? 馬鹿言わないで、これこそ救済よ!」
言語をマナに変換し、波長を漆黒の鎧が纏うマナに合わせ、音を鳴らす。
一々面倒な手順だが、僕の言葉が彼女の耳に入ったのが分かる。
(救済? 一体何の話をーー)
「分からないようなら教えてあげる」
迫り合いもそこそこに、刃を弾いて距離が開く。
「そこの男が持ってる魔法は危険なものなの。ゆくゆくは世界を滅ぼすわ」
(ジンの……?)
目の前に広がる地形の傷跡。あれがジンが起こしたものだとすると、確かに危険だがーー
(それでも殺す必要はないだろ!)
「殺す以外に世界の救済は有り得ない……この村だってそう。次期に訪れる災厄に怯えて存在しない神に祈るような愚鈍な輩共に、死という救済を齎せる。それがアタシの役目!」
何だよそれ。本当に同じ世界から来た元人間の言うセリフかよ。いい加減にしろ。
あまりにも元いた世界の死生観の違いに、恐怖を通り越して怒りが増す。
世界をどうのなんて僕には分からない。知りたくもない。彼女が一体どんな気持ちで殺すなどと言っているのだろうが、知ったことではない。
確かに、世界にはどうしようもない人間だっている。怖い人だっている。居なくなってしまえば少しは平和になる人物だって、僕が知らないだけできっといるのだろう。
でも、それでも、命を奪うことしか救済と呼べないのであれば、そんなのーー
(あまりにも、無慈悲だ)
そう呟くと、漆黒の鎧は突如笑い出した。
「そう、無慈悲。名乗るのが遅れたわね。アタシの名はーー」
漆黒の鎧の奥にある灯火が発火するように燃え広がる。
まるで自己を誇張せんとばかりにーー
「無慈悲」
彼女は、そう名乗った。




