エピソード44 声の波長
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大鷹に乗ってすぐに向かった先は、ヴァンたちがいる街道入り口だった。
カナリアのところは魔物が神木の力によってほぼ壊滅状態で村人たちが赴いてる様子から察するに一先ずは大丈夫そうだ。遠目から見下ろしてもカナリアの無事は確認できた。
ならば優先すべきは彼らだ。あれだけの魔物を相手に足止めをしてくれている二人の実力は折り紙付きだ。
しかし、所詮は人間。いずれ限界が来る。無事でいて欲しいのだが……
それに、あの漆黒の鎧。僕と同じ自我を持つ魔法生物なのに、まるで生い立ちが違いすぎる。
カナリアとヴァンの父、ユースと語り合った夜を思い返す。魂を持ったマナニアには、この世界とは違う知識を持つ。
ならばきっと、彼女も僕と同じこの世界にやってきた転生者なのかもしれない。
同族への強い好奇心、転生者同士の共感、それ故にこの騒動に何故加担するのかという疑念と不安と怒りが、逸る気持ちを加速させていた。
空から見下ろすと、すぐに街道の場所がわかった。だが、すぐに目を疑った。
「あれは……」
アフェクもしばらく飛んでいるうちに目を開けて下の様子を見られるようにはなっていたが、えらい腰を曲げて鷹にしがみついていた。
不恰好ながらも下の異様な変貌ぶりに彼も目を丸くする。
街道が消し飛んでいる。
魔物たちの姿はなく、同じようにヴァンもジンもあの鎧の姿もない。
ただ、砂地と化した土地に冷たい水溜りができているだけであった。
「アイン殿、わたしの魔法でヴァン殿を探す」
風を受けながらアフェクが提案する。
青の魔法には、探知機能を持ったものも存在するようだ。
僕は頷いて、大鷹に指示を出す。
指示と言っても、腕を手綱のように伸ばして適当に鞭打ってるだけなのだが、それでも大鷹は僕の意思を汲み取ったようで、なるべく上下移動しないように空に滞在してくれた。
「……あれだ」
目のすぐ下の頬に、指を当ててアフェクは辺り一面を見渡した。指先にマナを込めているのが分かる。多分、これによって詮索が可能になっているのだろう。
青い光を宿した目が捉えた場所を、指で差す。そこは街道より右に入った茂みの中だった。
「だが反応が大きく二つある。一つはヴァン殿。そのそばにあの奇怪な男……は気を失っているみたいだ。そしてもうひとつがーー」
漆黒の鎧。
言わずと知れた存在に、僕はドキリとした。
「不味いな。徐々に近付いているぞ」
おそらく、もう時間がない。
どうにかして助けに行かないと。
「あの茂みでは着陸が難しい。どのみち魔法を放とうにも狙いが定まらぬ。どうにかヴァン殿を見晴らしのいい場所に誘導できればーー」
(なら、ヴァンに声が届けば!)
僕はメットを開けて頭の灯火の色を、白銀から青に変色するようイメージする。
すると、灯火の色が脈を打って青に変わった。
成功だ。やはりアフェクを通じて青のセフィラが解放されたってことは、青の魔法が使えるようになるはず。その予想は見事的中した。
青の魔法。司る元来の目的は精神の安定。すなわち精神への干渉ーー
クリスの授業を思い返す。
彼女曰く、青の仕組みは、波長によるものだという。
目に見えぬ波を伝って、対象に様々な恩恵を与えたり、逆に枷を嵌めることができる。
さっきの”神木”の衝撃波もそうだった。
村人の恐怖や恐れを抑え、大鷹を正常に戻し、さらにはマナそのものであったカラスを打ち消した。
それは目に見えぬマナの波長。それが青の正体である。
行軍が始まるまでの数日間、真面目に授業を受けておいて本当に正解だった。ほとんどの生徒が理解できずにいたのだが、幸い、生前僕がいた世界は目に見えない波で溢れていた。
なら、こういった使い道もあるわけでーー
(ヴァン、聞こえるかヴァンーー)
いわゆる、ラジオのようなものだ。
脳内に思い浮かんだ言葉をマナに乗せて青火を媒介に波を作る。波が無作為に周囲へと伝ってゆく。波長の調節は、送り込むマナの強弱なのか言葉の発声の強弱なのか、その辺はまったく分からない。
初めての試みだから手探りでやるしかない。同じ人間であるアフェクの耳に届けば、おそらく反応があるはず。彼の様子を見ながら声を掛け続ける。
(ヴァン、ヴァン聞いてくれーー)
最悪の展開は、この声が漆黒の鎧に届いてしまうことだった。
援軍が来たと知れば、彼女は真っ直ぐにヴァンに斬りかかるだろう。こっちに気を取られるなら、まだやりようはあるが、あまり得策じゃないだろう。
(ヴァン、聞いーー!)
大鷹が一度羽ばたく。大きく揺れてしまい、そのせいで掛ける言葉が途切れた途端、アフェクが目を剥いて僕の方へ振り返った。
「あ、アイン殿なのか、この声の主は!?」
(聞こえたのか、アフェクさん!)
彼は僕の声だと悟るや否や、顎に手を乗せて思考する素振りを見せた。
尚も声を掛け続けるが、一瞬の偶然だったのか、空振りで終わってしまう。
「そうか、そういう使い方もできるのか」
僕の行動に閃いたのか、アフェクは僕を見つめて話しかけてきた。
「アイン殿、青の原理を理解できているのだな?」
コクン、と頭を縦に振る。
「なら話は早い。アイン殿、音だ。昔、青の魔法を習得する際、恩師からひたすら楽器を叩く修行をさせられたことがある」
なにその修行。木魚じゃん。
丸坊主のアフェクがひたすら般若心経を唱えながら木魚を叩く姿が容易に想像できる。
「おそらくアイン殿は、強く意識するあまり楽器を押さえつけてしまっているのだ。楽器は、叩けば鳴るが、押さえつけてしまっては音が響かない」
アフェクのアドバイスは的確だった。楽器。音。言い得て妙だ。
僕は青火にマナを注ぎ続けながら言葉を乗せていたが、やり方を変えてみる。
マナを一瞬だけ注いでから言葉を発するーー失敗。
言葉を一瞬だけ発してからマナを注ぐーー失敗。
マナに言葉を乗せて、一瞬だけ注ぐーー
(たのむ、聞こえてくれ)
「聞こえた! 聞こえたぞアイン殿!」
成功だ。成功した!
「もっと音を鳴らすようにやってみてくれ! こう、ポンって感じに!」
もうなんかキャラが変わってきてないか?
そんなツッコミも後回しにして、再度挑戦。先程の力量を踏まえて、アフェクの言う通りに軽やかに、叩く様にーー
瞬間、脳裏に”過去”がよぎった。
夕暮れの学校の音楽室で、女の子がピアノを弾く光景。
僕はそれを見つめながら、彼女の音楽を耳にするのがとてつもなく幸せだった。
『思った通りの音を出すの、案外むずかしいんだよ?』
彼女は困ったような笑みを浮かべてピアノを奏でる。
時に軽やかに、時に重く、鍵盤の上を走らせる指がとても愛おしかったのを覚えている。
『ーー』
何が気に食わなかったのか、バンっと鍵盤を叩いて奏でていた音が止む。
彼女は何かに苦しんでいた。悩んでいた。そのことに僕は、掛ける言葉が見つからずーー
今なら彼女の悩みに付き添えるだろうか。
こんなにも音を出すというのが、難しいことだったとは、記憶を失う前でも知らなかっただろう。
僕は、言葉というマナで構築した棒で青火を叩く。
(アフェクさん、聞こえてますか?)
さっきまであった焦りも高揚もなく、過去を思い浮かべながら放った。
アフェクは歓喜に満ちた笑みを浮かべ、そしてーー
「ああ、はっきりと聞こえた」
そう、頷いたのだ。
ようやく、この世界に来てようやく、まともな会話ができた。
カナリアの時はたまたま心が通じ合ったが、そんな偶然でなく、今度はちゃんとした会話である。
嬉しくて、泣きそうだ。
「アイン殿、時間がない。わたしではその魔法は扱えそうにない。今ヴァン殿に救いの声を掛けられるのは、貴殿だけだ」
アフェクが背中を押す。
思い返せば、ここに来てから色んな人から背中を押されている。
ヴァン、カナリア、そしてアフェクーー
互いに窮地を乗り越える中に、僕も含まれていることが、何よりも嬉しかった。
僕は再度頷いて、言葉を練る。
(ヴァン、聞こえてるか?)
今度は強く、青火を叩く。
届けばいい。ヴァンの耳に、触れればいいーー
(今そこに漆黒の鎧が近づいてる。すぐに離れて、見晴らしのいい場所に移動してくれ)
もう一度、叩く。
目に見えない波は、空気を伝って、森の茂みへと降り注いでいった。
「あ、アイン殿……」
アフェクが苦笑しながら僕を呼ぶ。
キィィィーー
大鷹も何か言いた気に金切声をあげた。
様子から察するに、何やら苦悶しているようだ。
「次までに、音を向ける鍛錬を怠らぬように」
ああ、そうか。無作為に大声を出せば、近くにいる人は耳を塞ぐのは当然か。
彼の手は、大鷹の毛にしがみ付いていて耳を塞ごうにも防げぬ状態。同じく大鷹に耳を塞ぐ術はない。
課題は山積みだな……
下の様子を窺っている内に、状況が動いた。
一本の木が倒れたのだ。
「来るぞ。わたしの合図であの木を生やす」
(わかった!)
この手順のせいで相槌打つにもワンテンポ遅れるのがネックだけども、慣れる他ない。
それよりもヴァンたちだ。
あの場から動いたってことは、声は無事に届いたみたいだった。
アフェクが例の詠唱を始める。
身構えていると、ちょうどヴァンが街道へ出てきた。
転ぶヴァン。おぶっていたジンも放り出される。
すぐに後ろから漆黒の鎧が現れ、腕の剣をヴァンに向けた。
その距離はもう寸前で、剣先は彼の喉を掻き切ろうとしている。
(アフェクさん!)
「ーーケセド・アフェクション・ピラー!」
間一髪、ヴァンと鎧の間に例の神木が姿を現す。
大きさは社の時とは違って普通の一本の木だが、それはおそらくマナの大きさに比例するだろう。
それでも充分ーー
「行くぞ!」
(降りてくれ!)
僕は腕の手綱を振るって、大鷹に合図。
すると鷹は金切声をあげて真っ直ぐ降下して行った。
「も、もうちょっとゆっくりぃぃぃ!!」
おっさんの悲鳴だけを置き去りにして、僕たちはヴァンの元へ合流を果たしたのであった。
これでケセドの説明はあらかた出来たと思います。




