エピソード43 最後の意地
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森の中に逃げ込んだのは幸いした。
身体中が軋むような痛みに耐え、さらに気を失ったクラスメイトの肩を抱えてヴァンは木の影に隠れた。
「なんなんだよ、クソっ……」
静かに息を整えつつ、ここまでに至る現状を思い返す。
黒白の光が収まった後、攻めて来た魔物たちは骨も残らず消えていた。
残っていたのは、彼の後ろにいたヴァンと漆黒の鎧のみ。
彼より前方は草木も街道も木っ端微塵となっており、しばらく沈黙が続く程、両者は呆気に取られていた。
『ーーあとは、任せた』
魔法を放った張本人ーージンがそう告げるのを最後に、前のめりに倒れてしまったのである。
そのあとは火蓋を切ったように、鎧の猛攻が炸裂した。
魔物との連戦。噛まれた傷跡から蝕む毒。そして鎧の烈火の如く繰り出してくる刃。
息つく間もなく戦ったヴァンの体は疲労でいっぱいだった。
早々に劣勢と判断したヴァンは、隙を突いてジンを担ぎ、森へと飛び込んだのだ。
魔物はあらかたジンが片付けたおかげで森の中は比較的に安全だった。
こうして木陰に隠れて一息つけているのも、ひとえにジンの功績だと言えよう。
もしかしたら登場する直前まで森に潜んでいた魔物を蹴散らしていたのかもしれない。倒していたのかもしれない。
しかし、尚も追ってくる刺客にヴァンの冷や汗が止まらない。
思えば鎧は、ジンの魔法を見てから様子がおかしかった。
逃げる途中で斬り合いになった時、何度かヴァンはわざと自分から隙を見せて誘っていたのだが、鎧は見向きもせず彼に向かって刃を振るってきたのだ。
剣の実力が拮抗しているなら、勝敗を分つのは駆け引きである。
それすら引き合いに出さずに真っ直ぐ獲物に向かってくるのであれば、やりようは幾らでも思いつく。
現にヴァンは、こうして逃げ果せている。それこそ護衛騎士としての手腕が輝いたのだ。
以前に護衛騎士としての訓練の一環で、人ひとり抱えて戦うというのが功を制した。主人の身に危険が迫った時の為の訓練だったが、まさかこのような形で実を結ぶとは思いも寄らない。
厳しく躾けてきた父の姿が過ぎるが、今は感謝しなければならないだろう。
「……これがミラ皇女殿下だったらな」
未だ気を失っているジンの顔を見てボヤく。男なのに、女性のように端麗な寝顔が、この場に居ない彼女を思い浮かばせる。
護衛対象が彼女であれば、あんな鎧など逃げずとも倒せた。意地でも倒してみせたーー
そんなやるせ無い気持ちが、緊張して強ばった体を脱力させる。
いい意味で肩の力が抜けた気がして、ヴァンは苦笑した。
キィィィーー
空から金切声が聞こえて、現実に引き戻される。
「っ!」
この時のヴァンは空の金切声に警戒したのではなく、真っ先に周囲を見回した。なんの変哲もない木々や茂み。さらに悪天候と鬱蒼さで薄暗い景色。しかしそこに動く者の気配は一見していない。
だが、ここでヴァンの脳内に警告音が鳴り響く。
脱力した力を一気に込め、ジンの脇を抱えて木陰から跳んで離れる。すると一歩遅れてヴァンが座って居た場所に斬撃が走った。
木が、音を立てて倒れる。
「追いついたぞ」
倒れた木の奥から姿を現したのは、漆黒の鎧。
「しつこい……!」
「それはこっちのセリフだ。いい加減、その男を渡せ」
鎧の剣先がジンに向けられる。
ヴァンは思考を巡らせ、一つの策を実践しようと嗾けた。
「随分とご執心じゃねぇか。そんなにあの魔法が気になるのか?」
「……あれは魔法ではない」
息は整っている。あとは会話で相手の気を逸らして、隙を見せた瞬間に逃げる算段だった。
素のスピードもある。剣戟も速い。だがヴァンは、相手が戦闘に関しては素人とみていた。
何度も剣を交わせば見えて来るものもある。現に鎧は、そんなヴァンの目論見を見破る様子もなく、言霊に乗せられていたのだ。
「あれは呪いだ。人間が持つ願いや希望を魔法と呼ぶのなら、あれこそ他者を、世界を呪う災いーー」
鎧はやや視線を下ろしてジンの”魔法”について語る。否、彼女の言うことが正しいのであれば、”呪い”について語っていた。
ヴァンは耳を傾けつつも気付かれぬよう一歩、また一歩と退がる。
この手の技は、間合いが近づけば嫌でも気付かれるが、逆に広がる場合だと意外にバレにくい。
もう少しで逃走範囲に到達する。
「そこの男を野放しにすれば、いづれ世界は破滅する。それだけは避けねばならない」
「世界の破滅、ねぇ……」
一歩、退がる。
「その男を渡せば命だけは見逃してやる」
「そいつは魅力的な提案だ。俺もこいつにはウンザリしてるからな」
ヴァンが構えた剣を下ろす。それを見た鎧が顔を上げた。
「わかってくれたか。ならーー」
「だけどよ」
鎧がヴァンの警戒を解いたことに安堵し、剣と化した腕を元の状態に戻して一歩近寄る。
やはり、戦闘においては素人だった。
ヴァンは剣を鞘に収めた途端、ジンを背に乗せて全力で駆け出した。
恐ろしいほど前屈姿勢のダッシュ。気を抜いていた鎧はその見事な早業に反応が遅れる。
「ーーっ! キサマ、待て!」
「一度背中預けた奴を敵に売っちまうほど、俺は騎士としての誇りを捨てちゃいねぇ!」
世界の破滅など彼には到底理解し難い。しかし、それよりもこの村が破滅しかかっている方が重要だった。
後先考えずの全力疾走。泥濘みに足をすくわれぬよう、濡れた手が滑ってジンを落とさぬよう、ヴァンは一心不乱に走った。
木々を抜け、茂みを飛び越え、鬱蒼とした場所から明るい光に満ちた場所へ出る。
ドシャーー
滑り込むようにヴァンは泥まみれになりながら倒れた。背負っていたジンも放り出されて泥を被る。
そこは元の街道入り口であった場所だった。
ジンがめちゃくちゃにした地形の傷跡は、よっぽどの事でない限り見間違えるはずがない。
茂みに入った時と違うのは、あれほどの悪天候が嘘のように晴れていた事ぐらいである。
「最後の足掻きだったな」
すぐに鎧が追い付いた。
ぜいぜいと仰向きになって呼吸するヴァンの喉元に腕の剣が突き付ける。
「ここまで邪魔されるのであれば、お前から息の根を絶つ」
ヴァンにもう剣を握るほどの力は残ってなかった。
策も、余力を残していないヴァンだけではどうしようもなかった。
「お前のーー」
そう、彼だけだったらーー
最後に生唾を飲み込み、ヴァンは叫んだ。
「お前の声は届いた! 俺はここにいる!!」
暗雲を押し返すように晴れ渡った空から、美しい青の光が輝きを放った。
「やっちまえよ、アイン!!」
「ーーなにっ!?」
鎧との間に、地面から巨大な蒼い柱が割って入るように生えた。
両者ともに突如現れた柱に押し退けらるように吹き飛ばされ、距離が空く。
「これは……くっ!」
蒼い光はやがて一本の木になり、広い範囲に渡ってこれまた蒼い衝撃波を放った。
それは鎧のみに降り掛かっており、倒れているヴァンやジンが平然な様子を見るに、彼らには害はないことを示していた。
「……ったく、おせぇっつーの」
空から舞い降りてきたのは、一匹の大鷹。それに跨っていたアフェクと鎧兜が颯爽と登場したのだった。




